終章 『明日の桜」
PC作業に疲れた目を癒すため、少々の休憩タイムを設けた男。今日届いたメールは全て開き終え、返信も済んだ。
終えた作業に対して何が休憩かというと、これからこの部屋に来訪者が来るからだ。時刻はすでに午前0時を過ぎており、目も疲れてきた所だしベットに入って眠りたい所だが、来訪者はまだ来ない。
今にも閉じてしまいそうな眼を擦り、少々時間を稼いだ所へようやく、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「おじゃまします。あとただいまっす」
「おかえり、遅かったな。あそこのライトアップは九時までだったはずだけれど、この三時間何していたのかな?」
「皆にお土産買って来ました。今日は俺だけ休暇だったし、写真もいっぱい撮ってきました。あとこれ」
土産といっても屋台で買ってきたたこ焼きやイカ焼き、リンゴ飴に光る剣の玩具等、とにかく屋台のものを手当たり次第買い漁った感が否めなかった。
それと一緒に、少年のような幼さが残る青年は、約束した疑問や質問の書いた紙を提出してきた。
「嗚呼・・・・。もしかして、これ書いていたから遅くなったのかな?」
「ばれた」
「え、隠してたつもりなの・・・・。ふむ、ちゃんと受け取らせてもらった。今日はもう遅いし、解答は明日皆で花見をしながらにしよう。その方が更に質疑応答が増えるだろう。とりあえずその料理は彼に渡して保存してもらっておきなさい。皆もう寝ているだろうから、明日食べよう。それだったら花見らしくていいと思うがどうかな」
「そうっすね。あ、じゃあまずそれを実行してきます。ちょっと待ってて、ご主人」
「はてさて、あの子に珈琲を淹れて来るという気遣いが生まれるのか、後の数分後が楽しみだ。話を楽しむのも悪くはないが、休憩にはやはり珈琲が欲しいものだ。いや紅茶でもいいかな」
ご主人と呼ばれた部屋の主の男。黒の短い髪をかき上げ、背凭れに体重をかける。まだこれから少しの間は出て行った青年と会話をしなければならない。一応は主人と使用人といった関係ではある。
しかし、それもまた普通であって普通ではない間柄でもある二人。
数十分後、しばらくドアの前で何やらガチャガチャしていたらしい青年が部屋に入ってきた。どうやら、ドアノブをどうクリアするか迷っていたらしい。青年はどうやら、足を使う、を選択したようだ。
「お待たせ、朔様。どっちがいいか分かんなかったから、珈琲と紅茶両方持ってきた。俺残った方飲みますから、選んで下さい」
まさかの両方だった。心の中で、やはりこの子はいいね、と満足したご主人―――朔は、ありがとうと珈琲を手に取った。お盆に残った紅茶を床に置くと、青年は椅子ではなく床に腰を下ろした。絨毯が敷かれた床は、少しふかふかした手触りで心地が良い。全面に敷かれているのではなく、中央に小さく敷かれているものだといっても、人が二人寝そべられる大きさだ。床は大理石。作業時は部屋の明かりを付けないので普段は分からないが、大理石は黒で、絨毯は白だ。
主人の前でまぁ呑気というか友人感覚の青年は、絨毯の上で胡坐を掻き、紅茶を飲む。
「あ、ご主人。そういえば明日花見って言ってたけど、どこですんの?」
「家の敷地内。角にあるでしょ。あれだよ」
「あそこかー。一本しかないヤツ。でもあそこならあんまり人来ないし、俺達の独占ですね」
「正確には、俺がよくあそこに行くから、誰も近づかないのだけれどね。うんうん空しいね」
「自虐いいっすね。花見凄く楽しみだけど、その前に朔様を朝起こすの大変そうです。あ、でも当番俺じゃないや」
敬語とタメ口がごちゃごちゃな青年。しかし朔は気にしていない。むしろそちらより。
「お前は”ご主人”か”朔様”か、どちらかに統一出来ないのかな?」
「出来ない」
「はっきりだね。それならいいよ」
もしかしたら、別の所でこうしたやり取りをしていたら、この使用人の青年は完全にクビになるのではないだろうか。だがしかし、やはりこの主人、気にはしない。他人の日常話を買いたがるのだ、それもそうだろう。己に対する無礼以前に、興味でしかないのだから。
青年は一口目で駄目だと分かったのか、紅茶に角砂糖を三個ティーカップにぶち込み、ミルクをかなり注ぎ込んだ。かなり甘そうな紅茶の完成。
「そういえば、お前が紅茶を飲んでいるのを初めてみた気がするよ。普段はお茶かホットミルクだよね」
「まぁ、はい。朔様の前だから普通に言えますけれど、それが俺にとっての贅沢でしたから。こうしたものは口に合わない。つーか、贅沢・・・・みたいな。別に、人間何が好きとかって、自由ですから」
「それ俺のパクリだね」
「バレた・・・・」
「隠していたつもりなのか・・・・・」
何故、この使用人はこんなにもわざとらしいのか。それとも素なのか。それはよく分からないが、いや、多分、この使用人はこうしてツッコんで欲しくて言っているのだろう。
「花見」
「ん?」
「今日の桜を見たって、何も思わなかったけれど。・・・・明日はどう思うのかな」
紅茶を飲み干し、ティーポットから新たに紅茶注ぎ入れながら、青年はどう、と主人に問う。
同じ桜でも、見る場所、見る人、見る時間と、条件が違えば変わるのか、それを青年は知りたがっている。まるで知りたがりの子供のように、ぐいぐいと。
そんな彼を皮肉に思うか、憐れに思うか、はたまた馬鹿にするか、それもまた人それぞれだが、彼の主人である所の朔は、こう告げた。無邪気で真剣な青年に興味を抱くように、はたまた憧れるように。
たった一言。
「さぁてね。それは明日の、お楽しみ」
と。




