Crazy Panic with HOLYSWORD!!!!!
悲鳴がこだまする真っ赤な洞穴を、ルージュちゃんと共に探索する。
進む中途で視線を感じる。闇の中より浮かび上がる瞳に映る感情は、恐怖の色をしていた。
姿を見せない視線の主はここに住んでいた彼らだ。侵略され、死骸を踏み潰される彼らが抱く感情は、想像するにはあまりにも容易い。
でも私は想像しない。だって心が壊れちゃう。
「気味が悪い場所だね、ルージュちゃん」
『せやなぁ。こないなけったいな場所、はよおさらばしたいなぁ』
「さっさと届けて帰ろうね」
今の私にはルージュちゃんの姿が鮮明に映っている。数分前から突如として喋るようになった彼女に違和感を覚えないでもなかったが、私は努めて違和感を無視していた。
うるさい黙れ。文句あんのか。おびただしい数の死体を目にしてなお動じざるもののみが私に石を投げろ。
心配そうに『無理してへんかー?』と顔を覗き込むルージュちゃんが愛おしくて、抱きしめる寸前に踏みとどまる。忘れるな、彼女の正体は**だ。いいなミーチェ、クールに狂うんだ。
「道が分岐してる……。ルージュちゃん、どっちだと思う?」
『うちの意見はミーチェの直感に過ぎんで? だってうち、ミーチェの脳内の住民やもん』
「そうだね。で、どっちだと思う?」
『……左やな』
「私もそう思ってたんだ! 気が合うね!」
『せやなぁ』
ルージュちゃんと意見があった。嬉しい。
強烈な違和感を蹴り飛ばし、ぐちゃぐちゃの赤を踏みながら気分良く道を進む。
頭の働きが随分とゆるふわになっていた。気がつけば目元に何故か雫が溜まっていたりして、それを無視して楽しく笑った。
しばらく進んだ先、道なりに広大な空間を感じ取る。悲鳴の発生源も近く、ここに多くの生き物がいるようだ。
何かが争うような音も。
『ミーチェ、剣構えや。右手に太陽の剣、左手に月の鞘や。熊いてこました時と同じスタイル、できるか?』
「え、でも。それだとルージュちゃん持てなくなっちゃう……」
『うちって、ああ、松明か。それは一度置いておくんや。光源はもとより確保できとる。な、ええ子やから、言うこと聞き?』
「……やだ」
ルージュちゃんを手放すなんてできない。そんなことできるわけない。
困った顔をしているルージュちゃんの顔を見ていると、頭がゆらゆらしてくる。ダメだよ、私にはルージュちゃんが必要なんだ。
『……分かった。せやったら、うちは握ったままでええ。その代わり腰に鞘吊るして、剣だけでも抜きや』
「うん、分かった!」
ルージュちゃんが言うとおり、腰紐に鞘を吊るして剣を抜く。太陽のように優美な剣。鏡面のように光を跳ね返すそれは、聖剣たるものかくあるべしと言わんばかりの輝きを放っていた。
でも、こんなものより、私のルージュちゃんの方が綺麗だ。だってこんなに赤いんだもん。
『気いつけて』
慎重に広間の中へと足を踏み入れる。
そこで私は、死体を目にした。
ばらばらにちぎれた死体を。目をかっぴらいて絶命した死体を。数多の槍が突き刺さり事切れた死体を。うず高く積まれた死体の山を。
ゴブリンの死体だけではない。身を包む鎧ごと切り裂かれた死体がある。魔法使いのローブを纏った、首を失った死体がある。無数のゴブリンに囲まれて、今まさに死体になろうとしている死体未満もある。
私の中で何かが切れるには十分すぎる凄惨な光景。私は、それを目にした。
「ひ……っ!? や、だ、いやだ、いやだいやだいやだ、いやだいやだいやだ……っ!」
『退くんや……! ミーチェ、退けっ!』
「でも、でも、こんなの、いやだ、まって、なんで」
『ええからっ! ここは下がるで、足ぃ動かせ! はよしいや!』
ルージュちゃんに言われるまま、私は後退った。足元を見ないまま数歩下がり、ころころと足元に転がってきた何かを足を取られて。
――転がってきた人の生首に足を取られ、転倒した。
「ひにゃあああああああああああああああっ!!??」
『ばかーっ!!』
叫び声は私の口から発せられていた。
広間で戦っている彼ら、冒険者とゴブリンは同時に私に目を向ける。あるものは驚愕に目を見開き、あるものは新たな獲物に歓喜して。
「逃げろっ!」
「ぐげ、げがががっ!」
冒険者とゴブリンの声が同時に聞こえる。すぐさま私の首筋目掛けて矢が放たれて、更なるパニックに陥りかけて、
腰に吊るした月の鞘が静かに鳴動し、結界が張られた。
『落ち着け、落ち着くんやミーチェ。まずは立て』
結界の中で呆然とする私にルージュちゃんが声をかける。声に導かれるまま、震える足腰を私は無理に立たせた。
