第三章1 『男子会』
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「・・・・・・ってことなんだよ、どう思う?」
【どうも思わん。切るぞ】
「切らないで!」
室弥家一階――リビング。テレビの前に設置されているソファにだらしなく寝そべり、通話を楽しんでいるのはこの家の大黒柱、家主とも言ってもいい存在、室弥清明。
柳静のバックドロップを受けて先程まで気絶同然で寝ていたのだが、中途半端な睡眠を取ってしまった身体は中途半端に回復してしまったために、寝ることも起き上がって何かをすることも出来ず、手元にあった携帯電話で誰かと電話をすることしか出来なかった。
その標的となってしまったのは、大親友の凪原玄琉。凪原柳静の父親だ。子も子なら親も親。関係性は親も子も同じ。いきなりの電話に三十分も付き合わされている玄琉はさっさと電話を切りたい様子。
【・・・・なんだ。柳静のバックドロップを受けられて幸運だと思い、さっさと床に就けばいいだろう。私には関係ない。どうでもいい。切るぞ】
「だから何でそんなにも切りたがるんだ!下戸のくせに下克上すんな!」
プチッ ツー ツー・・・・・
切られました。
「・・・・・・・・・ごめんなさい。すみません、もう少しこの寂しがり屋の私めにお付き合いください当主様」
即効リダイアルして謝罪した。電話は簡単に逃げられるから困り者だ。
無視すればいいものを、きちんと出てくれるのが玄琉の良い所だ(出た瞬間舌打ちを聞こえるようにしてきたのはスルーしておく)。
【はぁ。貴様は年々鬱陶しさに拍車がかかっていると思うのだが。自宅で一人時間を過ごすのにいい加減慣れたらどうだ。いい大人だろう】
「やかましいですー。一人ってさ、俺苦手なんだよ。誰とも話せないなんて耐えられない。なんたって寂しがり屋だから」
【その寂しがり屋アピールをやめろ。不愉快だ。上で息子達が宴会しているのだろう。その声を聞いて一人興奮でもしていろ】
「いやぁ、息子の方では無理だなぁ。いや、好きだよ?好きだけれども、やっぱり同性だとな、ま、いいじゃないか。俺もたまには親友とこうして電話で過ごす時間も必要なのだよ」
【たまにはと言って、しょっちゅう電話をしてくるお前にそんなことを言われたくはないな】
正確には一週間に三日は電話がかかってくる。それもかかってくるのは大概九時前。どこかに監視カメラが設置されているのか不安になるくらい、夕食と入浴をし終えて部屋で一息つこうとした瞬間に掛かってくる。いつも内容は決まって、「寂しいから相手になってくれ」と彼女ばりの甘え口調で来るものだから玄琉は鬱陶しさを感じていた。しかしそこは大親友。結局は付き合ってやってしまうのだから、清明の方も懲りずに掛けて来るのだろう。
「あ、そうそう、お前の息子の柳静君、さっき外に出て行ったまま帰って来ないんだけど、大丈夫か?まぁ、親友の親にバックドロップを平気でしてくるような子だから心配ないとは思うけれど、体力勝負では確実に負けるから心配でな」
【貴様は他人の息子を何だと思っているんだ】
「え?兵器?」
【縊り殺すぞ】
「恐い!あ、ああ!そうだった、出て行く時にちゃんと挨拶していくのは偉いよなぁ、さっすがお前の息子だぁ!」
相手の機嫌取りは素早く行う。清明が息子の祥に最初に教えた他人との付き合い方。完全に順序を間違えていることは明白だ。この男、玄琉に対する言動はもはや遊んでいるようにしか見えない。ボケとツッコミ、そう捉えてもらった方が、今後の二人のやり取りを少しくらいは気楽に見れるだろう。
【一応は礼儀に関しては教えたからな】
「お前は息子に礼儀の一つとして他人の親にバックドロップを決めていいって教えてんのか?」
【清明に関しては何をしても良いと教えてある】
「なにその特別扱い!嬉しいけど複雑!」
【まぁ・・・・、柳静の動向に関しては問題ない。全てこちらで把握している。今はファミレスから歩いてそちらに向かっているようだ】
「・・・・・・・・相変わらずお前の息子への愛情表現は恐ろしさを感じるよ。普通、二十五にもなる息子にGPS付けて位置情報把握するか?」
凪原柳静二十五歳。父親からのストーキング行為に絶賛苦悩中・・・というわけではない。柳静は全くもって、普段己がGPSによって位置情報を把握されていることなど考えてもいないだろう。
今は見えないが、おそらく玄琉は通話をしながら、パソコンかタブレットで柳静の動向を探っているのだろう。恐ろしい親だ。知られたらグレられても仕方が無い案件だ。
【安心しろ。これをつけたのは私ではない。龍一郎だ】
