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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
二日目~花見の話~
28/53

第二章1-2 『夕から夜のつなぎ』

 そこへ。

 新手が現れた。

 ばんっ!と、それでいて音はあまり立てないように左側の襖を開け放ち入ってきた男。

 くせっ毛はありながらも、クリーム色をした長い髪を一つで結び前へと垂れ流し、明るい紺色形の馬乗り袴姿。黄土色の細い瞳で案内を観察する。一見無表情で冷酷さを身に纏う外見のその男は、一変、その表情は穏やかなものとなった。

「おや。随分と賑やかだね。楽しくやっているようで結構結構」 

 突然の来訪者に室内にいた祥、柳静、蛍、侑李の四人は反応出来ない。そもそも、もう少し静かに入って来られないものか。そんな事はおかまいなしの男は、室内に入ると(ふすま)を後ろ手で閉め、ズカズカと部屋の中心部へ歩いていくと、どかっと座る。足を広げた大胆な格好だった。いくら袴姿だからといっても、客人の前では相当失礼、それ以前にみっともない姿だった。

「はぁ。疲れた。すまないが柳静。少しここに避難させておくれ」

「龍一郎様。また茶会を抜け出してきたのですか?相変わらずですねと言いたいところですが、いくら気楽な茶会だとしても次期家元が抜け出してはまずいのでは?」

「やめてくれ柳静。別に今は茶会の席ではないんだ。普通に呼んでくれ。なんだかお前にそう呼ばれると突き放されているようで嫌なんだ」

「では兄さん。何故ここに来たのですか?」

 柳静が兄というこの男、凪原龍一郎。凪原家の長男にして次期家元、次男の柳静の(れっき)とした実の兄だ。

「もちろん。抜け出して来たに決まっているじゃないか。当たり前の事をそう聞くものではないよ」

 そういう龍一郎はふぅと足を伸ばす。ずっと正座をし、何十人といる参加者と交流してきた疲れが、それで見て取れた。

 だがしかし、堂々としたその態度は、弟には無意味で。友人とはいえ、一応は己の客人であるところの祥達の前で無防備且はしたない格好をしている兄に、弟は冷静に対応する。そう冷静に。

「兄さん。一応は私のお招きした方々の前です。いくら知っている仲とはいえ、その姿は失礼に値します。今ここで袴を脱がされたくなければ今すぐ正座なさい」

「うんごめんよ。お前の言葉はよく恐怖が混じってくるね。こんな女性もいる中で破廉恥な言葉を述べるお前も、十分失礼ではないのかい?」

「大丈夫です。私の場合、実行しなければ何の効力もありません。個人で想像するのは勝手ですが、それも私の責任ではありませんから」

「そうかい。では十対0で俺の負けだ」

 あっさりとした態度で切り替える凪原家次期家元。ここは大人故の落ち着きさと、対応法で話を進める。多分乱れてしまった袴を直し正座をする姿は、先程までのだらしない印象から気品溢れる次期家元の姿へと完璧に切り替わった。それは表情にも現れる。いくら兄弟、されど兄弟。兄弟揃ってクリーム色の髪は、短髪の柳静の方がくせっ毛が酷く見える。しかし、龍一郎の方も毛先は成長によってストレートまではいかないがほぼくせがないのだが、頭頂部付近はまだまだくせっ毛祭り開催中であった。父の遺伝的なものなので、まぁ諦めるしかないだろう。

 ちなみに凪原母は腰までの長さでストレート、月単位で着物を変え、それに合った髪型をするので、癖とかという次元ではない。今月は白生地に桜が描かれている着物で、髪型は夜会巻きらしい。

「ごほん。では改めまして。祥くん、蛍ちゃん、侑李ちゃん。本日は我が凪原家主催の茶会に参加していただきまして、誠にありがとうございます。堅苦しい事は・・・・・・といっても今日は気軽なものだし、それは君達のご両親がしてくれると思うから、柳静と共にここでゆっくりしていくといい・・・・・・ところで」

 そこで龍一郎は何かを疑問に思ったらしく、ぐるりと部屋を見渡した。それに連れて蛍と侑李も見渡した。可愛い二人だ。ところで、再び龍一郎は口を開く。

「寝所の襖を開けて広くしているのは分かるが、何故東側の窓だけ開けて、桜が綺麗に見えるこちらの障子は閉めているんだい?東側の窓なんて、外壁しか見えないだろ?」

「東側の窓は日光を取り入れるために必要なので。障子はまぁ・・・・・・結果、のようなものです」

「結果?それは桜よりも大事なのかい?」

「はい」

 敷地面積が広い凪原家は、江戸時代から建てられた古い屋敷であり、跡継ぎの龍一郎が生まれたのをきっかけに老朽化により、痛んだ所々の修復と一部の建て直し工事を行った。外壁は屋敷に日光が入るよう低めに囲うように作られ、南側に玄関、北に大きな庭(そこには池や桜がある)、庭をどの部屋からも見れるよう、カタカナのコを描くように建てられている。広々と建てられているため日光の心配はそうなく、父から順に好きなように部屋を選び、柳静は玄関からも茶室からも遠い、東側の一番北側を選んだ。現在は七人で住んでいるので、一人で二部屋使用している。

