表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
一日目~ショッピングモールの話~
3/53

第一章2 『お会いもの』

  2(AM 10:10)


 ようやく大型ショッピングモールに到着した三人。車でさっさと来た方が先程のようなやり取りをしなくとも済んだのではないかと言いたいが、県内だけでなく県外からも多くの利用客が訪れる中車を走らせれば、必ず渋滞に巻き込まれてしまう。

 室弥家から歩いて約十分程の場所なので、車で余分に時間を食われるより歩いた方が運動にもなっていいのだ。多少大荷物になったところで、三人もいるのだから分担すればクリア出来る用件だ。ただし、柳静の体力と筋力の無さが重要視されるのだが。

 ちなみに、祥は運転免許を待ってはいるが自転車の方を好む(あえて細道をコースとして選び、その度に隠れ家的名店やこれ誰が知っているのだろうかというくらいの癒しの場等、探検感覚で様々な情報を手に入れる事が楽しいという理由から)。

 柳静は車の運転自体出来ないため論外。そもそも中々の豪邸(ごうてい)に住んでいるので、自分で運転しなくとも、必要な時には運転つきの送迎をしてもらえるため、取る必要もないのだが。

 また、蛍はまだまだ高校卒業をしたものの進学したため、バスや家族の運転で事足りる。それらから車は必要ないだろうという家族会議で結論が出たので、運転は何年後の話。運転も免許もこれからだ。

「散歩コースにもってこいですね。来て良かったです」

「歩いてきただけでもうすでに満たされた顔するな」

 さて帰りますかと言い出しそうな雰囲気の柳静にツッコミを入れ、開店したばかりの大型ショッピングモールへと足を踏み入れた・・・・・・・・・・はずだったのだが。

 ゴンッッツ!


「うぶっ!」

 祥がショッピングモール内に足を踏み入れることは無かった。

 よく利用する大型ショッピングモールのため、慣れたように自動ドアを潜ろうとした瞬間。今日に限って自動ドアの赤外線センサーが反応せず、そのままの勢いで右頬から激突した。

「だ、大丈夫ですの!?お兄様!!」

 衝撃の余韻でふらついた兄に蛍が慌てて駆け寄る。自動ドアが反応しないことなど初めての体験に祥は驚きよりもまずショックの方が大きかったようで。

「うぅ・・・・だ、大丈夫だよ。たまにインターネットで自動ドアでの事故があるって書いてあるのを見るけど・・・・、まさか俺がその被害者の仲間入りになるとは思わなかったぜ・・・」

「良かったではありませんか。レアなケースにこうして巡り合えて。貴方は幸運な方です」

「うん・・・・。心配は?」

 他の客の邪魔にならないようにさっさと中に入り、近くにあった休憩用のベンチに腰掛ける。開店したばかりだというのにすでに店内は大勢の客が買い物を楽しんでいる中、祥は頬を押さえながら涙目で(うつむ)いている。

 隣に蛍が座りながら「よしよし、痛いの痛いのさっさと飛んでいってくださいまし~」とまじないをかけてくれていることで、更に涙腺(るいせん)(ゆる)くなりそうになってしまうが、一方で目の前で腕組みをしながら無表情で見下ろす柳静は全く心配した様子も無い。というより、祥の事故を目撃した人は少なからず心配して声をかけてくれたのだが。何故コイツは「大丈夫」の一言も述べられぬのかと祥は拗ねる。そんな祥の心の内を知ってか知らずか、柳静は口を開きこう告げた。

