第二章2-1 『夕から夜のつなぎ』
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「ねぇ、菊」
「なんだ?こんな場所で寝そべって。女の子だろ、お前一応」
時刻は十六時三十分を少し過ぎた頃。三巣桜は相変わらずの美しさを皆の目に焼き付け、薄暗くなってきたことにより昼間とは違って静けさと不気味さを漂わせ始めてきた。
午後六時半にライトアップが始まる三巣桜。妖艶なる夜桜を一目見ようと、この時間からより一層見物客が増え始める。
そんな中、昼前から来ている雪霧達はライトアップされた三巣桜も見てから帰ろうと決めている。が、しかし正直言ってそれまでの時間は暇なのだ。座っているのもだるくなったと適当に理由をつけて、シートの上で寝そべっている雪霧。ワンピース一枚だと寒くなるだろうと菊が車から取ってきてくれた黄緑色のカーディガンを着用しているものの、下半身は素足なので、胡坐を掻いている菊の足に堂々と乗せている。冷たいシートより、人肌で温かな菊に擦り寄るのが一番なのだろう。自宅でよく見る、ソファでの光景がここに。
「女の子であってもこうした格好をするのじゃ。男女差別はいかんと思う」
「いやいかんいかんくない以前の問題なんだよ、これ。足を乗せんのは慣れているからいいとして、ここは部屋じゃねぇ、下半身が際どいんだ」
「菊、その言い方の方が際どいと思うんじゃが。我の下着など見たところで誰も勃たんと自信を持って言えるぞ」
「下ネタぶっこむんじゃねぇ。ぶん殴るぞ。・・・・・はぁ、おーい甘海。なんか布みたいなん持ってねぇか?つーか、同じ女として、お前からも何か言ってやってくれ」
誰も雪霧のレース付き白下着を見てどうこうなるとか興味はない。果てしなく興味がない。そんなもの、他で勝手に処理しといてもらえればこちらは問題なし。だが、段々子供の数も増えてきて、変態チックな輩も湧き出てくるであろう時間帯だ。そろそろ隠しておかなければならない。先程まで目の端にほんの僅かに見えた下着の事など、日常の一部として処理し、堂々と雪霧の足を机代わりに、スマホの写真整理をしていた菊は、真後ろで桜餅を頬張っている甘海にヘルプをかける。あれだけ食べて更に甘味を胃に収めるのか、というツッコミは省く。
「ぬぅ?あー雪っちゃんったら、こんな公衆の面前でなんて大胆なん。っていうかん、菊はなんでカーディガンは持ってきて、下は持ってこなかったのん?その体勢はいつもしているんだからん、一番最初に対策すべき項目じゃないん?」
「俺はこいつの執事じゃねぇんだが?まぁうっかりだったのは認めよう」
「全く、しっかりするんじゃ、菊。この調子では我と共に行動していけんぞ?」
「・・・・・・公開プレイされたくなかったら口閉じような、雪霧」
「こ、公開プレイ!?そ、そんな・・・・・こ、こんな所で足の爪を一枚一枚剥がされたくなかったら、我はどうやって家に帰れば・・・・・ッ!」
「公開処刑じゃねぇ!この流れでなんで俺が拷問しなきゃなんねぇんだ阿呆!エロティックな事の方だ!」
ねぇ・・・桜の下ってした・・・・・・」
「グロテスクじゃねぇよ!あとそれ以上はしゃべんなよ甘海!」
「えー」
「話続けたら今度のケーキバイキングはなしだ」
「イエス、ボス!」
来月行くケーキバイキング。
ご来店の方一人につき限定フルーツロールケーキ一ロールまるごとお持ち帰り用でプレゼント、という特典付きだ。何ロールでも食べたい甘海は、菊と雪霧に頼み、一つずつお願いを聞くという条件で、付き添ってもらう事になっている。というどうでもいい補足情報を入れておく。
「忙しいのぉ、菊は。分かった分かったよ。とりあえず今は起き上がるとする。あと暇じゃからしりとりをしよう」
「何の脈略もなく、提案してくんな。今の言い合い飽きただけだろ」
熱しやすくもある雪霧。気分次第で口調をも変えるその性格は、慣れていないものには単なる自分勝手我侭女に見えるに違いない。
「うん、まぁの。いやじゃが暇なのは変わってないよ。アプリのイベントも今は体力持ちじゃし、折角三人でおるんじゃし何か出来んかと考えに考えた結果導き出したのか、しりとりなのじゃ!」
「しりとりなんて、何年ぶりかなん!あれって簡単そうに見えて中々難しいのよねん。脳の体操には十分過ぎるとは思わないん?」
「確かに。中々馬鹿には出来ねぇけど、今ここでする必要あるか?」
しりとり。言葉遊びの一つで参加人数に制限はなく、各々の知性を活かし、いかに「ん」が最後に付かず長く続けられるか、という一種の競技として用いられる事も、ないことはない、日本人なら誰でも知っている遊びだ。
古い語法とし、夜道や怖い場所を通る際、途切れないように二人でしりとりを続ける等としても使用されていた。といっても普段は小さい子供が言葉を覚えるためや室内でも出来る遊びとして行われるが、大人ともなれば様々なルールを作り、罰ゲームなども用いるようになるため、また違った遊びとなる。そんなしりとりを、今、ここで、桜の目の前で行おうとする雪霧、菊、甘海の三人。全く持って自由で楽しい限りだ。
