第50話:主役は遅れてやってくる
視界を染めたのは紅蓮の炎。
王は白い光に包まれ、周囲の護衛兵もろとも文字通り『消滅』した。
光が消えた時立っていたのは腕に魔物の王を抱く戦乙女。
背に輝く白い翼。
身を包む鎧は白銀に輝き、周囲を照らし出している。
本能剥き出しの闘争覇気は失せ、代わりに発せられているのは周囲を圧倒する神気。
最も近くにいた魔物の王だけが気付けた。
鎧に隠されたその奥、彼女の瞳は銀色に染まっていた。
王を消滅させる渾身の一撃を発するため、あの瞬間レイアは光の精霊の力と一体化した。
今はなき神が果たせなかった約定、制裁と友の再会を果たさせ、刀鬼からの祝福、春日からの加護、刀鬼の力が混ざった光の精霊の力の取り込み。
様々な要素が混ざりあい、刀鬼が用意したシナリオさえ超えて、奇跡のような確率でレイアの魂は神に昇華した。
王が倒れた事により勝敗は決した。
傭兵は逃げ、現実逃避で斬りかかり魔物に喰われる者、武器を捨て地面に膝をついて投降する者、様々な反応を見せながら戦はここに終焉した。
「な、なんだあれは」
「忌々しい、王が消された!」
「魔物の王を消す秘儀が行使出来なかった」
「番も生きておる!」
ざわざわと翁達の間に動揺が走る。
「綺麗でしょう、銀色は俺の神様の力の色なんだぁ」
場に似合わぬのんびりとした声に翁達は一斉に振り返った。
そこにいたのは恐ろしくも美しい金色の騎士。
一目で教会から『欠片』を盗んでいった御使いだと分かった。
「神に昇華するのは早くても百年ぐらいかかると思ったんだけど……嗚呼レイアに会えて本当に良かった。こんなに楽しい事が起こるなんて素晴らしいよねぇ」
にこにこと笑いながらも目が笑っていない。
一歩、また一歩。
男が近付くたび、足元から恐怖が這い上がってくる。
「新たな神によって裁きは下され、人間の王は倒された」
「ひ、ひぃ!」
未知の恐怖から一人の翁が男へ向かって術を放とうとした。
しかし――
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
術は放たれる事はなく、本人の内で暴発し、術者本人の命を奪った。
「っな」
何が起こったのか何て理解出来なかった。
ただ目の前の男は指の一本も動かしていなかったはず。
「闇の世界に囚われた哀れな亡者」
バタリ
声を上げる事もなくまた一人の翁が倒れた。
「!?」
「君達を闇から解放し」
バタリ
一人。
「死を持って終わらせる事を許そう」
バタリ
また一人。
目の前の男は何もしてない、右手に持っている剣どころか、指の一本も動かした気配はない。
ならばなぜ、次々と仲間が倒れてゆくのだろう。
なぜ、自分は動けないのだろう。
なぜ、こんなにも喉元が冷たいのだろう――。
「……っぁ」
意識が遠ざかる寸前、視線を動かして見たものはにぃっと笑う黒い影。
「ひぃぃぃ」
パニックを起こし逃走しようとした翁を紅蓮の炎が襲う。
悲鳴さえ炎に飲み込まれた。
「でもまぁ、死を許すからと言って罪は許さないけどね、魂は煉獄に送ってあげるからゆーーっくりと罪を償ってよ」
最後の一人になった翁はすでに腰を抜かして動くことすら出来ないでいた。
ただ男の言葉を聞いているだけ。
「煉獄の王様は俺の臣下でね、よろしくって伝えてあるから大丈夫だよ」
じゃあバイバイ
軽い別れの言葉と同時に紅蓮の炎に飲み込まれた。
「一人、二人、三人……全部で七人、か」
消した翁の数を数えて終わったと呟く。
「闇に囚われ、守るべき者を見失った七人の賢者、どこの世界でも同じだな」
昏く笑う刀鬼の顔をそっと影が覗きこむ。
「大丈夫だよ黒曜、心配する事はない。俺達の世界へ、父さんの所へ帰ろう」
優しく囁くと影が嬉しそうに笑い、刀鬼の内へと姿を消した。
「いつか変えてやるさ、この世界のように俺達の世界も」
崖に立ち下を見下ろす。
この世界でやるべき事は終わった。
世界は人の手を離れ、新たな神の手に委ねられる。
それが正しいかどうかは、これから彼らが決めてゆけばいい。
春日「血を流すなとは言ったけどね、蒸発させるまでは分かるとしても魂浄化とか、え、何、刀鬼あの子に何したの???」