『以前の時も結界の効果はすぐに切れた。おそらくは今回も。そうなったら、その剣だけが頼りや』
「戦えってこと!? 私に!?」
『見つかってしもた以上はやるしかない。慣れん山中、ゴブリン共からひーこら逃げ延びるよりはマシやろ?』
「でも、でも……っ」
『安心しい、ミーチェが手に持っとるそれは世界一の聖剣やけんな。太陽の剣があれば、ゴブリン程度に負けるわけあらへん』
「無理だよ、そんなの。私ただの――」
『うちがついとる。気張りや!』
ルージュちゃんが、ついててくれる。それならできるかもしれない。
右手に太陽の剣、腰に吊るした月の鞘。左手にはルージュちゃん。足りない覚悟はルージュちゃんが埋めてくれる。
そして鞘から発せられる鳴動が収まり、私を中心に展開していた結界が消失する。
やるしかない。やるしかないんだ。
「やらなきゃやられる……。やらなきゃやられる……。やらなきゃ、やられる……!」
結界が解けると同時に飛んできた矢を剣の一閃で切り落とす。こうなりゃやってやる。やってやるよ。
「来るよ!」
『来るで!』
錆びたナイフを手に、ぎらぎらと殺意を纏って飛びかかる子鬼。無我夢中で剣を振り回してそれを斬る。
あっけない手応えだった。さぱっと勢い良くりんごを切ったような感触が残り、ゴブリンは臓物を撒き散らしながら物言わぬ躯に姿を変える。
それを省みる間もなく、次の子鬼を斬り伏せる。斬って、斬って、斬り続ける。私はこんなところで死にたくない。
壁を背にしていたのは行幸だった。背後まで気は配れない。近寄るやつから、順番にがむしゃらに叩き切る。
『ええで、その調子や! 無茶苦茶な剣筋やけど上手く捌けとるで! そのまま近寄ったやつから順に斬ったれ!』
素人同然の私でも、まだ生きているし、まだ戦える。
それを可能にしているのはこの聖剣。動きに一切の邪魔をしない羽根の軽さと、ただの一撃で敵を仕留める力を兼ね備えた凄まじい剣。
振って、当てれば、敵は死ぬ。今この瞬間私を生かしていたのはこの剣であり、私を死地へといざなったのもまたこの剣だ。
『……ッ! まずい、ゴブリンメイジや! 魔法が飛んでくるで!』
ルージュちゃんが指し示す方向に意識を向けると、杖を持ち炎を灯すゴブリンが居た。
魔法が飛んでくる。どうすればいいの? 避けるの? 斬り落とすの?
考えている余裕なんて無い。目の前の敵を斬るだけでも精一杯だ。魔法の対処にまで手は回らない。
『くそっ、上等やんな……! ミーチェ、脳味噌借りるで!』
ルージュちゃんがそう叫ぶと、意識に制限がかかったように思考に靄が生まれる。
細かいことを考えられない。考えるだけの脳が動かない。随分ロートルなおつむになった気がする。
『ちょっとだけ我慢しとってや』
私の体内にある魔力が精製され、一点に凝縮されていく。
生み出されるのは氷塊。凍てつく冷気の塊を投射する魔法が、私の意識の外で構築されていく。
『低級やけど――、アイススロー!』
ルージュちゃんが放った氷の魔法と、ゴブリンが放った炎の魔法が交錯する。2つの魔法は空中で激突し、互いに熱量を喰らいあい、解けて宙に消えた。
間髪入れず放たれた第二射がゴブリンメイジの頭蓋を正確に打ち抜き、頭部に氷塊の一撃を受けたゴブリンメイジは倒れ伏した。
ほどなくして意識の制限が解かれる。鮮明になった意識を取り戻し、周囲の状況を確認しなおして近寄るゴブリンをまとめて切り飛ばす。
『攻撃魔法なんてほんに久々やったけど、上手く行ったわ! な、うちもやるもんやろ!?』
「……えへへ」
『なにわろとんねん』
「ルージュちゃんと一緒に戦えたのが嬉しくて」
『あんなぁ、うちはミーチェが生み出した幻想なんよ? 幻想に意識の半分持ってかれたことをもっと心配しろっちゅーか……』
それくらいいよ、ルージュちゃんなら問題なし。だってルージュちゃんは……、あれ、ルージュちゃんってなんだっけ。
ずぱっとゴブリンを斬り伏せる。気がつけば周囲には無数の屍が築かれていた。
これだけ斬ってもまだ斬れ味が衰える様子を見せないのは、さすがは聖剣といったところか。扱いにも大分慣れてきた。次はどいつだ、と周りに目を配ると、ゴブリンたちは数を大きく減らしていた。
『大分数減ってきたみたいやんな。もうこっち来ようって奴さんはおらへんみたいやけど、どないする?』
「全部始末しよう。全部、全部。皆殺しにするんだ……!」
『……気張りすぎやよ。これ以上はやめとき、残りは本職に任せとこ』
ルージュちゃんがそう言うならそうする。
剣だけは油断無く構えたまま戦況を眺める。数を減らしたゴブリンを冒険者が掃討し、戦いの終わりを迎えようとしていた。