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第6話:トラブルメイカー

 あの程度の刃なら自らを傷付ける事はないだろうと少年は推測した。が――すぐに自分の状態が普段とは違う事を思い出し、ついでに保護者の面々の怒り狂う姿が目に浮かんだ。


(あ、これ動かないと恐怖の説教コラボだ)


 自分で災いを振り払うのは面倒臭い。

 いつもなら自分に刃が向けられた時点で周りが動くので、そのまま処遇を丸投げするが、現状でこの事態に対応できて少年を守ってくれそうな人物は一人しかいない。


 領主と少年が互いに手を伸ばしたのは同時だった。


「くそっ!」


 二人が横に飛び退くと、出来た逃げ道に男が一目散に玄関を目指す。


「怪我は!」

「それよりアイツ!」


 身を案じてくれるのは嬉しかったが、今はそれどころではない、凶器を持った人間が村へと飛び出そうとしているのだ。


「心配ない」


 玄関から聞こえるのは喚き声。


「行くぞ」

「うん」


 急ぎ玄関に向かえば、男が扉を叩きながら大声で喚いていた。

 騒ぎを聞きつけ会議室から村人らも顔を出す。


「お、お前――」


 村人の一人が喚く男を見て顔色を変えた。

 引きつった声に振り向いた男が、村人を見てやはり顔色を変える。


「おやじ」

「村を出たお前がどうしてこんな所に……それに、手に持っているのは何だ!」


 年の頃50過ぎの村人が、男の持つ短刀と一冊の本に気付き顔を赤らめる。


「今すぐそれを返せ! 領主様にお詫びするんだ!」

「うるせぇ、俺はもう後戻りできねぇんだ!!!」


 短刀を振り上げた男が父親目指して走り出す。


「そこまでだ」


 ピシリと音がしたと思ったら、男の身体が弾かれ玄関の扉に激突した。

 短刀と本が床に転がる。


「これ以上の愚行を許すわけにはいかない」


 ピシリ

 床に転がった短刀が、男から遠く離れた場所へと飛ばされた。


「……似合う」


 状況も忘れ、ポツリと呟いたのは居候の少年。


 本日の装備は――鞭だった。


 リーチがあるから剣を振り回す相手にも有効だし、使いこなせば相当の威力を発揮するだけでなく、牽制にも使える。

 余計な争い事を好まず、剣を持つ事を良しとしない、小さな村には不似合いの高貴さを持つこの男らしい武器だ。

 

「またお前さんか」


 痛みに咳き込む男に声を掛けたのは父親ではなく長老。


「相変わらず厄介事ばかり起こす。お前さんがなぜここにいるんだね? 村から追放したはずだろう」


 平和な村に不似合いな不穏な言葉に、短刀を振り回した男をよくよく観察する。


(見た目も中身も貧相なこいつがこの村の出身ねぇ)


 この村の子供達が心身ともに健康なのは、両親だけでなく村人や領主の愛情に包まれて育つからだろう。

 だからこそなぜこの男がここまで堕ちてしまったのか不思議だった。


 どこで何を不満に思ったのだろうか。


「お、俺は悪くない、俺は頼まれただけだ!」

「誰に」


 いつに無く冷たい口調と声に、領主の怒りが伝わってくる。


「町の、役人」

「これが狙い?」


 少年が前に出て男が落とした本を拾った。


「これ、危ない――」


 恐らく男は子供を盾に逃げようとしたのだろう、だが……。


「っが」


 少年に手が届く寸前、鞭が再び男の身体を強かに打ちつけた。


 襲われかけたにも関わらず、顔色一つ変える事無く元の位置、領主の横へと戻る。

 明らかに襲撃に、そして護られる事に慣れている子供、今更ながら何者だと不審に思ったが今はそれどころではない。


「はい」


 差し出された本を受け取り、表紙を見た領主が眉を寄せた。


「それなに?」

「この村の特産品の製造法」

「!!」


 領主の言葉に村人達の顔色が変わる。


 この村の特産品は村の周囲に咲く、血の様に紅い花で作られる至高の美容液。

 百年以上前から村に伝わる秘法を使って作られるそれは一年に一度、花の咲く時期にしか販売されないうえ絶対数が少ない。


 少量で肌に艶とはりを取り戻し、人によって香る匂いが変わるという不思議な商品で、売買を一手に引き受けている領主は、年に数度サロンを訪れてその美容液を売る。

 裕福なご婦人方にとって、その美容液を手に入れるのは一種のステータスにもなっているらしく、身分が高ければ高いほど商品を欲しがるので値は勝手に競りあがり、領主は美容液を売ったその代金で村人の為に希少な肉や作物の種などを買ってくるのだ。


