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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
三日目~男共の話~
43/53

第二章1 『お約束は必ずするもん』


「おうおう、祥が柳静君以外に友人を連れてくるなんて・・・・・・・・今日は厄日かい!」

「そこは普通赤飯だろう、クソ親父‼」

「誰がクソだ白黒ナルシスト息子!蛙の癖にこの酒呑童子様に刃向かうつもりか、ぁん?」

「下戸って蛙って意味じゃねぇんだよ!下戸下戸下戸下戸言いやがって、蛙なのはそっちだろうがよ」

「ははぁん?酒が飲めねぇからって僻むなよ」

「僻んでねぇし、あんたが酒呑童子って呼ばれてるのは決して格好いいとかじゃないから。酒癖の悪さからだから。本物も迷惑なやつだから」

「ああそうだ、このお父様が赤飯作ってやるよ。嬉しいか?満足か?満足って言ってみろよ」

「スルーするんじゃねぇよ!満足って、それぜってー白米にただケチャップぶち込んだもんだろうが!本来の姿完無視でオリジナル生み出そうとするな!今度それやったらまた蛍に口ん中ぶち込まれるぞ」

「うーん、それはそれでお父様的には・・・・・クる!」

「誰か―!こいつの血を一滴残らず絶やしてくれー!」

「・・・・・・・そうすると、貴方も処分対象になりますね・・・・・分かりました。善処します」

「俺ごとやる気!?」

 時刻は午後六時十分前。

 玄関で来訪者を出迎えの最中。

 室弥家の大黒柱。祥と蛍の父――室弥清明その人が。本日の会の主役的存在である双子、柚緋と蒼羽が玄関に踏み入れ、軽く挨拶を交わしていたのに横槍を入れてきた。瓶ビール片手に。

 買い物袋を両手に(たずさ)えて室弥家に訪れた双子、柚緋と蒼羽は、突如繰り広げられた親子喧嘩(なのか?)をただ呆然と見ているしかなかった。人見知りの方ではないが、警戒心の強い蒼羽は目の前で繰り広げられるやり取りから逃げるように、柚緋の背に隠れてしまった。

 そんな二人に声をかけたのは柳静。このどうでもいい親子喧嘩に終止符を打つため、清明からビール瓶を奪い取ると思い切り振り(かざ)した。それを見た祥と清明は「やっべぇ!これはマジだ!逃げるぞ!」と叫びながら急いでリビングの方へと逃げて行った。

「申し訳ございません騒がしくて。あの二人はよくああして言い合いをするのですが、互いにコミュニケーションの一環として行っているようなので、基本無視してください」

「そ、そうなん?コミュニケーション激しいんやな。つーより、お父はんそっくりやなぁ。室弥君の将来が見えた気するわ」

「そうですね。よくクローン人間なのではないかと親戚の方に言われていると、祥が言っていましたから。それが嫌で、祥は前髪だけ白に染めたのですが」

「な、なんちゅう地味な抵抗・・・・、もっと他にあったやろ」

 祥の親戚からの呼び名は『クローン人間』である。それは、父、清明にそっくりだということも分かるが、ただ似ているというわけではなく、幼い頃の清明を知る親戚からしたら、人相も性格も行動パターンも会話の仕方も全て似ているとなると、親子というだけの表し方では収まらないと思ったらしく、いつしか祥は清明のクローンなのだと、勝手に親戚中で浸透してしまったようだ。

 やはり男心というのか、いくら父といっても誰かと似ているだとか、比べられるだとか、一人の男として認識してもらえないのは屈辱らしく。なんらかの方法で抵抗しようと考えた結果、前髪を白に染めるという少々瞑想(めいそう)入り混じる抵抗法に行き着いてしまった。

 柳静にそういう意図があったと話した時に「素晴らしいです。無意味と分かっていても成し遂げてしまうその阿呆さに、感動いたしました」と言われて、喚きながら泣きじゃくった日が何とも懐かしい。その後、泣き止まない祥を黙らせるために柳静が取った方法は、封を開けたまま放置していたポッキーを鼻に突っ込む、だった。