「いいじゃないん。やろうよん。ロシアンルーレットに続き、第二の勝負といこうよん!」
「第二ラウンド・・・・・、いいよ。ロシアンルーレットの借りはきっちり返す」
「なんですぐ勝負したがんだよ、お前ら。俺は勝負とかどうでもいいが、まぁ暇潰しで参加すっかな」
「じゃあ、負けた人は三人分のラーメンを奢るってことで、いいかの?」
「待て、それ俺も強制参加に向かってねぇ?二人分でいいだろ」
「うん、菊も快く参加してくれるって事でレッツしりとりん!」
「待て!なんで俺の意見無視なんだよ!」
この二人の女の前では菊は無力という証明が出来たところで、三人仲良くルール決めを行った。
ルールは単純明快。
『最後に”ん”がついてはいけない。ついた時点で負け』
『特に制限はないが他の参加者が知らない言葉は簡単に説明をする』の二点。
「知らない言葉って、説明入れんの面倒じゃねぇか?長くなりそうだけど」
「大丈夫大丈夫。分かんなかったら聞くっていうシステムより、ちょっと一言付け加えればなにかあるなぁ感が出るじゃろ。それでいこう」
「どっちみち必要なわけか・・・・・・」
「あとはやりながらルール追加していけば良いしの」
「それどうなんだ・・・・・・まぁいいや、んで順番は?今回はジャンケンでいいよな」
「OK!」
まずは至って普通のしりとりとして、ジャンケンにより甘海、雪霧、菊の順となった。
さっそく新ルールとして『変換は不可』という項目が加わった。例えば尻に「じ」と来た場合、「し」と変換しても構わないというお助けルールを、今回はなしにするという意味。昔はまだ言葉をそんなに知らなかったのでこうしたルールを用いたが、今は大人。そんな甘っちょろいルールでは楽しめないという配慮だ。敵に塩は送らない。全てはラーメンのために。
「じゃあ最初は桜にしよう。さくらの『ら』じゃな」
「思い出したかのように桜を取り入れたな・・・・・」
菊のツッコミは完全無視といき、雪霧はスタートと言わんばかりに、甘海に「ら」と投げかける。甘海は一瞬顎に手に当てて考えた振りをし、口を開いた。
「ら・・・・・ねん。じゃあ『ラングドシャ』、私が大好きなクッキーよん」
「え、いきなり「シャ」!?それ我も好きじゃが、これって我は「シャ」でいくべきか「や」でいくべきか、どっちなのじゃろうか!?」
初手――「シャ」。
甘海は糖分というドーピングで、回転が速いらしい。敵は混乱している。
「や、でいいだろ。そういう形は後の文字にしよう。むずいから」
「えー!私の悪意がん!」
「悪意入れんな!こうしとかねぇと、後で自分が困るぞ」
「むーん、・・・・・・・・分かった」
ドーピングの甲斐なし。
新ルール二『「シャ」や「キョ」等の擬音は全て小さい方を頭にする』。
「あーい。では「や」で『タマブキ』。花言葉は三つ、うち一つは『気品』じゃ」
「き・・・・。『客観的思考』」
「ちょっと待ってん。そういうのもありなのん?何よ客観的思考ってん。『ウーピーパイ』、二つの丸い丘形のケーキ片でクリーミーなフィリングやアイシングを挟んだものよん」
「それ、簡単にいえば?」
「んー、イメージは、森○のエン○ルパイねん。まぁ、ウーピーパイはマカロンと間違えられることが多いけどん、ウーピーパイはアメリカ、マカロンはイタリアなのよん。マカロンはさくっとしてるけどん、ウーピーパイの方はしっとりとした食感でボリューミーなのん。私は両方好きだけどん、ウーピーパイの方が量が食べれて好きねん」
「菊のに納得してないけど続けるわけか・・・・。甘海の説明、分かりやすいけど長いの。『イカリソウ』、花言葉は・・・・・君を離さない」
「怖いなその花!それでお前も文句垂れながら続けるのかよ」
「はっはっは!」
「つか普通に会話しながらしりとりって、子供ん時とはレベルが上がったな・・・・・。『魚心あれば水心』」
「レベルアップねん。確かに小さい時はとりあえず知ってる単語を言うのに必死だったから、そんな余裕なかったしん。進歩したねん、私達。あ、『ロールケーキ』」
「ねぇ、そういえば一つ気になってたんだけど、甘海さっきから甘いものばかりだよね。『キリ』、花言葉は高尚じゃ」
順調に続けられるしりとりだが、雪霧が引っかかったようで、甘海に問いかけた。
先程からの甘海の言葉は、全て甘味の名称ばかり。とてもどうでも良いが、気になったらそれが解明されなければ気持ちが悪い。
「そういうお前もよく花の名前そんなに覚えてるな。花言葉が鬱陶しいくらいだけど。『粒粒辛苦』
「そういう菊ろんも頭良さげな言葉ばっかだよねん。私は自分ルールとして、甘味の名称のみでしりとりをするって決めたのよん!『クリームブリュレ』」
しりとり独自ルール一、宮内甘海『甘味名称』。甘いもの大好きの甘海ならではのルールだ。しかし中々にンの付くものが多いため難しいのだが、甘海はやる気満々らしい。