 小さな村が他からの干渉を受けず独立していられるのは、美容液欲しさに多くの貴族らが村を支援しているからだったりする。

 もし極秘の製造法を手に入れられれば、美容液を独占できるだけではない、国王に取り入る事が出来るかもしれないのだ。


 だがそれは最大の禁忌。

 領主は美容液がトラブルの原因となった場合、花を全て処分すると公言しており、製造が中止にならぬよう貴族らが互いに牽制しあうお陰で、厄介事は滅多に起きないのだが、たまにこうしてトラブルが起きる。


 大抵原因は貴族らではなく、貴族や王族らに取り入ろうとしている役人か、身分を金で買った成り上がり、今回の黒幕は前者だろう。

 鞭で打たれた若者は金に釣られ、故郷の村を売ろうとしたのだ。


「このバカもん!!!」


 鈍い音が響き、男が地面に叩き伏せられた。


「お前は……村を売るつもりだったのか!」


 息子を殴った父親は、領主に向き直ると床に頭を擦り付けて土下座した。


「申し訳ありません領主様、うちの息子が一度ならず二度までも!」


 情けないと震える声で呟く。


「領主様、この者の処分はいかがしましょうか?」

「追放するのは容易いが、また妙な者に引っ掛かっても困るな」

「かと言ってこのまま村に置いておくわけにもいきますまい」


 どんなに温和な村人達でも、村を売ろうとした者を受け入れるには抵抗があるだろう、かと言って外に放り出せば三度目があるかもしれない。


(この村のトラブルメイカーってとこか)


 処分する。という選択肢が一番簡単で後腐れがないのだが、この村の住人ではそこまで非道にはなれないだろう。

 平和的に解決する方法と言えば隔離するのが一番。


(……なんだけど、刑務所は村の名前に傷が付くからなー、施設は脱走できるだろうし、できれば規則がガッチガチな所がいいんだけど……)


「ギル、修道院にツテはある?」

「ああ幾つか顔が利くところはある」

「立地条件は歩いて行ける距離に集落がないこと、あと周りが『この村』みたいだと理想的」

「ふむ……一つだけ、ある」

「そこに入れればいいんじゃない? 終生出れないよ」


 にっこりと微笑みながら出された提案に、その場にいた全員が瞠目した。

 男の顔が目に見えて青褪める。


「……領主様」


 最初に口を開いたのは男の父親だった。

 床に膝を付いたまま姿勢を正し、今一度深く頭を下げる。


「どうか、お願いいたします」


 息子を修道院へ――それが父親の下した決断。


「分かった。今日はもう日が暮れるから、明日、連れて行く。今日は一先ず地下牢へ」


 領主の指示に村人が動き出す。

 連れて行かれる男が縋るような目を父親に向けたが、父は二度と息子を見ようとはしなかった。


「……ギル」


 少年が手招くと身を屈めてくれたので、耳元に口を寄せた。


「僕も一緒に行きたい」

「君は熱が……」

「一緒にいた方が楽なんだもん、いいでしょ?」

「分かった。じゃあ明日は早いから、今日は早目に寝ないとな」

「やった」


 無邪気に喜ぶ姿は子供そのものだが、これの本性は可愛い生き物ではない気がする。

 もっと恐ろしいもの、もしかしたら領主でさえ敵わない相手かもしれない。


 どちらにしろ村に一人置いてゆくのは不安が残るから、付いてくるという申し出は正直ありがたかった。

 蒼い瞳の奥で何を考えているのか、長く生きている領主だが、彼の考えている事だけは読めないでいた。

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