「あの二人の違いが何かと問われれば、簡単なのは言うまでもなく年齢。あとは酒とメンタルの強弱・・・ですね。その他は結構似ていると私も思いますが」

「そんなんやったら俺らなんてどないすんねん?双子やで?目合うだけで互いの思考が分かってまうんやから」

「僕らはまぁ、そういう人種みたいなもんやから、比べるのも筋違いなんやない?それよか、早うお邪魔しまへん?いつまでも立ち話もなんやし」

「それ、招かれた側の台詞やないで・・・・・・。ただ袋の重さから解放されたいだけやないか?」

「分かってはるんやったら、僕の分まで持ってくれてもええんやない?」

「阿呆」

「申し訳ありません、気が付きませんで。私の家ではありませんが、どうぞ上がってください。馬鹿二人が逃げ込んだ先がリビングですので」

「嫌な案内法やな・・・」

 瓶ビールでリビングを指し示しながら柳静は言う。相変わらずの着物姿に蒼羽が興味を示しつつ、まずは移動を開始する。

 柚緋と蒼羽、それぞれ二袋ずつ合計四つの買い物袋。ぶつけぬよう気を付けながらリビングに入り、その流れでキッチンへと進んだ。

「お疲れ様でした。凄い量ですが、一体何を購入なされたのですか?」

「確かに、俺が頼んだ買い物だけど、こんなに量頼んじまってたか?」

 ドリンクは頼んでいないので四袋にもなるとは思えないが、と祥と柳静は首を傾げた。その問いに答えたのは柚緋。

「嗚呼、これな。リスト以外にも、俺や蒼羽のつまみたいもんと、あとは主食を買うてきたんや。まぁ、俺は主食と呼べる何かが欲しい側の人間やから、勝手に購入させてもろうたで」

「主食?そういえば、パスタとか米類とかは考えてなかったな。悪いな気を使わせちまって。んで?何を買ってきてくれたんだ?」

「おう、ちょい待ちぃ、今机に出すよって」

 すると、柚緋は自分が運んできた一つの袋の底を持ち、思い切り机にぶちまけた。ガサガサガサと滝のように机に流れ込む大量の品物。

「ほれ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すんまへん、兄が馬鹿で」

「ん?なんや?」

「ん?なんや?じゃない!何これ、どういう主食!?いやそれよりも量よ、量‼」

「凄いですね、選び放題です」

「そういう問題じゃねぇよ!」

 柚緋が袋一杯に購入してきたのは、レトルト食品だった。

 しかもカレーや親子丼、牛丼に中華丼、マーボー丼といった、白いご飯が無ければただの具のみになってしまう類のものばかり。おまけにとてもじゃないが四人だけでは食べきれない程の量を買ってくるという、意味不明の行動に祥は困惑、柳静は感心の念で柚緋の説明を待つ。

「どう見たかて主食やろ。白米くらい炊いてあらへんの?男子会言うても主食が場を飾らんことには盛り上がらへんやろ」

「盛り上がる盛り上がる!確かに炊き立てじゃなくともご飯はあるさ。けど、なんで丼もの!どれも買わなくても材料さえあれば俺が作ったよ!しかもマーボーなんて、素があるしな!」

「なっ!なんやて・・・・!あんた、中華飯とかカレーとかマーボーとか自分で調理出来る側の人間か!?」

「さてはお前は出来ない側の人間だな!お湯沸かすくらいしか出来ないレベルの!」

「っ、ちゃうわ!補助が出来るくらいはレベルあるわ!ただ、一人で全部こなせ言われたらフリーズするだけや!」

「それを出来ない側っていうんだ!」

 普段母親か、それ以外は爽磨が料理担当の双子家。少々補助に入るが、たった一回でも一人で料理を完成させたことは一度も無い。あくまでも補助。茹でる、焼く、切るなどの一点集中作業しかしたことがないため、一人で料理を完成させると告げる祥に、かなりの驚きと尊敬が生まれた。見た目で人を判断してはいけないと学んだ。柚緋はレベルが上がった。とても失礼だ。

