第一章4 『お会いもの』
4(同時刻)
大型ショッピングモールはリニューアルにより老若男女楽しめる店舗が増え、多くの人で賑わっている。
一階には食品関係が多く、人気のフード店や少しリッチな飲食店など、食事時には通路で行列が出来るところもある。
逆に二階には書店やカフェ、ゲームセンターに映画館といった広々とした空間が多い。一階とは違って空間に余裕があるため、子供連れでも訪れやすいフードコートが存在していた。
そんなどこに行っても人が多い二階の中心近くに、室弥蛍はいた。
手に持っているのはマネキンモデルが着ているのと同じ服。
「か、かわいいですの・・・・」
棚にきちんと畳まれて並べられている商品に目を輝かせながら、自分の好きな色を手にとっては苦悩している。
値段は特に高くも安くも無いリーズナブルなものなのだが、今日のこの店を覗く予定はなかったため、懐が寂しい状態である。
「はぁ、お兄様のお店がセールでしたのでもしやと来店してみたら・・・・、新商品とご対面するとは思いませんでしたの!兄弟揃ってついていませんわ。い、いえ、新商品に出会えた事は幸福ですけれど」
数分前の兄に起こった悲劇を思い出す。
五日前にいいものを見つけたと喜んで買ってきた黒のテーラージャケット。柳静がセールをするから我慢しろと言ったらしいのだが、今買わずにどうするとかなんとか悪魔と天使がどうのと言い訳三昧で、めでたく本日後悔する日を迎えた。
「まぁ、あれはお兄様の自業自得。柳静様のせっかくのご忠告を無視した罰ですわね」
蛍の独り言は周囲から少し浮いていた。といっても、ただの独り言でそこまで怪訝されることは少ないだろう。
注目されているのは口調。高く澄んだ声色と相俟ってどこぞの金持ちか、お嬢様か?と勘違いされることがしばしばだが、蛍自身は特に気にしない。
口調如きで周囲に一々釈明するなど馬鹿馬鹿しいと思っている。
「それにしても、お兄様ったら何処に行かれたのかしら。いつもならメールを送ったら一秒で既読しますのに。もう三通も送っていますのに未読、電話をかけても一向に出る気配はなし。もしかして携帯を忘れてきてしまったのかしら」
一切の返信、折り返しのない携帯片手に蛍は推理してみた。
ご名答。
補足するとその兄が精神的ショックを大いに受けている事までは蛍には分からなかった。
「ん、お兄様のことですから、きっとお得意の妹レーダーとかですぐに来てくれるでしょう。それよりも私は目の前に集中しなくては」
妹レーダー。祥が十メートル以上蛍と離れてしまった際、気配を辿って見つけるというもの。というと聞こえはいいが、ただの妹の行動パターンや行きつけの店、そして勘などを頭の中で組み立てているだけ。つまり日々の妹へのストーカー(シスコン)行為の賜物である。
蛍はそんな兄からの異常なほどの愛を鬱陶しくも受け入れているところが凄い。昔、十数年前、色々あったからだろう。
「今日は財布の中身も寂しいことですし、調査として色々と見て回る事にしますわ。買うのはそれからでも遅くはありませんし。えっと・・・・左から順に右へぐるっと、いえ螺旋状に行くのも・・・・」
店の徘徊方法をわざわざ勘案する。見落としがないよう、どの棚から、上段からか、右端から見ていくか等、細かく。
よく几帳面すぎると言われるが、これはただの癖。後に困らないよう、初めに全て計画しておけば楽というだけ。
手に取っていた服を綺麗に畳み、元あった棚に戻しながらたっぷり二分間、頭の中に計画書を作成。
「よしっ」と一言呟いた蛍は、上機嫌に店の左端へと歩いていった。