余談だが、粒粒辛苦とか、細やかな努力を着実に積み重ねて、物事の完成、実現を目指すことの意。数日前、暇潰しに国語辞書を開いて見つけた言葉らしい。
「我も勝手に独自ルールを決めたんじゃ。我は『花の名称』オンリーじゃ。花図鑑を捲るのが幼い頃の楽しみじゃったから、名前と花言葉だけは頭の中に入っておるよ。あ、『レンゲソウ』、花言葉はあなたと一緒なら苦痛が和らぐ」
「なんだ。お前も独自ルールを作ってたのか。俺はまぁ、熟語とかことわざ系だな。それはいいが雪霧、さっきから花言葉のメッセージ性が強いぞ。『運否天賦』」
しりとり独自ルール二、白石雪霧『花の名称』。昔から分厚い本をぺらぺらと暇潰しで捲るのが好きだった雪霧は、全てではないが花の名称を頭に刻んでいるため、活用することに決めたらしい。
しりとり独自ルール三、双葉菊『ことわざ・熟語の類』。たまたま数日前に国語辞書を開いていたので取り入れただけだ。ちなみにその時調べた言葉は「億劫」。
「雪霧んはすごいなん。花言葉知ってるだけで、なんだか得してる感じがするよん。色々あるもんねん。ただ単に綺麗だからって贈っても失礼になったりすることがあるって菊しん。『プティング』」
「なんで俺に振るんだ」
「だってこの中で花を贈るっていったら菊りんじゃないん?男でも花言葉を知っておいて損はないと思うけどん」
「贈る相手が出来ればな」
きっと、こいつらといる限り、そんな経験はすることはないだろうな、と菊は雪霧にしりとりを進めるよう、促す。だが。
「む!!あ、甘海。プティングを変えてもらえないじゃろうか・・・・・・」
「え?ダメに決まってるわん。それしちゃうとしりとりの意味がなくなっちゃうじゃないのん」
突如不機嫌極まりない表情をする雪霧。大元のルールで『変換は不可』があるため、次の単語は『ぐ』から始まるものなのだが。
「どうした雪霧。リタイアか?」
「いいや。ぐのつく花はあるのじゃ」
「だったらそれでいいんじゃねぇか。何で言わねぇんだよ」
「むむむ。春の・・・・・・春の花オンリーという特別ルールに背くことになってしまうのじゃ。そんなの我は耐えられない!」
「・・・・・・あ、そ」
どうやら、雪霧は独自ルールを二つも用意していたらしい。おそらく今が春であることから花の中でも春が旬の名称で勝負に挑みたかったようだ。
そんな事情に心底どうでも良さそうな菊は早く続けるよう再び促す。
「言わないなら雪霧の負け決定か?俺はそれでもいいぞ。さてどうする」
「む!なんて意地悪な!し、仕方がない。ほ、補足として、一度だけなら春以外のものでもオーケーとしよう。ということで『グズマニア』、花言葉は理想の夫婦じゃ」
「果てしなく名前と花言葉が合わん花だな」
「初夏から秋にかけての花じゃ。もう一つの花言葉は情熱じゃった気がする」
『ぐ』のつく花は夏が旬のものが多く、雪霧が覚えているものでは他に三種類存在する。今回出したグズマニアとは、パイナップル科グズマニア族、別名アナナス。グズマニアという属名は菊の考えているようなものではなく、スペインの自然科学者、アスタシオーグズマンの名前に因んでいる。花言葉しか興味のなかった雪霧はここまでは知らない。ちょっとした補足解説をここで失礼する。
「それにしても花言葉って色々あるのねん。理想の夫婦っていうと二人はどういうのが理想なのん?」
「理想の夫婦・・・・・・」
「理想・・・・・、なんだろうな。あんまり考えたことないな」
甘海から突如聞かれた質問に、雪霧と菊はそれぞれの理想を思い浮かべる。だが、元々結婚願望があまりない二人。理想の夫婦とは?と言われてもぱっとして思い浮かばないらしい。そんな友人達を甘海は苦笑交じりで、まずは己の理想を語り出す。
「相変わらず色恋には興味を示さないのねん、二人とも。私はねん、一緒にお菓子作りをして一緒に甘味巡りをして~が理想よん。甘いものが苦手だなんて、きっと私耐えられないわん」
「確かに耐えられなさそうじゃな。そうか、そういうのじゃったら、我は何かと世話をしてくれる旦那と、平凡に過ごしたいものじゃ。ほら、まずは別れないことが前提の話じゃし。我はやることなすこところころ変わるから、それに付き合ってもらえれば」
「なんだか理想の夫婦っていうか、付き合うならどんな、になってきてんな」
「それでいいのよん。結局は恋人がいないと始まらないんだしん。菊ろんは何かないわけん?」
「俺か?俺は・・・・・・やっぱりどうもそういう系は苦手だ。別に興味がないとかそういうんじゃないが、今はお前達とか友人と遊び時間が楽しい。まぁ、強いて言うなら、束縛してこないならそれでいい」
「ふむ、菊は縛られるのが嫌いじゃからな。じゃが、中々どうして女というものは嫉妬深いものよ。男も同等にの。大丈夫かなぁ」
「さぁな。まぁとりあえず『暗中模索』で」
「え?」
「え?じゃないだろ。しりとりの続きだ」
「おお!」
