第二章3 『お約束は必ずするもん』
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「おや、蒼羽さん。どうしたんですか?そんなに息を切らして・・・。祥の変態ナルシストウザテンションさに驚いて逃げてきたのですか?」
凪原柳静は室弥家の二階。階段を上がってすぐの祥の部屋にいた。
さも当たり前のように、というよりも主人面で堂々と居座る柳静は、階段をドタドタと駆け上がってきた蒼羽に声を掛けた。はぁはぁと息を荒げながらバタンと扉を閉めた蒼羽。呼吸を整えるよりもまず、する事が一つ出来てしまった。
「え、ちょっと待って・・・・。鬼さん祥君のことそんな風に思うてはったん?凄い毒舌やないの。ていうより、長いわ・・・。なんやの、変態ナルシストう・・・・なんやったっけ?」
「変態ナルシストウザテンションです」
「後半カタカナ多過ぎやわ!ティラノサウルス並みのカタカナやないの。祥君可哀相になってきたわ」
「アウストラロピテクスの方が長いですよ」
「懐かしい‼歴史の教科書で最初の方に覚える初期の人類やないの!」
そしてこの名前はテストに出題される際は、ラッキー問題であることには違いない。
「昔、私はこれをアウストラロピテクスではなく、アウストラルピテクスと間違えて覚え、テストで点を失いました」
「あ、いてはるもんやね、これ間違える人」
柳静命名、変態ナルシストウザテンションに息を整えながらも何とか無事にツッコミを入れられた蒼羽は、柳静の向かい側に座る。まだ知り合って間もないのに隣に座るのも気が引けたからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
二人の間に沈黙が生まれた。
そういえば、柚緋は柳静とメールのやり取りを行っていたため、実際に話してはいなくとも文面上では何度も会話をしたことがある。ので、柳静に何の気なしに話しかけられるが、弟の蒼羽はメールはおろか、連絡先も知らないので実質上ここが二人だけの初会話となるのだ。その前に、初会話が日本初期の人類の名とは、ぶっ飛びすぎだろう。おかげで互いにどう続ければよいのか分からなくなってしまった。
相変わらず無表情を貫く柳静は、特に蒼羽の存在を気にせず、ただ静かに座っている。これまた相も変わらずの着物姿。今日は着物も羽織も青磁色に統一している。基本的に色には拘りはないが、一番多いのは緑色系である。
「あ、あの~・・・・・・・」
「はい?」
最初に沈黙を破ったのは蒼羽だった。人見知りな方で、自分から話しかけるのは中々に高度な技だが、今ここで柚緋がいないこの場でやってのけたことに、心の中で大いに褒め称えていた。
「そういえば、鬼さんは祥君とは長いん?なんや友人を通り越して兄弟みたいな、なんて言えばええんやろか。仲がいいっちゅうか、互いのこと理解してる感じが凄いんやけど」
「もう私は鬼さんで統一なのですね。そうですね、祥とは小学三年生の頃からの付き合いですから、もう十六年くらい・・・・ですか。その頃から彼はやんちゃな方でしたね」
「え、待って、十六って、今鬼さんはおいくつなん?祥君と出会うたんが小学三年生の時って」
「私ですか?二十五歳になりましたが、それがどうかなさったのですか?」
祥と柳静が出会ったのは小学三年生の時。といっても、保育園幼稚園と同じだったのだが、全てクラスが違い、一度も出会うことが無かった。先日アルバムを蛍も交えて見たとき、柳静のスモッグ姿に祥は大爆笑をして髪を毟り取られそうになっていた。幼い頃から無表情は健在で、何をするにも一人だったので、写真にはあまり写っておらず、ただただつまらなさそうに写真に撮られている幼きスモッグ姿の柳静が目立たず貼られていたので、もう祥は笑いを抑えられなかったようだ。というよりも、スモッグがなんとも似合わない。
