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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
二日目~花見の話~
26/53

第一章3-2 『花 オア 甘』

「ではではん。ロシアンプチたい焼きの勝負第一回目!?いただきますん!」

「いただきます!」

「いただきたくない!でもいただかないわけにはいかぬ、嗚呼いただきます」

「黙って食え」

 ぱくっと一口。掌サイズのプチたい焼きは、小口でさっと食せる程で、しかし、プチサイズであっても使用されている餡は同じであるため。

「ん~!おいしいん!プチって、なんだか損しそうな感じなんだけどん、そんな事一切感じさせない餡の高級感と甘さはプチという言葉をリッチにするよん」

「グルメリポートが一々すげーな、お前。何味だったんだ?」

「私は桜餡よん。ほんのり甘いのがまた上品っていうものよん」

「桜餡か。俺に次当たってくんないかな。俺はチョコだった。中々にうめぇ。チョコっつったら俺はお菓子のぷくぷくのイメージだった」

「あれとはまた別物よん。あれは最中の仲間だからん、子供からしたら高級かもしれないわねん」

「・・・・・・・・・・・・・」

「ん?雪霧どうした?ものすげぇ顔してんぞ、お前」

 菊も先程から口を全く動かさず、じっとしている雪霧に気が付いた。声をかけてはおるが、頬をぷっくり膨らませ、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。正座をしたまま、両手は何かに必死に耐えるように、白のワンピースをぎゅっと(しわ)が出来るくらいに握り締める。その姿で分かるだろう。彼女の置かれている状況が。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 三人の中で沈黙が生まれる。満を持して、菊が口を開いた。

「雪霧。俺の幼馴染雪霧。もしやと思うがアレか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・か」

「か?」

「辛いんじゃ!辛すぎるのじゃ、ばっきゃろー!何故からしが入っておるのじゃ!いや確かにロシアンルーレットじゃから入っていてもおかしくな・・・・ひぃ~、カスタードクリームが良かった!!」

「凄いな。一戦目でハズレを引くとは。お前の運を使わないようにわざわざジャンケンをなしにしたけど無意味以外の何ものでもなかったな。そんで口悪いな」

 まぁまぁありがちな、ロシアンルーレット食べ物バージョンの中身。よくたこ焼きで唐辛子を使用したりするが、からしも辛いものとしては定番だろう。辛いものが得意な方ではない雪霧には刺激が強かったようで、残りの苺牛乳を一気に飲み干した。

 鞄から(一体どれだけ持ち込んだのだろうか)新しい苺牛乳を取り出すと、一日二リットルのパック二箱までと決めているのだが、このロシアンルーレットでは容易にクリア出来るものではないと判断したため仕方なく開けた。

「・・・・ふぅ、からしの辛さは地味で嫌じゃ。はぁ、残りの三つもからしが当たるかもと思うと手を出したくなくなってくるのぉ。くっ、早く二人に当たりたまえ~!!」

「雪っつん、一回戦で病み過ぎよん?そんなに辛かったのん?」

「辛いぞ。思ったよりやるよ、あのおっちゃん。凄いね、一瞬でたい焼きを嫌いになりそうじゃ。今後はたい焼きに対して相当疑心暗鬼よ」

「そこまで言っちゃうのん!ごめんね、私当たったことないからん」

 未だ黒星なしの甘海は、黒星ばかりの雪霧には絶対に言ってはいけない言葉を放つ。勝者には悪気はないが、敗者にとっては屈辱的な一言。

「ふっふっふ。神よ、この者に何でもいい・・・・・何かしらの罰を与えたまえーーー!」

「落ち着け。まだ一回戦でどんだけはしゃぐんだよ。とりあえず、二回戦いくぞ?」

 両手を挙げて神に祈り始めた雪霧を(なだ)め、菊はお先に、と手にプチたい焼きを取った。それを合図に気を取り直したように甘海も雪霧もそれぞれ手に取る。

 下手に選ぶよりこれだと思ったものを手に取る方がいいかもと、素早く選択する。

「そんじゃ、二回戦目だ。せーの」

「はむ。・・・・おいしいん!」

「ちっ。甘海はセーフか。何味?」

「ん。また桜だよん。やっぱり優しい甘さだねん」

「またか。んむっ・・・・・・ん、俺は抹・・・ちゃア!!?・・・・ぐぅふ」

 バンッ!と菊は物凄い強さで背中を叩かれた。痛みと苛立ちで後ろを振り向きようやく気が付いた。自分と甘海が当たり。二分の一の確率で当たりになるかもしれないが、この反応はもう別の当たった、としか言いようが無い。

