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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
二日目~花見の話~
25/53

第一章3-1 『花 オア 甘』

 樹齢千年以上の三巣桜。

 訪れる多くの観光客を魅了する美しくも儚い存在。花見シーズンとなると観光バスがこれ何台目?といいたくなる程止まっている。そもそも花見だけでなく、青葉姿や紅葉や雪に囲まれた姿も季節を最大限に感じられると人気なので、先程の『花見シーズンとなると』、という文言は少々矛盾してしまうのだが、そこはあえてスルーしてくれると有難い。

 最近は外国で人気の日本観光ブックにも取り上げられているため、観光客の中には多くの外国人も美しい三巣桜に魅入っている姿が見受けられた。

 写真や動画、花見酒に弁当持参でプチ宴会をする者など、各々の楽しみ方で三巣桜との時間を楽しんでいた。

 そんな中で、雪霧はゲームをしていた。

 美しい三巣桜目の前で堂々と胡座をかき、携帯アプリに夢中になっていた。別に悪いことではないのだがせめて、もう少しだけでも風で舞い散る桜ならではの可憐さというものを味わっても良いのではないか、と一言告げたくなってしまう。しかし、彼女にそれは通じない。

 人差し指で慣れたように画面を操作し、クエストクリアを目指していた。

「雪霧んよ。ここに来てまでゲームとは、桜も少々空しくなってしまうよん?またいつものやってるのん?」

 桜より甘味、の甘海には言われたくなかっただろう。持参したワンホールケーキは完食してしまったので、今は屋台で買ったたい焼きを頬張っている。

 屋台にしておくのは勿体無いくらい種類が豊富で、王道の餡子、カスタードクリームの他にチョコ、抹茶餡、桜餡、生クリーム&カスタードクリームがあり、ロシアンプチたい焼きなるものもあった。ロシアンプチたい焼きは、紙袋にプチたい焼きが十個入っており、ランダムの味のプチたい焼きが九個と一つだけ激辛からし入りプチたい焼きが封入されているらしく、これが中々の人気のようだ。屋台だからこそ出来る事だろう。

 甘海は菊用の抹茶餡三つと雪霧用の餡子二つ、自分用の桜餡、餡子、生クリーム&カスタードクリームを一つずつとロシアンプチたい焼きを一袋購入してきた。

 甘海からたい焼きを受け取った雪霧はそれをぱくりと口に含むと、そのまま携帯アプリを機動させ、今に至る。

「うん、ほうひゃよ。ひは、はふはふはひへひゃっへほふははは」

「うん。ゲームするか、たい焼き食べるか喋るかどれかにしようねん」

「ん・・・・うん。はぁ、おいしいたい焼き。やっぱり王道が一番じゃ」

 半分ほど齧ったたい焼きは、操作の邪魔となるのでイチゴ牛乳のパックに乗せる。ストローがなんとも器用にたい焼きの滑り止めとなっている。ただし、少しでもシートがずらされイチゴ牛乳が動かされれば、たい焼きの運命は最悪の形で終わる事は目に見えているのだが、雪霧はそれに気付いていないのか、それとも落とさない自信があるのか。

「それは良かったねん。んで、さっきはなんて言ってたのん?」

「ん?今アプリでは桜イベントがやってるんじゃ。まぁ春の定番じゃな。今回は夜桜がメインで我の推しメンであるバスティンがイベ対象なのじゃ!花見も大切じゃが、これを逃してしまったら我は今後、人生の半分を心から楽しめんと思う!」