一方で祥は特にこれといった特徴もなく、ただただ普通の元気のいいお調子者として存在していた。「普通ですね」と柳静、「極々普通の幼児ですわね」と蛍に言われてショックを受けていた。
柳静の年齢を聞き出した蒼羽は驚愕したように声を上げた。
「ええ!二十五歳なん!ほんま!?どうしよう、僕生意気な口聞いてしもうた。い、命だけはお助けください!」
「あの、すみません。蒼羽さんにとって私はどのようなイメージなのでしょう。それよりも、もしかして蒼羽さん達は年が下なのですか?」
「僕と柚緋は二十三歳や・・・・やない、です。同い年かと勝手に勘違いしてしもうて、ほんまに申し訳ない気持ちやわ、あ、です」
一瞬、柳静はなんでどうでもいいことでこの人はここまで追い込まれているのだろうか、と思った。そして、こんな小さな問題で自分は命を奪う人間なのだと思われている事について、意外にもショックを受けていた。
「蒼羽さん。私は特に年齢など気にはしたりしませんよ。ましてやこんな些細なことで命を奪うなんてそんなことしたりもしませんから。それよりも、普通に先程までの態度でこれからも接して下さった方が私は嬉しいです」
「え、そうなん?普通年上の人は年下の人間にタメ口聞かれんの嫌なもんやないの?」
「確かに生意気な口の聞き方をする方には制裁を加えますが」
「!?」
制裁という言葉を聞き、蒼羽は背筋を伸ばす。しかし、それに敢えてツッコミを入れず、柳静は話を続ける。
「貴方と柚緋さんはこれから友人としてお付き合いをしていただくのですから、今から些細な問題で突っかかっていては今後大変でしょう。それ以前に、祥という存在の前では、年齢など砂粒以下の極小問題ですよ。気にする方が馬鹿馬鹿しいです」
祥という存在もあるが、どちらかというと柳静の存在の方が大きいような気がすると蒼羽は口には出さずそっと心の中で呟いた。
「え、じゃあ、普通に同級生みたいな感覚で接してええの?」
「はい。構いませんよ。それと、私達と蒼羽さん柚緋さんとの間に二歳もの間が空いていることは、祥には黙っておいていただけませんか?もちろん、柚緋さんにも口止めをお願いしたいのですが」
「え?それは構わへんけど、どうして祥君には内緒にしはるん?」
年に固執していた蒼羽が言うのもなんだが、祥に内緒にすると言い出した柳静に怪訝な表情を浮かべた。そんな蒼羽を気にも留めず、柳静は淡々と説明する。
「このまま黙っておいて、いつかは存じ上げませんが貴方方の誕生日祝いをした際、ハッピーバースデーの歌を陽気に歌う祥が、その後、私が“二十四歳のお誕生日おめでとうございます”と告げた瞬間に驚き叫ぶ祥を、見たいからです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とんだドSなんやね、やっぱり鬼さんやわ」
「そうですか?ありがとうございます」
「受け入れた・・・・・・。僕らの誕生日ね、そういえば来月やわ」
「え、そうなのですか?こんなにも早く貴方方の祝い事を催せるとは・・・。そして祥の驚く顔が早く見られるとは嬉しい限りですね」
双子の誕生日、六月九日。あと三日早ければ六月六日で双子的には丁度良かったのではないか、なんて考えてしまうのがその他大勢なわけであって。柚緋と蒼羽は逆にこの数字は自分達双子が別の存在であると唯一実感できる大切な実在表明なのである。何かと同一にされることに辟易している柚緋と蒼羽は、何でもかんでも自分達の存在に結び付けたがるので、周囲からは呆れられているのだが、それは今ここで語ることではない。
そんなことよりも、その双子の誕生日を利用し、友人である祥にサプライズをしかけようとする柳静が怖い。
祥の性格だ。友達の誕生日ともなれば、たとえ今日知り合ったばかりの人でも全力で心から祝うだろう。そしてハッピーバースデートゥーユーと一人大きな声で歌い、盛り上げ役として尽力するだろう。
