表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/53

第9話:どうにかしてよ!

 少年は困っていた。


 昨日のお出掛けは楽しかったし、お祭りに乗じて野菜を高値で売るのも楽しかった。

 何よりこの世界の世界観を垣間見れたのは収穫が大きい。


 人間が支配していると思いきや、影に日向にはこびる魔物達。

 周囲を魔物に取り囲まれている修道院の中身は、元は奴隷市場で売られていた者や、魔物と人間の混血児が暮らす場所だった。


 特に海側が多いだけで、霧は国の至る所に発生しているらしく、推測通り魔物達は霧に乗じて移動しているらしい。

 霧は魔物の領域、人間が暮らしているのは霧がない場所、または霧が入って来ないように結界を施された町の中。


 結界の仕組みと規模を見る限り、あの結界の維持にはそれなりの生命力を必要とするだろう。


 結界を張っているのは魔物と人間の混血。

 普段、忌々しい、汚らわしいと迫害している相手だ消耗品として使う事に罪悪感を抱く人間がいるとは思えない。


 純粋な人間でさえ、人と違うからと言って親に捨てられ、奴隷として売り出される世界――そんな醜い人間達を魔物は必要ないといい、混血児達は人の血ゆえに人の世界を護ろうとする。


(くだらない)


 この世界の人間は守る価値がない者がほとんどだ。

 街にいた人間に害はないかもしれない、しかし混血児の犠牲の上に生活を置き、奴隷を受け入れている時点で不要と判断した。


 どこにでもある話かもしれない。

 けれど少年は目で見て耳で聞いてしまった。

 世界を変える力は持っている。

 世界を託す相手も目の前にいる。


 一つぐらい魔物が支配する世界があっても面白いと思う。


(崇める神はなく、己の力だけで拓く未来。嫌いじゃないけれど……なんかこう、あんまりにこの世界の人間って愚か過ぎるような気が)


 カァ


(混血児達が護らなければ、この世界はとっくに魔物のものになっていただろうな)


 カァカァ


(こんな世界だから魔物が領主やってても不思議じゃないけど、でもなんで領主になったんだろう?)


 カァカァカァ


「ちょっとギル、アレどうにかしてよ!」


 バン!と机を叩いて窓を指差す。

 さっきからずっと窓の外でカラスが入れろ入れろと騒いでいた。


「入れてあげなさい」


 処理している書類から目線を上げる事無くさらりと言われた。


「……いいの?」

「構わないよ」


 カァカァカァカァカァ!


「分かった分かった分かった!」


 思考を遮る鳴き声にソファから立ち上がり窓に向かう。


「なんなんだよ――っぷ」


 顔面に直撃した『彼』を剥がし、顔を覗き込めば左目に大きな傷があった。


「あれ? コイツ……」


 確か昨日一緒に行動した御者も左目に同じような傷があった。


「ベリル?」

「!」


 少年が呟いた名に領主が驚いて顔を上げると、少年の腕の中、カラスが昨日の御者に姿を変えていた。


(名を、教えたのか?)


 領主以外には人間だろうが魔物だろうが、自分からは決して近付かない彼が懐柔されただけでも驚きだったというのに、名前まで明かしたとなれば驚かずにはいられない。

 滅多に姿を見せる事はないが、彼が領主の側近くで暮らしているのは領主の力に心酔しているからに他ならない。

 ただし不器用なところがあるため、執事として雇うことはできなかった。


 領主が作業を停止して固まっていると、いつの間にかカラスの姿に戻ったベリルは少年の肩に陣取って羽根を休めている。

 用意された菓子を寄越せと言わんばかりに鳴いたり、少年が食べようとしたクッキーを横取りしようとしたり……楽しそうだ。


(あんな寛ぐ姿、見た事がない)


 ベリルは領主に傅く者。

 領主が主でベリルは従者、これは決して変わらない。

 魔物は気紛れ、いつ気が変わって牙を剥くか分からないから、互いに腹を見せ合うような馴れ合いは一切ない。


(それにしても……)


 視線は知らず少年へと移る。

 ベリルは決して弱い魔物ではない、左目こそ失明しているものの、そこらの雑魚ならば束になっても敵わない実力を持ち、弱き人間ならば首筋を少し引っかくだけで命を奪う事だって出来る。

 それに気付かぬ少年ではないはずなのに……。


(自分に降り掛かる危機に無頓着なのか、それとももっと別の理由があるのか……)


 思い出すのはならず者が侵入した日の事。

 玄関先で襲われ掛けた時、少年はまったく動じていなかった。

 襲われた事に動じないどころか、領主が助けに入った時もそれが自然の流れだと言わんばかりに気に留めていなかった。


 少年は明らかにああいった場面に慣れている。

 自分を護れるのは自分だけの世界で生きている領主にとって、少年の行動は理解しがたい事柄が多い、例えば自分の命を他人に預けられる所とか。


(預けられるのが嫌と言うわけでは、ないのだが)


 少年と出会うまで命に差があるなんて知らなかった。

 人も魔物もみな同じで、たった一人を特別と思ったことなどなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