第一章2 『自室は最大の秘密基地』
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「何やこれ!」
午前十一時に受信したメールの内容を見た瞬間の第一声。
スマホを片手に思わず叫んでしまった男――柚緋は、ここがスーパーの中だということを思い出し、急いで口を塞ぐ。
あまりにも大きな声に、周囲で買い物をしている他のお客さんが、こぞって柚緋に目を向けていた。今どきの若い子は、等と主婦仲間と会話する者も出る始末。
「もー、何やの?そない大きい声出しはって。柚緋だけやのぉて、一緒におる僕までも注目されてしもうたやないの」
「すまん、つい・・・・・」
隣でショッピングカートに凭れ掛かっている双子の弟――蒼羽が、不本意ながら脚光を浴びてしまった事に対し、兄へと抗議する。
パープル色の髪。決まりというか、見分け方の一つというか、互いの識別法として変えている髪型。柚緋は短髪で、蒼羽は長髪。よく漫画で双子が他人を騙して遊ぶために、服や髪型を変え、当たっていてもハズレというクイズをするが、この双子に関してはそれは一切ない。顔も背丈も声質も、本来全く違うはずの兄弟が、まるでコピーでもしてきたかのように全く同じ性質だとすれば、色々と生まれる絆というものがあるだろう。しかし、この二人にはそれが見られない。いや、同じ色のウィッグを被り、同じ時間に活動し、同じ路線の上を行こうとしているのだから、対して変わらないのかもしれない。たとえ双子でも個人は個人だ、が柚緋と蒼羽の口癖にもなっている。
話が逸れたが、そんな双子がいるのは家から二十分ほど離れたスーパー。今時有りがちな魚、肉、野菜、その他の食品類、薬、日用品と何でもござれな、皆様御用達のあのスーパーだ。といっても、スーパーというよりかは、薬局と言ってしまった方がいいのかもしれないが、そこは割とどうでもいい。
そんな店に双子はいた。頼まれた食材を買いに。
本日夕方六時に、ある事を機に知り合った人の家に招かれているのだが、その会で食すものの買い出し役に立候補し、無事任されたのだが。その内容がまた凄かった。そのリアクションが先程主婦の皆様から受けた冷たい視線だ。
「ほんでもな!俺に言い訳する猶予くれや!これ、これ見てみぃ!」
必死で弁解しようとする柚緋。まだ内容を知らない弟に、急いでスマホ画面を見せる。
「元気ええなぁ。なんなん?柚緋。えーと、買い物リスト。“以下のものを我は要求する”・・・・・ここでもうすでにツッコミ所満載やわぁ」
「そこはもうすでに俺が心ん中でツッコミ済みやから飛ばしてくれや。問題はその後や後」
「えーっと?枝豆、柿ピー、ウインナー、軟骨のから揚げ、ピーマン、豚肉、もやし、ポテチ(コンソメ以外)、スルメ、ちりめん雑魚、豆腐・・・・って、これがなんなん?」
「これがなんなん?って、リアクション薄!お前このリスト見てそんだけのリアクションて!確かに酒飲む言うとったで?せやからつまみ系が多いんは分かる。分かるけどな、もうちょい主食があってもええんとちゃうか!?」
今夜の男子会の主催者であるところの柳静(祥)から送られてきたメール内容に愕然とする柚緋。楽しい楽しい男子会だが、ディナーが全て酒のつまみとなると、流石にツッコミたくはなる。
いや、別にステーキや寿司など用意せよとは言っていない。ただもう少し、何か一品、せめて一品、目玉的なものを用意してくれたって・・・・と、柚緋は悶々としているようだ。
「いや、僕はお酒飲む時、そない食べられへんから、別に主食の有無は気にせぇへんよ。ただキムチがリストに入ってへんから、個人の意見として買うてくわ」
「キムチだけか、キムチのみでええんか!我が弟ながら食に対する欲が無さ過ぎんで!」
「せやかて、主食言うても、何にしはるん?僕、お酒に白米なんて嫌やで?ちょこちょこつまめるもんがええんやから」
