これからの話をしよう
数日後。ヘルンリートの街に滞在していた私は、冒険者ギルドに呼び出された。
別室に通され、どこかで見たことあるような冒険者のお兄さんと一緒にカウンターのお姉さんの話を聞く。
「あなた達の証言の裏が取れました。ゴブリンキングを討ち、大規模なゴブリンの棲家を壊滅へと追い込んだことを当ギルドは高く評価します」
テーブルに載せられるのは、革袋に入った多量の銀貨。村では見たこともないほどの大金だった。
冒険者の仕事ってこんなに儲かるのか。これは、ちょっと、とんでもないぞ。
……やってみようかな、冒険者。
『やめとき。ミーチェには無理や』
(そんなこと無いって。聖剣があれば、私だって)
『金に目をくらますんやない。冒険者をやるってことは、死体とねんごろになるってことやで』
脳内でルージュちゃんと会話する。なぜかわからないけど、私の考えてることはルージュちゃんにも通じる。きっと以心伝心なんだろう。
私も考えたんだ。私たちにはお金が必要だ。旅をするための装備を揃えたり、旅費を賄うためには冒険者になるのが一番手っ取り早い。
『まさか……。ミーチェ、まだ勇者のやつ追う気か!?』
(そりゃそうでしょ。聖剣、ちゃんと返さないと)
『やめーや! こんなもんどっかの山に埋めて、知らんぷりしよまい! それがええって!』
(この剣を必要としてる人がいるんだよ。私たちの手元に置いておく訳にはいかない)
己が運命に背を向けてはならない。母上様はそう仰っていた。
あの時はどういう意味かは分からなかったけれど今ならわかる。たかが忘れ物の配達と言えど、これはきっと私の運命だ。
勇者が背負った運命に比べればこれくらいは軽いものだ。村娘A、しかとその任承りましょうとも。
(怖いし、嫌だよ。私は安全な村で暮らしたい。でもね、運命から逃げたっていう後悔の上に、私は安穏を見いだせないから)
『……本気か? 本気の、本気か? マジモンのマジで言っとるんか?』
(マジマジ。マジモンのマジ)
うがうが唸っていたルージュちゃんは、『……勝手にせーや』とふてくされて薄くなった。
奇妙な表現だけど、薄くなったとしか言いようがないほどに、ルージュちゃんは薄くなった。
「ミーチェさん、ミーチェさーん? お話聞いてましたか?」
「え、あ、はい。なんですか?」
「聞いていなかったんですね。良い返事です」
「どうも」
「褒めてません」
照れる。
こほんと咳払いをひとつ。お姉さんはもう一度話してくれた。お手間をおかけします。
「本来ならば報酬金の分配はパーティ内で行ってもらうのですが、今回ミーチェさんは一般人ですので。報酬分配についてギルドが仲介しようというご提案だったのですが」
「あ、私冒険者やることにしました」
「えっ」
お姉さんは素で驚いていた。レアな顔だと思う。
「……本気ですか? 大変な目に遭ったはずですが、それでも冒険者になると?」
「はい。勇者を追うにはそれが適しているので」
「見かけによらず思い切りが良いですね……。実力の程は証明されましたし、こちらから口を挟むことではありませんが。言っておきますが、大変ですよ?」
「覚悟の上です」
何もこの道で身を立てようってわけじゃない。あくまでも聖剣を突っ返すまでの間のバイトだ。
全部終わったら、村に帰って宿屋を継ぐ。これだけは譲れない。
「そういうことでしたら報酬金の分配はお二方で話し合ってください。ヴィンターさん、あなたなら大丈夫だとは思いますが、問題無い形で分配してくださいよ」
「わかっている。命の恩人だ、無碍にはしないさ」
「では、ひとまずこの件は以上とします。ミーチェさん、冒険者についての簡単な説明をしますので後ほどカウンターまで寄ってください」
それでお姉さんは部屋を後にした。残されたのは私と、冒険者のお兄さん。
「ヴィンターさん、でしたか」
「そう言えばあの場では自己紹介もしていなかったな。ヴィンターだ、冒険者をしている」
「ミーチェです。この度は大変お世話になりました」
ルージュちゃんいわくこの人にはお世話になったらしいけど、主観的には初対面だった。
とは言え冒険者ギルドに色々と手引してくれたらしいし、恩義は感じている。手を貸してくれたなら良い奴だろうよ。
「報酬だが、これくらいの配分でどうだろう」
ヴィンターは革袋に手を突っ込んで、きっかり銀貨を10枚抜き取って自分の手元に置いた。
残りを革袋ごと、私の方に突き渡す。
「……私の分、多くないですか?」
「君がいなければこの報酬を受け取ることも無かった。適切な配分と考える」
「あの、私これから色々買わないといけないものとかあるんで。遠慮しませんよ? このままもらっちゃいますよ?」
ヴィンターさん(敬称をつけることにした)はそれでも頷いたので、ありがたく頂戴することにした。貰えるもんは貰っとけ。上等だ。
初期資金にしては十分な額。これなら旅費も賄える。すぐにでも勇者を追えるだろう。
「君は、これからも勇者を追うのか?」
「……? 何故、それを?」
『あー。うちが言ったんや』
ちょっとだけ濃くなったルージュちゃんが口を挟む。勇者追ってるってこと、この人に言ったんだ。
「……初心者の一人旅は危険だろう。ここに所属していたパーティが壊滅し、手持ち無沙汰になった冒険者が居るんだが、どうだ。経験ならそれなりにあるぞ」
「それって、どういう」
「言い直そう。君さえ良ければパーティを組まないか?」
パーティを組む、ね。
怪しく思うところもある。ミーチェちゃんは人類の至宝だし、聖剣もまた人類の宝だ。仲間の振りして狙うには十分すぎるほど魅力的な獲物だということは、重々承知している。
しかし、確かに私は初心者だ。熟練者が手を貸してくれるのなら、それは大きな助けになる。
(どうしよう)
問いかけた声に返事はない。ルージュちゃんは何かを考え込んでいる様子だった。
返事は今でなくていいとヴィンターさんが言うので、ひとまずその場では保留とさせてもらった。