「・・・・きー・・・・くぅ・・・!!」

「!!?ちょ、怖い!手の動きが死に際に何かを掴み取ろうとする被害者みたいで恐怖映像だ!」

「ありゃん。雪がまたハズレを引いたのねん。ほら、苺牛乳よん」

「いあ・・・・。今回はなし、なし、なし!なん・・・・わさびなのじゃ!からしオンリーにせんかい!苺牛乳で対処出来るけど複雑じゃ!昔寿司屋で味わった苦しみ!」

 以前、寿司のわさび入りを知らずに食べてしまい、辛さを打ち消そうと苺牛乳を飲んだのだが、口一杯に甘さが広がるだけで、わさびにやられた鼻をツーンとした痛みは治す事は出来なかった。その記憶が蘇り、水を飲みに行くか雪霧は迷った。

「え?わさび?からしじゃなく?」

「我もからしじゃと思ったからまぁ当たっても少しは我慢出来ると思ったんじゃ!じゃけれどまさかのわさびじゃ!変にレベルが上がってない!?まさか残りの二つも辛味調味料じゃあるまいな!」

 からしだと決め付けていた雪霧は、まさかのわさびに相当驚いたようだ。今までやってきたロシアンルーレットは皆統一されたように一種類のものを仕込んでいた。今回のようなミックスなのは始めての経験故に、雪霧だけでなく、菊と甘海も固唾(かたず)を呑んだ。

「へぇ。やるじゃないん。お礼にロシアンプチたい焼きをくれたのも、これに気がついて欲しかったからなのねん。優しい顔してなんてあくどいのん」

「いや、単に甘海に褒めて欲しかっただけだと思うぞ。それにしても二回連続雪霧か・・・。運がない奴め。よし・・・・、気を取り直して三回戦目だな」

「・・・・はぁ。もう私のやる気と運気は駄々下がりじゃ。辞退はない?」

「そんなものはありません。ほらさっさと選べ」

「くっ。菊に当たれ菊に当たれー!」

「おい、俺に呪いをかけようとするんじゃねぇ。てめぇ、最初は俺達仲間だっただろう」

 たい焼きを選ばず両手を菊の方へ向け、呪いをかけようとする雪霧。勝負前は、甘海に当たるよう二人で祈ったり、わざわざジャンケンをしなかったり色々と作戦を立てた仲間だったが、自分のみが連続してハズレを引いてしまっている状況に追い詰められているらしい雪霧は、とうとう仲間を呪い出す。そんな二人のやり取りを甘海だけは余裕の表情で見ている。勝者の余裕というやつだ。

「残り二つのハズレ。菊が全て引けば仲間のままでいよう。じゃが当たらなんだらもう決別じゃ!」

「相当辛かったのねん。からしにわさび・・・・次はどんな香辛料を使っているのか、楽しみねん」

「甘海。雪霧を刺激するな、襲われるぞ。ほら、さっさと二人とも選べ。三回戦だ」

「「はーい」」

 それぞれたい焼きを選び取ると一斉に口に含む。いつの間にか、雪霧達の騒がしさに少し離れているが、勝負を見守る人達が集まってきていた。そんな事に気付いていない三人は、たい焼きを咀嚼(そしゃく)し、そして。