「し、しもうた・・・・。俺としたことが・・・。あんたの力を見誤っとったわ」

「いや、それよりも、なんでレトルト食品やったん?止めんかった僕も僕やけど、柚緋のセンスに双子として、少し恥ずかしい思いやわ」

「確かに、主食でご飯系がよろしければ、安い巻き寿司ですとか、それこそ牛丼でも海鮮丼でも、完成品を購入すればよろしかったのでは?」

 なんでもござれなスーパー。柳静の言う通り、既製品はずらりと並んでいた。しかし、柚緋それではなく、レトルトを選択した。

「そ、それは、買い出しに行ったんが数時間前やったさかい、腐る思うたんや。もう責めんなや!ほぼほぼ初対面の人間の料理レベルなんて知らへんわ!もううるさい!」

「あははは。面白い人だなぁ、な、柳静」

「私に振らないで下さい。そして、貴方と同類の臭いがします」

「なんで“臭”の方のにおいにしたの?」

「ご自分を善きものだと思い込んでしまっているのですか?可哀相に・・・・・」

「んぶッ!やめろ!」

 柚緋を祥と同類認定した柳静は、絡んでくる祥にレトルト食品の箱を叩き付けた。顔面に。

「良かったやない、柚緋。再会して数分で相手の心を掴むやなんて、僕には出来へんよ」

「嫌な心の掴み方や」

「そんなことない。敢えて相手にツッコミを入れさせるよう、分かりやすいボケをするやなんて、柚緋は優しいわ。大阪出身やないのにね」

 一方で、蒼羽は恥ずかしさで拗ねそうな兄を適当に慰める。慰めているのか抉っているのかは分からないが、ふふふと不敵な笑みを見せながら蒼羽は、柚緋の頭をぽんぽんと二回叩いた。そもそもはこの男がレトルト食品選択時に何故かと触れてさえいれば免れた案件だったのだが。

 わざわざ相手に傷を作らせ抉る。似たもの同士がここに集う。

「ま、まぁレトルト大量購入については折角こんだけ買ってきてくれたんだから、これは明日の昼飯にするとして、とりあえず改めて自己紹介でもしとく?」

「え、今?」

「今。手を動かしながらだけど。俺は今から料理担当する室弥祥だ!先日は世話になったみたいで改めてありがとう。今日からよろしくな!」

「よろしく。白黒くん」

「え、今名乗ったよな、名乗った上で第一印象優先!?」

 格好いいと思っているのだろうか。恥ずかしげもなく額に手を当てた決めポーズで一番手を切った祥。だが男相手にそれをしたところで何も生まれず。ただの印象深い黒髪に前髪だけ白のツートーンに、自分のアイデンティティに、名前の枠を奪われてしまった。

「あはは冗談や。君って面白いんやね。気に入ったわ。じゃあ時計回りで、次は鬼さんどうぞ」

「鬼さん?私にそのような呼び名を付けてくださっていたのですか・・・・・。私は凪原柳静と申します。今日はお越しいただきありがとうございます。祥共々よろしくお願いします」

「仰々しい!祥くんとは真逆なタイプなんやね」

「祥と一緒にしないで下さい。不愉快です」

「あんだって!?失礼な!」

「うるさいですし、失礼なのは貴方です」

「ま、まぁまぁ、喧嘩はよしなはれ。それにしても、鬼さんのそのくせっ毛の髪ええなぁ、今度ああいうのにしぃへん?」

 柳静のクリーム色のくせっ毛髪。相当蒼羽は気に入ったのか、柳静からの了承を得て触りまくる。他人に触れられるのを極端に嫌う柳静だが、先日の詫びとこれから親しくなる人間を拒絶するのは申し訳ないと、我慢することにしたようだ。それよりも、触られているにも関わらず、腕組みをしたまま無表情を崩さないのは流石は柳静といったところだろう。