四字熟語を投げかけられた甘海は、一瞬怪訝そうに菊を見た。自分で脱線しておいて、しりとりの途中だという事を忘れていたらしい。結局この三人には年齢=彼氏彼女はいない歴なので、願望はあっても特に今欲しいわけではないらしく、あっさりとこの議題は終了した。
そして再び、しりとり開始。次の手番は甘海、最初の文字は『く』。
「二回目の”く”ねん。甘いものって結構”く”の付くものがあるんだけど、ここはあえて『クリームダンジュ』にしとこうかなん!」
「なんぞや、くりーむだんじゅって。初めて聞いた」
絶好調の甘海は、躓くことなく次々へと手番を回していく。”ん”の付くものもかなりある甘味の名称だが、それと同様にジャンル毎にもかなり種類があるため、カバーしやすい。例えばケーキだけでもショート、チーズ、チョコと味で勝負が出来、プチとつけてしまえば更に倍の数になるだろう。ただし、菊が熟語で最後に”プ”をつけてくれればの話だが。
「クリームダンジュはチーズケーキの事だよん。ふわふわっとした見た目なんだけど、食べたら一瞬でチーズのコクが口いっぱいに広がってとってもおいしいのよん!今度お店に食べに連れてってあげるよん!」
「おいしそう・・・・。チーズケーキ好きじゃから楽しみにしてるよ。次は”ゆ”か・・・・・。『ユキヤナギ』花言葉は殊勝、気まま」
「気ままはお前にぴったりだな。殊勝ってのは微妙だけどな。『行住坐臥』」
「なにさ、その頭良さそうな四字熟語はん?」
「いや意味は簡単だぞ。普段の生活でする身体の動きや立ち居振る舞いの事だ。ちょっと気に入ってる」
国語辞書はたまに見ると面白いぞ、と菊。別に調べものをするためや勉強をするため以外でも気軽にぺらぺらと捲れば時に面白い言葉と出会える。絵本感覚で捲ってみるのもいいだろう。
「へぇ、凄くかっこいいねん。って、濁点で始まり濁点で終わらせるとは、菊やるわねん。だがしかし!”が”のつくお菓子はちゃんとあるのよん!お前の名の素晴らしさ、見せ付けてやるわん『ガトーショコラ』!」
「何故どこぞのカードゲームみたく発言するんだ。物ねぇし」
三人で輪を描くように座っているその真ん中に、今にもカードを叩きつけ攻撃しようとしてばかりに発言した甘海。こういうノリは楽しいから嫌いじゃない、と菊は思った。
「そういえば昔たまに見てたわ。カードゲームのアニメ。カードを机に出して召還!って言ってははしゃいだものじゃ。というわけで我のターン!『ライラック』を召還!この花の花言葉は思い出、友情。ちなみに我はこんな感じのカードの召還法と、マジシ●ンガールしか知らない!」
「奇遇だな。俺もホワイトド●ゴンとかしか知らねぇ。結構昔だから、もう一回アニメ見て思い出さねぇとな、『口不調法』」
「でもマネはしないのねん」
「・・・・・それは恥ずい。他のやつなら考える」
「他のやつん・・・・。”時間は重みだ・・・・・・僕はそう思う”」
「待て!それはあれか、いぬで始まる漫画のか!」
「そうだよん、分かる人には拍手を送りたいあの漫画だよん。桜にぴったりじゃないん」
「いや、まぁ、そうだけどさ!つーか、一応桜を基準に選別したのか。・・・・って、おい。それを選んだってことは、俺にあれを言わせる気か?」
「『ウエハース』ねん」
「無視か?」
「『スノードロップ』、花言葉は希望そして慰め」
「やらせる気満々か!花言葉が地味にうっぜーな」
甘海からのお題。人気雑誌ガン●ン系で連載していた漫画で、単行本は累計四百万部以上発行していた大人気漫画。甘海がド嵌りし、そして菊、雪霧にも伝染していった漫画。特に菊が主人公の少女を雪霧とよく比較し、シークレットサービスに負けぬよう、世話スキルを磨くきっかけとなった漫画でもある。そして今、甘海と雪霧がタッグを組み、ある言葉を菊に言わせようと策略する。
「相変わらずいいツッコミだねん。ふふりん、雪っちゃんが私の意思を汲み取ってくれたのには感謝するわん!さすがねん!」
「うむ。さすがというか、昔から菊に言わせたいと煩かったから、今回こそチャンスかと思って協力しただけじゃ」
「そんなに言ってたん?私」
「言ってた。耳にタコをぶち込んであげたいくらいに」
「怖いよん、雪るん。それに耳にたこのたこは魚介類のことじゃないからねん」
知ってるよ、と雪霧は冷たくあしらう。欲望に割と忠実に動く甘海に毎度毎度付き合わされるため、だんだん辟易してくるというか、疲れるというか。だが結局は付き合ってあげるのがいつもの流れのようなものだ。
そんな女子二人の標的になっている菊は、そわそわと落ち着かない様子。顎に手を当てたり、長い髪を何回か手梳きをしたり落ち着かない。
「甘海が俺に言わせたいというのは知っていたが・・・・・、まさかこんな公衆の面前でそれを実行させるとはな・・・・。恐るべきしりとりトラップ!」
「いやそんなにくッ!という顔しても状況は変わらんよ。菊。諦めよ」
「途轍もなく他人事だよな、お前。少しは何か・・・・・・」
「だから言ったじゃろ?」
「は?何を?」
「スノードロップの花言葉は、慰め、じゃと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
