第一章6 『お会いもの』
6(AM 10:55)
店内には三度目の迷子アナウンスが流れていた。
客の中には「まだ見つからないのか」「何度かけてるんだ」という心ない言葉が飛び交っていた。しかし、各ショップにいる者達の耳にはそんなアナウンスなど届いていない。目の前の服とショップごとの専用音楽が外との空間を分ける、隔壁代わりとなっているからだろう。
そんな外と切り離された世界の住人の一人となっている室弥蛍は、店の右側に立っていた。
計画通りに左から順に徘徊し、二十分かけてようやく右に移動したのだ。服から鞄から全ての商品をチェックし、気に入ったものを携帯のメモ帳機能に書き込んでいく。きっちりと名前、色、素材など細かくと。
「いい・・・・・・、いいですわ!やっぱりこのお店は私好みのものがたっくさんありますわ!もう見ているだけで幸せですの。まさにangel's wing。天使のように可愛いですわ!」
「angel's wing」は店名。その名の通り、置かれている商品は女の子の中でも可愛い系の清楚で明るめなものを主体として取り揃えている。
現在蛍が着用している服は全てここで購入したものである。
この店の売りはポンチョ。白色や桃色、クリーム等様々だが、ブーツやスカートを同時購入するとポイント二倍になったり、コーディネートのしやすさよりも主に「シンプルで且可愛い」を目指しているこの店。客もそれが良いと言う、大人気の店だ。
「まぁ!今期のポンチョは背中に羽つきですのね!絵柄タイプと実物タイプ・・・・・しかもふわふわですのぉぉ!これは一番手に入れておくべきものに違いありませんの!!」
ハァハァと不審者顔負けの危ない息遣いをする蛍の目先にはマネキンが。そのマネキンの着ているポンチョの首元に、「今期の新作!」というポップが掛けられていた。
マネキンの後ろにある棚にはマネキンと同じ四種のポンチョが。水色、薄桃色、薄黄色、黄緑色。その中で蛍は迷わず薄桃色を手に取った。何故なら蛍は桃色が一番好みだからだ。
「白でもいいですけど、私はこの色以外はあまり引かれませんから。これはセール対象外商品ですのね。ま、買うとしたらもうこれしかありませんわ」
「僕もそれが蛍に似合うと断言できるなぁ~」
「!!?」
背後からの突然の声に蛍はびくっ!と蛍は身体を強張らせた。今は連れはおらず自分一人だけのはずなのに、独り言に返答があるだなんてありえなかったからだ。
兄だとは思わなかった。柳静とも考えなかった。何故ならその声は音楽でならばアルトに抜擢されそうな声音だったからだ。そして、蛍は声の主を知っている。
振り返り、相手の顔を確認すると、蛍はぷんすかと怒り出した。
「んもう!後ろから突然声をかけないでくださいましと、あれ程ご忠告申し上げておりましたのに、どうして・・・・貴方って人は!」
「えへへぇ~、ぶらぶらしてたら通路から蛍が見えたからぁ~」
「だからって。肩を叩くとか、横に来るとか他に方法がありますでしょう」
「いやぁ~、へへ。蛍って不意打ちに弱いからぁ~。見てて面白いんだよねぇ~」
悪びれた様子がない友人、宇佐木侑李に蛍はもういいですの、とため息を吐いた。
小学生からの付き合いで一番の親友であり、よく家にも遊びに来ていたため兄達とも仲が良い。
「この前祥兄にこの事教えてあげたらすでに調査済みだったよぉ~。ついでに色々とエピソード聞かせてもらっちゃったぁ~」
「そういえば貴方に昔話をしたとかなんとかおっしゃってましたわ。ほくほく顔でこちらを見ていましたから多分私関連だと思っていましたけれど・・・・・」
たまにリビングで二人でこそこそと話していることがあるのを思い出した蛍は、にやにやしながらこちらをチラ見する理由が気になっていた。一応は目星をつけていたが、結局は兄による妹自慢の講演会が開催されていたようだ。
そんな事はどうでもいい。それ以上に気になる事がある。
「で、貴方はこんな所で何を?今日は久々の休みですので寝るとおっしゃっていませんでした?」
