第二章4 『お約束は必ずするもん』
赤い帽子に黒い髭。肥満体質でジャンプが重い、背の小さな短足おじさん。
敵に大切なお姫様を攫われてしまったため、様々な危険区域を突破し、助けに向かうおじさん。
それを必死に操作するのが、わずか七歳の男の子。
市ノ瀬竜剣。
買ってもらってまだ日が浅いゲーム機をもうすでに使いこなしているようで、難なくゲームを進めていく。が、そこまでに至るまでにはすでにおじさんを何十体と葬ってしまっているのだが。そこは必要な犠牲だったという事で納得してもらおう。
そんな買ってもらったばかりのゲーム機とゲームソフトを楽しむ竜剣の隣で、攻略本を広げ的確に指示していく助っ人役を担う男がいた。
攻略本の隣に、持参した手作りクッキーと竜剣が食べたいと駄々を捏ねた為嫌々ながら作ってきたプリンをお盆に置き。竜剣の母が用意してくれた珈琲と共に一息つきながらまったりとしている爽磨の姿があった。
何故に子供の家に年の離れた青年がもうピークを終えた人気ゲーム、しかも前のシリーズを、それまたしかも攻略本を見ながら道案内をする役目をしなければならないのか、ともうすでに五回も口に出している台詞を吐く。遊びに来いといっても、小学一年生のする遊びなどすでに経験済みの爽磨にとってもはや遊び尽くしたというか、もう遊びたくないというか、恥ずかしいというか。
「はぁ・・・・・。何で俺・・・・、こんなところでおっさんと子供の補助をしてんだろうな。つーか、指示しても全く別な行動を取る奴に何を言っても無駄な気がするけどよ。どう思うよ・・・・・・・竜剣」
「うるさい、今しんけん!水の中ふよふよとしてるときにはなしかけたらおっさん、おぼれちゃうから!」
「大丈夫だ安心しろ。そのおっさんは息継ぎをしなくても水深何十メートルになっても自由自在に泳げるから・・・・・。あ、そこ食ってもうまくなさそうな赤い魚が変な動きしてっから気をつけろ」
「え・・・・?あ‼」
水の中を変な軌道法で泳ぐ赤い魚が多く存在するエリアを攻略中の竜剣は、爽磨の忠告も虚しく、堂々と真正面から接触してしまった。そして、おじさんは滅された。
「もーう!しんじゃったよ!お兄ちゃんちゃんとおしえてくれなきゃ、これでいったいなんにんものおじさんをころしてきたと思ってるのさ!」
「殺してきたとか、子供が言うんじゃない」
ゲーム中は、死ぬだの殺すだの、平気で口にしてしまっているから怖い。別にそんなこと言うつもりはなくとも、戦闘中や白熱中は声を張り上げてぴょんぴょんと飛び跳ねながら叫んでいるから、近所の人に聞かれていたらえらいこっちゃである。
「はぁ、またさいしょからやりなおしだ。もうやだよ、あきちゃったよ、もうやめにしようよ」
「何言ってんだ。お前がそれを半分以上はクリアしたいっつーから俺がわざわざしたくもないナビゲーションしてやってんだろ。つべこべ言わずにやれよ。あ、そこの土管、下に行くとコイン取り放題だぞ。あと、でっけーやつも」
「まじで!何でそれをさっき言ってくれなかったの!」
「何でもかんでも楽しようとすんなってことだ。ただで案内してもらえると思うなよ。常に指示してもらっているという意識を持て。そんでクッキー食う時くらい一時停止しろよ」
親がいたらきっと行儀が悪いと怒られる行為。クッキーを食べながらゲーム機を操作する竜剣。指に付いたクッキーの粉は、服に擦りまくってなかったことにする。手も綺麗になって、ゲーム機に油も付かなくて一石二鳥と思っているのだろうが、最終的には水で洗わない限り完全には落としきれないので、多少は付いてしまうのだが、そんなこと小学一年生には分かるまい。日にちを重ねていずれ目立った汚れとして浮き出てくるだろう。
「だって、やりかたわかんないんだもの。しかたがないじゃん」