花言葉で自身の心境を伝えてこないで欲しい、と菊は初めてため息を吐いた。というより、雪霧の記憶力の良さには賞賛する。今現在、得意げに名称を披露しているが、なにも花言葉のみを記憶しているわけではない。花といっても科、属名、和名、別名等が存在し、これらは全て図鑑には記載されている。図鑑をぺらぺらと無意味に捲っていたとはいえ、雪霧は図鑑の内容を全て一応記憶している。だがしかし、特に興味があるわけではないため、この知識を披露することもせず、本日やっと引き出しをこじ開けただけなのだが。善意的にも悪意的にも自由自在。
「花言葉って、本来花をプレゼントする時に活用するけどん、雪霧んは完全無視だねん。でも繋げるのうまいん!んで?菊よん、覚悟はいいかなん?」
「・・・・や、やってやるよ。ここで恥じたらあいつに悪い。俺も気持ち的には下でも、言ってやるよ!俺の本気というやつを聞きやがれ!」
「おお!!?」
奥歯を噛み締め、羞恥心に打ち勝ち、甘海の前に跪き、そして、こう述べた。名台詞を、決して軽んずべからずの重くも儚きあの言葉を。なりきり、忠実に、正確に、同調で。
「僕は貴方の犬になりたい」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
「・・・・・・・・・・・ッ!」
双葉菊、言い終えてからの羞恥心に耐え切れずシートにうつ伏せ状態にて死亡。
宮内甘海、憧れの菊に言わせたいランキング一位を目の前にし、興奮し鼻血を噴出して死亡。
うち、雪霧のみが平然とその場に座す、という結果に終わった。
「・・・・・・しりとりというのは中々どうして、馬鹿に出来んもんじゃの。友人を一日で二人も失ってしまった。誰か我を肉●●と呼んではくれんかの」
「まてまてまて!!?お前のそれの方がよっぽど怖い!あの変態がお前の好みだったのか!」
「阿呆。我はただ少し変わった奴らとの会話を楽しんでみたかっただけじゃ。そういう二人も、かげ様と対して変わらんと思うが」
「「あれと一緒にされた・・・・・・」」
主人公の許婚兼ストーリーのキーとなる男が雪霧のお気に入りである初告白を済ませた所で、菊が小さく呟いた。
「しりとり・・・・・・・『プラ・・・・イド・・・』・・・・」
「・・・・・うん、ズタボロなんじゃな。でも、菊は尽くす方じゃし、気にせずにこれからもそれを極めていけば良いと我は思う。だって我はいつも甘海も含め、菊があってこそこうして楽しく外出が出来るわけじゃからな」
元々インドアな雪霧。甘海は甘味巡りでよく外出をするのだが、特にする事も目的もない雪霧は、室内でパズルやドミノをするくらいだったが、菊が三人で中でも外でも集まりバカのように楽しむ時間を用意するようにしているおかげで、こうして花見も出来、休日を楽しめている。それに改めて感謝して菊に微笑んだ。それだけで。
「・・・・・ま、まぁ、お前らが楽しいんなら別に俺も楽しくないわけじゃないぞ。ただな、俺は今こんだけ躊躇したけど、俺の友人ならきっと何の躊躇も抵抗もなく、真顔ですんなり言っただろうなと思ったら、何だか己の器の小ささに軽くショックを受けてしまっただけだ」
「友人って、菊が以前何ちゃらってので知り合った人のこと?菊にも男の友人がいたんじゃな。てっきり我と甘海しかいないのかと思ってた」
「失礼すぎね?」
常に甘海と雪霧の二人と時間を共にする事が多い菊は、同姓と仲良く話したり遊んだりする姿を見せない。だからといって同姓の友人がゼロ、ということはない。と、何度説明してもこの女共は納得しようとしない。よりかは、このネタで弄るのが楽しいため、敢えて認めようとしない、捻くれた性格をしているだけだ。
「もし、菊が男友達と遊ぶとしたら何をしたいんじゃ?願望だけでも聞いておいてあげる」
「果てしなく俺を地に落としたいらしいが、俺だってそこらの奴らと同じ、くだらない話題で盛り上がったり、服や車の話をして好みを語ったり、ゲームをしたりだな」
「ツッコミ専門で、自分より他人の言葉に俊敏になってしまうため、己の語り時間を削ってしまい、服も黒のそのVネックを着回し、他にもってるといってもVネックばかり、車なんて乗れれば特に何でもよくて車種も見ようともしない男に、一体何をどう盛り上がり、馬鹿話をしようというの?」
「・・・・やめろ雪霧。素の口調で喋るな。急は怖い・・・・・そして空しくなってきた」
幼い頃からの付き合いではあるが、そこまで詳細に分析されているのだと知った時、恥ずかしさ云々より、己を組み立てる素材のショボさに愕然としてしまう。
こんなにも無関心なものだっただろうか、と己の好みが分からなくなってしまった菊だった。自分よりも他人優先で動くと、こうなる事を若い時に知っておきたかったと悔いた瞬間でもあった。
「たまに素に戻られると怖いっていうのはよくあるよねん。私もこの前ビュッフェに行った時、お店の人に「これ以上は勘弁して下さい」って真顔で言われた時、久々に悪いことしたなぁって思ったもん」