「んー、そのつもりだったんだけどねぇ~。買い物することにねぇ~」
「また耳付きパーカーを買いに?」
「そういう蛍はそのポンチョお気に召したようですけどぉ~。もう購入予定なのかなぁ~?」
「質問を質問で返さないで下さいまし。今日は下見ですわ。ちょっとお兄様達と離れてしまいましたので、見つかるまでの時間潰しを」
え、蛍もしかして迷子ぉ~?と、侑李がこれ以上言わないためにも、蛍は開店からの出来事を一から説明を始めた。
「ぷはっ!祥兄には珍しい忘れ物だなぁ~!いつも密かに蛍の買い物姿を写真や動画に収めるのを楽しみにしていたのにぃ~」
簡単にだが分かりやすい説明を聞き終えた侑李は、何故か腹ではなくフードの兎耳を掴みながら爆笑している。
「お兄様の携帯の使用方法は少々間違っているようですわね。まぁ、それでお兄様が幸せならば良いですわ」
「いいんだぁ~」
蛍の言動での違和感。兄からのストーカー的行為を放置し、無意識に受け入れていること。いくら兄妹であっても訴えれば処罰の対象になる程の行為を、この妹は受け入れる。それでも当初は引いており、鬱陶しい事この上なく思っていたらしいのだが、それが兄のストレス解消となっているのならと、受け入れ態勢に変化した(さすがに部屋に侵入しようとするのだけはNGらしいが)。風呂を覗き見たり、ソファでうたた寝した時に頬を触ったりしたり写真を撮ったりしても、もう受け入れる事にしている。
話は戻り、蛍は携帯のメモ帳に「ポンチョ薄桃色」と記入すると、値札を確認した後綺麗に畳み、棚に戻した。
「で。私の質問の解答をお聞きしたいですわ」
嗚呼そうでした、と侑李はほぼ忘れかけていた蛍からの質問に応答する。
「母さんに頼まれて買出しにぃ~」
「あら、貴方が進んでお買い物とは今日は雨でも降るんじゃありませんの?」
「何気に失礼だなぁ~。気持ちよ~く寝ていた時に、母さんに叩き起こされたんだよぉ~」
「・・・・デジャヴ・・・」
「ん?」
極身近に同じ様な経験をした人物をした人物がいたのを思い出し、蛍は苦笑する。
「い、いえ、何でもありませんの」
「そう。まぁ~、それで折角来たんだしぶらぶらしようかなぁ~って。一階に出店した『洋和』に行きたいんだぁ~。クレープにパフェ、ケーキと色々あるんだぁ~!もちろん普通にご飯もあるけどぉ~」
「『洋和』とは、また変わった店名ですこと」
「それがぁ~、洋と和のスイーツをいっぺんに味わえる、甘い物好きにはたまらない店にしたいっていう気持ちを込めてオーナーがつけたらしいよぉ~。お洒落より分かりやすさを重視したようだねぇ~」
「へぇ。お店の名とはそれぞれの想いを形にしたようなもの。私達がとやかくいう事自体ナンセンスというものですけれど、そのオーナー様の想いは素敵ですわね」
「僕も同感だねぇ~」
約一ヶ月前に大型ショッピングモールに出店した『洋和』。チェーン店ではなく、まだ最近登場したばかりの新店舗のようだ。元々別の形で店を経営していたようだが、この大型ショッピングモールの空き店舗を見て思い切って出店したらしい。しかし、今や人気の大型ショッピングモール。ノルマがあり、家賃も決して安くないため、いつまで続けられるだろうと面白半分で評価する者もいる。おまけにネットで調べようとしても、サイトが出来たばかりなのか、情報が不十分で基本的なメニューが多少掲載されている程度である。
情報社会。料理だけでなく、サイト管理も生き残る為には必要不可欠なものだ。
しかしそんな事は気にしない侑李は携帯画面をスライドさせながら「これこれ!」と少々興奮気味に、当店裏ボス的人気メニューと題した特大パフェを指差した。
高さ四十センチ、幅三十センチの特大パフェ。写真の横に、特大パフェは苺、チョコ、抹茶の三種類が楽しめ、プチケーキやアイス等が乗せられ、見るだけで口の中が甘ったるくなるような内容に蛍はつい苦笑してしまった。