「スタートボタン押すだけだろうが。馬鹿でも出来るぞ。はぁ、手掴みじゃなくてフォークとかで食えるもん作ってこればよかったな・・・・・・。まぁいいや、俺寝るからお前自分で進めてろよ」
「えー!なんで!いっしょにあそぼうよ!」
「遊ぼうって、俺攻略本見てるだけだろうが!つまんねーんだよ、はぁ、お前なんかを相手にするよりかは柚緋たちと男子会に行った方がよか・・・・・・」
「えええ!そーま兄ちゃん、ともだちいたの!」
「すっげー失礼な事抜かしてんじゃねぇよ!俺の迷子アナウンス掛ける友達くらい俺にもいんだよ!」
「それってともだちにめいわくかけすぎじゃないの?かわいそー」
「迷子常習犯の証明書を作られてるお前にだけは言われたくねぇな、その台詞。まぁ、友達っつーか、幼馴染みたいなもんだな」
「おさななんじってなに?」
「寺みたいに言うなよ。幼馴染。幼い頃から一緒に過ごしてる奴のことを言うんだよ。・・・・・・・・・・おい、飛び出す炎に猛ダッシュする奴があるか。何で行けると思ったんだよ、タイミングってもんがあるだろ」
「だってとんだから今ならこのばをきりぬけられるって思うじゃん!」
平地でも、水の中でも、火の中でも、竜剣に止まって様子を見る、という選択はなく。ただただダッシュを続けるハイパーモードでクリアを目指す。もうこれは攻略どころではないのではないかと、爽磨は攻略本を閉じようとするが、竜剣に見つかり阻止されてしまった。そもそも入れもしない土管の上で何度もおじさんをうんこ座りさせる事自体、もうナンセンスだ。
子供の予期せぬ行動は、爽磨にとってはただの苦行でしかない。
だが竜剣は毎回赤い帽子のおじさんを滅した後、『おれをうらまずじょうぶつしてください』と両手を合わせている。何の効果も無ければ、ゲーム上の相棒なので別にそこまでする必要はないのだが、そこは純真無垢な子供だからこそ成せる純粋な行為なのだろう。だがそんなことをしてもゲームをクリア出来るわけもなく。また一人、悲しくおじさんが滅されていった。今度は上から落ちてきた岩に潰されてしまった。
「お前さ、今までどんなゲームやってきたんだ?ほら、この前俺とお前の名前を合体させて「双竜魔剣」っつってただろ?そういう戦闘系のゲームもやったことあんのか?」
以前、ショッピングモール内で迷子アナウンスを掛けられた仲として、共にインフォメーションに向かっていた途中、竜剣が自分の名前と爽磨の名前を組み合わせたことがあった。その時、爽磨の漢字だけ総変換されていたため、ツッコんだ。実際は漢字を知らなかったため、適当に竜剣が変換しただけなのだが。
「ううん、おれはじっさいにはやったことはないよ。このゲームきは二だいめだよ。もってるソフトは、犬をさんぽさせるやつと、人つくってごはんとかあげるやつと、はたけとかいすとかつくってせいかつするやつとか」
「全部ほのぼの系だった・・・・。戦闘とは全くの無縁ゲームばかりだな。意外だな、もっとこう、冒険ものとかやってるイメージだったわ」
「うーん、そういうのはともだちがもってるから。だからおれはともだちがもってないやつとかするのすきなの」
「ほほう。変わってるな。まぁいいんじゃないか。だけど、なんで今更これ?もうかれこれ二百人以上のおじさんを殺害しているお前は才能がないと思うが、そこまでしてこれクリアしたいのか?」
「お兄ちゃんはやったことないの?これ。けっこうがっこうとかでにんきあるんだよ?」
「俺はゲームよりも寝てる方が好きだったからな。まぁ、ゲームは幼馴染の一人がよくやってたぞ。ちなみにそのゲームも全クリしてた。攻略本もなしでだ」
「か、かみだ!」