「お前は食い過ぎなんだよ。でも普段、健康バランスを考えて自分で飯作ったり、毎日ジョギングとか腹筋とかしてっから皆何も言わねぇけど」
「ふふん、そこらの食うばかりの怠け者デブらと一緒にしないでほしいかなん。何もしない奴に限って「私最近太ったのよねー」とか言い出すんだからん。飛び蹴りお見舞いしたくなるわん」
「そうか・・・・。たまにお前が無意味に準備運動を始めるのは、飛び蹴りのための準備運動だったんだな」
「そうよん。一回見ず知らずのデブにそれやって警察沙汰になりかけたから、今は大人しくしてるけどん」
「すでに経験済みだった・・・・」
甘海の一番嫌いなタイプは何もしようとせず楽に事を済ませる者。例えばダイエット。本来ならば極端に食事制限をせずとも、己の身体にあった食事を毎日献立を考えて作り、部屋で五分間だけでも軽く運動したりすれば、徐々に減らしていけるだろう。が、それをもせずだらだらと動きもせず、食事も好きなものを好きなだけ、その代わりサプリメントやダイエット用の薬に任せきり、プラマイゼロだという事実に気付かない薬におんぶに抱っこ野郎を見ると、甘海は闘技場の闘牛が如く、赤い布という言い訳に闘争心を掻き立てられ、渾身飛び蹴りをお見舞いしたくなるらしい。最近は多少苛々した際は準備運動をしながらお気に入りの猫スプーンを歯でガリガリと噛みまくって気を抑えていると、後に語った。進歩だ。
「あ、そういえば『ドーナツ』ねん」
最後の桜餅に齧り付いた所で、甘海は思い出したかのように再びしりとりを開始した。もうよくね?とは誰も口には出来ず、やり始めたら最後までやり遂げるをモットーに次に雪霧が答える。
「けど、いいもの見れた。菊の従僕バージョン。同じ尽くす者同士、リンクしたのかもしれないね。『ツバキ』、花言葉は控えめな優しさ」
「本当に控えめなフォローという名の優しさだな。まぁ、今の俺を作ったのはミケである事は事実だな。いや、完成させたっていっていい。といっても、きっと色々な面でまだまだ甘いって言われんだろうが・・・・・『菊日和』」
どこか遠くを見るように、段々と闇に覆われていく空を見上げる菊。さり気なく自分の名を入れた言葉を武器にした。
「あははん!そういえば影響を受けてよくスーツ着てたよねん!似合ってはいたけど、ちょっと昔みたいで怖かったもん!『リーフパイ』」
「い、いいだろ昔の事は。今はこれが俺なんだから」
「うん。菊が楽しいって思ってくれてるなら、我もそれがいいと思う。今度またスーツ着てね。格好いいから。『イチゴ』」
「・・・・気分でな。『誤称』」
ポンポンと、雪霧は菊の頭を撫でた。女の自分よりも長く、さらさらとは言えないが毎日手入れをしていると分かる髪を安易に乱さず、それでも幼稚園の頃からの付き合いで兄妹のように育ってきた二人のみが分かる、何かしらのやりとりなのだろう。一瞬暗い表情を見せていた菊は、微かな木漏れ日に癒されるかのように微笑した。
雪霧がその手なら、と同じく幼稚園からの付き合いである甘海は、持ち前の明るさとテンションで場の切り替えを図る。
「誤称といえばん。菊はあんまりないかもだけど、私の名前ってよく呼び間違えられるのよねん。甘い海と書いて「あまみ」だけど、「あまうみ」とか「かんうみ」、レアだと「カンカイ」って中国人みたいな呼ばれ方されちゃうのよねん!」
「確かに珍しい名前だよな。キラキラネームってやつか。まぁ、「あゆみ」「まなみ」がいるなら、「あまみ」もいて不思議じゃないが、漢字だな」
きっと甘いジュースで出来た海があるならば、飲み干してしまう勢いで飛びつくだろうなと菊は妄想して吹き出す。その横で、雪霧がふむふむと顎に手を当て物申す。
「そう言われれば確かにのぉ、我も漢字が問題じゃろうと思う。我も『せつむ』という名ならいそうじゃが、漢字が雪に霧じゃ。甘海よりは正解者が多いんじゃが、たまにそのまま『ゆきぎり』と読む人もいるね。そんな忍者みたいな名前なわけないじゃろ、とツッコミたい」
「あははん、親も別に悪気があるわけじゃないしねん。真剣に考えてくれただろうしん、私はこの名前結構好きよん」
「名は体を表すっつーけど・・・・・、狙ったようなネーミングだよな、お前ら」
甘いもの好きに成長し、持ち前の明るさと心の広さで周囲を楽しませる甘海。
雪のような独自の世界観で相手を惑わせ、時に魅了させる雪霧。
多面性を持ち、問題児二人を当たり前のように相手してしまう菊。
名は体を表す。その名の通り、名前はそのものの実体をよく言い表すという意。自然と与えられた名に恥じぬよう、必死に生きている証拠だろう。狙ってするものではない。名とはそういうものだと、人間は無意識に理解しているものだ。
「うんうん。これがもし「辛」の方だったら、一体どうなってたんだろうねん。辛いもの好き達と地獄巡りしてそうだよん。『ういろう』」
「今のお前からでは想像・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、いや、出来た・・・・・」