「相も変わらずこんな甘ったるいものを・・・・。そんなもの一人で食べたら胃もたれ直行ですわよ?」
といって鞄から小さなポーチを取り出すと、中から市販で売られている胃薬の小袋を掴み取る。ポーチには他にも腹痛用や頭痛用といった薬も入っている。
「はい。何かあったらこれを飲みなさいな。以前貴方が自分では忘れるからと、預けていった物の残りですわ。どうせ特大パフェを食べた後に別の甘味も召し上がるのでしょうから」
「さっすが蛍ぃ~。渡しておいてよかったよぉ~。ありがとうぅ~」
侑李は蛍から薬の小袋を受け取ると、腰に巻き付けているパーカーの下にあるウエストポーチの中に仕舞う。
「あ、そういえばさっき双子見たんだぁ~。僕初めて見たよぉ~、双子ちゃん。あ、あそこにいる人」
「双子?どこに双子なんていますの?」
人を指差してはいけないと、侑李は腰に巻き付けているパーカーの袖を代わりに使用した。
指された方向を見るが、何処にも双子などいない。
「あそこの長髪さんなんだけどぉ~、片方はどっかに行っちゃってるみたいだねぇ~」
「殿方・・・・・・ですわよね?こんな女性モノの店で何をお探しなのかしら。彼女さんへの贈り物でも探していらっしゃるのでしょうか」
蛍達とは反対側に立っている侑李の言う所の”双子の片割”の男は、腰まで伸びたポニーテールの長身さんで、他の女性客の中に違和感なく溶け込み、商品を手にとっては先程の蛍同様悩んでいた。
どうやら彼女ではなく自分用を探しているらしいのだが、元々女性専用の店なのであんな長身の彼に合うサイズなど並べてはいないため、店員と相談をしながら服を探していた。彼女への贈り物選びという蛍の予想は見事に外れたわけだが。
「凄いねぇ~、男の人でも惚れちゃうくらいこの店が好きなんだねぇ~。・・・・いや、服自体が好きなのかなぁ~」
侑李が眺める先には、大量の買い物袋。男モノだったり、女モノだったり。店もバラバラだが、袋に書いてある店名は有名店を始め、高級店や正反対の三千円あれば全身コーデが出来る程財布に優しい店、個性が強くクセのある店等。その中の一つは侑李が双子を最初に目撃した店名も含まれていた。
「確かに・・・。相当服がお好きのようですわね。あの店なんて本当に似合う方にしか似合いませんの。下手に手を出したら痛い目を見るという噂があるくらいですのよ」
「へぇ~。僕、服はパーカー以外興味ないから分からないけどぉ~、何かお洒落で大人っぽい衣服店だったのは覚えてるよぉ~。照明暗かったしぃ~」
照明が暗い=洒落た店という侑李の判断基準は突っ込み所満載だが。それはそれとして。もう癖といってもいいだろうフードの耳を触りながら、語尾を延ばす口調の侑李。ちらりと友人を観察し、蛍は首を傾げた。
「あら?そういえば今、貴方の好きなお店もセール中ではございませんの?買い物袋を手にしていませんけど・・・、何か見つけまして?」
「こっちは特に新作も無かったかなぁ~。セールはセールでもパーカー以外の売れ残り処分って感じだったからぁ~、ちらっと見てきただけだよぉ~。次はリスっていうのを期待したいとこだねぇ~」
「リス・・・・・」
侑李のイチオシ店は耳付きパーカーが売りだ。抜け目なくきちんとお尻には尻尾がついているのだ。
今のところ、兎、猫、鼠、虎、犬の五種類しかない。
耳のつく動物モノといっても、さすがにペースを上げて製作していくと底をついてしまうため、猫なら黒猫、三毛猫と一種類の動物だけでも更に何種類かレパートリーを増やすという方法で製作されている。それでもかなりの数になるが、侑李はこれら全て制覇しており、今は次回作待ちなのだ(パーカー専用箪笥やクローゼットが存在している)。
しかしそれでも人気はあるため、毎回売り切れ御免の入荷待ちで予約必須になる程、中々に一部では流行らしい。
「貴方のパーカー愛には毎回尊敬いたしますわ。リスでしたら、私も興味をそそられますわね」
と、次回作に今から胸を膨らませている友人に聞こえないようなか細い声で、蛍は呟いたのだった。