だがそんな楽しい時間に終止符を打つかのように、ふと目にした文字を見て驚愕することだろう。バースデーケーキの上に苺や生クリームと共にケーキを飾る、蝋燭と同等の主役権を持つチョコレートプレートに書かれた文字を目にして。
「はははぁ~、来月誕生日会を開いてくれるんわ嬉しい限りやけど、二十四歳おめでとうの文字を見た瞬間の祥君の反応がどないなもんか、僕は想像も出来へんわ。鬼さんはどんなんか想像出来てはるん?」
「そうですね。きっと、『えー!同い年かと思ってたけど実は二歳も年下だったのか!そ、それは失礼な事をしてしまった。俺は年下をおじさん扱いしてしまったも同然な行為を日々行っていたのか、なんて俺は酷い人間なんだ!うぐぉああああ!』と勝手に自己嫌悪しながら、すっと貴方方に手を差し出し『すまなかったね、双子君。年の差なんて関係ない。俺はこれからも君達と楽しい時間を対等にそして共に過ごしたいと思っているよ。生まれて来てくれてありがとう、ハッピーバースデー!』と意味不明な言葉を次々と並べ立てるでしょう」
「うん・・・・なんやろ、分析が細かすぎて怖いわ。なんやの君。友人をそこまで分析できるってどないやの。いやそれ以前に、分析は完璧でも、物真似は0点やね。がっつり鬼さんの無のトーンやから」
「目を見ただけで意思疎通が出来る双子に言われると、不思議と嫌な気がしませんね。まぁ、私はあまり友人を作るタイプではありませんので、祥くらいしか観察対象がいませんでしたから彼に関してだけは知識が豊富ですよ。ついでに申し上げれば、私はあの馬鹿みたいに、抑揚のある口調で言葉を発せませんので」
それはそれで怖いと、蒼羽は身震いする。柳静にとって祥は大切な友人であり、もしかしたらそれ以上の存在なのかも、と勘繰ったが別に今考えなくとも段々分かってくるだろうと、蒼羽はそこで思考を止めた。
話題を変えよう、そう考えた蒼羽はそういえば、と切り出す。
「僕、鬼さんの連絡先知らへんのやったわ。教えてもろうてもええ?柚緋に聞いてもええんやけど、こういうのはやっぱり本人の了承を取っとかへんと色々とあれやろ」
「そういえば、連絡は普段、柚緋さんと取っていました。蒼羽さんのは聞いておりませんでしたね。もちろん大丈夫ですよ、と言いたいところですが、申し訳ございません。私は機械操作が苦手で、交換の仕方が分かりかねますので、蒼羽さんが代わりに操作していただけますか」
そういって柳静は裾から折りたたみ式携帯電話を取り出すと蒼羽に渡した。特訓の甲斐あって、返信の仕方は分かってきた。まだ漢字変換は難しいが、なんとか以前のように全く出来ないレベルからはランクアップ出来た。のだが、まだまだ先は遠い。連絡先交換など柳静にとっては未知の世界も同然である。
柳静から受け取った携帯をさっそく操作し出す蒼羽は、入力しながら次々と会話を生み出していく。慣れてしまえばこっちのものだと言わんばかりに。
「ええよ。僕のアドレスとか全部入れとくから、後でこれやって教えるわ。そういえば、鬼さんは以前も着物やったけど、日曜の夕方に放送してる国民的アニメのお母さんみたく、着物を愛する人なん?僕一時期京都におったんやけど、そこやと観光客とかがよお着物着て歩いてはって、着物は慣れたもんやと思うとったけど、ここらでは花火とか祭りくらいでしか見かけへんやろ?せやから、鬼さんはよっぽど着物が好きなんかなあ思うて」
「いえ。着物はもちろん好きですが、私の実家が呉服店というのもあって、幼い頃から洋服より和服を着る方が多かっただけですよ。一般的な方では洋服より着物の方が違和感がありますが、私は逆で洋服を着ると着心地が悪く苛々してしまうんです」
「へぇ、家呉服店なんやね。ええなぁ、着物着放題やん」
「そうでもないですよ。私から質問をしても?」