「相変わらず熱いわねん。私にはさっぱりよん」

 雪霧ド(はま)りの携帯専用アプリ『異世界の王子様』は、主人公がある日突然異世界へと飛ばされ、その世界に住む様々な国の王子と協力しながら、主人公が何故異世界に飛ばされたのか、何が起こっているのかを解明していくというストーリー。その中で出会っていく数多くの王子様と親密度を上げていくと特別ストーリーが読めたりする人気アプリ。人気声優も起用されているので、より人気のようだ。雪霧の一押し王子はバスティンという黒髪の王子で優しくも主人公成長を手助けしてくれる、所謂お兄様と執事が合体したような王子だ。我が強いタイプが苦手な雪霧にとっては最高の王子だろう。四月は桜関連のイベントが様々なアプリで開催されているのでゲーム好きの雪霧は忙しそうだ。

 その逆で一切ゲームをしない甘海は、雪霧の熱の入れようは分からないらしい。菊に一度、お前らはそっくりだと言われた事があるらしいが、その意味はさっぱり分かっていない。

「バスティン王子より、私はこのエルン王子がいいと思うよん」

「それ、ただエルン王子の趣味がお菓子作りじゃからじゃろ?毎日でも作ってくれそうじゃ」

「あ、ばれたん?私、あんまり顔で選ばないからん。一番大切なのは甘いものが好きかどうか。もし顔が良くても甘いものが苦手とか嫌いだったらその時点でアウトよん」

「じゃあもし、顔が良くて甘いものが苦手な方だけどパティシエじゃったらどっちじゃ?」

「むむっ、何その難しい選択!えー、ちょっと悩んじゃうんだけどん。どっちかなん」

 悩むといいつつもちゃっかりたい焼きに食らいつく甘海。考え事には甘いものがいいというあれだろうか。そこへ写真を撮り終えた菊が戻ってきた。

「おかえり菊。写真はどうじゃった?」

「嗚呼。なんとか撮れた。自撮り棒は中々役立つ。甘海は何悩んでるんだ?つか、悩んでるのか?」

 菊の指差す方には甘海。確かに右手は頭を抱え、うーんうーんと(うな)っていれば悩んではいるようだと分かるが、右手でたい焼きを持ち次々と(かじ)っている姿を見ると判別しづらい。

「今甘海に甘いものが苦手な方でもパティシエをやっている男じゃったら、付き合えるか付き合えないか質問中なのじゃ」

「なんてどうでもいい」

「むっ。だったら菊りんは、抹茶好きじゃない女の子と付き合えるのん?」

「別に付き合えるが?」

「えー。じゃあ抹茶が苦手だけど茶道をしている人はん?」

「別に茶道=抹茶好きとは限らんだろ。作法とかそういう雰囲気が好きとか、色々と理由があるんだろう。だから特に不満はないだろ」

「な、なんて心の広い男なのん!ちょっと菊るんを見直したわん」

「俺もそろそろお前の俺に付ける呼び名が統一されねぇかなと思うよ。レパートリーどんだけあるんだよ」

「気分だからねん。あ、これきっくりんのたい焼きだからん」

「その呼び名今迄で一番嫌だわ。ありがとう」

 菊は甘海からたい焼きの入った袋を受け取った。まだほくほくのたい焼き(抹茶餡)を一匹手に取ると、ぱかっと二つに割った。

「あ、このたい焼き抹茶餡めっちゃ入ってる。良い店だ」

「たまにスカスカな店があるからねん。ここの当たりみたいん」

 店ごとに餡の量が違うことがある。ある店では頭からしっぽまでぎっしり詰まっているが、ある店ではぎっしり詰まっていると見せかけて実はしっぽはスカスカというだまされた感満載のたい焼きがある。

