第16話:か弱き乙女?
教会へ向かおうとした直後、町中に警報が鳴り響いた。
何が起きたのか疑うべくもない、魔物が襲撃したのだ。
人々がパニックを起こす中、領主は人ごみを掻き分けて教会へと向かった。
もし今が夜ならば、闇を塗って移動できるのに――。
嘲笑うかのように教会で大規模な爆発が起こった。
南の町は特に信心深く、ミサは毎日行われる。
魔物に囲まれ暮らす毎日、いつ襲われるとも分からぬ恐怖に怯えながら平穏な日々を神に願う。
町が襲われ、聖女が狙われる事件が相次ぐ中、ここもいつ襲われるか分からない。
神よ我らを救い給えと祈っている最中、魔物の襲撃を知らせる警報が響いた。
悲鳴を上げながら信徒達が逃げてゆく。
遠くに悲鳴が聞こえる中、祭壇を前に一人の少女が傅いていた。
ベールを深くかぶり、跪く姿は祈っているように見える。
「ねぇ君、ここで何をしているの?」
優しげな声に顔を上げれば、いつの間にか祭壇の上に人が立っていた。
「ここは危ないよ、もうすぐ魔物が来る」
ああ、神様、感謝します。
ステンドグラスを背に立つ姿は、本当に美しいものを見た事がない少女の胸に泣きたくなるほどの感動を呼んだ。
光を反射する金糸の髪、澄んだ蒼の瞳、純白の衣装に所々に金をあしらった服を纏った姿は、本の中の天使を思い出すに十分だった。
「天使様」
震える声で呟けば、天使は苦笑いを浮かべた。
「御使い、金の騎士、そして今度は天使ときたか」
音もなく祭壇から舞い降りた人物が少女の前に膝を付いた。
「君は聖女じゃないでしょう?」
「――っ」
見抜かれた事に少女が息を呑む。
くすりと笑みを刻んだその表情はぞっとするほど冷たかった。
「リリアァァァ!!」
怒号とともに爆音が響き、教会の一角が破壊された。
「リリア!」
崩された壁から突入して来たのは、両手に斧を携えた男勝りな女だった。
横で腰を抜かしている娘と同じブラウンの髪は血に塗れ、宝石のような碧の瞳は怒りに燃えてとても美しい。
「すげぇ、あれ人間?」
欲しいなぁと呟く声は壁が崩れ落ちる音にかき消された。
「貴様が御使いか、リリアは渡さん!」
「……」
「や、やめてお姉ちゃ――」
「!!!」
振り下ろした斧は男に届かなかった。
斧を止めたのは黒いもや。
もう片方の斧で攻撃しようとしたが、別の黒いもやに腕を押さえつけられてしまった。
「立ちなさい」
静かな声に少女が怯えながらも立ち上がる。
姉と呼んだ相手とは対照的に弱々しく揺れる瞳、慈しみ守られる側、誰かの隣に立ちともに戦うなど到底できないだろう。
「人間達はこの娘を聖女の代わりとして差し出した。いなくなっても嘆く事もしなければ取り戻そうとする事もないだろう、だが――君は違う」
「!」
男が軽く手を振ると黒いもやが消え、動けるようになった。
「この世界の人間達は酷く傲慢だ。もしここで君がこの子を連れ去り、魔物か御使いの怒りを買い、町が滅ぼされるような事があれば一生追われる身となるだろうね」
「そんな事、百も承知だ」
「こんな狭い世界のどこに逃げるというんだい?」
「貴様に連れて行かれるのを、指をくわえて見ていろとでも言うのか!」
ふわりと浮かべられた美しい笑みはまるで悪魔のようだった。
「一つ、取引をしないかい?」
「取引?」
怪訝な表情で視線をよこした女に、男が楽しげに笑みを浮かべた。