「仕方がありませんね。パーティー内で戦闘不能者が出た場合は、その者を置いて速やかに任務に戻ることが大切といいます」

 明らかな切り捨て宣言だった。

「お前、ゲーム一切やらねぇだろ!何あっさりと俺を置いていこうとしてんだ!」

「仕様がないではありませんか。このままでは間に合いませんよ?そんな姿で戦場に(おもむ)いたとしても返り討ちにあうのが関の山です。・・・・貴方はここに残りなさい」

「嫌だ!」

「貴方に構わず、私は先に進みます」

「死亡フラグ時に使用される感動の台詞(せりふ)を最悪な形で使用すんじゃねぇよ!あと改竄(かいざん)すんな!」

 最も質の悪い改竄(かいざん)だった。

 普段祥が様々なゲームをプレイしているのを観戦している所為か、中途半端な知識だけ持ってしまった柳静はこれでも必死に説得しているつもりなのだ。しかし、どうも祥相手では無意識に多少の悪意を込めてしまうらしい。

 今回大型ショッピングモールに来た大きな目的は一つ。

 ついでにいくつかのプチ目的を作ってきた祥と蛍だが、きっかけとなった第一の目的をまずは果たさなければならない。そのためには、今ここで足止めを食らっている場合ではないのだ。それこそ十分も遅刻しているのだ。急がなければならない。

 のだが。寂しがり屋な祥は一人置いていかれるのだけは絶対に嫌らしい。突如出現した遭遇率0.1%以下の超激レアボスの出現に加え防御不可攻撃で痛めた右頬の回復を待つというコマンドを、当たり前のように選択しようとしていた。

「ガラスに衝突したくらいで子供みたいに涙を浮かべるんじゃありませんよ。そのくらい、いつもみたいに『これは神が俺に与え給うた試練だ。これを乗り切れば俺は更に格好良さ度が上昇するに違いない!』とウザイ程に鬱陶しいレベルでポジティブになさい」

 無表情の中に僅かに(とも)り始めた苛立ちを隠す事無く、柳静はわざと痛がる右頬を(つつ)く。

「あぐっ!た、確かにいつもの俺ならこれを試練として受け入れるであろうしかし!今日の俺はなんだか調子が悪いのだよ柳静ちゃん。お助けアイテムプリーズ」

「・・・・・・・」

 祥の態度にもうやってられないとでも言わんばかりに、柳静はちらりと静かに隣に座っている蛍に視線を向けた。お望み通りアイテムを使用。回復力一万超えの、付け加えていうなら祥のみに使用可能スキル持ちの。

「・・・・全くお兄様ったら・・・。もう少し耐えるということを学んでくださいまし。さっさと行きますわよ、売り切れてしまっては遅いんですのよ?私、とても楽しみにしていましたのに」

「分かってる・・・・、よ、よぉし、今日は柳静について来てもらったわけだし、目的を達成しなければ」

「それでこそ私の大好きなお兄様ですわ!素敵ですの!」

 妹の言葉に人目を(はばか)らずデレデレする祥は、沈み顔の割には口元を揺るませ、ようやく立ち上がると待たせたな、とどうでもいいキメ台詞とキメ顔をした。

 現在のやり取りで更に十分も時間を取られてしまった。

 今回の大きな目的とは、昨日の新聞のチラシで見た、大型ショッピングモールに出店しているドーナツ屋『甘ド』の「先着100名様限定!ドーナツ十個詰め合わせ六百円でご提供!」である。お一人様一箱のみの購入の制限つきのため、柳静に付き合ってもらおうと急遽(きゅうきょ)お願いしたのだ。二日間行われる限定ドーナツの提供は、いつもの一家族一箱という規制はされていなかったが、人気のドーナツが安く買えるとなれば、すぐになくなってしまうのは明らかだ。かなりの割合で開催される百円セールよりも更に安いとなれば食いつかないわけにはいかない。

「祥、貴方のせいで二十分も遅れたのですからダッシュで様子を見てきなさい。私は後から向かいますから」

「あいあい」

「私は柳静様と一緒にいますわ。もし何かあれば連絡役として努めますの」

「よろしくな、我が愛しの妹よ!んじゃ、行って来る」

 祥はそれだけ言い残し、物凄い勢いで走っていった。感情の起伏が激しい部分があるが、意外なことに室弥祥は勉強も運動も出来る。余裕な表情で人ごみを縫うように甘ドへと向かっていった。良い子は真似しないでほしいくらいの、猛スピードを店内で披露した。