 無表情とはいっても、確実に嫌がっているのが分かるため、少しは拒否しても構わないのだが、と祥は見守る。

「触り過ぎやで、蒼羽。すまんな、柳静さん。俺は双子の兄、柚緋や。ほんで、そこでべたべたくっついとるんが弟の蒼羽や。まぁ、同時刻に生まれたんや、どっちが兄とか弟か、俺らは関係あらへんけどな」

「柚緋と蒼羽な。ふむふむ・・・・・んで、苗字は?」

「ない」

「ない!?」

「あるやろ?僕まで苗字なし雄にせんといて。すんまへん、柚緋は苗字を人様に言うんが相当嫌みたいで。ちょい遅めの反抗期なんよ」

「ちゃうわ!とにかく言いたないんや。苗字なんてどうでもええやろ?別に知らんでも過ごせるんやし」

「紅葉や」

「なんで言うんや!」

「紅葉!可愛い!」

「ぎゃああああ!しまいやぁああ!」

 兄の抵抗は全く意味を成さず。あっさりと弟に名乗られてしまった。口止めすべきは血の繋がった弟だった。

 ちなみに、祥は他人の嫌がることはしない主義なので、聞かないでおこうとしたのだが、蒼羽に一歩先を行かれてしまったようだ。そしてついつい口走ってしまったのが可愛い、だった。

「紅葉さん・・・ですか。美しく素晴らしい苗字だと思いますが、何が不満なのですか?」

 苗字を知られてしまった柚緋は、叫んだ後頭を抱えたまま床に突っ伏してしまった。それに目も暮れず、柳静は蒼羽に問いかける。

「ん?そうやねぇ~、僕は別に名前とか苗字とかに固執しいひんのやけど、柚緋はこの通り暑苦しい上、うるさい人柄やろ?紅葉っちゅう可愛らしい苗字が死ぬほど嫌みたいなんよ」

「えー。苗字でそこまで嫌がる?別に苗字なんてなんだっていいじゃんよ」

「はぁ!何言うとんじゃ、このナルシスト!ほんならお前、付き合うとる彼女が、嵐山やら男山(おとこやま)鴉谷(からすだに)斧田(おのだ)やったら驚かへん言うんか!」

「お前、それ実際にその苗字の人に超失礼な事言ってるぞ!謝りなさい!全国の紅葉さん含め、今発してきた苗字の方々に謝りなさい!」

「うるっさい!ほんでどうなんや!答えは!」

 とりあえずここで、実際にこれらの苗字を持つ方々に謝罪するとして。

 紅葉という苗字に散々なトラウマを植え付けられてきた柚緋の葛藤に、簡単に巻き込まれてしまった祥。ここは素直に答えておくのが筋だろうと、祥は素直に無駄にキリっとさせた瞳を向け、こう告げた。

「俺は・・・・、その子の全てを愛すと決めて付き合っていると思う。だから、俺は苗字や名前がなんであれ、愛しぬく。そして、その子の癖も行動パターンも好みもセンスも言葉使いも、全て解読して全てを包み込めるようにしたいし・・・・・・全てに手を出したい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が悪かった」

 祥の答えを聞いた柚緋はすっと立ち上がると、格の違いを見せつけられ反省したように調理補助をすると立候補した。まるで、苗字如きで悩んでしまっていた自分に恥じるように。そして、百パーセント祥にガチ引きをした。こいつはあぶねぇと、本能が言った。