「え?何々、なんでもええよ」
「貴方の髪は以前、赤色でしたが、毎回染めていらっしゃるのですか?」
柳静が気になっていたのは柚緋と蒼羽の髪色だった。以前、ショッピングモールで会った際は赤い髪色をしていた。しかし、今回、柚緋と蒼羽の髪色はパープルである。普段当たり前のように黒髪に前髪だけ白のツートーンである祥と過ごしていたが、以前は赤色、その次はメールで送られてきた写真を見るに金髪、そして今回はパープル。柳静はころころと髪色が変化する双子に、興味があるようだ。
「嗚呼、僕らの髪は元々茶色なんよ。これウィッグ」
「ウィッグ?」
「そうえ。まぁ簡単に言うてしまうと、カツラやね。ほらコスプレとかで被ってるあれや」
「そうなんですか。私はコスプレなどしたことがありませんが。ではそれは染めていたわけではなかったのですね。しかし、ウィッグというものはそれほどまで色のバリエーションがあるのですね、驚きました」
ウィッグを初めて見た柳静。まじまじと蒼羽のウィッグを観察する。ポニーテールがお気に入りの蒼羽は、器用にウィッグを結い、しっかりと手入れされてサラサラとしている髪を左右に揺らしてみせる。
「色や長さも種類豊富やし、自分で好きな長さやヘアスタイルに変えられるから便利やで。まぁ、僕はポニーテールさえ出来ればええし、柚緋は肩にかからへん程度の短髪が好きやから、どっちもそない手間やあらへん。そや、今度鬼さんにも買うて来るわ。何色がええ?」
「い、いえ、私は結構です。今の地毛のままで満足ですから」
「そう?残念やわ」
髪を染めると髪が傷むのと、中々にお金が掛かることから、柚緋と蒼羽はウィッグを購入するようになった。手入れさえサボらなければ好きな時好きな色を楽しめるので、二人で仲良く購入している。そもそも親がコスプレや変装の類が好きなので、元々家には何種類かのウィッグや衣装が揃えられているため、幼い頃からファッションショーをして遊んでいた。
一方、柳静はウィッグなどとは縁も無く、ただ毎日くせっ毛の髪を慰め程度に櫛で梳くくらいしかしたことが無い。昔はストレートにいつかはなれたらという願望を抱いていたが、髪が伸びればくせっ毛は残るが、大半はストレートに近くなることを兄の龍一郎から学んだため、今はくせっ毛に耐えられなくなったら一度伸ばしてみようと考えている。しかし、今のところ、髪を伸ばすと龍一郎が自分とお揃いにするよう強請してくるので、髪を伸ばすことは考えていない。
「ですが、一度くらいは、貴方とお揃いの髪色でお写真を撮ってみるのも楽しいかもしれませんね」
「!そうやね!ほんなら今度鬼さんの髪と同じクリーム色のウィッグ捜してみるわ!僕が持ってるの金か濃い黄色しかあらへんから。ふふ、なんやの、鬼さんツンデレさんやったんやね」
「私はツンデレではありませんよ」
「そういうんは本人は認めんもんや」
一度突き放しておいて、一気にデレる。柳静の自覚の無いツンデレに、蒼羽は心を掴まれたようだ。
と、その時。
無事に打ち解けた柳静と蒼羽のいる部屋に、ドタドタと勢いよく駆け上がってくる足音が響いた。他人様の家でそんなに音を立てながら階段を上がるのはどうかとは思うが、家主ではないのでそこは気にしない。
「な、なんやの?この音」
「誰かと似たような音ですね。貴方の片割れではありませんか?」
「柚緋?」
そんな会話をしたと同時に、ガチャリと予想的中。
蒼羽の双子の兄、柚緋が現れた。さすが双子といったところか。入って来るや否や、同じ入り方に同じドアの閉め方をした。柳静は無意識に拍手をしてしまった。
しかし、双子にも違いというものがあるのか、蒼羽は息を荒げていたが、柚緋はそれほどでもなかった(この場合、蒼羽はゴキブリの脅威から逃げようと必死だったので、ただ階段を上がってきただけの柚緋とは比較対象にもならないのだが)。