「そんなんやから蒼羽は二日酔いで苦しむんや。何も食わんと酒ばっかかっ食らいよってからに、いつもフィナーレがゲロまみれになるんをええがげん制御出来るようにせんかい」
普段家で仲良く晩酌を楽しむのは良いが、二人の晩酌法は違った。食べ物を収める隙間があるのならば酒を流し込みたい、というのが蒼羽。
お酒も楽しみたいが同時に料理も楽しみたい、というのが柚緋。
結果として、最終的に飲み過ぎた蒼羽が、モザイクだらけになるのが大体のオチである。残念なことに、蒼羽は学習能力が無いのか、一向にそれを改めないため、飽きもせず、最終的に最終奥義モザイクを生み出す。これが家ではなく、外だったならば。それこそ、合コンで女性がいる中で、だったら即行見限られるのは間違いないだろう。
「ほな、リストとは別に柚緋の食べたいもんも買うたらええやないの?ピザ?グラタン?モッツァレラ?」
「なんでチーズばっかやねん。いや、好きやけど」
「ほんなら枝豆?さやえんどう?あ、じゃ●りこ!」
「あ、ええもん思いついた!やないねん‼今度は豆か!枝豆繋がりが思いつかへんかったから言うて、諦めてじゃがいもに逃げんなや。ほんで枝豆はもうリストに載っとるやろ」
「うるさいなぁ、ほんなら目刺?鮭とば?鰹節?」
「何で今度は干物系に飛ぶんや。鰹節て、どう食すんや、口ん中でダシ取ったらええんかいな!せめてみりん干し挙げろや」
「みりん干し?聞いたことないわ」
「おんま!みりん干し知らんのかい!開いた魚に醤油、砂糖、みりんとかを合わせたタレに付け込んで乾燥させたやつや。俺が食いたいから、爽磨に密かに頼みまくって、今度作ってもらう約束を付けたくらい価値のある食いもんや!」
元々味付けの濃いものや漬け物類が大好きな柚緋。釣り好きの友人に以前食べさせてもらったのが忘れられないらしい。その話と共に、作ってくれアピールを二時間休憩なしに要求され続けた爽磨のことを考えると、同情を禁じ得ない。
すると、これまで柚緋に突っ込まれるためにふざけていた蒼羽がようやくまともな意見を口にする。
「柚緋が干物類を爽磨に提案したんは分かった。ほんなら僕は朴葉味噌頼んでみるわ。あれ一度食べてみたいと思うてましたんや。今度バーベキューを口実に二人で頼んでみましょ」
結局話は、双子はお酒好きで、そのつまみには多少のこだわりがあるという事だった。
そして、料理関係ならば母ではなく、幼馴染の爽磨に頼み込むというのも、またおかしな話だが、もはや料理担当と言えば彼しかいないので仕方がないのだろう。
「嗚呼、大分話が逸れたわ。・・・・・しゃあない今回の件に関しては俺なりになんか主食買うてくか」
一々ボケ、そして話を脱線させるプロである弟の相手をとりあえず終了させ、柚緋は自分なりの主食購入を決めた。これだけのつまみ系の買い物リストならば、多分、白米が出てくることはないだろうと踏んで(偏見だが少々変わっていると思われる相手だからという事は内緒で)。
隣でカートに前屈みで凭れ掛かる蒼羽も、追加として辛子明太子を選んでいるのを他所に、柚緋は早足でリストに書かれている品を取りに向かう。早くしないと、蒼羽が辛子明太子を選び終え、何も考えずに気分気ままに、自由にカートを進めてしまうから。
両手一杯に品物を抱えて店内を捜し回るのは流石に勘弁だ。
「お母さんこのお菓子買って~!」の子供とは訳が違い過ぎる。離れ過ぎず近過ぎずの母親のカートとはルートも距離も違うのだから。母親は品定めするために何度か止まるが、蒼羽は止まらない。「暇やわぁ」と呟きながら目的もなく歩き回っているような男だ、じっとしているわけがない。
「そういえば、飲み物は書いてへんみたいやけど、あちらさん用意してくれはるん?」
そんなに量のいらない蒼羽は、一口サイズにカットされている辛子明太子を選択し、丁度戻ってきた柚緋に問いかけた。というより、柚緋が隣にいること前提で話しかけた。この短時間によくもまぁ品物を七品も取って来れたな、と弟は兄の行動の速さを尊敬した。普段動き回っているおかげだろうか、柚緋はそこまで息を荒げることはなかった。
