第5話:侵入者
祭りが終わって数日、村に戻った日常。
一向に引かない熱にも慣れてきて、部屋の外へも出れるようになった。
領主と接触する事で楽になる理由にも検討が付き、なら少しでも側にいようと、邪魔にならない範囲で領主の後を付いてまわっている。
小さな子供が領主について回る姿に、ギルバート様にお子がいたらこんな感じなのでしょうなぁと年寄りの一人が相好を崩した。
領主の名はギルバート・ロレンス、祭りの少し前に教えられた名前。
代々領主を務める一族だとか。
(代々、ね)
皮肉めいた笑みが口元に浮かぶ。
(あの身で人間に紛れて暮らすのは辛かろうに、何で領主なんてやってるんだろ?)
恐らく、いや、間違いなく領主はあの種族なはずなのだが、伝承や本で伝えられる類の弱点が一切効いていない。
聖水や十字架はこの村にないものの、降り注ぐ太陽ならばある。
しかし最後の弱点とも思われるそれすら平気なようだ。
なぜなら祭りの準備中、燦々と降り注ぐ太陽の下を何度も行き来しているのを見たし、外で子供達相手に遊んでいる事もある。
眩しさに時折眉をひそめる程度で、その他の異変は一切見られない。
「――では領主様――」
扉越しに聞こえるのは村人と領主の声。
今日はこの村にある特産品を売ったお金で、何を購入するかを談義しているらしい。
(特産品ってなんだろ?)
よく分からないがとにかく高値で売れるらしく、その値段たるや村が一年楽々暮らしてゆける金額になる事もあるとか。
(けどそんなに裕福には見えないんだよなー、余裕はあるのは分かるけど)
村人はみな慎ましく生きており、日々の食料も基本的に自給自足だ。
領主は立派な館に住み、高価そうな品々に囲まれて暮らしているが、よく見ればどれもこれも年代物で、値が付けられないほど希少な品々ばかり。
恐らくあれは領主個人のもの、『代々伝わる』骨董品なのだろう。
(残ったお金をギルが横領している可能性は皆無だろうなぁ、お金に興味ないだろうし、そんな事をするぐらいだったらどこかに寄付して――るのか?)
性格上、一番可能性が高い。
(子供好きな事も踏まえると、この国にあればだけど養護院とか?)
ありえる。
むしろ経営していそうだ。
カタン
一人頷いていると、不意に小さな音が耳に届いた。
音は奥の書斎から聞こえた。
領主は会議中、意識は村人達に向けられており、小さな物音になど気付けないだろう。
音を立てぬようそぅっと扉の前を離れると、音のした方へと足を向ける。
村全体には結界が張られており、魔物が侵入する事は無い。
領主は人徳があり、尊敬や崇拝はされていても敵意を持つ人間は皆無。
もしこの館に侵入する者があれば、領主を邪魔に思うよその者か、よそ者にそそのかされた村人か、あるいは盗賊の類、何にせよ他人の家に忍び込む人間がまともであるわけがない。
(魔物に対する対策は出来てても、人間にはとんと無防備なんだよねぇ)
書斎の扉に耳をつけ耳を澄ませば、確かに書斎の中で誰かが動く気配。
扉に手をかけそっと開ければ、入り口に背を向け、男が一人書斎の中を漁っていた。
整頓されていた本は床に投げ出され、机の引き出しに入っていた書類も机の上に散らかされている。
「何をしている」
「え?」
「!?」
振り返れば領主が立っていた。
「誰かいるのか?」
答える前に扉に手が掛けられ、書斎の扉が大きく開かれた。
「――お前は」
「っひ、ひぁぁぁぁ!!」
中にいた男が叫びながら領主へと突進してくる。手にはギラリと鈍く光る短剣が握られていた。