「祥、貴方の恋愛感ほどどうでもいいことはありません。さっさと作業に入ってください。なんなら私が作っても良いのですよ?・・・・・材料は・・・・捕れたて新鮮です」

「何を仕留める気だ!そしてこっちを見るな!怖い怖い!お前の冗談は本気と書くんだから超こえーよ!もうお前皿持って二階行ってろ!俺の部屋の番人な!いいか!」

「了解いたしました。では先に会場で待たせてもらいます」

 柳静は出来ないことは冗談として言わない。本気で祥達を捕らえて食材にしようと考えていた。といっても、結局は面白半分と冗談が入り混じって“本気”なのだが。怖い。

 あらかじめ用意しておいた食事に使う箸や皿、グラスなどを乗せたトレイを持たせ、柳静を本日の男子会の会場となる祥の部屋へと追い出した。そして、リビングに残った調理担当の祥、調理補助の柚緋、運び役の蒼羽の三人は、気を取り直して作業を開始した。

 とりあえず、大量のレトルト食品は積み上げて端に除けておいた。

「鬼さんは料理出来へんの?」

「鬼さんって、柳静のことか?なんで鬼なんだ?あんたらあのショッピングモールで数分会っただけだろ?」

「嗚呼そうか。祥くんはあの場におらへんかったんや。あの時、数分だけやったけど、ちゃあんと鬼さんの怖い顔見てましたんえ。今すぐショッピングモール内の全ての人間を地獄に引き摺り込めるくらいの、冷酷で冷徹な目してはったわ」

「あれはほんま、死神か悪魔を見とるみたいやった。いや鬼神か。まぁ、丁寧に俺らに詫びと連絡先交換して今度埋め合わせをさせて欲しい言うてきた時には、悪魔とか死神っちゅう呼び方は失礼やと思うてな。蒼羽と話し合った結果、間を取って鬼さんに落ち着いたわけや」

「鬼が間なの!?ただ単に呼びやすかっただけでは!?」

「そうともいう」

「そうとしか言わない!どこぞの五歳児みたいなこと言わないの!まぁ、悪魔とか死神とか鬼とか、あいつに合ってるとは思うけどな」

「ん?怒らへんの?友達が初対面の相手に(けな)されたみたいなことやで?今普通に怒られるもんやて覚悟しとったんやけど」

「覚悟するくらいなら初めから言うんじゃありません。まぁ、一時あいつの呼び名が破壊王とか魔神とか、あとは大魔王とかだったからな。あいつからしてみりゃ、慣れたもんだ」

 祥はざっくりと双子に柳静という人間について説明をした。本来、そんなことは付き合いだしてから少しずつ感じていくものなのだが、祥は敢えて説明した。それが、長年柳静と共に歩む彼なりの経験に基ずく行動なのだろう。

 だがしかし、あくまでも簡単に。詳しく教えるにはまず真っ白な状態で柳静を見てもらわなくてはならない。少しくらいならばこの双子にはさしたる影響はないだろう。

「ふぅん、そうなんやね。でも、僕やったら毎日着物なんて羨ましいと思うわ。それに、僕らも結構ズレてるって思われるし」

「そうなのか?ズレてるっていうより、歪んでるって言った方がしっくりくるような」

「そこはどうでもええんや!こいつほんま、一々ボケてきよるわ」

「ボケてるつもりはない。これがありのままの俺の素だ!」

「格好良く言うてもあかんで!ほんでバリバリツッコまれる言い方しとるやないか!」

「あっはは。これや。気が強うて何でもかんでも突っかかる柚緋。そんでそんな柚緋にいっつもくっついてまるで金魚の糞みたいに、片時も離れようともせえへん僕」

「自分で自分の事糞って言うのがもうすでに変わってるよ」

「せやけど周囲の奴らは俺らを区別出来んみたいでな。まぁ、互いに入れ替わって相手の真似とかしとったさかい、仕方のないことやけど。そんで、俺らはこうして髪型とか色変えて遊んどんねん。気付いて欲しいっちゅうメッセージ付きでな」

 昔から双子というだけでワンセットにされてきた柚緋と蒼羽。成長していくにつれ、双子としてではなく、一人の男として自分たちを見て欲しいという気持ちに動かされていった。それが原因かは分からないが、いつしか、二人はウィッグを被り、個性を表に出すようになった。