 甘ドはグルメ関係が密集している桃エリアの端、ピンクゲート東入り口から見てすぐ左手に位置している。

 この大型ショッピングモールはいくつかのエリアで区分されており、エリア名は色で表している。

 マップの見易さや案内のしやすさ等を考慮した結果、グルメ系は総て桃色で統一され、衣服やデザイン系は青色、アミューズメント系は橙色、グッズ系は灰色、サービス系は黄緑色で表示されている。又、全十二あるゲートにも色分けされており、東西対象に南から順にグリーン、ピンク、ブルー、オレンジ、ホワイト、イエローと表示されている。これは駐車場の色分けとしても表されているため、分かりやすい色を使用している。

「さて、やかましいのがいなくなったところで、我々はのんびり向かいましょうか」

「はい。ドーナツなんて久しぶりに食べますから楽しみですわ」

「そうですね。確か蛍はご自分でスイーツを作れますから、わざわざ購入はしませんか」

 両親が共働きで食事担当をしているおかげで蛍は料理スキルが上がり、最近ではスイーツを勉強中である。それも一つの品を会得するまで作り続けてはまた別の品を、という具合に。ちなみに今まで作ってきたデザート項目の品はプリン、白玉団子からのぜんざい、クッキー、ゼリーなどなど。

「いえ、まだドーナツやケーキ類は作っていませんの。ただ、この間まで桜餅の練習をしていまして、何十個もの失敗作を食べ過ぎて少し・・・・・ですのでしばらく甘いものを避けるようにしていましたから・・・」

「そうでしたか。桜餅、今度作る機会がありましたらご一緒してもよろしいでしょうか?」

「え・・・・・・・・ええ。もちろんですわ」

「・・・・・・・・・凄い間がありましたね」

 柳静の申し出に一瞬顔を引き()らせた蛍。特に気にした様子はないようだが、柳静は何かおかしなことでも言ったかな?と首を傾げた。相手の反応を見た蛍は、誤魔化したように苦笑交じりで両手を左右に振る。

「い、いいえ、何でもございませんの!ささ、早く甘ドへ行きませんとお兄様が一人で寂しく並んでいるかもしれませんわ」

「・・・・・・そうですね。最悪の場合、()ねていそうです」

 蛍の言葉にあっさり頷くと、柳静は蛍に手招きされる形で止まっていた足をようやく動かすことにした。

 ショッピングモール内は人ごみを避け、あらゆる店からの誘惑に勝ちながら歩を進めなければならない。特に土日の場合は、平日に比べて家族連れが増え、倍の客が訪れ嫌な言い方、金を落してくれる率が上昇する点を考慮し、様々なイベントが用意されている。

 例えば物産展。緑エリアにいる蛍と柳静の目の前には、沖縄の物産展が開催されていた。丁度桃エリアに向かうために通る場所に、広々と有名なサーターアンダギーや紅芋タルトを始め、様々な沖縄土産が並んでいる。そんなこんなで途中、蛍が気になるものを購入しようかと商品の前を通過する度に財布の紐を(ゆる)めそうになっていた。

 予断だが、前回の物産展は北海道であり、あの人気を博したキャラメルや復活を遂げた白いあの人やらが陳列(ちんれつ)していた。その時は祥が爆買いをし、蛍が合計金額の書かれたレシートを見て発狂していた。一方柳静はというと、一人買い物をするでもなく、祥の後ろでカゴ持ち係を担当し、少し離れた場所に貼られている次回開催予定のグルメ祭りに興味を示していた。ちなみにこの大型ショッピングモールでは、店内に留まらず、駐車場を一部閉鎖して開催するグルメ祭りや、有名人を招きモール内の紹介を全国放送したりと、客足を増やすために模索し続けていた。地域をも取り込む形での催しは近場に住む祥や柳静達にとって、最も親近感の持てるちょっと足を運ぶかと思えるきっかけとなっていると言えよう。

