第19話:昔話
空から落ちた不審人物でしかない自分を助け、看病して護ってくれた彼に国と、出来れば信頼できるお嫁さんをあげたいな。と思ったきっかけは一冊の本。
書斎の隠し棚に大事に保管されていた古い古い本。
手作りゆえに形は歪だったけれど文字は解読出来た。
まぁ万が一にも持ち出したのバレて色々気まずくなるのも嫌だったので、簡単に複製して彼が執務をしている間にこっそり読んでいた。
書物に書かれていたのは国の歴史と彼の一族の物語。
遥かなる昔、この国は魔物の国だった。
人間は小さな集落を作って暮らし、魔物に怯えながら暮らしていた。
どうせなら魔物が進化して人型になったのとかいたら面白かったんだけどね、無論お持ち帰り――しないとは言い切れないけど。
獣人とかロマンだと思う。
耳とか尻尾触りたい、思う存分もふもふしたい、胸に飛び込んで全身でもふみを味わいたい、肉球マッサージ受けたい。
高級ブラシで全身ブラッシングとか、爪の手入れとか、牙のお手入れも大事だよね、どっかにいないかな獣人、是非とも仲間に迎えたい。
え? 外で会った狼? あれは違う、あれはただの変化であって進化の類じゃないから。
話が逸れたね、ええとなんだっけ?
そうそう、魔物の国だった頃、一人の青年が剣を取って立ち上がった。
最初は小さな抵抗だった、けれど彼の勇気に動かされ、一人、二人、立ち上がる者が続く。
勇者って奴かな?
だけど――所詮ただの人間。
ある時魔物の群れに囲まれて絶体絶命に追い詰められた。仲間が次々倒れる絶望、諦めるな、ここで倒れたら家族が悲しむ、共に生きて帰ろう――陳腐なセリフだな――仲間を励ましながらも劣勢は覆らなかった。
え? なら俺なら何て言うかって?
まず雑魚に囲まれて絶体絶命という状況がありあえない。
いいから言ってみろて……んー……そうだなぁ、「その程度で死ぬような奴はいらない」……え、何、何でそんなに椅子離したの。
話の続きをって、色々酷いね君、質問したのそっちなのにさぁ。
まぁともかくお約束的展開として、救いは現れた。
それがギルバートの先祖。
安息の地を求めて一族を連れて現れた彼は、血の海に立つ人間に手を差し伸べた。
圧倒的な力と永遠とも言える寿命を持つ血族。
神に近き力を振るい彼らはともに戦い、互いを友と呼ぶようにまでなり、魔物を退けて人間の暮らせる国造りを実現させた。
人間の青年は建国王、ご先祖は救世の英雄と呼ばれ人々に愛された。
『愛された』
過去系なんだ。
人間は死ぬ、死んで時が流れ世代が変われば忘れる。
自分たちの先祖を建国の英雄とし、救世の英雄の存在を闇に葬った。魔物と手を結んだ過去を忌み嫌ったんだね。
これもまたよくある事なんだけどさ、人間は強大な力を持つ魔物を恐れたんだ。
彼らも彼らで結構お人好しな種族なのかな、ギルバートを見た限りお人好しっていうか基本人間が好きな一族なんだろうな。
ゆえに彼らは滅びた。
愛し、護り、見守ってきた人間に裏切られる形で。
裏切られた世代、ギルバートの父親の怨嗟が本に書かれてたけど、あれちょっとした呪いだったよ。
人間への呪いの言葉が血文字で綴られてた。
妻を惨い形で殺されたと、形が残っていなかったって。
娘はさらわれ、魂は4つに引き裂かれ街を守る結界の礎にされたと。
ギルバートだけは従者が左目と引き換えに守り抜いたとあったんだけど…………ん? 左目? ベリルの事かな? ギルより年上だったのか、しかも父親の従者だったとかそりゃ強いわ。
この本を読んだギルが何を思ったのかは分からない。
ただ一つ。
ギルは人間を滅ぼす道を選ばなかった。
父の消息を探すため、降りた街で見たのは飢えと病に苦しむ名もなき民。
ギルは優しい、ずっとずっと昔から変わらなかったんだね。
本の最後にはギルの筆跡で子供たちには罪はない、彼らから親を奪ったせめてもの償いに私は彼らを守り育てようって書いてあった。
孤児らを集めて一つの村を作った。魔物にも人間にも干渉されない村を。
らしいよなぁ
っていうか、うん、そりゃぁ俺の看病とか手馴れているわけだ。
年季が違う。
子育てのプロフェッショナルと言えば良いのか…
本気で寝かせに入ると逆らえなかったしなぁ、お菓子とか美味しかったなぁ。
砕いたナッツがいい歯ごたえでさぁ、あ、紅茶お代わり。
ギル連れて帰っちゃダメかなー?
希少種保護したいなぁ。
こんなさぁ、ゴミみたいな世界にギルは勿体ないと思うんだよ~。
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いやまぁ色々言い訳したけど、本当のこと言えるわけがない。
ギルバートを気に入った本当の理由――食べたクッキーの味が父さんのそれと似ていたからなんてさぁ。