「・・・・ふぅ。嗚呼、飲み物は全てあちらさんが用意するって言うとったわ。なんや家に大量に酒のストックがあるらしいで」
「そうなん?えらい酒好きなんやね」
「俺らも大して変わらんけどな」
「それにしても、まさかショッピングモールでたまたま店で出会うたお連れはんの居場所教えただけやのに、会を開いてくれるやなんて嬉しいわ。僕そんなん初めてやし、失礼がないようにせんと」
「名目は『詫び』っちゅうことになっとったけど。まぁ失礼もそうやけど、会だけやのぉて、宿泊までって、心どんだけ広いねん。そこまで深う無い人間を宿泊させる行為は、中々出来るもんやないで。俺やったら無理やな」
ほぼ初対面に近い人間を家に招く、という事はあるだろうが、それ以上の宿泊行為は、信頼関係も築いていない内にほいほい行えるものではない。
しかし、今回の招待者の一人である祥は、逆に「泊ってけよ、その方が気楽でいいじゃん!」と催促してくる程だった。きっと最も信頼している柳静から、会の催し方について頼られたことがよっぽど嬉しかったのだろう。
そんな優しい気遣いを無碍にするのは申し訳ないと、柚緋と蒼羽の二人は、素直に甘えることにした。
「でも、爽磨が来られへんかったんは残念やね。元々はあれを捜すためにインフォメーションに行ったんやし。爽磨が繋いだ縁、大切にせな。ね」
「せやな。けど、あっちもあっちであの迷子坊主と遊んどんねやろ?日付が被ってしもうたんは残念やけど、まぁ、互いに帰ったら報告会でもしようか。余韻は浸らんと損っちゅうからな」
時を同じくして、同ショッピングモールで共に迷子になっていた若津爽磨と市ノ瀬竜剣の二人。捜し人が繋がるのなら、迷子同士も繋がるのだろう。すっかり竜剣に懐かれてしまった爽磨。
別れ際に予備として持ってきていたアイマスク(眠そうな表情)を竜剣にプレゼントしたのだが、相当爽磨との時間が楽しかったのか、電話番号を聞いてきた。家に帰るまで覚えられていたら掛けてもいいという意地の悪い方法で教えてやった。子供の記憶力は底が知れないことを知らなかった、いや逆に底が知れているだろうと舐めてかかっていた爽磨だったが、竜剣は、子供は賢かった。爽磨達と別れた後すぐに母親の携帯番号に登録してもらったのだ。道具を使っては駄目だと一言も言っていないのを、竜剣は気付いたからだ。その夜、子供の眠る時間であるところの午後九時、爽磨の携帯に着信が入った。知らない番号には出ない主義なのだが、たまに両親が知人の携帯を借りて掛けてくることがあるため、夜だけは出ることにしている。しかし今回の発信者は母親でも父親でもなかった。共に迷子になり、共に叱られ、共にアイマスクを着用する仲となった市ノ瀬竜剣、小学一年生だった。まさか掛かって来るとは思わなかった爽磨(別の事で頭が一杯になっていたので忘れていた)は、素直に子供を侮った己自身を呪った。
電話の内容は、今日のお礼と、今度家に遊びに来ないかと誘うものだった。どちらかというと、後者の方が竜剣にとって重要なのだろう。寝る前だというのに、中々にテンションが高かった。適当に理由を付けて断ろうとしたが、子供にしては頑張った十分間の説得に爽磨は折れた(途中、来てよ、遊ばないとアイマスクがどうなってもいいの!とその歳にして脅迫まがいな言葉を交互に使用し、最終的にエンドレス攻撃に作戦を切り替えやがったため、折れざるを得なかった)。
何とも中途半端な、そしてゴールデンウィーク明けにしようという互いのスケジュール調整により、本日五月十五日、爽磨は竜剣の家へと出掛けて行った。
その友人を思い出した柚緋と蒼羽は、スーパー内を練り歩きながら話を続ける。
「あの子供嫌いの爽磨に、まさか子供の友達が出来るやなんて、微笑ましいわ」
「微笑ましいはええけど、何して遊ぶんや?あいつ極度の面倒くさがりなんやで?外で遊ぶんは十分と持たへんし、中言うても俺達ん時と今の子供らは遊ぶ内容ちゃうやろ」