 閑話休題。

 欲のままに行動しそうになる蛍とは裏腹に、柳静はというと、元々物欲というものがあまりなく、(ことごと)く引っかかっていく周囲の様子に一瞥(いちべつ)をくれるだけで一切足を止めることはない。

 そんな事よりも今は可愛い服を見つけては吸い寄せられるように何処かへ行ってしまいそうになる蛍の鞄を引っ張り、先へ行かせた祥と合流する事に集中しなければならない。

 以前、蛍の腕を掴んだだけで祥が血の涙を流す勢いで嫉妬してきたため(祥は嫌われるかもしれないという理由から未だ実行できず。兄が妹の腕を掴む位で嫌われるなど早々滅多にないと思うのだが、兄心は妹心よりも単純で面倒くさい)、今では鞄を引っ張るという加減の仕方が面倒な方法を取らざるを得ない。正直言って、鞄を持ち歩く習慣が身についていない柳静にとって、少し強く引っ張っただけであっさり持ち手が千切れてしまうのでは、という疑念が邪魔をして軽くちょいちょいと引く程度にしか力を入れられない事にむず痒さを感じている。

 そうこうしている内に桃エリアの端、ピンクゲートの東入り口から見て左手に位置している目的地へと辿り着いたわけだが。

 すでに行列が出来ており、通行人の邪魔や他店の入店、営業妨害をしないよう配慮した形で並んでいた。しかし、その行列に祥は並んでいなかった。あんな目立つ黒髪に前髪のみ白のツートーンヘアを見逃すはずが無い。

 周囲を見渡す。

 甘ドから二メートル程の離れた場所、今さっき柳静と蛍が歩いてきた通路の要所要所に円形型の吹き抜け空間が存在する。そこには四つのソファが置かれ、ちょっとした休憩場所となっている。その内、一番甘ドから離れているソファ、ピンクゲート西入り口に向けて設置されている二つの内の一つに彼は座っていた。ショッピングモールでは相応しくない、『絶望』という言葉が今一番似合うのではないかと言わざるを得ない程の暗い空間を作っていた。

「お、お兄様!?」

 兄の姿を発見した途端、急いで駆け寄っていく蛍。その後を珍しく柳静も早足で追った。本日二回目だな、と心の中で呟いた柳静は、祥を蛍と挟む形でソファに腰を下ろした。

 中々に座り心地のよいソファは、大型ショッピングンモールに合ったデザインを採用しているらしいが今はどうでもいい。

「あ、蛍・・・・ごめんよ。お兄ちゃんは・・・お兄ちゃんは・・・っ」

「あの俊足(しゅんそく)の祥、略して”しゅしょう”のお兄様が、いくら二十分遅れているとはいえ、何故列にも並ばずここで座っていらっしゃるのですか?」

 異名がダサいな、とそっとがっつりと再び心の中で呟いた柳静は、祥がぷるぷると震える指で指した方に顔を向けた。

 通行人への宣伝用として予告から当日の販売時間、新メニューのお知らせなどに使用されている看板。電光掲示板やモニターが多く設置されている中で目立つアナログ式宣伝法。その看板をよーく見ると、上から十三の文字で端的に。

「おや。蛍、どうやら限定ドーナツは終了したみたいですよ。看板に本日の販売は終了いたしました、と書かれた紙が貼ってあります」

「なんですって!?まだ開始して二十分しか経っていませんのに、どういう人気っぷりですの!」

「まぁ・・・・、皆限定という言葉には弱いからな。それに行列が出来ていればたとえ興味が無くても気になって並んじまうだろうし」

 よく旅行先で特に珍しくも何とも無い普通の菓子類に、「地域限定」「ここだけのコラボ商品」とキャラクターや有名な名所をパッケージにするだけで、自然と買い物籠に入れてしまうのと同等。

