第一章7 『お会いもの』
7(AM 10:40)
「くっそ、あのアホ共。毎回毎回何処行きよんねん!」
男は大型ショッピングモールの中で浮いていた。まるで店内の長い通路をジョギングコースにでも活用しているかのように走っているからだ。
他の客たちは物凄いスピードで走り過ぎていく男に怪訝な視線を送るが、すぐに違う方向へと目を向ける。中には自分の子供が真似して走り出そうとするのを止める客もいた。
子供限定で事を誘発する起爆剤的存在となっている男は、自分が原因になっていることなど露知らず、息を必死に整えながら走り続ける。
「はぁ・・・はっ、俺何してんねやろ・・・っ?こないしんどい目に合わなあかんって、呪われとんとちゃうか俺。ショッピングモール・・・はぁ・・、全力疾走て、する奴中々おれへんぞ!」
全力疾走したせいで体が火照っているのか、所々跳ねた髪をかき上げる。綺麗な赤髪だが、一瞬、ちらりと根元部分から黒髪が覗いた。
鋭い目には己をこんな状況に追い込んだ相手への苛立ちの色が浮かび、更に口からは文句を始めとした言葉が次々と零れ出す男。
「ついさっきまでは、隣におったんやけど・・・、約五秒程度目ぇ離した隙にいなくなるか?普通・・・。忍者か。ま、どうせどこぞの女もんの服に手ぇつけとんのやろうけど。あいつ好きやからのぉ・・・」
まるでショッピングモールという場で堂々とナンパでもしているかのような、誤解を招きかねない表現をする。本人がいないので今は言いたい放題だ。いなくなる方が悪いのだとでもいうように。
男の探し人は二人。一人目はなんとなく今迄の経験と行動パターンから何とか探し出せるとして。
問題は二人目。電話はほとんど電源を切っているか消音モードに設定しているかのどちらかで、電話機能の存在をかなり否定した使用法だ。そもそもが通話自体を毛嫌いするので存在もへったくれもない。それはさておき、前者同様、場所の検討は大体ついてはいるが、放浪者で気分屋故に予想は不可能。探すのに時間が掛かるのは覚悟しなければならないだろう。
ので・・・・。
「しゃあない・・・・。やっぱあいつから探すんが一番やな・・。はぁ・・・、一つより二つ!大物を探す前に仲間を集えってな!・・・・・・いつものパターンやんけ・・・・」
一人で無理ならば人数を増やせばいい。まずは見つけ出すのにそう時間が掛からない方を探し、それから長期戦になりそうな方に取り掛かる、いつものパターンを決行することにした男。だがその前に。
「んぁ~~!ちょお~~~ッ、きゅ・・・休憩~~!!」
ガタンと、男は倒れ込むように、音を立てながらベンチに腰を下ろした。
連れの二人が行方を晦ませてからずっと休憩なしに走り回っていた男に、休息の時間が求められた。体からSOSサインが出ていたのを放置した付けが、息切れと脱水症状で現れてしまった。
ポケットからハンカチを取り出し、額や首筋に流れる汗を拭う。関西弁の赤髪男は少々せっかちな性格らしい。歩くよりも走った方が早いと決め付け、速足程度にすればよかったものを、全力疾走で一店舗一店舗見て回っていた。運動神経が良いおかげで、ショッピングモール内を全力疾走しても誰とも接触事故を起こすことはなかった。
「くそう・・・・。俺、体力はある方やと思うとったんやけどなぁ・・・・。流石に全力はしんどいの。考えれば分かるもんなんやけど・・・。俺猪突猛進寄りやしな。ま、ええか!まずは水分補給、飲み物飲み物~♪」
たっぷり二分、小休憩を取り、ベンチからわずか二メートル程しか離れていない所に設置された自動販売機へと向かった。
ズボンのポケットから財布を抜き取ると小銭を取り出し、チャリチャリと投入口に放り込んでいく。最近の自動販売機は投入口に受け皿がついているので楽だと思う。ボタンが光ったのを確認し、大好きなサイダーのボタンを押す。ガタン、とサイダーが転がってくると、取り出し口の扉がゆっくりと開いた。
「はぁ~。今の自販機は自動で扉が開くんかいな。小銭の投入口も落とさんよう受け皿付けて滑るように入るタイプにグレードアップしとるし、えらい便利にならはったもんやで」
青年が何やら年寄り臭い感想を述べながらペットボトルのサイダーを取り出すと、フタを勢い良く捻りぐびぐびと喉に流し込む。途中、ゲップをしそうになるが、周囲の視線を今更気にして必死に我慢した。
「っく、炭酸でゲップすんのがあかんかったら飲み方考えよっちゅうのはよう言うたもんやで、ほんま。我慢すんの結構しんどいねんな。そう思うと炭酸飲んでもゲップ一つも出えへんあいつはけったいなやっちゃ。フルーツジュースなら一本一気飲み出来んのにのぉ」
などと。ぐちぐち文句を垂れながらも一分以内に飲みきってしまった。自販機の隣に設置されているゴミ箱にきちんと捨てると、人目も気にせず軽いストレッチを始めた。
この男は何故ゲップのみに気を使ったのだろうか・・・・・。