「いや、そのゲームはもうかれこれ五年前に発売されているものだから、あいつがやってたのは小学生ではなく高校卒業間近だったから、攻略なんてあっという間だったんだがな」
「それでもすげー!こんどそのおななんじつれてきてよ!」
「幼馴染って言えるようになったらな」
幼馴染と未だに言えない竜剣。きっと早口言葉を言えと言われても一つもクリアすることは出来ないだろう。
だから試してみた。
「・・・・・ん、竜剣。ちょっとゲーム中断で俺と言葉遊びしよう」
「え、なになに!」
食いつき凄い。お前本当は知ってただろ、とツッコみたくなる程、スタートボタンの場所を見ずに押し、ゲームを一時停止させた。とても自然な動きだった。
「老若男女って言ってみろ」
「りょうりゃくやんよ?」
ほとんど合っていなかった。せめて老くらいはちゃんと発言して欲しかった。
「じゃあ次。蒼巻紙赤巻紙黄巻紙」
「あおまきまきあかまきまききまきまき」
まきが多すぎる。何かしらの巻き巻き競争が行われている感じだった。省略って恐ろしい。それに、まきまきって言いやすいから、早口言葉の意味がない。
「東京特許許可局」
「とうきょとっきょきょきゃきょくきょかきょくぎょ!」
きょが多すぎて何だかイラついてしまった。意味が分からず言っているから、ひらがなが多くて困る。しかも何故か最後だけ力強く「ぎょ」と叫んでいた。ドヤ顔で。最後はきょくで終わるはずなのだが。
「魔術師魔術修行中」
「まじゅちゅちまじゅちゅちゅぎょうちゅう」
今度はちゅうちゅううるさかった。ならば。
「庭にわ鶏が二羽いました」
「にわにわにわにわにわにわ!」
必殺!全にわ返し!を発動されてしまった。予想通り。
「もう、お兄ちゃんつかれたよ!お口がいたい!」
「ん?嗚呼、悪い悪い。いやぁ、活舌が悪いっつーか、発達途中っつーか、呂律が回ってねぇ子供って、からかい概があって面白くってな」
「もう!こどもであそんじゃだめなんだよ!ばつとしてお兄ちゃんのプリンはおれがもらいからね!」
「それはいいが・・・・・・なにこれ」
プリンを奪われたと思いきや、竜剣は左手でプリンを手に取った後、右手でポケットの中から取り出した小さな茶色い紙袋を差し出してきた。もう少し気を遣えなかったのかと言いたくなる位、茶色い袋は所々折り曲がっており、取り出すときにも思い切り握ったのかくしゃくしゃになってしまっている。そんな茶色い紙袋を竜剣は爽磨にぐいぐいと押し付ける。
「お兄ちゃんにプレゼント。たいせつにしないとようしゃしないんだからね」
「餓鬼に、しかも男にツンデレ要素出されても正直キュンとはこねぇな」
「もう!はやく中みてよ!」
受け取りはしたものの中々紙袋を開けない爽磨に竜剣は業を煮やす。子供はこちらの意思など関係なく、今すぐに中身を確認して反応をしてほしい一択を押し付けてくるので鬱陶しい。後で確認したっていいだろうに、と爽磨は面倒臭そうに紙袋を開け中身を取り出す。
「・・・・・・・・・・・・なにこれ、いらねー」
第一声がそれだった。
「なんでだよ!せっかくおれがよういしたのに!」
「いや用意したのはお前のお母さんだろ。なんつーもん用意させてんだよ、俺恥ずかしいわこれ付けんの、いくつだと思ってんだ」
「だんじょーぶ、かばんのみえないところにつけておけばあんしんだよ」
「いや安心じゃねぇし、見えないところに隠したらいざ迷子になった時意味を成さんぞ」
竜剣からのプレゼント、それは迷子常習犯の証明書だった。確かに爽磨も単独行動をし、いつも柚緋と蒼羽に捜されてはいるが、こちらは大人だ。いざとなったら携帯で連絡を取れるし、相手の行動パターンを考えて先回りも出来たりする。だからこんなもの必要ないのだが。
