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第10話:お仲間登場

 それは満月の夜、やってきた。






 黒猫に姿を変えたベリルと少年が楽しそうに戯れるのを見ながら、ベッドの上であまり暴れるなと苦笑い混じりに注意する。

 はぁい。と返事だけは返ってくるものの、一向に大人しくなる気配はない。


「やれやれ、困った王子様だ」


 慣れた動作で胴を捕らえ、無理矢理ベッドに押さえつける。


「もう寝なさい」


 厳しく言い放っても楽しそうに笑って寝ようとしない、むしろ構ってもらえたのが嬉しいとでも言うかのように、さらにテンションが上がってしまう。

 挙句にベリルまでひっくり返ってゴロゴロ鳴き始めた。

 今宵はこの方法ではダメらしい。


「私も寝るから」


 はしゃぐ二人を少し転がし、ベッドに体を横たえるとベリルと戯れる少年を片腕で引き寄せた。

 ぽんぽんと一定のリズムで背中を叩きながら、遠い昔聞いた子守唄を口ずさむ。


「ふふ」


 ようやく大人しくなった少年が体から力を抜いた。



「――」


 突如感じた凄まじい邪気に、少年が身を固くするのが分かった。

 ベリルも全身の毛を逆立て窓の外を警戒している。


 穏やかな夜を乱した来客が、寝室の外のバルコニーに舞い降りる。

 夜に映える白い肌、血を吸ったような紅い唇、髪は銀に染まり、深淵を映すどこまでも昏い瞳。


(こいつやばそう)


 人ではない。


 魔物、それも相当危険な類の。


 黒を基調に着こなす領主とは対照的に、外の人物は白に身を包んでいる。

 だから、と言うわけではないのだが、潔癖すぎるほどの印象がかえって強い警戒心を生んだ。


「ここにいなさい」


 少年に動かぬよう言いつけ、異空間から取り出した剣を片手にバルコニーへと出た。


「はじめまして、長さま」


 月を背に妖艶に笑みながら胸に手を当て恭しくお辞儀をし、ゆっくりと顔を上げる。


 微笑んでいるのに目が笑っていない。

 昏い瞳の奥で領主を品定めしているのが分かった。


「何用だ」


 厳しく言い放つ領主に訪問者がくすりと笑う。


「これはこれは手厳しい、さすが人間を守っているだけはある」


 男の視線が領主からベッドの上でこちらを見守る少年へと移される。

 刹那、昏い瞳の奥に灯った妖しい光。


「!」


 咄嗟に庇ったものの間に合わず、白の訪問者は笑い声を残して闇へと帰した。


「っく」


 ギリリと奥歯を噛み締める。


(魔物が、奴らが私を訪ねてくる理由など限られているというのに――)


 今回の相手は明らかに宣戦布告をしに来た。

 あの瞳。

 あれは獲物に『印』をつける一種の術。

 突然現れた白き魔物は、領主への宣戦布告として少年を狩る事を宣言したのだ。


「あー、やな奴に目を付けられたなぁ」


 どこか間延びした声にハッと我に返る。


「ああいう陰湿そうなタイプって苦手なんだよね」


 ぼやきながら領主の横を通り、相手がいない事を確認するように辺りを見回す。


「動ける、のか?」

「平気平気、防いだから」

「え?」


 さらりと言われた言葉に動きが止まる。

 防げるようなものではない、はず。


「大分安定してきたからね、少しぐらい力使えるんだ。けど……もう少し使えるようにしておいた方がいいかなー?」


 分からない事ばかり言う少年は、不意に領主に向かって腕を差し出した。


「ちょっと食べてくれない?」

「……!!!」

「あ、だめ? 仕方ないなぁ、少し威力は下がるけど」


 軽い動作でバルコニーの手すりに座ると、領主に向かって手を伸ばした。

 子供特有の暖かな手が胸に触れる。

 トクリと命の音が聞こえた。


「――っ」


 黄金のオーラが少年の身体を包み込み、ゆるりと弧を描くように腕を伝って気が領主へと流れ込んでくる。


 月を背に笑う子供。

 金色に変化した瞳に気付き、ぞくりと背筋に戦慄が走った。

 思えば恐怖を抱いたのは初めてだったかもしれない。

 気を喰らっているのは自分なのに、喰われているかのような錯覚。


(ああ、なぜ、気付かなかったのだろう)


 随分と長い間一緒にいるというのに、今日までただの一度もこの少年の名前を呼んだ事がないと今更気付く。


 名前を知らないわけではない、名前は教えられた、自分が名を明かした時に。

 呼ばないのではない、呼べなかったのだ。

 少年の周囲に渦巻く強大な力に圧倒され、名を口にする事が出来なかったのだ。


「僕の名前は?」

「――刀鬼」


 神聖な供物を喰らうかのように、静かにその名を口にした。


やっと呼べた


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