「あぐッ!ぶぇ、がら!!げ・・・・がふッ!」

 菊が当たった。

「ぢょ!バカヤロー、辛ぇーんだよ!」

「いだ!?何で叩くの菊のバカ!我はその苦しみを二度も味わっておるわ!」

「今回は菊だったのねん。おめでとう菊神」

「その名前、『香辛料の神、キク』にした方がゲームのキャラみたいで格好いいと思うのじゃが」

「格好良くねぇよ!やられてる側だ俺は!香辛料の神、カッコ責め苦を受け止めるカッコ閉じだわ!」

「ほらツッコんでないで我の苺牛乳をやろう。辛さのせいでツッコミが激しい、ちなみになんじゃった?」

「さんきゅ・・・・。唐辛子だと思う。めっちゃ舌がピリピリすんぞ。これ普通の唐辛子よりも何倍も辛ぇんじゃねぇのか。超微塵(みじん)切りにして餡子に紛れ込ませてある」

 菊の苦しみに気持ちを良くした雪霧は嬉しそうに、同志へ苺牛乳を与える。人の不幸は極上の味。普通ここで同じストローで飲むのだから、間接キスに少しばかり心乱れそうなものだが、当の昔にクリア済みなので、なんとも思わず何度目かの雪霧との間接キスを頂いた菊。それにしても甘い。

「からし、わさび、唐辛子かぁ。これ以外の香辛料って何か思いつくん?」

「そうだなぁ、さっきので王道を終えた感じで、次何か来るか想像出来ねぇ。まぁたい焼きに入れるもんだから、マスタードとかか?」

「じゃが、菊のが唐辛子といっても刻んだものならば、通常の一味や七味という可能性も捨て切れんぞ」

「まじか・・・・・・、あれも地味に嫌だな」

「そもそも唐辛子の微塵切りが許されるのなら、ジョロキアとかハバネロもありにならないん?」

「やめよう・・・・・、これ以上辛いものを連想させると、食べておらんのに口の中がヒリヒリしてくる」

「そうだねぇ。えーと、あと十一匹のうち一匹がハズレよねん。よーし、次いきましょん、次!」

「勝者は元気だな。雪霧やるぞ」

「はーい」

 次の四回戦目。ハズレは誰も引かず、雪霧がチョコ、菊が生クリーム&カスタードクリーム、甘海が桜餡。

 次の五回戦目。こちらもハズレは出ず、雪霧が餡子、菊は抹茶、甘海が桜餡。

 これまでの成績。

 雪霧―五回戦中三勝二敗。菊―五回戦中四勝一敗。甘海―五回戦全勝。

 残りはあと五匹。そのうち一匹がハズレとなる。数的にこれが最終戦になるため、三人とも気を引き締めようと、一旦深呼吸をする。

「それじゃあ最終戦といくわよん。準備はいいかしらん?」

「OK。かかってこい」

「我もOKじゃ」

「じゃあ、せーの!」

 甘海の号令で一斉に口に含んだ。五分の一の確率。ハズレは残された二匹のうちのどちらかだとすれば、延長戦でじゃんけんとなるのだが果たして。

「・・・・・・・!!?」

 一人が急いでドリンクに手を伸ばした。何かにもがき苦しみ、噛むことを放棄し、飲み込む作戦に出たのだ。その一人はぐびぐびと苺牛乳(・・・)を体内に流し込んだ。

 最後のハズレを引いたのは、白石雪霧その人だった。

「・・・・・・・・・・雪霧・・・・。お前・・・・・、運無さ過ぎだろ・・・・」

「ッ。・・・・むぅ、ん!?」

 相当辛いのか、苺牛乳を飲んでからも涙を流しながら、口の中の異物を必死に飲み込もうとする。しかし、もう少し噛まなければ飲み込めないのか、ゆっくりと口を動かし、少しずつ飲み込んでいく。雪霧の顔は真っ赤に染まっている。その動作には甘海は首を傾げながら問いかける。

「え、噛まないと飲み込めないって、何が入ってたのん?唐辛子丸々とかん?」

「・・・・・・・・」

「ん?何だ雪霧」

 未だ口の中のものと格闘中のため、雪霧は菊の掌を借りる事にしたらしい。携帯のメモ機能というもっと簡単な伝達方法があるのだが、選択肢にそれが浮かばない程にテンパっているのだろう。ゆっくり手に書いていく雪霧の文字を、菊は何度も書かせないように必死に読み取る。