柚緋は立ったまま部屋をぐるりと一瞥し、ふむふむといった表情を見せた。
「ほお、えらい綺麗に整頓された部屋やな。広いし、男の部屋っちゅうんが滲み出とるわ」
「それって結局普通っていう意味やろ?回りくどい言い方せんと一言でいわはったらええですやん」
「うっさいのぉ、俺がどう発言しようが関係ないやろ?あ、そうや、こんな事言うてる場合とちゃうわ。柳静さん、ちょお来てくれへんか?祥が呼んどんねん」
「祥が?」
祥の名前を聞いた瞬間、柳静は怪訝そうな表情を浮かべた。今は男子会の料理を作っているはず。それに関しては柳静は手伝えることなど何もない。ましてや、男子会に使うグラスや食器などはすでに持ってきている。あとは料理待ちなのだ。とにかく、役に立たない時はとことん役に立たない柳静は一体何の呼び出しをかけてきたのだろうと、正座しながら柚緋の次の言葉を待つ。
「それが祥の父さんがゴキブリに屈しない意思表示として調理に使うはずのフライパンとビール瓶を持ってソファで篭城してしもうて・・・・」
「・・・・さすがは祥のお父上様。行動が息子そっくりですね」
「まだゴキブリの話続いとったんやね。恐ろしいわ」
「ゴキブリの話ですか?そんなゲテモノの話題で盛り上がっていたのですか?」
「盛り上がってへん!僕は嫌やで逃げて来たんや!」
柳静が二階に上がった後に繰り広げられたゴキブリ談議。それを知らない柳静。何故ここまで来てそのような話をしなければならないのかと言いたげな蒼羽に、柳静はこう口を開いた。
「そういえば、ゴキブリは頭を切り離してもしばらくは生き続けられるようですね。脳を潰しても胸部に食道化神経節という脚を動かすコントロールの役目を担う部分が存在しているので、しばらくは動けるのだそうです。まぁ、その頭を切り離されたゴキブリの末路は餓死だそうですが」
「いやぁああああああ!もうご飯食べられへんやないの!なんでそないな話をここで聞かされなあかんの、僕!」
「安心して下さい、蒼羽さん。私もゴキブリに関しては相見えたくも無い存在ですから。いつも発見した際は、祥を身代わりにするほどに」
「それ超苦手って意味やないか!なんで大の苦手な人間が、そんな無表情にそんで冷静にそないな話が出来るんや!」
以前、清明がフライパンで裏の主を滅した別の日。
毎日家政婦の皆さんが綺麗に清掃をしているのにも関わらず、廊下を有意義に這いずりながら、最終地点である柳静の部屋に現れた一匹のゴキブリ。それを幸か不幸か祥が遊びに来ていた日に限って出会ってしまったので、柳静はパニックになり最終的に取った行動が、祥の背中に飛び乗る、だった。普段運動が全く出来ない柳静だが、その時は光の速さだった、そして超重かったと祥は後に語った。
「私は決して虫が駄目というわけではないのです。ただ、あの這い寄る混沌だけはどうしても・・・・。何故虫は翅があるのですか、何本も足があるのですか、もう意味が分かりません。こちらの予期せぬ瞬間に真っ直ぐこちらに迷いなく飛んで来ないで欲しいです。嗚呼駄目ですね・・・・段々気分が沈んできました」
「自分で言い出して何言うてんねん。そないなこと言うとらんと、はよ祥んとこにいくで?せやないと、いつまでたっても飯が作られへんわ」
「はぁ、仕方がありませんね。さっさと祥のお父様に子守歌でも聞かせましょうか」
勝手に自爆した柳静は、これ以上余計な事を言い出さないためにも、さっさと一階へ赴くことにした。
長年の付き合いだ。祥だけでなく、祥の父とも交流があるため、相手が何を嫌がるのか、何に苦しむのかはすでに把握している。ならば柳静がすることは一つ。それら全てを駆使して、祥の父親を滅するだけだ。
とても簡単なこと。柳静だからこそ躊躇なく出来る事。
そして、祥の父親が恐れている行為だった。
「やっぱり、柳静さんは柳静さんやのおて、鬼さんやわ」