「それ、安心材料になってると本気で思っているのかい?そんなの恐怖レベル値が倍に跳ね上がっただけだろう。なに父兄共同で次男の動向把握してんだ。しかも内緒で取り付けやがって。犯罪者かお前ら」
【失礼だな。大切な息子が何をしているのか、気になるのが親だろう。まぁ、私はここまでする必要はないと思っていたがな。龍一郎のブラザーコンプレックスの暴走によって、GPSや壊されてしまったが盗聴器も付けるなど、異常行為を起こすようになってな】
「どんな暴走の仕方!えげつないわ」
【今では異常行為は通常行為に変わっている】
「それでフォローしたつもり?」
【だが柳静はあの通り猫を被るような性格だろう。私もやはり色々と心配でな】
「猫というより鬼を隠してるがな」
【同じだ】
「同じじゃねぇよ。そういえばお前、たまに学校に呼び出しを受けていたな。一時期家元の座を辞す辞さないの問題にもなってたっけ。よくそんな苦労もかけられたのに溺愛できるもんだ」
【ふん。息子が非行に走ったら止めるのがこちらの役目。恥じたことはしていない。それに、お前に比べたら可愛いものだ】
「え、俺は可愛いというより格好いいと言ってもらった方が何百倍も嬉しいけど」
【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】
「何?文句があんなら言えや」
【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】
終始無言。玄琉はもう面倒になったのか、それともここで下手に返すと更に調子に乗るだろう事を見越して敢えて黙っているのかは分からないが、とりあえず電話は切らずとも無視という形を取った。するとどうだろう、向こうから必ず。
「げ、玄琉・・・。電話を切るよりも過酷な方法を取らないでおくれ・・・。無視はなによりも辛い行為だよぉ」
【・・・・・・・いやすまない。息子の話の最中にここまでナルシストを強調されると、腹立たしさが募ってな。電話越しに何かしら攻撃が出来ないものかと考えていた】
「仕方が無いだろう。俺は事実格好いいんだから。顔良し、スタイル良し、ファッション良し、性格良し。女の子が一目惚れするには十分すぎるだろう。まぁ、お前もお前で仏頂面のくせにモテるんだけどなぁ、な~家元さん?」
【黙れ。過去のことを穿り出すな。・・・・はぁ、お前と話していると疲れが溜まる。ふむ、龍一郎から連絡が来た。柳静が一人友人を宿泊させて欲しいと言っているようだ】
機械音痴の柳静とは違って、玄琉はスマホ二台とタブレット一台を持っている。柳静からオールひらがなのメールを受け取った龍一郎が、玄琉のもう一台のスマホに連絡を入れたようだ。父と長男の間では、柳静に関する情報共有は当たり前のようだ。
それを聞いた清明はふと疑問符を浮かべた。
「あれ?今日は祥の部屋に泊まるのではなかったのかな?双子君と一緒に」
【いや、それとは別に、祥君には内緒で一人誘っているようだが、内緒にしたかったため、宿泊の準備などしていないと、責任を持ってこちらで世話をするそうだ】
「そんなの気にせず泊まればいいのにぃ~。まぁ、確かに布団が足りないのはあるけど、折角集まるんだ。二人だけ帰るってのもあれだろう。その内緒の来客は宿泊セットを持っているんだろう?」
【そのようだ。それがどうかしたのか?】
それを聞いた清明は、寝そべっていた体を勢いよく起こし、ソファの上から飛び降りる。が、残念なことに華麗なる着地とはいかず、転がっていたビール瓶に足を取られ、そのまま後ろ向きに倒れてしまった。幸い、机とソファの間だったので頭を打つことはなかった。
「ごふっふ!あぐ・・・ッ。俺・・・くぅ、今すっげー反省した・・・・。今後空き瓶は机に置く!」
【・・・・・・・ちっ】
「舌打ちしたな。お前!俺が机の角に頭をぶつけなかったから、思わず舌打ちしたな⁉」
【なんだ聞こえたのか。これで五月蠅いハエに耳を苛まれずに済むと歓喜したのだが・・・、儚かったな】
「なんて親友だ・・・!だが、そんなお前も好きだ」
【で?今後はどう動くのだ?ソファを調子に乗って飛び降りたくらいの何かをひらめいたのだろう?】
親子揃って愛情表現はドストレートな室弥家。だがそれを華麗にスルーするのが凪原家。もう慣れてしまっているので、清明は特にツッコまず、玄琉は話を進める。
「嗚呼。お前、今夜の予定は?」
【私は明日の十四時まで空きがある。それがどうかしたのか?】
「んじゃ、手伝ってもらおうかな。今から俺の言う通りに行動してくれ。息子達がハッピーに夜を過ごせるよう、父が一肌脱いでやろう」