 家政婦や使用人の数は現在三人だが、皆通いなので休憩室として一室貸し出してはいるが、それでも何部屋か余ってしまっている状態だ。

 本日開かれている茶会は、柳静の部屋の反対側の茶室で行われている。

 北側と西側のみ壁を作り小窓を設置しているが、南と東には取り外し可能な障子を取り付けているため、今日のように花見と称しての茶会だと障子は全てを取り外し、お茶を楽しみながら美しい桜を見ることが出来る。

 それほどの部屋でも可能である。障子を取り外しはしないものの、開けてしまえば目の前には美しい桜が見られるので、もちろん柳静の部屋も同じ。なので、開けてしまえば良いのに、と龍一郎は言いたかったようで。しかしそれをしないという弟の言葉に首を傾げるしかなかった龍一郎だが、そこで祥が口を開いた。

「あ、えと、今日はお招き頂きましてありがとうございます。龍一郎さん。結果を張ってるのはある事が原因で・・・・・・」

「祥くん。君はきちんと挨拶が出来る事が唯一の取り柄だね。相変わらずの格好付けた黒と白のツートーン。一応イケメンの部屋には入るだろうけれど、残念ながら心はそこまでの値まで到達出来ていないようだ。さっさとナルシストなんて卒業して、うちで心を磨きなさいと言っているのに」

「ねぇなんで凪原兄弟はそんなにも俺の心を打ち砕こうとするんだ!俺のどこが気に食わないんだ!大嫌いか!」

「そんな事ありませんよ。私は兄とは違って、きちんと愛のあるものですから」

「俺も愛は入れているつもりだよ?きっと」

「きっと!?きっと入れるつもりはないの間違いじゃないですか!?」

「おや、察しの悪い君にしては今日は鋭いじゃないかい。少しは成長の見込みはありそうだけれど、やはり程度はしれていそうだな」

「もうやだこの人!柳静の兄だけあって言葉責めのレベルが桁違いだ!ただの悪口には対応出来ねーよ」

 本人の言うように、柳静は戯れの一つとして、祥へ辛辣(しんらつ)な言葉を投げているのだろう。どんな言葉にも一々反応を見せてくれる祥とのやり取りは楽しいものだろう。

 一方、兄の龍一郎は五つも離れているせいか、柳静よりもボキャブラリーも多く、より残酷により辛辣に攻めてくる。色々と理由はあるだろうが祥には何かと冷たいようだ。嫌いではないが好きでもない。

「まぁまぁ。祥、兄さんのは言葉攻めと思わない方が良いですよ。精神攻撃と思ってしまえば結構楽になります」

「お前が言うとより怖さがアップするよ。って、そっか・・・・・お前はそうだもんな・・・・・」

 柳静の言葉のわずかな疲れと諦めの心を見抜いた祥は、思い出したように頷いてみせた。

「ん?どうかしたのかい?二人とも。そんなに俺の事を見つめて・・・・・・、やめてくれ照れてしまう。いいよ?二人がその気なのならば、俺は受け入れるつもりだから。たとえそこまでの好意を持っていない祥くんが加わろうと、無下にするほど俺は冷酷非道ではないから」

「貴方も十分一言二言多い人ですね!それにどうして今の流れでそういう思考になるんですか!?」

「あれ?違うのかい?」

「違います。貴方は祥の事を色々言いはしますが、行動も思考も言動も、祥のと全く変わりませんよ?というより同類です。いい加減お認めになって下さい、兄さん。そして両手を広げたポーズを早くやめていただけますか?女性がこの部屋には二人もいらっしゃるのをお忘れですか?」

「あ、嗚呼、そうだったね。すまない、蛍ちゃん、侑李ちゃん。変な所を見せてしまったね」

 龍一郎はそこで、同室に祥の妹である蛍と、その親友である侑李がいる事を思い出した。侑李は抹茶ロールケーキを、蛍は抹茶チーズケーキをそれぞれ味わいつつ、余興をみるように年上の男三人のやり取りを眺めていた。