ショッピングモールで竜剣は自分が告げた「お兄ちゃんにもカードを作る」という、してもいない約束をきちんと覚えて守っただけなのだが、爽磨にとってはいい迷惑だった。綺麗にラミネート加工してあり、カードにはちゃんと「若津爽磨」と名前が書かれていた。お母さんの字だろう、とても綺麗な字だが、一体どんな気持ちでこの名前を書いてくださったのだろうかと、爽磨は恥ずかしかった。
「いいのー、ズボンのポケットにいれておけばいつでもとりだせるから。あ!そのカードね、おれがウィーンってきかいでつぶしたんだ!」
おそらくラミネートで上手に加工出来た事を褒めて欲しいのだろう。見て見てとうるさい。
「おーおーすげーなぁー。ただ機械に通すだけだ、子供にでも出来まっせー」
子供心が分かっていない爽磨。竜剣の必殺技、『全身アタック』を食らった。今回は座ったままの状態でこちらに飛んできた。こちらも座っているので、だるまのように転がった。頭を打った。めっちゃ痛い。
「もーう!そーま兄ちゃんちゃんとほめてよ!なんということでしょーってやってよ!」
「お前それ劇的ビフォーなんちゃらの見過ぎだろ。お前のラミネート加工に匠の技なんてねぇんだよ。最初の部分だけ持ってればあとは勝手に機械が加工してくれんだろ、お前は一体それ以外に何をやったんだ」
「かんせいをまってた」
「何もしてねぇ事をいい風に言うな。そんなんだったらお前が俺の名前書けばよかったろ。母さんに書かせずによ」
「・・・・・・・・・はっ!」
諭されたような衝撃を受けた表情をする竜剣。別に綺麗な字でなくてはならないという決まりは無いので、爽磨の名前は竜剣が書けばよかったのだが、そこは子供。親が書くものだと思い込んでいたため、そんな大役があったことに気が付かなかったようだ。
「ばーか。そしてどけ」
爽磨に必殺技を食らわせた為、今は爽磨の上に乗っかっている状態の竜剣。いくら子供だからといっても、小学一年の男児にいつまでも乗っかられていたら、爽磨だって苦しい。元々細っこい身体なので、体力も運動も並な爽磨は、早く体勢を元に戻したい。柚緋だったら、この状態をずっとキープしたまま一時間以上は余裕で耐えられるだろう。
「そのカードたいせつにするっていうまでどかない!」
「・・・・・・・・・」
子供は賢かった。もはや体勢的に優位に立っている竜剣に勝てはしないだろう。力ずくで起き上がる手もあるが、それは受け身が上手く取れないと確実に竜剣が怪我をするので出来ない。全く、容赦なく攻撃出来ないのは大変だ。
仕方が無い、今回は折れてやろう。だがしかし、次はこんなにあっさりと折れてはやるまい。
そう爽磨は心の中で自分を納得させ、こう言葉に表した。
「仕方がねぇから、竜剣の作ったカードの大切にしといてやるよ。共に迷子になった仲だしな。これが俺とお前の仲間の証だ」
「なかまのあかし!?」
丸め込めた。仲間だの証だの、子供ってそういうの好きな時期があるんだよな、と爽磨。
「分かった!そこまでたいせつにしてくれるっていうんなら、やくそくどおりおりてあげる」
「それはどうもありがとう。約束事を守る男は格好いいぞ」
「ふっふっふ。あたりまえだよ、おれってかっこいいんだから!」
「自分で言っちゃ駄目だろ」
子供の扱いは難しい。気分がコロコロと変わり、自分の思い通りにならないとすぐに泣くか攻撃で訴えるか、こちらが折れない限り長期戦になることは間違いない。そして、それを何度も繰り返していくと、段々子供も相手の戦意喪失をさせる方法を見出してくる。それこそ、今回だけ折れてやるという爽磨の行動が、次更なるバージョンアップによりより折れやすくする攻撃法を繰り出してくることになるのだが、それを爽磨が気付けるはずもなかった。
そして、その後、竜剣母の料理補助に入ったり、竜剣父に気に入られ結局竜剣の部屋に泊まる羽目になることも、爽磨は知る由もない。




