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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
二日目~花見の話~
29/53

第二章1-3 『夕から夜のつなぎ』

 以下回想。

 数十分前――

 ケーキを切り分けてもらい、お茶と共に運んできた柳静は、障子を開け放ち、室内からでも見える桜の木を幸せそうに見ている祥、蛍、侑李の前に置いた。

「ふわぁ~、やっぱり抹茶はおいしそうだねぇ~!早く食べたいよぉ~」

「毎年感じていましたが、侑李は花より団子という言葉が誰よりも似合いますね。それと皆さん、素敵なお茶請けをありがとうございました」

「どういたしましてぇ~!ね、蛍」

「はいですわ。毎年素敵なお花見に誘っていただけているこちらの方がお礼を言わなければなりませんのよ」

「日頃貴方方にはお世話になっていますのでこれくらい当然のことです」

「ですが両親も誘って頂いて・・・・・。まぁ、毎年最後には本当にお世話になって申し訳ありませんけれど。皆楽しみで仕方がないみたいで、お兄様も昨日は夜遅くまでどうご自分をより格好良く見せられるのか、考えていらしたみたいですのよ」

 今日のスーツ姿をより格好良く出来るか、それとも別の服装にするか、試行錯誤しまくった結果らしい。別に髪型をセットし、スーツを着てさくっと出掛けるだけなのだが、どうでもよいポーズを決めたり、目つきを変えてみたり、姿勢良く座るよう背筋を伸ばす練習をしてみたり、頑張ったようだ。

「ナルシストは何かと忙しいようですね。いくら貴方が格好つけたところで、何もありませんし、起こりませんよ。逆に貴方も服装で来た方がこの中では良かったのではありませんか?」

「う、うるさい!着付けの仕方が分かんなかったんだよ!お前の逆バージョンだ!」

「そうですか。では、今夜は私の寝巻きを貸して差し上げましょう。白ですので地味に目立つのではないですか、貴方の髪が」

「髪オンリー!!?ま、まぁ悪くはない・・・・・かな。うんうん」

「といっても、夜は皆さん帰ってしまうので誰が見てくれるのかまでは保証できかねますが。精々屍達が絡んで来る程度です」

「バイオハザーーーーーーーーーーーッ!?」

 しかし一応借りる事にはしたらしい。普段着物しか着ない柳静と真逆で、祝い事や花火大会で浴衣を着る以外、着物とは縁遠い祥は、自分一人では着付けが出来ない。私服が着物の柳静は慣れたように着られるため、夜は教わることにする。

「祥、明日の昼は家族間だけの桜の下でのお花見です。今日は飲み過ぎないで下さいね」

「はいはい。大丈夫大丈夫、飲むっつっても弱いのにするし、今日だってビールお前の分と合わせてロングを五本しか買ってねぇし」

「何故五本と中途半端なのですか?」

「俺が一本半、残りはお前」

「私そんなに量が飲めませんよ?炭酸はお腹が張りますので、普段手を出しませんから」

「大丈ー夫!お前なら出来る!ファイツ!柳静腹!」

「応援しないで下さい」

 祥は酒が強い方ではない。下戸という程ではないがビールならば五百ミリリットルのロング一缶空けただけで、やや呂律が回らなくなり、テンションは普段の二倍になるのでかなりうざい。

 一方柳静は特に酒を毎日飲むわけではなく、たまに祥に付き合って少量飲むくらいなのでべろべろになった時、どういう反応か見てみたいと祥は叶わぬ願いを抱いている。


 そこへ、どかどかどか、と・・・・。

 廊下は静かに歩きなさいと怒られる典型的な音を立て歩いている者がこちらに近づいて来るのに気がついた。と同時に二人の着物姿の男が現れた。歳は祥や柳静よりも少し上のような感じで、どうやら部屋を間違えたらしい。茶室へと向かうはずが正反対のこちらの方に来てしまったようだ。

「おはようございます。お茶室は反対側ですよ、朝川さん」

「よぉ次男坊。お前は茶会には今年も不参加か?」

「はい。ただ最初に挨拶だけさせていただきました」

「はん、挨拶だけか。まぁそうだよな、次男坊は点てられないもんなぁ、お前不器用過ぎだし。茶道の生まれが茶一つ点てらんねぇってどうかと思うぜ」

「申し訳ございません。時々見てもらってはいるのですが、私は・・・・・・」

「ははっ、兄の龍一郎さんも大変なこって。仕事も茶も出来ねぇ家におんぶに抱っこな無能が弟でさぞ苦労が耐えないだろうよ」

「おっしゃる通りです」

 挨拶もせずにべらべらぐちぐちと嫌味たっぷりの言葉を柳静に浴びせるこの男。

 朝川と呼ばれる男はこの凪原家に茶道を習いに来ている生徒の一人。もう一人は柳静も初めて顔を合わせるようで、こちらは朝川の態度にオロオロしていた。多分、新人なのだろう。