 祥が切った食材をフライパンで柚緋が炒めながら、そんな話をした。初対面でこんな暗い雰囲気の話はしない方がよかったと、心の中で悔いながらも。

 その時。

「へぇ、君らの名前は柚緋と蒼羽って言うのかい。いい名前だねぇ。赤と青。緋色に蒼色。どこまでも切り離せない、互いになくてはならない存在。相手がいなくとも主張は出来るがそれがうまく出来ない。うんうん、素晴らしい名前だ」

 そう、ソファでだらしなく寝そべりながら新しいビール瓶を手にテレビを見ていた清明が口を開いた。お笑い番組を見ながらよくこっちの話を聞いていたなと、少々感心してしまった。

「父さん、折角出来た俺の友人に絡むなよ」

「絡んでなんていないじゃないか。ほら手は出してないだろ?」

「手は出してなくとも、口は出してんだよ。もう、そこで大人しくビール飲んでろよ。全く、絡み酒とはみっともないぞ」

 一人で大人しくしているのが苦手な清明は、暇を持て余しているのだが、酒を飲んでしまったので車でドライブに行くことも出来ず、かといってもうすでに瓶ビール三本目なので外を歩けば何をしても酔っ払いのおっさん扱いにされてしまいそうなので中にいるしかないのだ。

「一人で時間を潰すというのは退屈なものだったんだな。仕事の疲れを癒すために閉じ籠ったって、いいことはなかったよ」

「そんなこと俺に言われたってどうしようもない」

「はぁ~、なんて冷たい息子なんだ!柚緋君と蒼羽君、こんな馬鹿息子は役に立たないが、このお父様には困ったことがあれば何でも相談していいからな。俺は皆の憧れの的、お父様なのだから!」

 「あ、この親にしてこの子ありって言葉をはっきりと認識できた」と柚緋と蒼羽は清明を見つめながらそう心中で呟いた。

「瓶ビール片手に言うことじゃあないな。父さん暇なら自分の飯は自分で作れるよな」

「・・・・・・俺は三秒もあればフライパンを武器に出来る事を、お前は知っているだろう」

「なら大人しくしてろ」

 室弥家で調理が出来る人間は、母と蛍、そして普段は二人に任せてやらないが、やろうと思えば何でも作れる祥の三人だけ。清明だけは台所に一切立たない。精々酒を取りに冷蔵庫を開けるか、水を飲みに来るくらいだ。

 「男子厨房に入らず」という言葉があるが、特にそれを清明が意識しているわけではない。以前、清明が“俺に出来ないことはない”と言い、焼きそばを作ろうと台所に立ったことがあった。やる気満々で材料を用意し、順調に調理を始めようとしていた。しかしフライパンを準備中、我々人類とは切っても切り離せないヤツが現れた。

 ゴキブリ、という名の台所の裏の主が。

「え、お父さんフライパン武器に何しはるん?」

「この人飯作ろうとしてフライパン持った時に、丁度冷蔵庫の下から出てきたゴキブリに悲鳴を上げて、スリッパじゃなくて手に持っていたフライパンで潰しやがったんだよ」

「お・・・・おおぅ」

「なんや、どこかで聞いた話やな。蒼羽」

「う、うるさい」

「ん?どうした?あ!もしかして蒼羽も父さんと同じ行為に・・・・!」

「ちゃ、ちゃうよ!あの時は土鍋やったんやから!」

「そっちの方が危ねぇ!」

 誰だって裏の主は苦手らしく、目を離したらどこかに消え去ってしまう素早い裏の主は、その場で素早く滅さなくてはならない。そのため、清明はフライパン、蒼羽は土鍋を。それぞれ手に持っていたものを武器に、即座に退治したようだ。

 だが、武器は違えど二人には共通しているところがあった。

「退治してくれたんは嬉しいけど、その後始末せなあかんこっちの身にもなってくれや。おもっくそ床に叩きつけよってからに、普通一掴みで終わる作業が土鍋の破片を拾いながらの処理やったんやぞ」