「甘味から辛味に変わっただけじゃったな。『ウメ』、花言葉は高潔、忠実、忍耐」
「そういえば、菊って種類があるって聞いた事あるけど、そんなにあるのか?」
「え?菊って分身してるのん?」
「花の方だ!?」
甘海の適当な言葉に適当に返し、自分の名の由来となった菊の花について気になったのか、花には詳しい雪霧に聞いてみた菊。というより知っているかな?と後から思ったが、そんな心配必要なかったらしい。ごほん、と尤もらしい咳払いをすると、雪霧はこの場に、この場限りの、コーナー名「教えて!雪霧ちゃんの花知識!」が誕生した。コーナー名がダサい、というより捻りの一つもないのはご愛嬌。
「菊の花言葉は全部で九種類あるのじゃ。そもそも菊は赤、白、黄以外にも品種によってはピンクやオレンジとかもあって、大きいものじゃと十八センチもの大きい菊もあったり、中々の王者もんの花なのじゃ。わしの勝手な意見じゃがの。まぁ色に関係ない花言葉でいえば、高貴、高潔、高尚の三つで、菊は皇室の家紋になっておるくらい、格式高いものじゃ」
他にも、赤い菊は「愛情」、白い菊は「真実」、黄色い菊は「破れた恋」、スプレー菊というアメリカで品種改良された西洋菊は「あなたを愛します」、開花時期が十二月のものを寒菊というのだが花言葉は「けなげな姿」「真の強さ」と存在する。元々は中国から日本に伝わってきた菊だが、不老の効果があると言われ、食用菊も存在する。一番分かりやすいものだと、刺身のつまに小さく乗っている菊のことだ。実際に老化防止の効果があると認められているので、見て楽しんだ後は、つまと共に口に放り込んでみるといい。
「へぇ・・・・・・。なんつーか、またなんとも偉大な名前をもらったもんだ」
「高貴、高潔、高尚ねん。ぷぷ、菊に王子様の服とか着せたら、それっぽく着こなしそうで、うんうん、似合ってるよん。紳士な部分を表に出して、このきらきら~ってん。いいじゃないん、菊様の誕生よん」
「お前な・・・・。俺で妄想して楽しむのは勝手だけどな、笑い過ぎなんだよ!そんなてめぇに今一番送りたい言葉は『明鏡止水』だ」
「あらん、私にそんな言葉は不要よん!なる気はないものん!」
「五行封印!?」
「うぶ!!ちょ!?雪むん、リアル五行封印は駄目よん!腹に五本指突き立てないで!何もいないわよん!九尾以前に大量の餡子で出来たヘドロんしかないわん!封印解除してもいいなら出せるわよん!」
「やめんか!女性である事を捨てんな!」
花見でしかも、一応は三巣桜という樹齢千年以上の美しい桜を目の前に、ヘドロを召還しそうになった甘海を一発殴り、その原因となった雪霧を叩いた。罪的には雪霧の方が重いが、ヘドロ発言で甘海が逆転した。
女の頭をグーで殴る菊の方が、女としてそもそも扱っていないのではと思われそうだが、ジャッジメント菊は平等、差別なし故にそれは通じない。
「痛ッ!岩でも砕く気か!菊よ!」
「うるせぇ」
「もう、本当に出すわけないじゃないん。菊は冗談が通じる人なのかそうでないのか、はっきりして欲しいものだわん!『いきなり団子』・・・・・・食べたいわねん」
「『ごめん、飽きた』」
「いきなりん!?」
突然の飽きました宣言。
「『退屈しのぎにはなったな』」
「『何でいきなり飽きてるのよん!』」
「はい、『ん』が付いた甘海の負けじゃ」
「え?ぁ・・・・アア!!?」
雪霧どころか、菊までもが終了のベルを鳴らそうとした事に、訳が分からないといった表情の甘海。つられて自分までもが、会話をしりとりの言葉として活用してしまった事に気付かず、いや、気が付いた。しかし、もう遅かった。それでは遅すぎた。
語尾に『ん』をつける癖の持ち主である甘海が、つい普段通りに、当たり前に、極自然に付けてしまった『ん』を、雪霧と菊は聞き逃さなかった。
にやり、と不適に笑う。
くくく、ふふふ・・・・・・と。
「しりとりは最後に『ん』のついた者の負けとする、というのがルール。残念だったな、開始の言葉が『何で』じゃなくて、『ちょっと』とかにしていたら負けが決定することはなかったのにな」
「な、なんて汚らしい勝ち方!?」
「勝ち方に美しいも汚いもないんじゃ。ここまで簡単に引っかかってくれるとは思ってなかったけど、甘海を知り尽くしている我らならではの作戦じゃったな!という事で、負けた甘海がラーメンを奢るというのでよろしくじゃ」
「は、謀ったなん!?」
長くも雑談交じりの脱線しりとりは、甘海の負けで決着した。のだが、甘海はハイタッチをしまくる目の前の友人二人を交互に見遣り、納得がいかず抗議する。
「こんなのありん!二人ともいつから協力したのん!?というより、協力してたといっても、どうやってん!」
しりとりをしようと言い出したのは雪霧。しかし突然の思いつきで菊は嫌々参加したはずだ。それに、もし二人が協力していたとしても、二人でこそこそ話し合う事も携帯のメールでやりとりする事もせず、ましてやしりとりが開始してから誰も立っていない。
