『聖剣』
うちとにーちゃんが繰り出した、初対面とは思えないほど息があったコンビネーション。シンクロする死線の中で閃いた刹那の連携。
ただそれは予定とは少し異なる形で現れていて。
具体的に言うなれば、左右に散開するはずだったうちらは、2人揃って仲良くゴブリンキングへと突っ込んでいた。
「「……っ!?」」
驚愕が交差し、すぐに得心する。どうも考えてたことは同じらしい。まあええ、そんならそれで腹くくってやろか。
走りながら編み上げた魔法がゴブリンキングの顔を焼き、にーちゃんの剣閃が腹を斬る。
完璧なタイミングで放たれた二重の攻撃。一気呵成の突貫はゴブリンキングの防御を破り、確実なダメージを与え、反撃を受ける前にうちらは綺麗に下がった。
「あははははっ! なーにが必ず生きて帰るや、自分囮になる気マンマンやんけ! にーちゃん、おもろいわ! ギャグセンスあるで!」
「最期くらいカッコつけさせてくれよ。命の恩人を死なせるなんて、それこそギャグにもならない」
「アホなこと言うなや。にーちゃん犠牲にして自分だけ生きて帰ってしもたら、母上様にど叱られるわ」
しかし、困った。舐めた真似したせいでゴブリンキングは随分とお冠だ。
同じ手は二度は効かん。にーちゃん見捨てて抜ける算段は有り得ない。かくなる上は、手段はひとつ。
「やるしかないわな」
鞘から聖剣を抜き放つ。
ずしりとした重量のそれを片手で握るには重くて。松明を口に咥えて、聖剣を両手で構えた。
「ひーひゃん、ひゃうへ」
「何言ってるかわからん」
「ふひひ」
ルージュちゃんやったるで。ミーチェちゃん、見とってーな。
聖剣の力はお墨付きや。いかに敵が大物と言えど、当てさえすれば確実に息の根を止めてくれる。多分な。
ほんま、こないなけったいなもん置いてくとか、勇者のやつは何考えとんのやろ。うちらみたいな人類の至宝が拾ったから良かったけど、悪い人の手に渡ろうもんならタダじゃすまんわ。
「ふっ……!」
駆けた。
剣を寝かせてまっすぐ。狙うのは最もリーチのある刺突。重量を抑えきれず剣先がぶるぶると震えとるけども、聖剣ならきっと応えてくれる。
お世辞にも綺麗とは言えんランニングフォームやったが、風翔靴の力で速度だけはかなり出とる。
肉薄するまではほんの一瞬。一瞬のつもりやった。しかし。
その一瞬は、武に生きるものにとってはあくびが出るほどに長かったらしい。
「げら、げらららららっ!」
ゴブリンキングが片手に握る錆びた大剣が、知覚はすれど反応はできない速度で振るわれる。
寄ったから斬った。そう言わんばかりの、あまりにも気軽な攻撃。しかしそれは。
うちにとっては、間違いなく致命の一撃だった。
「させ、るか、よっ!」
ガインと金属質な音が鳴り響き、錆びた大剣が弾かれる。宙に舞うのはにーちゃんが持っていたショートソード。
ぶん投げて援護してくれたらしい。命を預ける得物を投げるとは、中々無茶なことやってくれる。でもナイスやで。
にっと笑って、最後の一歩を踏み込む。サンキューにーちゃん。後任しとき。
「ひねやあああああああああッ!!」
叫びと共に聖剣を突き刺す。狙いは胴体ど真ん中。
聖剣の力があれば間違いなく致命の一撃だ。これだけ綺麗にぶっこんで、まさか耐えようはずも無い。
持ちうる力を全力で叩きつけた、うちにできる最高の一撃。
それは、ゴブリンキングの皮膚の一枚も裂かず、あまりに軽く弾かれた。
「へ」
跳ね返った衝撃に腕が痺れる。それ以上に、頭の方に衝撃が来ていた。
聖剣が、弾かれた……? この剣が? 皮の一枚も穿たず、力負けした!?
だとしたら、もはや策は無い。聖剣でもダメだって言うなら、もうこれを倒すことはできん。
目の前で錆びた大剣を構え直すその異形を、痺れた腕で対処などできるはずもなく、ただ呆然と見上げていた。
「……はひはー」
万策尽きた。
せめてもの幸運はミーチェが眠っていることやろな。あの子にこんな目に合わせるわけにはいかん。きっとあの子は、耐えられない。
ま、うちが耐えられるかって言えば、そうでもないんやけど。でも宿主様のセーフティガードたるうちの役目としては十全やろ。
うちは元々存在してはいけないもんなんやから。これくらいの扱いで、ちょうどええ。
「そういえば教えてなかったね」
キンッ、と。軽い金属音が響き、錆びた大剣が斬り落とされる。
軽く、鋭く、流麗な斬撃。素人目にも途方もない技術を感じさせるそれは、細身の青年から繰り出されていた。
鳶色のクロークを纏った黒髪の男。特徴のない顔にあるいまいち感情を捉えづらい瞳が敵を映す。
見間違えるはずもない。こいつのことはよく知っとる。
探し求めていた勇者がそこに居た。
「聖剣は使い手を選ぶ。誰でも扱えるわけではないんだ」
借りるよと言って、勇者はうちの手にある聖剣を取り上げた。
そのままくるりとゴブリンキングを向き直し、振り向きざまの一閃。
点と点を真っ直ぐに線でつなぐような美しい一撃。聖剣が光り輝き、太陽の力を纏いながら放たれたそれは。
迸る光の奔流と共に、ただの一撃でゴブリンキングを葬り去った。
「……来るのが遅いんとちゃう?」
「すまないね、道が混んでたんだ」
「白々しい言い訳も大概にしとけや、アホ」
「ところで君は誰だい?」
勇者の瞳には感情の色を感じない。敵意とも好意とも取れない視線に晒されて、うちは生唾を飲んだ。
「知らん仲やないはずやけど」
「ミーチェのことは知っている。ミーチェの中に入っている君は誰かと聞いているんだ」
「……ルージュ。ミーチェにはその名をもろた」
「そうか。僕はただの旅人だ、よろしく頼むよ」
「よー知っとるわ。あんたが旅人やなくて、勇者ってこともな」
握手をしようって雰囲気では無かった。こいつは味方じゃない。うちの直感がそう言っている。
ミーチェに対応するこいつはもっと優しげな顔をしていたと思ったが、うちに対してはそうでもないらしい。
「あんたがアホなことに巻き込んでくれたからな。ミーチェの心を守るため生み出されたんがうちや。ある意味では、うちみたいなもんを生み出したのは、あんたの責任やで」
「次代は随分と心が弱いらしい。才能は僕以上なんだけど」
「聞かせてくれるか。なんでこんなことをした」
「想像に任せるよ」
言う気はない、と。舐めたマネしてくれるわ。
なんだってええ。こいつにいちいち付き合う気は無い。背負っていた月の鞘を外し、勇者に突き出す。
「これ、返すわ。あんたのもんやろ」
「君に預けよう。君ではなくミーチェにだけど」
「……返すと言っとる。あんたの企みに付き合う気は無い」
「さて、そろそろお暇しようか。ミーチェによろしく言っておいてくれ」
「んなっ」
逃がすか、と伸ばした手もすり抜けて、奴は消えた。
勇者の居た場所に残されたのは太陽の剣。暗がりの中にありて光り輝くそれを残し、奴は消えていった。
「こなくそーっ!!」
叫ぶ声も届かずに。
散乱する死体の中、煌々と光り輝く聖剣がうちの前に鎮座していた。