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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
二日目~花見の話~
36/53

第三章2 『最高の引き立て役』


  2


 横に仲良く並ぶ形で敷かれた二枚の布団。その内の一つでこの部屋の主、凪原柳静は横になっていた。白の寝巻きでお風呂上がりで髪を乾かさずそのまま布団に入ったのか、敷布団が少し湿っている。彼にもズボラな所もあると分かった所で、隣に目をやると、布団ではなく、壁に凭れ掛かり天井を見上げている祥の姿があった。ぐったりと全身の力を抜き、体を完全に壁に預ける形で。目には生気は無く、ただ呆然と、天井を見つめ続けている。

「大丈夫ですか?祥」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 祥からの返答はない。いや、言葉ではなく、左手を軽く上げるのを代わりとしていた。喋るのも辛いらしい。

「目先の欲に目が眩んで、調子に乗った罰ですね。弱いくせに、一升瓶の半分を空けようとするからそうなるのです。初めから結果は結果は見えていたでしょうに。憐れですね」

「・・・・・っく」

 言い返したくとも出来ない状況に、祥は悔しそうに拳を握った。

 年に一度の凪原家主催の茶会。午前を回った所でようやくお開きとなり、帰宅組と宿泊組に分かれ、理世を始めとした家政婦、酒に潰されなかった者達で後片付けを済ませた。

 会場となった茶屋や周辺の片付けは理世と一人の家政婦が。残りの動ける者達で、酔い潰れた宿泊組を寝所へと運んだ。もちろんその中に祥の両親、柳静の両親も含まれていた。主催者が潰れるという毎年お約束になりつつあるなんとも憐れな結果だったが、運ぶ組の中では「楽しそうだったな」と笑みが浮かんでいた。

 一方、柳静の部屋で行われていた、柳静、龍一郎、祥の三人の酒飲み対決の結果を発表しようと思う。もうすでに分かっている者もいるだろう、柳静の圧倒的勝利に終わった。ついでに、どうでも良いだろうが、簡単に対決を説明しておこう。

 酒飲み対決は、楽しくワイワイ会話しながら、という趣旨を完璧に無視した形で、静かに行われていた。というのも、各々が飲み進めるにつれ、何かに耐えるようにして、無言になっていったからである。

 笑えばたちまち、腹の中をあかす事になるだろう、と。

 まず最初に潰れたのは祥。飲めもしない癖に、日本酒の一升瓶を受け取り、ペース配分も考えずに飲み進めた結果、半分程空けた所で畳に顔面を打ち付ける形で倒れた。衝撃を緩和される事も出来なかったため、思い切り打ち付けてしまった。祥自慢の顔を。駆け寄った蛍が揺らしても微動だにせず、片付けに来た理世に布団を敷いてもらい、引きずられながら寝かされた。

 次に倒れたには龍一郎。お酒は強い方ではあるが、すでに挨拶回り等でしこたま飲んできた後での対決だったので、限界値が来てしまったらしい。といっても、対決を持ち込んだ張本人であり、最初に潰れてしまうわけにはいかないと、ぎりぎりなラインでゆっくりとしたペースで飲んでいた・・・のだが、隣で飲んでいた弟の柳静を見た瞬間、口に含んでいた酒を噴き出し、その噴き出した先が、たまたま祥の使った皿や残した酒の回収に当たっていた妻の理世だった。これからまだ下げた食器類の洗い物が大量に残っているというのに全身酒まみれにされてしまった理世の取った行動。今まさに栓をしたばかりの祥の残り酒を手に掴み、立ち上がり、右脚で旦那を蹴り倒し、どかりと胸板に腰を下ろすと、龍一郎のクリーム色の髪を鷲掴みにし、歯で器用に大胆に空けると、思い切り日本酒を残り全て、龍一郎の顔面にぶっかけた。

 ここで凄いと褒めたいのが、畳が汚れないよう、龍一郎の上半身は廊下に出すよう調整した所。木製といっても、ニスで綺麗にコーティングされているつるつるとした廊下ならば、いくら酒を零そうと、雑巾で拭いてしまえばそれで終了だ。

 妻に日本酒をぶっ掛けられた事で今迄保っていた気が一気に緩み、そのまま起き上がれずにリタイアした。小声で「俺の髪が~~ハゲる~~鬼~~鬼が出た~~」等と言葉を漏らしていた。

 という事で、対決は乱入者がいたものの、柳静の勝利となった。一人静かにちりめん雑魚をつまみに大酒をかっ食らい続ける柳静は、その傍に空になった一升瓶日本を転がし、三本目は珍しく正座ではなく胡坐を掻いていたその間に置いていた。そりゃあ、まぁ、龍一郎が噴き出したくはなるというものだ。

「そういえば、貴方が寝ている間に、賞品として蛍と侑李から抱きしめていただきました。蛍は前から、侑李は後ろから・・・・嗚呼、理世さんが写真を撮ってくれましたので、後で送ってくれると思いますよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 いらねーよ、と言いたい所だが、そこは、大好きな妹の映った写真。コレクションとしては外したくない一枚だろう。題名はおそらく、『妹の浮気現場』となるだろう。