考えれば考える程、甘海の中で疑問は溢れる溢れる溢れ出る。一人悶々とする甘海を愉快そうに見ていた雪霧と菊は、少し満足したのか憐れな子羊に丁寧な解説をし始めた。
嬉々として、まるで武勇伝を語り聞かせるかのように。
「しりとりは本当に我の気分で考えたものじゃ。ゲームも体力回復待ちじゃし、皆で出来るものをと考えておったら、ぱっと浮かんだのじゃ。我が菊との共謀を思いついたのは菊の粒粒辛苦を聞いた時じゃ。意味は細やかな努力を積み重ねて物事の完成、実現を目指すこと。日々ロシアンルーレットで負け続けている我らが一矢を報いるには、この手を利用するしかないと思ったのじゃ」
「で、でもん。思いつきでも実行はどうやってしたのよん。スマホ使ってなかったしん、口パクや指で文字を書いてたりしたら、私は気付いたはずだけどん。そんなの見てないしん」
甘海が言うように、よく脱線してはいたがその間二人にしか分からない会話をしていたわけでも、違和感を与えるような動きを見せたわけでもない。
何度も思い返してみるがやはり分からない。すると、今度は菊が口を開く。
「それは俺が説明してやろう。俺と雪霧はよく互いの家に預けられたりしてただろ?そん時に色んな遊びを考案してたのさ。その内の一つに、”透明五十音表”っていうのがあるんだ。それを使った。
「”透明五十音表”?」
その後の菊の説明によると。透明五十音表とは、床に五十音表があるかのようにスペースを取り、伝えたい文字を人差し指で順に指していくだけの簡単なもの。ただし、空間や文字の順、位置を覚え、尚且つ何度も訓練しなければならないため、いっその事ペンで書いてしまった方が楽だ。菊と雪霧も最初は何度も文字有り紙有りの状態から始めた。子供というのは飲み込みが早いもので、習得をしたらもうどんな時でもこれを使って会話をしていた。ただし、床がなければ出来ないので使い勝手は悪いのだが・・・・・・・。
今は空中で使えるよう、特訓中なのだそう。
「何その遊びというレベルを通り越したとんでも能力はん!怖いわよん!そういえば二人して左手でとんとこシートを叩いていたわねん、あれリズムを取ってたわけではなかったのねん」
「いやしりとり中にリズム取っているって何で思ったんだ?まぁでも、その誤解のおかげで目の前で堂々とやり取りが出来たってわけだ。残念だったな、甘海」
「なんて奴らなのん・・・・。それ程までに私を負かせたかったとはん」
余程今迄のロシアンルーレットが悔しかったのか。菊と雪霧は一人ずつでは勝てないという事実を認め、二人で協力することにしたらしい。二人で過ごす時間が多いので、多分、いやおそらく更に凄い技を内に秘めているのだろう。そしてそれは、一人では発動出来ぬものだろう。
まるで兄弟のような二人の勝ち誇った説明は、まだまだ続く。優越感に浸りながら。
「まぁでも、いくら指示の出し合いが出来ても、しりとりの操作まではね。甘海のレパートリーは侮れないし、そもそも菊の熟語は我には理解できないから」
「最初俺は漫画のタイトルでいこうとしていたんだが、著作権がな」
「散々著作権無視の発言してきたくせに、それ気にしてたのん?しりとりに著作権云々持ち込まれたらなんにも言えなくなっちゃわないん?って、だから熟語で必死に攻めてたのねん」
「まぁな。俺は『す』、雪霧は『ご』をずっと待ってたんだ」
「何故に『す』と『ご』?あ、さっきの”ごめん”の繋がりん?」
「そそ。俺ん時に『ご』が来たのはいいけど、俺は”ごめん”よりは”すまん”派だから、仕方なく流すしかなかった」
「それに菊が言ったら甘海がきっと「じゃあ菊の負けだ」って言い出しそうだし、そもそも順番的に菊は無理じゃから我が切り出すしかなかったのじゃ。十三週目にして来てくれてよかった」
はい、終わり。と雪霧はごろんと寝転ぶ。全てやり終えたと言わんばかりに、両足をだらしなく菊の腹に乗せ、リラックスモード。
「雪霧、こんな時くらいきちんと座ってられねぇのか。あ、甘海、俺は醤油でいいから」
「我にとってこれが至福の時なのじゃ。美しい桜を見ながら寝そべられるなど、そうそう出来るものではないぞ。我はとんこつで」
「二人してさっさと勝者の余韻満喫!?少しは敗者に遠慮しなさいよん!」
「「それ普段のお前に言ってやりたい台詞」」
「え?・・・・・・あはん」
持ちつ持たれつ。この三人のいつものじゃれ合いの題材となったしりとりは、甘海の負けで幕を閉じた。
半ば強引での決着法は納得がいかぬものでも、突き詰めればこれはただの遊び。楽しく時間が過ごせたくらいの事だ。
すっかりうっかり、先程から放置プレイの三巣桜。三人が持て余した時間を勝負に使用している間も、美しく咲き誇っている。
ライトアップまで、あと三十五分。
ロシアンプチたい焼き、ラーメン無料権獲得しりとりと、仲良し三人組独自での楽しみ方で時間を潰してきたが、なんとも言えない微妙な、そして地味に時間が余ってしまっていることに、三人はまだ気付かない。