第40話:一番可哀想なのは誰
≪SIDE:A≫
片腕を失い、命を削られ、帰還した先に待っていたのは妹の死。
あの時私は確かに心が闇に染まるのを感じた。
理性が崩壊し、憎悪と言う名の牙を王とその兵に向けた。
けれど
突如現れた黄金の女神が全てをさらった。
「戦の神よ汝に供物を捧げん」
小さな祈りの声。
空に響く凛とした声に闇が祓われた。
酷い事をする。
あのまま理性を崩壊させていた方が、ずっと楽だったのに。
女神よ、妹のいない世界で生きていけと貴方は言うのか。
≪SIDE:B≫
私の花嫁は可愛らしい。
今まで愛情を受けるのは妹の役目と思っていただけに、愛情を注げば注ぐほど照れと困惑で迷う姿は一日中愛でていられる。
彼女は妹を可愛いというが、あの程度の可愛らしさならば私の村にたくさんいた。
純潔ではないので食指は動くわけがない。
愛されて当たり前と思っている傲慢さが瞳の奥にある、本人が気付いているかどうかは別として彼女の周囲に置いておきたい人間ではない、色々な意味で。
刀鬼に頼めば穏便に遠ざけてくれるだろう。
我が花嫁は良く刀鬼を殴ろうとしているが、頭突きを喰らって理解した。彼女の攻撃力は私達にも通じるほど高い。
あれの威力で殴られたら無傷ではいられまい、なるべく怒らせないよう努力しよう。
しかし押し倒しただけであの反応とは……口付けしたら無事でいられるのだろうか。
戦闘で引き締められた腰のライン、時折獰猛に笑む愛しき瞳、剣ダコのある戦士の手、ああ早く極上のドレスをまとわせ誰よりも幸せな花嫁として愛でたい。
照れ隠しに悪態を付きながらも瞳は涙に潤んだりするのだろう、私の理性が持つか少し心配になってきた。
涙を拭きとり、片膝をついて指輪を送ってプロポーズ。
これで完全に堕ちる。と刀鬼が言っていたので実行は絶対だ。
……そう思っていたのに、ドレスを作る職人が王によって殺されたとは……何と酷い事を……嗚呼、結婚式が!! 綺麗なものを着せて嫌がる姿とか見たかったのに! 私の計画が!
移動時間と話を聞いていた時間が無駄になった。
不意に村の外が騒がしくなる。
近衛兵が戻ったのかもしれない、しかもこの気配、あの白い魔物?
あの晩とは違う闇落ちした気配
ここは私の治めていた村と近い、闇落ちした魔物を放置するのはあまりに危険だ。
だが刹那、闇が霧散した。
代わりに強い光の威圧が周囲を支配する。
無意識に光の気配を追えば、そこに広がっていたのは血の海。
中心にいるのは私の唯一。
舞うように命を狩る姿はまさに戦の女神。
千はいただろう軍をたった一騎で打ち滅ぼし、ぼんやりと戦場に佇む姿はどこか儚げ。
私と釣り合わない? でも隣に立ちたい?
ふふ
万の言葉を尽くした愛の言葉より心を揺さぶられる。
「私が貴女を選んだ。それが全てですよ」
私は隣でなく膝の上でも全然構わないのだが、帰ったら昨日よりもっと愛情を注いであげなければ。
どろどろに甘やかして、私がいなければ夜も明けないようになればいい。
「もう戦いは終わりですよ、愛しい人」
ドレスは残念だったが服を脱がす事に意義がある。
ぼんやりしている今とか絶好の機会。
このまま連れ帰って一緒に風呂に――いや、理性が持つか怪しい。
魔物としての婚姻は成立しているので人間の儀式など本当なら必要ない、だが刀鬼から結婚式の話を聞いた時の私の花嫁の姿が忘れられない。
あれは可愛かった。
世界一着飾らなければいけないと使命感が生まれた。
刀鬼がいなかったら部屋に連れ込んでいただろう。
結婚式の手順などどうでもいい気がしてきた。
このまま連れ帰り、そのまま喰うか。
よし、そうしよう。
そうと決まれば帰ろう。
「早く一晩中愛し合いた――」
そこで記憶が途切れた。
つまり、嫁の指がじがじしながら、一緒にお風呂に入る事を妄想していたんですよ。
殴られても文句言えないですよね?