「いえ、やはり殿方というのは思考が・・・・・い、いえ!楽しそうでなによりですの」

「僕達は大丈夫ですよぉ~、龍一郎さん。そういうのは慣れてますからぁ~、というよりは普通?な感じですからぁ~」

「うんうん、二人ともあまりよくない方へと成長してしまったようだね。これを普通と思わせてしまう行動をしている俺達に、かなり非があると思い知らされた気分だよ」

「きっと、この事をあの方に知られてしまったら、兄さんは今夜どんな罰を受けるのでしょうね。とりあえず先に言っておきますが、夜は静かにして下さいね。私は・・・・・・人に起こされるのが死ぬ程嫌いですから」

「!?や、脅かさないでおくれ、弟。あの人はもちろん恐いけど、柳静の寝起きの方が恐いよ。何度か夜にうるさいと縛り上げられてそのまま放置された事があるけれど、あれ本当に辛いんだからな?キレたお前は容赦というものを知らないのだから」

「そう思うのでしたらお静かにお願いします」

「・・・・・・お前、兄である龍一郎さんに対してそんな事してたのか・・・・・・」

「羨ましいですか?」

「羨ましさなんて、今の話で生まれてしまったら俺はドM野郎じゃねぇか!?」

「おや、違ったのですか?てっきり祥はドM野郎と思っていましたのに」

「へぇ、祥くんはあれに耐えられると・・・・・。俺は朝方発見されて解かれたけど、君に助けてくれる人が現れるのかい?」

「いますー!な、蛍?助けてくれるよな!?」

 兄はコマンド――『妹にヘルプミー』を選択した。

「え・・・、私は・・・・。発見してもきっとどうすることも出来ずに柳静様を呼んでしまいそうですわ」

 秘儀『悪魔召還』で返された。

「ぐあぁ!?きっと横でスースー寝ているであろう縛り上げた張本人を召還するなんて、俺の人生は終わったー!?」

「ははは、元々終わっているじゃないかい。今更嘆いても仕方が無いよ、祥くん」

「何この人!?まだ抉る気!!?」

「祥は本当に選ばれていますね。こんなもの無視すればいいのです」

「こんなものって・・・・・・兄の扱いが雑過ぎやしないかい・・・・・」

「失礼」

「謝り方も雑だよ!」

「とにかく、夜は静かになさって下さいね」

 はぁ、とやりとりに疲れたと言わんばかりに大きくため息を吐いた柳静を見ながら、一人侑李は。そもそも柳静さんはどこから縄を持ってきたのかな?もしかして私物?んー、それだったらそれで、今後どんな物を使ってくるのか楽しみだなぁ~なんて、この状況を楽しんでいた。どいつもこいつも・・・・・・である。

「と、そろそろ戻らなくていいのですか?」

「え?まだ障子を締め切って結界を張っている理由を聞いていないよ。そんな状況で戻れだなんて、柳静は鬼だね」

 別に追い出したいというわけではなく、次期家元がいつまでも席に戻らないというのも何かと面倒ではあるのだ。それがたとえ形式的なものではなく、代表がお茶を点ててしまえば後は一斉に裏方によってお茶とお菓子が配られ、談笑を楽しむ場となるのだが、それでも招き側がいなくなるというのは少々問題である。その事を心配している柳静は、一刻も早く茶会へと戻そうとする。柳静自体は最初の挨拶ですでに役目は終えているので、自由の身なため忙しい兄を休ませてやりたいがここは鬼と化す。

「その理由は後で教えてさし・・・・・」

「僕達のためなんですよぉ~。障子閉めているのぉ~」

 はずだったのだが、侑李が横槍を入れた。今この状況で空気を読まず口を開けるとは流石といった所か。

「侑李ちゃん、それどういう事かな?」

 龍一郎の表情は、今さっきふざけ合っていた軽やかなものではなく、最初にこの場に現れた時の、無表情で冷酷さを持ち合わせたものへと切り替わった。

「さっき、僕達がここで障子を開けて花見をしてたんだけどぉ~、そこに男の人が二人入り込んで来てねぇ~、柳静さんにひどい事を・・・・」

「侑李!?・・・・・・それ以上は結構です」

「何が・・・・・・結構なのかな、柳静。お前が声を荒げるなどとは珍しい。酷い事、とは一体なんだい?何があったのか、兄様に話しなさい」

「いえ、兄さんのお耳に入れる必要はありません。すでに解決した事です」

「柳静」

 どうあっても言おうとしない柳静に、龍一郎は元々の綺麗な低音ボイスを更に低くし、一言、弟の名前も呼んだ。それだけで十分だったから。

 兄の一言に、普段はそれでも尚拒み続ける程頑固な一面を持つ柳静だが、これ以上黙っていれば、きっとまた侑李が横槍を入れるだろうと判断したので素直に報告を始めることにした。

 他人に明かされるくらいならば、自分から告白した方がマシというやつだ。

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