第一章4 『自室は最大の秘密基地』
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午後三時ジャスト。
室弥蛍はフードコートでクレープを味わっていた。一人ということで、普段あまり座ることがない、外の景色が一望できるカウンターの椅子に腰掛けていた。右手にクレープ、左手にスマホを持ち、スマホは左耳に当てられている。
ようやく昼食ラッシュが落ち着いてきた頃を見計らって訪れたフードコート。足元には食器用洗剤や、シャンプーといった日用品の入った袋が。
「・・・・ええ、買い物は終えましたので、久々にクレープを。ブルーベリーに生クリームとカスタードクリームがプラスされている商品がありましたので、つい。いつものように苺でも良かったのですけれど、たまには変わったものが食べたくなってしまいましたわ。そういうお年頃なんですの」
『あらそうなの?蛍ちゃんも大きくなったわね。お母さんは今、お友達とティータイムよ。といっても、ファミレスのドリンクバーなんだけどね』
通話の相手は母親。祥から家に友達を招いて男子会を開きたいとの申し出を受け、朝から晩まで余すところ無く用事を入れた母。たまにはゆっくり自分の時間を過ごすように言われたため、蛍には足りなくなったものを買い足すように頼んでいたのだ。
どうやら家の方はどうなっているのか気になって仕方が無く、しっかり者の蛍に連絡を入れたようだ。
「あら、ドリンクバー最高ではありませんの。まさかお昼からお酒をがぶ飲みしているのでは、と少々心配しておりましたが・・・・不要だったようですわね」
『失礼ね、蛍ちゃん。お母さんをあんな酒呑童子と一緒にしないでくれるかしら?』
「お父様が酒呑童子でしたら、お母様は茨木童子ですわね」
『蛍ちゃん、どこからそんな知識を得てくるの?嫌ね、あの人とセットにされるのは』
「夫婦ですわよね?愛していらっしゃらないんですの?」
『い、嫌ねぇ!そ、そんなことをお母さんに言わせる気?今お昼よ?』
「愛の言葉に時間は関係ないと思いますわ?お母様」
娘から父に対する気持ちを強要され、母は気恥ずかしさから焦り出す。まだ人を本気で好きになったことも、男性と付き合ったこともない蛍には、今の母親の気持ちなど理解出来まい。しかし、そこは蛍。祥のように更に追い立てることはしない。
「まぁそれはさておいて。お母様、お兄様のことなら心配はいらないとは思いますわよ。柳静様が片付けを手伝ってくれていますし、夕食はお客様から何かしら買っていくとのご提案があったそうですから」
『あらそうなの?よかったわ。柳静君は動かなければ害の無い子だから大丈夫だとは思うけど、祥がはしゃぎ過ぎないか心配ね。あの子のテンションのウザさはお父さん似だからねぇ』
「それは直接お兄様に言わない方が良いですわね」
『そうね。あの子ってメンタル弱いのよね。お父さんは全然強いのに、そこだけは似なかったのね』
父様からは高すぎるテンションとコミュニケーション能力を、母親からは少々ズボラな部分をそれぞれバランス悪く受け継いだ祥。ただし、一番欲しかったメンタルの強さは受け継げず、結果相当弱いものになってしまったのが残念なところだ。
「残念なお兄様ですこと。でもお兄様が柳静様以外の男性のご友人を家に招待するなんて初めてですわね。私もまぁ人のことは言えませんけれど」
『貴方たちはそれぞれ親友を作ったらそれっきり距離の近過ぎるお友達は作らないものね~。さすが兄妹、といったところかしら。そういえば、あの子の部屋、散らかってたけど、柳静君とちゃんと夕方までに片付けられるのかお母さん心配だわ』
「さぁ・・・・。なにやらぶつかる音と言い争う声が響いていましたけれど、多分仲良く片付けていると思いますわよ。お兄様はよくベッドや机の裏側、あとは本棚の奥などに見られたくないものを隠していますから、今頃柳静様が白い目を向けておられる頃かと」
『そうね。本人は隠しているつもりなんでしょうけど。布団を干すときとか洗濯物を仕舞いに行くときとかに、見たくもないのに見てしまうこっちの身にもなって欲しいわよね』
