第二章2-2 『夕から夜のつなぎ』
太陽が沈み、月が皓々と照り出した中。
月の御身で元々己が内に持っていた妖艶で、また畏怖をも感じさせる美しさを十分に曝け出した桜を眺めながら、凪原家主催の茶会は、第二幕へと移行していた。
仰々しい茶会とは打って変わって、おいしい料理に皆大好きお酒様で盛り上がり始めていた。年に一度のこの花見でだけは、皆無礼講。正月は年始めという事で挨拶回りで忙しいため、本当に気を緩めて門下生や親族、友人とが一斉に集まって楽しく過ごせるのは、この場のみである。
料理は凪原家の嫁と家政婦が用意し、男衆は酒の相手をするのが決まり・・・・ではなく、自然な役目として昔から定着していた。だが残念なことに、いつの世か、男女の力関係は逆転してしまったのか・・・・、凪原家の現当主は下戸だった。逆に妻は酒豪で又絡み酒の名手。元々大らかで快活な人なので、安易に想像はつくだろう。普段は威厳バリバリ当主様は、たった一口の酒にグロッキー状態なので、そこだけ入れ替わってもらえないかと、たまに神様に祈ることがあるそう。
仕方なく、酒は飲まずに玉露で料理を一人楽しむ凪原父――玄琉。今夜は無礼講とはいっても、凪原家現当主様に馴れ馴れしく話しに行く者はいない。一人を除いては。
ずかずかと一升瓶片手に玄琉の隣に来ると、どかっと座り込み、果てには肩を組んで止めに酒臭い息をぷはぁ、っと吹きかける兵を除いて。
「・・・・・・・・・・・・。今すぐ右目と鼻を殴打しても良いか?」
「ぷははは、怖い怖い。相変わらず報復の仕方がえぐいぞ。そんなんだから友達十人出来ないんだ」
「生々しい数字で表すな。私は貴様のような男にあのようなしっかり者の奥さんが出来た事に驚愕している」
「もはや本人目の前にして言う台詞の度を越えているよな・・・・」
厳格な人だと思われがちな玄琉だが、それは茶道の時だけあって、日常生活においては中々に息子に甘々(特に柳静)、寂しがり屋な構ってさんだという真実に、誰も理解を示してもらえない憐れな現当主様。
息子同士が仲が良く、家族ぐるみで付き合うようになってからこの馴れ馴れしい男と親しくなり、今では親友と呼ぶべき相手となった。
その馴れ馴れしい男、もう気付いている者には分かるだろう。気付かない者のためにここで紹介するはなんと、室弥祥、妹の蛍の父親――室弥清明である。
・・・・・おっと、ここで、あん?と思った方、少し落ち着いてもらおう。握り拳を収め、由来を聞いてもらいたい。室弥清明の母、つまり祥と蛍の祖母は陰陽師が好きで、有名な落語家が主演を務めた映画に嵌り、息子が生まれたらその名前を付けようと決めていたのだ。つまり、好きな有名人や偉人の名前を付けたいのと同じ心境だ。ので、本人が望んだものではなく、母より授けられた大切な名なのだ。
と、お分かりいただけたと判断し勝手に話を戻すが、祥の未来をそのまま映したようなおちゃらけ性格の清明。玄琉の内心を知っているが故、こうして会話が出来るのだろう。まるで、無表情で人付き合いが不得意の柳静と、それを理解し特別扱いせず自分なりの絡み方で接する祥のように。
しかしここはさすが大人。やり取りのレベルはまだまだ大人の仲間入りをした息子達よりは格段に上だ。
「貴様、ここに大量の酒を持ち込んだらしいな。先程からあちらでどんちゃん騒ぎだ」
「年に一度の宴の席だ。お前が飲めないからと遠慮してしまう人もいるだろうから、こうして俺が皆に酒を振舞って振舞いまくっているだけだ。それが嫌なら少しでも酒に強くなって、自分でそうすればいい」
「・・・・・・。貴様はいつも正論で腹立たしい。酒は無理だが、この玉露をやろう」
「え、超いらない」
「ぶっかけられたいのか・・・・貴様」
「ぶっかける!?やだそんな・・・・・こんな公衆の面前で凪原家当主様が親友のこの俺にぶっかけるだなんて、何それ超エロプレイじゃん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。すまん、玉露が切れた。新しいものを持ってくる。ついでにナイフや金槌等も持ってくる」
「本当ごめんなさい。誠心誠意謝るから解剖だけはやめて下さい」
レベルが高いといっても、それぞれのノリと冗談と残酷さのレベルが上がっただけで、会話的にはそこらの仲の良い友人そのものだ。
この親にしてこの子あり、の代表例の二人。
玄琉は日本酒を清明は玉露を、それぞれ注ぎ合いながら、今年の花見が幕を開けた。