「そやね・・・・。僕らは外やったら鬼ごっこに泥団子投げ、ボールはよう使うてたし。中やったら人生ゲームにテレビゲーム、足掛けだるまさんと撮影ごっこ・・・・・・とかやね」
子供の遊びといえば、メジャーなものでは鬼ごっこや縄跳び、かくれんぼにボール系の遊び等が挙げられる。雨が降って室内でしか遊べない状況ならばビー玉やおはじき、けん玉や人形遊び。多人数だとハンカチ落としやままごともあるが、柚緋と蒼羽、爽磨の三人はボードゲームやボール遊び等、一般的に男児が好む遊戯をして楽しんでいた。特に嵌っていたのは、元々ある遊びを、自分達の手で別のものに進化させたり、新しく作ったりすること。先程蒼羽が挙げた遊びでいうと“泥団子投げ”と“足掛けだるまさん”。
「泥団子投げか、懐かしいわ。あれでよぉあちこち泥だらけにして母さんに拳骨食らったもんや」
「どちらかといえば、爽磨がつるピカ泥団子大量生産して躊躇なく投げてきたんが一番の恐怖やったわ。地味に強度増してはったから、全身痣だらけになってお風呂場で痣撫でながら涙流したんが子供ながらに苦い思い出として心に深く刻まれとるわ」
「いや、あれは爽磨の顔面に泥団子当てたお前が事の発端やで。巻き添え食らった俺が一番の被害者や」
子供達の間では一度は上手く作りたい、いや一度は挑戦したことがあるであろうピカピカツルツルの綺麗な、泥団子の中の宝石。雪合戦よろしく泥団子投げが砂場での主な遊び方だった三人は、毎回毎回どろどろになって家に帰り、母親に“ド”が付くほど叱られていた。
「砂場って公園デビュー時はもう最高峰の会場やったけど、俺はじっとしとれんタイプ、蒼羽は作るのを途中放棄するタイプ、爽磨は作り出すと懲りだして、完成するまで動かへんタイプと、バラバラやったから、いつしか俺らが泥団子を投げ合って遊び出してから、それが爽磨に飛弾して、あの遊びが生まれたんやったか?」
「長々と解説お疲れさんどす。結局、手先が器用な爽磨のコールド勝ちが常やったし、今からしてみれば、何とも不公平な遊び方やったと思うわ」
いやそもそも、泥団子は投げていいものではないだろう、と過去の自分達と、目の前の弟に静かにツッコミを入れた柚緋だった。
外ではかなり激しい遊びを考案していた柚緋達。だが外とは違い、中ではそこまで騒げないだろう、なんて思った人、詰めが甘い。中では?その言葉はおかしい。外が外ならば中は中。子供の中では、外も中も同じことだ。よって、中は中で外に負けない“足掛けだるまさん”なるものを生み出し、遊んでいた。
柚緋、蒼羽、爽磨の三人で知恵を絞り出した遊び。
だるまさんが転んだという皆が知っている可愛らしいものを想像したところ申し訳ないが、その想像、今すぐ抹消してほしい。
「そういえば足掛けだるまさんを考えたん、柚緋やったな。鬼の身体にタッチして逃げるのが普通やのに、柚緋の考えたんはその名の通り足掛けで鬼を転ばせるハードタイプにしてしもうたから、僕と爽磨からしてみたら、結構迷惑な遊びやったわ」
優しいソフトタッチから、ハードな足掛け。子供としては足掛け自体が中々のハードルだろう。
いや、大人でもハードではあるが。足掛けといってるのに、ただ相手の足元を蹴るだけか、絨毯で足を滑らせ、逆に自分が転んでしまうパターンが連続し、あまりいい思い出がない蒼羽。そもそも、こんなハードアトラクション、いい思い出があって堪るか、というのが本音である。
「しゃあないやろ?ああでもせんと、お前ら二人はぐうたらするだけなんやから。外で遊べへん言うて中でだらけてもええっちゅう事はないんや。中は中でこそ出来る事で体動かさへんとあかんのや」
「うざいわぁ。体動かすんが好きな奴は、周りも無理矢理巻き込みはるで大嫌いやわ。一人で筋トレでもしてはったらええやないの。そもそもだるまさんやなんて、外内両刀やから中でこそっちゅう枠組みに入れるんはどうなんやろ」