「んー?えーっと。ら、っ、き、ょ、う。・・・・・・え、は?」

「え、らっきょうが入ってたのん!あれ、確か雪むーはらっきょうが大の苦手じゃなかったっけん?」

「大嫌いだったな。以前、カレーの付け合せにらっきょうがあって、その時食って以来、見るのも嫌って程だな。つか、たい焼きにまさかのらっきょうか・・・・・」

「や・・・・やるわねん。おっちゃん、ナイスよん!」

「ナイスじゃないわ!とんだ悪夢じゃ!」

「あいたん!」

「おー、雪霧復活か。ドンマイ」

 ロシアンプチたい焼きの最後のハズレの中身は、らっきょうであった。確かに、香辛料の種類にらっきょうとあるので、おっちゃんの圧倒的勝利だ。香辛料といえばで、からし、山葵、唐辛子、マスタードしか浮かばなかった雪霧達の負けだ。

 どうやらそのらっきょうは、鷹の爪を大量に入れて漬けたもので、らっきょうがもともと大嫌いな雪霧にとっては最悪の一品だったことだろう。あの行動と赤面は辛いを通り越してやってきた、餡子と合わないらっきょうにより一層苦しんでいた姿だったようだ。

 甘海はこれは予想外だったと、たい焼き屋のおっちゃんにグッド!と、右手を伸ばし親指をビシッ!と立てた。そんなに距離はないので、おっちゃんからもよく見えたらしく、嬉しそうな照れているような動きをしていた。勝者の余裕というやつだ。

「あーもう!ロシアンルーレットはしばらくなしじゃ!もう我ばかりハズレを引いてばかりじゃない。不公平じゃ!」

「いや、ロシアンルーレットとはそういうものだぞ、雪霧。毎回毎回ハズレを引いてばかりのお前はある意味最凶だ」

「字が違う!そのままの意味じゃろうが!」

「それにしても、プチと言ってもやっぱりうまかったな。地味に全種類入ってたな。けど桜餡一つも食えなんだ」

「いいじゃないん。私、今だから言えるけどん、ハズレは引かなかった変わりに、全部桜餡だったんだからん」

「まじか!そりゃ、俺んとこに回ってこねぇよ。何お前、桜餡にすげー好かれてんじゃん」

「ハズレには当たらなんだが、違う形で我の呪いが発動したようじゃな。ナイスじゃ、我!」

「嫌な呪い付与しないでよん!同じ味ばかりで飽きはしないけど、別の味も間に一つは欲しかったよん!」

「はっはっは!ざまーみさらせー!」

「元気だな、雪霧。とりあえず涙止めろ。どんだけきつかったんだよ」

 相当らっきょうが堪えたのか、身体は正直なもので、涙が止まらないようだ。

 ポケットからティッシュを取り出した菊は、ぺたぺたと頬にティッシュを一枚ずつ貼りつけていく。涙でくっ付くくっ付く。それを素直に受け取った雪霧はボロボロ出る生理的な涙を拭き取っていく。

「それにしてもたい焼き屋台、また並び始めたな。おっちゃん忙しそうに頑張ってんな」

「さっき私達の勝負を見ていた人達が面白がってロシアンプチたい焼きを買い求めてるみたいよん。全く物好きな人達よねん」

「きっとおっちゃんはそれを見越して礼と称してお前を宣伝役として利用したんだな。本当、優しい顔してなんて恐ろしい人だ、たい焼き屋台のおっちゃん。尊敬するよ」

 計算され尽くしたおっちゃんの企みで、甘海達は良い無料宣伝役を知らぬうちにやっていたようだ。少し落ち着いていた屋台は、再び行列を作り忙しそうにたい焼きを焼き始めたおっちゃんを、菊と甘海は尊敬の眼差しで見つめたのだった。

 その横では、二人から残りの辛さのないプチたい焼きを貰った雪霧が、苺牛乳と共に口直しタイムを始めていた。

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