「んで?次男坊様は茶会にも出ずに堂々と友人とおしゃべりか。忙しそうに挨拶回りやお茶出しをしている家元や、時期家元に申し訳ねぇって思わねぇの?」

「・・・・・・・・・・・・」

「なんか言えや」

 言葉が出ないのか、それとも出さないのか、柳静は無表情のまま視線を下に向ける。祥の言葉に怒涛の嵐の如く余裕を与えることなく言葉を投げ返すのだが、今の柳静は何かに耐えるよう歯を食いしばり、言葉を出さないように必死に我慢しているようだ。右手で左手の甲を抓り、必死に自制している。

 そこへ、朝川と柳静のやり取りをじっと見ていた祥が動いた。

「なぁ柳静の何を知ってもの言ってるんだ?」

「あ?」

「さっきからさ、大胆に俺の親友の悪口言ってるけど、この俺様の前でよくもまぁ堂々と言えんな。柳静はここの家の人間だから言い返したくとも出来ねぇんだろうけど、俺は違うからさ・・・・どんと言い返しちゃうぞ?」

「いやそれよりも先に、お前ホモなのか?」

「は?違うけど。俺は、女の子が、大好きな、イケメン・・・・・祥だよ」

 言葉を発する際に一々決めポーズを入れてくるのが何とも腹立たしい。きっと柳静に対してやっていたら、顔面パンチは避けられなかっただろう、ストレスを与える必殺技だ。

「聞いてねぇし、ナルシストうぜぇな。ホモシスト」

「変な略し方しないでくれよ!てかなんでホモって決め付けてんだよ、さっきからさ!」

「それ、今ご自身の格好を見ても尚言えますか?」

「ん?」

 初対面の人間にホモ呼ばわりされてしまった室弥祥二十五歳彼女なし歴=年齢独身男性。どうしてそうなったと不思議でならなかった。だがその理由は単純明快。今の祥の姿を一目見れば馬鹿でも分かる。普通、親友が目の前で罵倒されていれば、二人の間に割って入り壁となるだろう。しかし祥というこの男、こいつは違った。

 後ろから。前ではなく後ろ。柳静に後ろから抱き付く形で話していた。

 これより数十分後、侑李が自分にしてくる体勢だとは思うまい。そしてこれを(もと)にされていたとは永久に気付かないだろう。

「おお!」

「おお!ではありません。貴方という人は本当にどうして、常人では為しえない事ばかりするのですか。恐いです」

 それでもありがとうございます、と最後に祥だけに聞こえるか細い声で呟いた。

 そんな二人を見て、朝川はまるで嘲笑うかのような高笑いで、初対面の祥も数に入れて再び口を開いた。

「ははははッ!こりゃ傑作傑作!役立たずのお荷物な次男坊様は、お友達と仲良くホモごっこでお楽しみ中の日々を送ってますってか。流石だな。そんな事する暇があったらさ、・・・・・・さっさとここを出て自分一人で暮らせっつーの」

「ねぇ柳静。俺一つ分かった事がある」

「・・・・・・なんですか?」

 朝川の一方的非難に祥は不愉快そうに顔を歪め静かに呟く。

「この人絶対女性からモテないと思う。絶対、一生」

「何故笑顔なんですか?」

 歪めていた顔が一瞬にして満面の笑みへと変貌する。

「だーって!俺はイケメンだからまだ、まだモテる確率はあるけど、この人モテる確率0だぜ、きっと。ぷぷぷ、俺よりも下な人間を見るのなんて久しぶりだからなんだろう、優越感があるなぁ」

「小学生ですか、貴方は」

 しょうもない、しかし祥にとっては糧ともいえる”モテ”という事案。顔や見た目が良くても中身が地味に残念な祥はあまり女性に人気な方ではなく、周りはそんな自分を差し置いて彼女が出来たり、早い者では結婚して子供までいるため、なにかと必死な黒と白のツートーン青年であった。

 そんな祥の言葉は朝川にとっては、更に苛立たせるものでしかない。火に油。案の定、朝川は言い返してきた。

「お前、さすが次男坊の友人であってムカつく性格してんな。そーだ、いい提案をしてやろう」

「提案?」

「そ。お前がそいつ貰ってやれよ、自分一人では何にも出来ない、生きて行けない哀れな坊ちゃんをさ。んで、そこの女の子二人は俺が代わりに相手させてもらうから」

「え・・・?」

「あ?」

 そう言うと今迄廊下から暴言を吐いていた朝川はずかずかと室内に侵入すると、蛍と侑李の肩を抱いた。こんな男がどうして茶道などやっているのか、そう問いたくなる程に不躾(ぶしつけ)な態度を連発している。外での行為は個人の問題で大体は片付くが、ここは茶道家元の屋敷だ。おまけに相手をしているのはその茶道家元の次男。どういう神経でこのような場で事を起こそうと思うのだろうか。

 なんの躊躇もなく突如知らない男から肩を抱かれた蛍の心情は恐怖一色。

 青ざめて動けなくなった体は、朝川の手を払い除ける事も出来ない。日頃の強気の態度は血の繋がった実の兄である祥だからこそ出来ることであって、それを他の事案に使用出来れば苦労はしない。