「うぐっ、一々やかましい奴やの。大体な、普通の人やったら俺は誘わへん。お前らが何かと理由をつけてはそこらへんで大の字になってトイレとご飯以外一切動こうとせぇへんくなるよって、頑張って考えて対策立てたんや。偉いで、俺」
「はいはい。無い頭でよう試行錯誤しはりましたなぁ。えらいでぇ~、片割れ」
「お前のその言い方腹立つな・・・・」
二人の怠け者の世話を昔から任されてきた柚緋。彼なりの対策法として、ハードタイプを続々と生み出してきたのだろう。その度、蒼羽と爽磨はバテてしまうのだが、それは後日談。
兄の生み出す様々なハードプレイ。しかしそれは子供のころの体験談しかない。ということは。
「それ、大人になった今やったらどうなるんやろね?今度彼らも誘ってやってみぃひん?今日は楽しい会やから、また別の日に。親睦を深めるためにはまず体からって誰かが言うてはったようなそうでないような」
「誰やねん、それ言うたんわ。ほんでさっき体動かす奴を全否定しときながら何しれっと発言しとんねん」
「えー?はは。何の事やの?」
「とぼけ方下手か!」
「もう柚緋。もうちょいゆるう生きていかれへんの?そない激しめにしたら、今日の会、後半バテてしまいますえ?」
「はぁ?誰が俺をそうさせとんねん。お前がもうちょおびしっ!としとったらな、俺はこないに疲れんですむんや」
「はぁ、最近の子はゆとりゆとりとやかましいほど言われるけど、逆に柚緋にはゆとりが必要なんとちゃいます?これが本当に兄さんかと思うと、僕としては疑わしく思うてしまうわ」
「おうおう、こんなんでもな、お前の双子の兄や。えらいすんまへんのぉ、こんなんで」
互いに言い合いながらも、きっちり買い物リストの品を籠に放り込んでいくのが面白い。時たま間に『どっちが新鮮や』『これ二個買うた方が安いわ』と買い物のやり取りを挟んでいるので、かなり仲がいいというのがこれで分かる。
そんな言い合いに終止符を打ったのは、弟の蒼羽。
「そういえば、今日の会はあちらさんから提案してくれはったんやろ?よくそこまでの流れにいけたもんやね。あの鬼さん」
「鬼さんて。・・・・そうやったな、蒼羽は繋がってへんかったな」
鬼さん=凪原柳静とインプットしている蒼羽。
怒りのメーターが急上昇した時に丁度居合わせたことがあるため、そんな名称をつけた。第一印象から最悪だったのと、互いに時間が無い中での連絡先交換だったため、未だに蒼羽の相手への警戒心は解けない。
「柚緋が心開いてるみたいやし、僕からもまぁ歩み寄ってみんこともないけど・・・・」
「大丈夫や。お前もすぐ仲良ぉなるわ。鬼さんの方はどうか分からへんけど、もう一人の方やったら仲良ぉなるのにそう時間はかからへんやろ」
「もう一人の方言うたら、僕らに中国人風の名前付けた面白い子やろ?」
「そや。今日はその人ん家でパーティーや。なんや、鬼さんの方やと、俺らが変に緊張してしまうやろと、そっちにしたらしいで」
「変に緊張?どない家に住んではるん・・・・。ま、まさか・・・・、鬼だけに地獄に繋がる門を家の裏手に隠してはるんとちゃいます!?」
「漫画の読み過ぎや」
相手の事を全くと言っていいほど知らなければ、何でもかんでも好き勝手に言えるもの。中々の妄想力を発揮し出す蒼羽。自分なりの主食を探しながら、スーパー内を練り歩く柚緋。弟にツッコミつつ、食品コーナーを物色していき、リスト内のものは全て籠に入れ、あとは主食を選ぶだけとなった。
まだメールでのやり取りをするだけの関係なので、相手の好みなど一切分からない。ので、ここは敢えて皆が好きそうなものを選択する事にしたようで。
「よっしゃ。俺はこれに決めたで!」
「え・・・・ちょ・・・」
決定したと同時に次々と商品を籠に放り込んでいく柚緋。一度決めたら曲げることをしようとしない、そして猪突猛進な性格も相まって、そしてその性格を分かっている蒼羽は為す術もなく。
「え・・・・ええんやろか?これ・・・。主食・・・なん?」
そう、ただ兄の商品を籠に入れる作業をカートに寄りかかりながら見つめつつ、呟くしかなかった。