蛍の予想通り。蛍と母が電話で祥の話をしている丁度その頃に、祥が丁度くしゃみをして「あ、これきっと蛍と母さんが電話をしながら祥は大丈夫かしらって話しながらいやきっと今頃部屋に必死に隠している何かしらを柳静君に手伝ってもらいながら片付けているわよ、と話しているに違いない」とべらべらと予想を立てるのに対し、机の上を清掃中の柳静が、「そんな詳細な妄想を繰り広げる暇があったらさっさと今手にしているR十八禁の本を今すぐこのゴミ袋にしまっていただけませんか」と冷めた目で淡々と言い放っていた。
そんな事情など露知らず。ふと、蛍は母との会話で思い出した事が。
「そうですわね。っと、そういえばお母様、今ご友人の方とご一緒って言っていらっしゃいませんでした?私とお話していて大丈夫なんですの?不快にさせませんこと?」
そう、そういえば、母は今ファミレスで友人とお茶会をしているのだ。お茶と言っても、ドリンクバーと軽くデザートや軽食を注文して皆でつまみながらだが、折角の集まりに空気も読まず娘と電話で会話など、相手を不快にさせないだろうか。蛍は急に不安になってしまった。
それに対しての母からの答えは。
『大丈夫大丈夫。今トイレに行くって言って出てきているし、トイレの個室に立て篭って電話してるから』
「それはそれでどうかと思いますわ!?」
割と大胆でのんびりとしている母。トイレで普通に会話をしているなど、使用用途としては何とも間違っている。
『そう?大丈夫よ』
「大丈夫ではありませんわ!ご婦人やお子様達の妨害でしかありませんから、早くその場から離れて下さいませ!」
室弥母。ただ今トイレの個室占領中。本来の使用法など知った事かと言わんばかりに、便座を快適な保温性座椅子として使用していた。おそらく祥ならば、『快適な椅子付きの公衆電話ボックス感覚でトイレを占領するんじゃありません!』とでもツッコむのだろう。しかし室弥母の行為はただの迷惑なだけで。それを娘に指摘されるという何とも情けない状況がここに生まれてしまったわけだが。流石あの祥の母親だ。
『はいはい。出ます出ます。本当に蛍ちゃんはお母さんより口うるさい子ね。誰に似たのかしら?』
「お父様とお母様がもっとしっかりしてくだされば、私がこんなにも口うるさくせずに済みますの。もう、私の用事は済みましたので、電話を切りますわよ」
『ええ~。もう切っちゃうの?私は蛍ちゃんともっとお話していたいんだけど?』
「今の台詞、恋人に言われたらきっとときめいてしまいそうですけれど、お母様。ご友人をお待たせしてしまっては失礼ですわよ」
母と娘の会話とは思えないやり取りをする二人。
しっかり者の蛍は、家族皆から愛されているが、自分のプライベートよりも蛍を優先する家族の好意は行き過ぎではないかと常々思っている。だからといって、突き放したり冷たい行動を取ってみても、たまには蛍ちゃんのドライもいいものね、と萌えられてしまうのでどうすることもできない。
クレープに齧り付き、紙を破り食べやすくしたい蛍は、一刻も早く電話を切りたい。しかし、この母。流石は母。中々に粘ってくる。
『はいはい。でもね、蛍ちゃん。お母さん折角の祥のお友達との会でご馳走作ってあげられないのが悲しいのよ。前々からの約束があったから仕方が無いけど、仕込みくらいしておけば良かったなって』
「お母様の食事も豪勢でよろしいかとは思いますけど、お兄様が全て自分たちでやるとおっしゃったのですから、お母様は気負いせずにご自分の時間を楽しんでくださいな。私もこのあと予定を入れていますし」
『そうね。お父さんが留守番を引き受けてくれたんだもの。楽しまなきゃねぇ』
「はいですわ」
ゆっくり家で休みたかった父が、子供達の見張り役を引き受けてくれたため、少々心配ではあるが女性組はそれぞれの予定を楽しむ事が出来る。トラブルメーカー三人を本来ならば放置するのは、混ぜるな危険の薬品並みに恐ろしいのだが、信じるしかないだろう。
『じゃあそろそろ本当に蛍ちゃんに言われた通りに行動しようかな。蛍ちゃんも楽しんでくるのよ?それと・・・・・』
どうやらトイレで友達と鉢合わせたらしい母。背後で友達に、どれだけトイレで立て篭もってたの?と突っ込まれていた。全くもうな母親だ。
ただ最後に、そんな母親が一言告げた。愛する娘に、この時間で一番母親として、たった一言。
『あんまり、イイ子ちゃんでいようとしないようにね』
と。