第三章3 『男子会』
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「と、いうことで玄琉に布団を持ってきてもらったから、宿泊客二人追加ってことでよろしく頼むよ」
【了解ですの。私ももうすぐ帰宅出来ると思いますから、お手伝いいたしますわ】
【あらあらお父さん、息子想いなのね。素敵よ】
「はっはっは、これでも我が家の大黒柱だからな!息子娘の手助けが出来ずにどうしますか!なぁ、玄琉!あいだッ!」
グループ通話を使い、室弥家の大黒柱の清明、娘の蛍、母の三人は、今夜の宿泊者の追加について報告会を開いていた。無論、お楽しみ中の祥は不参加である。
数分前の電話で清明が思いついたのは、玄琉に足りない分の布団を貸してもらうこと。場所はあっても布団はないだけの状況だったため、布団さえ玄琉に借りてしまえば問題ないわけだ。
そしてついでに、玄琉も宿泊させ、酒の相手をさせるという、清明にとっては一石二鳥な提案に本人は自画自賛中。上機嫌で、隣で緑茶を飲んでいる玄琉の肩を抱いた。払い除けられることも鬱陶しがられることもなかった。が、手の甲を抓られた。
「危ないだろう、緑茶が零れる。置くならそっと置け」
「あ、置き方への制裁だったんだ・・・・これ。ものすっごく痛いっす・・・血出てんじゃん」
「唾を付けておけば治る」
「じゃあ、お前・・・のあぁああああぎゃああ!いいィっつぁ⁉」
爪を立てながら抓られたので、血が出るほど抉られていたその傷に、玄琉は自分の手に持っていた緑茶を、しかも淹れ立てを、思い切りぶっ掛けた。
ここで親子の差があるとすれば。柳静はきっと自他共に服が汚れないようにわざわざ机の上まで手を持っていってから掛けるだろう。が、玄琉は自分の着物は汚さないよう逆側の足、つまり右足の上まで手を持っていき、そこでぶっ掛けた。おかげさまで清明はズボン、靴下が濡れてしまい、そしてソファにまで零れてしまったために流れ込んできた緑茶が尻まで染み込んできたので、もう大惨事だ。おまけに、先程までは熱かったのに、今は徐々に冷め始めたため冷たい。そして肌に吸い付くズボンがなんとも気持ちが悪い。
【お父様!大丈夫ですの⁉途轍もなく不快な叫び声が聞こえてきましたわよ⁉】
「え、心配しつつも不快って罵った⁉」
さり気ない罵倒だった。
【あらあら、今のは完全にお父さんが悪いわよ。絶対に今、『じゃあお前の唾液を付けておくれよ』とかなんとか言おうとしたでしょ。そりゃあ玄琉さんも苛立ってお茶くらい掛けちゃうわよ】
「む。よく私がお茶を飲んでいると分かったな」
【分かるわよ。だって、玄琉さんはお酒が強くないから、大抵は緑茶を馬鹿のように飲んでるって貴方の奥さんが言ってたもの】
「・・・・・・・・・悪かったな、下戸で」
怪我の手当てのため、清明はスピーカーにして通話をすることにしたので、玄琉もばっちり会話に参加することになった。元々家族ぐるみの付き合いなので、互いに遠慮などしない。
【そ、それよりも、お父様?あらかたの事情は飲み込みましたけれど、お兄様なしで勝手に話を進めてしまって大丈夫なんですの?それに、玄琉様まで宿泊なさるのでしょう?柳静様には何かお伝えしましたの?】
「それならば、蛍ちゃんが帰ってきてから布団を運ぶ際に伝えることにした。折角の会に親が急に乱入するなど、不躾なことは出来ん。故に、ある程度進んでから乗り出そうと」
「それに、今は駄目だ。なにやら柳静くんと祥が揉めているらしくてな、言い争う声が聞こえてきているのだよ。そんなときに乗り出そうなどと、お父さんさすがに無理!」
何が怖いかって、柳静が怖い。声から察するに、おそらくキレていらっしゃるのだろう。普段と声の張り方が違う。いや、きっと最上級というわけではないだろうが、普段怒鳴ったりはしない柳静が少し声を張り上げるだけで、場が凍る。よく言う誰にでも優しく誰からも親しまれる優等生が、ふとした瞬間にとんでもない爆弾を一気に爆破させ、場を凍てつかせるあれだ。周囲からはいい子ちゃんで通っている柳静は、そのスキルを持つ人物だ(いつも隣にあんな性格の祥がいるため、柳静の行為が目立たないだけなのだが)。
【確かに柳静様は怒ると怖いですわ・・・。冷徹のまま笑顔で毒を吐かれるのが一番の恐怖ですの・・・・】
「そうか?私は可愛いと思うがな・・・」
「それは、お前が、お父さんだからだよ!生物兵器を生み出しやがって、責任を持って部屋に入るときはお前が先に入れ!俺の盾となりたまえ」
「まぁいいだろう」
凪原家という存在が、柳静という生物兵器を作り出したことには変わりはない。その責任を少しだけ感じている玄琉は、今だけ清明の我が儘に従うことにした。
「まぁともあれ、あと十分でそちらに着きますわ。布団を持ちながらの階段は危険ですので、お父様はお酒を飲まないで下さいませ?それと、怪我の手当ては私が致しますので、私が帰るまでにズボンやらなんやらの着替えを済ませておいてくださいな」
緑茶と血が入り混じった液体が床にボタボタと流れ落ちてしまっている。通話中ともあって、その場で衣服を脱いでしまったのでもう床は悲惨な状況だ。
「これを拭き取っても、警察が調べればルミノール反応が出ました、と言われそうだな」
「その言葉が警察によって発せられることは、この家では一生ない」
不謹慎なことを言うな、と清明はパンツを足で掴み、適当に拭いた。
「その場は綺麗に清掃をするまで歩けんな」
「うるせぇ。あ、蛍ちゃん。お父様の汚れた洗濯物はどうすれば?」
【一緒に洗いたくはありませんので、洗濯カゴの横においてくださいな】
「!!!」
同じ口調、同じトーンで返された。愛すべき娘に。
もう息子の事など放って、今すぐこの場で大量の酒をかっくらいたいと思った清明だった。
本当は、手洗いしてから洗濯機に入れるという意味だったのだが、清明がそれを知るのは数時間後の事だった。