 騒がし過ぎた凪原家はすでに、いつも通りの静けさを取り戻していた。まだ起きているのか、いくつかの部屋から灯りが見えるが、それも月明かりには勝てない。そして微かにうめき声も聞こえてくる。きっと朝になればもっと凄いだろう。

 自業自得により受けている苦に耐えつつ、祥は気分直しに外を見る。

「・・・・へぇ・・・寝床から・・・、夜桜が見えるって・・・、最高だな・・・」

「普段は閉めていますが。今宵は月明かりが綺麗で風もありますから。気分が悪い貴方には最適でしょう」

「・・・・蛍たちは?」

「当の昔に帰宅しました。仕事を終えた侑李のご両親が迎えに来られたので」

 そっか、と祥は送りに行けなかった自分にため息を吐いた。

 今年は参加できなかった侑李の両親。理世しか生き残りがいないため、代わって挨拶をしたという。柳静も酒が入っているとはいえ、歩行も会話も出来るため、荷物運びを手伝った。仕事終わりで疲れているであろう、侑李のご両親のために、重箱に料理を別に作ってあったらしい。蛍は今夜、宇佐木家にお世話になるので、侑李は上機嫌だった。その名の如く、兎のようにぴょんぴょんと飛び跳ねては、蛍に落ち着くように促されていたという、なんとも微笑ましいエピソードを柳静は語って聞かせた。

「くぁー!くっ・・・・そ!めっちゃ撮りたかったその姿!・・・・あえ・・・うぶぇっぷ」

 大声を出した事で少し治まっていた吐き気が込み上げてきた。つい先程、一度トイレで吐き出してきたばかりなせいか、頭の中が少しほわんとして視界が揺れる。どの酒でも飲み過ぎに注意しなければ。こればかりはもうどうしようもないのだ。耐えるしかない。耐えろ、耐えるんだ、撮れなかった悔しさと共に!

「そういえば、蛍と侑李からのハグをもらってしまった私から、貴方に贈り物があります」

「・・・・んん?」

 手で口を押える祥の前に差し出されたのはスマートフォン。しかも祥の。

 画面をタッチして流れてきたのはある動画だった。それは今さっき、柳静の話していた玄関で蛍達を見送る姿だった。

 しかし、この動画は横から撮影されており、少々手振れが酷い。一体誰が。

「兄さんに頼んで撮影してもらいました。といっても、スマホで実際に撮影したのは父様ですが」

「何故!?」

「いえ、兄さんに頼んだのですが途中で吐き気に襲われまして、落ち着いてきた父様が水を飲みに丁度通りかかったので代わりにスマホを持ってもらったそうです。兄さんを土台にしたため、ぶれてしまっていますが」

「嬉しいけど、お前の父さんに何させちまってんだ!ちょっと想像しちまったよ!」

「楽しかったそうです」

「違う道に走らないか不安です!」

「今後私達兄弟の寝顔を盗撮するそうです」

「言っちゃったーー!!意味ないよ、警戒されちゃうから!なんで告げちゃうのさ!」

「嗚呼。義姉さんが、落ち着いたらその父様と兄さんの盗撮現場写真を送ってくれるそうですよ」

「いらねーー!」

「目が覚めてお手洗いに行こうと通りかかった貴方のお父上様が、父様が後ろから兄さんに伸し掛かる状態で私達を撮影している姿を見て『スクープだ!』と言ってお撮りになったそうですよ」

「まさかの馬鹿父参加!?」

「それを見た義姉さんが頂いたそうです。ちなみに本人達はまだこの事実を知りません」

「何であの人は自分から玄琉さんに絡みにいくんだよ!!」

「・・・・・貴方そっくりではありませんか。血は抗えませんね」

「嫌な血だけどな!」

 きっと、明日の朝、己の父が他人の家で騒ぎを起こすのだろうと思うと、胃が痛くなってくる。キリキリと。

「祥」

「何!?」

「いってらっしゃい」

「いってきます!?」

 変にハイテンションのまま、祥は部屋を出て行った。ずっとには目が出ない嫌な気持ち悪さに苛々していた。このテンションならばと、急いでトイレへと向かっていった。

「ふぅ。全く騒がしい方ですね。でも今日一日楽しかったです。明日の朝は、皆二日酔いですか。大変ですね・・・・・・私以外」

 きっと明日はゾンビ共がトイレに群がるのだろう。そして、友人の行動に対して現当主様が怒鳴り散らすのだろう。

 柳静は一人想像して笑った。その手に持つ祥のスマートフォン。

 すっと画面が真っ暗になった。電源の入れ方も分からない弟のため、ずっと画面がついたままになるよう勝手に兄が設定を変えてくれたため、充電がきれてしまったらしい。まぁ今の祥は気付きはしないだろう。

 充電方法を知らぬ、そっと枕元に置いておいてやろう。きっと朝に何で付かないんだと騒ぎそうだ。うるさい朝は嫌いだけれど、親友ならば少しは楽しみかもしれない。

 明日起きたらメールでも送られてきた写真を見せよう。保存をして、待ち受けにしてもらおう。きっと綺麗な春らしい写真だから、待ち受けに相応しいだろう。

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