「おや、復活しましたね。多少ですが」

 オーノーと言いながらショックを受けている祥の背中を(なぐさ)めの意を込めて柳静は叩いた。

 店員さんの話によれば、開店と同時に甘ドのすぐ傍にある西入り口からお客さんが入店したおかげで、すぐに行列が出来てしまい、あっという間に終了してしまったようだ。

 グリーンゲート東入り口から入店した時点で、そもそも祥達に最初から勝ち目はなかったのだ。ので、あの二十分前の無駄な時間は特に気にする必要はない事だけは、唯一の救いと言っていいだろう。

「ごめんなぁ、蛍。折角久しぶりにドーナツを食わせてやろうと思ったのに、期待だけさせちまって」

「いいんですのよ。まぁ、久しぶりでしたし、値段が安い時に買えるのでしたらそれはそれでお財布にとっては一番ですけれど」

「っく、まさかピンクゲート東入り口から直接乗り込む手があったとは・・・・・・。何たる不覚!情報不足にも程がある!」

「仲間にされては(しゃく)ですので告白しておきますが。私は気付いていましたよ」

「なんですと!じゃあ何故教えてくれなんだ!」

「何故?では逆に私よりも多く足を運んでいる貴方が、何故ゲートを把握していないのです?甘ドという目的地にいかに最短ルートで進み、確実にミッションクリアするかを事前に模索しておかなかったのでしょうか」

「はッ・・・・・・!?」

「お兄様の完敗ですわね」

 RPGゲームにおいて。一切の無駄を省き、一秒のタイムロスをも許さず、効率よくレベルを上げアイテムを収集、武器などの強化を行うためには、情報屋(攻略本という名の)から得た情報を元に最善の策を講ずる事が必要となる場合がある。といっても全く情報を持たず己の力と努力と勘、その他諸々(もろもろ)により進む者もいるが、祥は常に前者だ。ゲームソフトを購入する際は必ず攻略本も手に入れ、ネットに散らばるわずかな情報を収集するのも含め二日間は策を講ずるために時間を費やすのだ。それはRPG以外のゲームにも当て嵌まる事なので、それを傍から見ていた柳静にとって、今回の祥の間抜けさ加減とは、どこかで頭でも打ったのではないか、それとも別人なのだろうか不思議でならなかった。

「ドーナツ買いに行くだけでこの言われよう!俺はオールマイティーじゃねぇからな!」

「はいはい。祥はゲームでしか己の力を発揮できないのですから仕方がありませんか。リアルでは彼女も作れませんし」

「やかましいわ!もう嫌だ、この冷徹親友。たまには慰めの言葉の一つでも言えっつうの」

 地味な攻め立てに心が折れそうになる祥に、平然とした態度の柳静。これでも不器用な柳静の慰め方だ。・・・・・多分。

「ま、まぁ、この話はここまで。折角ですから帰りに寄って好きなものを買いましょう。別で百円セールを行っているようですし」

「うう・・・・・!なんて天使、マイエンジェル!愛してる!!?」

 一言余計ですの、と兄からの投げキッスを打ち落とした。いつもの光景だと特に気にした様子は無く、それで、と柳静。

「これからどうするのですか?」

 甘ドという一番の目的は達成されはしなかったが、帰りにドーナツを購入するとして。普段このショッピングモールを含め、店自体に足を運ぼうとはおもわないくらい、あまり物欲の無い柳静は、今後の行動が想像出来ないらしい。次なる祥の行動を、腕組みをしながらじっと待っている。

「んーそうだなぁ、俺はあそこに行こうと思う」

「あそこ?」

 何処だ、と祥が指す方へと視線を向ける。そこには壁や柱に『全店舗絶賛セール中!』という貼り紙が大量だ。だが、その貼り紙には店舗名は書かれていない。しかし、すぐに柳静はこれから向かう店舗に見当がついた。