「あんときはもう必死やったんや」

「そういえばゴキブリって、本当はゴキカブリなんだってな。明治時代に出版された日本初の生物学用の五集で”カ”の部分が抜け落ちたまま拡散しちまったから、ゴキブリになったってこの前柳静の義姉さんが言ってたな。ゴキブリに勝てるように、まずは調べて慣れようとしたらしいけど、結局はたくさんの画像に精神をやられてたな」

 ちなみに、世界に生息するゴキブリは総数一兆四八五三億匹とも言われている。その中で日本には二三六億匹が生息していると推測されている。この数字をネットで見た柳静の義姉、理世は数日間台所に様々な殺虫剤を取り揃え、机の上には蠅叩きを常備するほど対策を徹底させていたことがある。その後、夫の龍一郎が退治出来る事を知り、殺虫剤の数も徐々に減らしていった。

「嫌なこと言わんといて!気色悪いわ!もうあかん!僕ちょお先上で待ってるわ!ここにはおられへん!」

「あ、お・・・待っ・・・早ッ!」

 祥が止める間もなく、もうスピードで蒼羽は二階に駆け上がっていった。暢気な性格の蒼羽が見せる俊敏な姿は、中々見ることが出来ない。余程の恐怖心だったのだろう。

「あいつ、言っとくけど俺よりも足は速いで。まぁ、短距離のみやけど。体力あらへんし、呼吸の仕方下手くそやから、持久走には向いてへんのや」

「へぇ、ひょろひょろそうに見えて真の力は内に隠しているのか・・・・・格好いいな」

「祥が意地の悪いこと言うからやで?見てみぃ、蒼羽だけやのぉて、自分のお父さんまでソファの上で空き瓶とフライパンを装備しとるやないか!」

 柚緋の指差す方には、父親がソファの上で空け切った瓶ビールとフライパンをしっかり握り締めて構えていた。よく見ると足ががくがくと震えていた。

「おんまッ!いつの間にフライパンなんぞ手に入れた!どんだけ無駄なところで俊敏さを見せてんだ!そのフライパンは今から調理するために使用すんだぞ!また母さんに蹴り飛ばされるぞ!」

「フライパンで潰した後、そっちも苦労しとったんやな・・・・・・」

 柚緋が土鍋の破片を集めながら裏の主の千切れた足や翅を仕分け、グロティクスな部分を嗚咽感に負けず処分したのと同じく。本来ガスコンロの火を受け止めるためのフライパンの底の部分。まさか裏の主の死骸やら体液やらをどっぺり受け止める日が来るとは夢にも思ってはいなかっただろうその悲しきフライパンを。丁寧に死骸を取り除き、食器洗剤、熱殺菌、重曹などありとあらゆる方法で綺麗にしてフライパンを慰めたというのに、あろう事か二度目の侮辱行為を行おうとする父がここに存在した。

 必死になって除菌殺菌した祥と母の頑張りをここまで足蹴にするなど言語道断。

「ちょ、柚緋すまないけど、今すぐ柳静連れて来てくれ!フライパン保護法違反により、あの父親を柳静毒舌の刑に処する!」

「わ、分かった!フライパン保護法っちゅう法律が今ここで作られたことには敢えてツッコまずに、鬼さん呼んでくるわ!」

「え、ちょっと待って!柳静君はいらない!あの子に罰を与えられるだなんて、ゴキブリを生のまま食べさせられるのと同類の拷問だ!戻っておいで、柚緋君!カムバーーーーーック!」

 清明の必死の叫びも届かず、柚緋は持ち前の体力と瞬発力で、早々と二階へと駆け上がっていった。

 ところでなんで、あの双子は何の迷いもなく、まだ案内もしていない自分の部屋をさも当たり前のように知っているのだろうか、と祥は呼び出しを頼んでからふと、疑問符を浮かべた。

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