 妹に勝手に触られた祥は喧嘩腰の馴れ合いの態度から一変する。

「こんな奴らの傍より、俺と一緒にいた方が楽しいと思うよ。こう見えて俺優しいからさ、ね?いこうよ」

「あ・・・・の・・・、私は・・・・・」

「怯えないで?あーそっか、さっきのは男限定の態度だから、君らにはそんな事しないよ。 可愛い女の子には優しくするのが俺のポリシーだから。だから安心しなよ」

「お・・・・・・にぃ・・・、さま」

「は?お兄様って・・・・いッ!!?」

 怯えて震えてしまった声で、必死に(すが)るように兄へと助けを求めた蛍に応えるように、朝川の手が突如。

 突如、反対側へと(ひね)られた。

「はぁ?何・・・・・・・・いでデッ!!?」

「てめぇ・・・・・、柳静のみならず俺の大切な妹まで・・・・・。無断で蛍の肩に触れた償い、どう取らせてくれようか・・・・」

「いてぇ!?手が・・・・・ッ、離せ折れんだろ!」

「折る?嗚呼そうだな。このまま逆方向に押してたらきっと手首から折れるかも。・・・・嗚呼、うん、それがお望み?いいよ、しようかそれで」

「やめやめやめッ!そんな事されたら俺が茶道出来なくッ・・・・・・・」

「出来なくすんだよ、馬鹿かお前。人の大切なもん手ぇ出したら、自分も奪われる覚悟決めろや」

「はぁ!ふざけんぃいいいいッ!」

「祥。止めて下さい!この方の言う通り、茶道が出来なくなってしまいます。それは茶道を習う者にとって最も避けたい事です」

 朝川の左手を逆方向へと捻り続ける祥に、柳静は急いで静止する。たとえ左手が折れたとしても、失ったわけではないし、利き手の右手が残っているのだから大丈夫、と暢気に言って済ませられる程甘くはない。茶道は右手のみで出来るものではないからだ。一つ一つの作法で支え役として持ち手として、様々な動作でなくてはならないもの。それを失えば朝川は茶道を続けることが出来なくなるだろう。

 茶道に関してはド素人の祥にとって、そこまでの考えには至らないだろうがしかし、日常生活においても片手がないだけで不便を強いられるのは分かっている。分かっているからこそ、攻撃している。だが冷静な柳静は家元の父を持つ故に、幼い頃何度も教え聞かされた事なので、今朝川が置かれている状況にすぐに気付き、祥を(なだ)めるよう言葉を紡ぐ。

「不愉快な思いをさせて申し訳ございません朝川さん。ここは一度、退席していただけないでしょうか。場所を変え、私一人で対応させていただきます。それでご納得していただけないでしょうか」

「・・・・・・・・・・・・・・っち、分かったよ。こいつらの事に関しては・・・・・・悪かった」

「ありがとうございます。というわけです、祥。いいですね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・次は、ないと思え」

 そう朝川の耳元で囁くと、不満が少々ありながらも手を離した。未だに固まっている蛍を立たせ、侑李と共に隣の、普段は柳静が寝所として使用している部屋へと移動させる。畳を変えたばかりで、とても安心するような畳の独特の香りに、蛍は少しほっとした表情を見せる。

 それを見届けた柳静は、少し席を外すと言い残し、朝川と廊下で傍観者となっていた新人門下生を連れて部屋を出て行った。

「大丈夫か?蛍。ごめん、お兄様が付いていながら怖い思いをさせて。侑もごめんな?でも肩を抱かれた事に反応して、持ってたフォークで朝川ってやつの手を刺そうとしてたのは怖かったぞ?」

「ええ。私もそちらの方が怖かったですわ。刺す角度を調節していたのにも驚きでしたの。手を刺すという選択肢以外はなかったんですの?」

 朝川に肩を抱かれた時。蛍が驚きと恐怖で固まっていたその反対側で。侑李は不快感と鬱陶しさにより、手の甲を刺そうとしていた。どこに刺した方がより痛いか、縦か横か、刺しやすいのは何処か、何度も何度も調節していた。祥が急いで攻撃に移したのは、侑李にそれを実行させないためでもあった。

「えへへぇ~。だって初対面でいきなりレディの肩を抱くなんて礼儀知らずな人だなぁ~ってムカついたからさぁ~。二度とそんな事出来ないようにぃ~、ちょっと痛い目見て貰った方がいいかなぁ~って思わないぃ~?」

「侑李なりに怒っていたというわけですのね」

「そりゃ怒るよ。あの人嫌い。女心も分からない、柳静さんを悪く言う、蛍も怖がらせた。祥兄なんかよりずっとモテないよぉ~」

「あれ侑?俺がモテない前提なんだね?」

「え?いや・・・・・・・・そんなぁ~あはは」

「ええ!?まさかの俺にだけドライ!?」

「大丈夫大丈夫ぅ~。祥兄は格好いいからなぁ~。普段本気じゃないだけだろうしぃ~」

「え、う、うん?ん-、そういう事にしとくか」

 いまいち納得の出来ない祥だったが、蛍と侑李が少し元気になってくれただけでいいか、と少し安堵した。

 回想終了。

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