 近所に住む室弥家はよく大型ショッピングモールに訪れ、衣服を始めとした日用品、食品、家具等はほぼほぼここで取り揃えている(一々色々な店に走り回らずにすむから楽なようだ)。特に衣服はリニューアルオープン後に大手の有名店や若者に人気な店舗が増加したため、祥と蛍はその中で一押しの店というものが出来たのだ。

 ショッピングモール内の全店舗がセールという事は当然、そこも絶賛セール中だ。この情報は甘ドの限定商品とは別の、大型ショッピングモール専用のチラシで宣伝されていたので、祥と蛍は第二の目的として設定しておいたのだ。

「そう!俺が蛍の次の次に愛してやまない服屋だ。あの店でないと、俺を満足させる服には巡り逢えないぜ!」

「左様で」

「でも服って高いからさぁ、セール中に気に入ったやつをがっと買っときたいんだよ!」

「左様で」

「では、私もとりあえずお供いたしますわ。お兄様ったら、よく同じ服を購入してきますので監督役として」

「なっ!失礼な!あ、あれは同じ服を二枚持っておけば片方がクリーニング中でも着れるだろうそれだ!」

「凄くしょぼい言い訳ですわね」

 兄の矮小(わいしょう)な言い訳に蛍ははぁっとため息を一つ。

「い、いいんだよぉ、妹!お前だって同じ服の色違いを買ってるじゃん。お相子お相子」

「どこがお相子なんですの?私のは色違いと多少のデザインの違いという武器を装備してますのよ。お兄様はただ単に購入したことを忘れ、同じデザイン同じ色のものを再度購入してしまっただけではありませんの。一緒にされたくはありませんわ」

「・・・・・・くぅ、これ以上の言い訳が出来ねぇ」

「・・・洋服・・・。私も着てみましょうかね」

「「え」」

 プチ口論に割り込む形で呟いた柳静の一言に室弥兄弟は固まった。

 義務教育中以外では全て着物で生活している凪原柳静が、初めて洋服に興味を抱いたからだ。何か悪いものでも食べたのか、それとも朝早くに起こしてしまいこうして買い物に付き合ってくれているのにも関わらずヘマばかりしていることに少しお怒りモードなのか、二人は身構えつつ柳静を見つめる。まさか明日地球が滅ぶことを無意識に感じ取り、最後に思い切ったことをしようとでもしているのか等と勝手な思い込みをする。

「なんです。私が洋服に興味を抱いてはいけませんか。私も一応若人です。多少は新しいものに興味くらい・・・・以前貴方の買い物に付き合った際に気になっただけです」

「いや、洋服を新しい物って、お前いつの時代の人間だよ」

「そういえば、学校の指定服も嫌々着ていらしたのを思い出しましたわ。洋服時と和服時では印象が全く違いましたのでよく覚えていますの」

「そうそう!こいつ相当ズボンが嫌だったらしくて超絶不機嫌だったもんな!おかげで目つきは悪いわ言葉も棘があり過ぎるわでクラスメイトから怖がられてやんの」

 義務教育中は学校ごとに制服が設けられているため、どうしても着物で授業を受けるわけにはいかない。私生活から私服に至るまで、和服以外を着る事がない柳静。最初は体操服に着替えるだけで休み時間が終わり、また上は制服、下は体操服という恥ずかしい姿をよく披露していた。

 着物時の柳静は物静かで無表情だが、洋服時はイラつきからの鋭い目つきに会話は全て毒舌という姿に、学校中では二重人格説を生み出していた。しかし、放課後は着物に戻るため、仲のよいクラスメイトとは普通に接していた。そこには祥の尽力あってこそなのだが。

「うるさいです。はぁ・・・・・やはり洋服はもう少し歳をとってからにします」

「いや、歳をとったら逆に着物へのルート開口だから。まぁいいや、と・り・ま。売り切れる前にちゃっちゃと行こうぜ。ドーナツの二の舞だけは避けてぇ」

「はい、お兄様!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