 たっぷりと餡が詰められているたい焼きに菊はご満悦のようだ。その様子を見ていた雪霧はそういえば、とストローが必死に守っている食べかけのたい焼きを手に取り口を開く。

「そういえばたい焼きの食べ方で性格診断が出来るみたいなんじゃが。二人はどんな食べ方じゃったか。ちなみに我は頭からじゃ」

「私はその時の気分だからん。餡子が詰まってないって分かったら尻尾からだしん、詰まってる時は一番詰まってそうな所からだからん」

「強いて言えば?」

「そうねん。一番多いのは背中かなん。横向きだと上になるからん」

「菊は?」

「俺は見ての通り半分に割って食べる。頭から先に」

「ふむふむ。それぞれ違うみたいじゃな。ではお待ちかねの結果発表~!・・・・・ちょっと待ってて」

「調べてねぇのかよ!」

 先に結果を我だけ知っていてはつまらんじゃろ、と雪霧は体力回復待ちのゲームを一旦止め、ネットで素早く調べ出す。すると結果はすぐに出てきた。

 ごほん、と何度か咳払いをし、堂々と調べた結果を口にする。

「まずは甘海の背中から食べる人じゃな。神経質で甘えん坊、孤独が好きじゃがいざ一人になると寂しがるタイプで、感受精が強く涙もろい。じゃと」

「ほうほう。神経質ってとこと涙もろいとかはまぁまぁ合ってるけどん、私甘えん坊じゃない上孤独は好きじゃないからん:

「んー、微妙っと。甘えん坊より甘いもの好きの方がしっくりじゃな」

 合っているようで合っていない半々の診断結果に、こんなものだろうと甘海は頷いた。そもそもいつも食べ方が違うので、診断云々ではなかったのではないだろうか。

 まぁ、こういうのは楽しめればそれでいい。本気で捉える事ではなかろう。ごほんごほん、と切り替えて雪霧。

「じゃ次。菊の半分に割って頭から食べる人じゃな。えーと、強い意思を持つ行動派タイプで、自分に自信を持っていて頼りになるが、少し口うるさい一面もある、じゃと。これ結構当たっておるではないか?」

「行動派ではあるけど、口うるさいか?俺」

「うん。大いに当たってるじゃないかなん」

「そうか?んで、雪霧はどうなんだ?頭から食べる人」

「ん?我のは大雑把な楽天家・・・・・・」

「「当たってるーーー!!?」」

「最後まで聞けーい!」

 雪霧が診断文を一行読んだだけで、甘海と菊は声を揃えて叫んだ。余程当たっているのだろうか、ついつい我慢できずに声に出してしまったようだ。

「すまんすまん」

「続きをどうぞん」

「もう。えーと、失敗してもクヨクヨ気にしないタイプ。負けず嫌いで強情。熱しやすくも冷めやすい、じゃと」

「そのまんまじゃないん」

「一番お前が当たってるな。熱しやすくて冷めやすいってのが特に」

「な!我の一体どこが熱しやすくて冷めやすいのじゃ!」

「まずはその口調だっよねん。大体三、四ヶ月単位で変えるのが白石雪霧。たまに気に入った口調や語尾があると期間は延びるのだが、それでも精々二ヶ月程度の延長で飽きたら次々と変えていく、容赦のない雪霧女子である。前回は甘海の言うように「~である」を使用しており、それ以前では「~ぞ」「~だのん」「~ぜよ」等々。今後は語尾に「にゃ」や「ありんす」を付けてみたいと願望を語っていた。

「ふむ。まぁ確かに口調をよく変えるから本来の我の口調というのを忘れてしまって困ってはいるのじゃが。まぁそれでも気に入ってしまえば後には引けぬ。我はそういう女じゃから。あ、でも一つ変わってないものがある」

「変わってないもの?」

「一人称じゃ。我は幼き頃から「我」という一人称から変わっておらんじゃろう」

「は!?確かに!何たる地味な!」

「今迄ずっと一緒だったんだからん、気付かなかったねん、きっくりん」

「その呼び名気に入ったんだな・・・・・」

 自分の周りには変わった奴が集まってくるな、と菊は己の変人を呼び寄せる力の有無を疑った。長髪青年に言われたくないだろうが。

「それよりもその診断中々おもしろいな。今度知り合いにやってみようかな」

「え、菊に知り合いと呼べる人物がおったのか?初耳じゃ!」

「引きこもりも野郎よりはいるわボケ!」

「我は引きこもりではない!ただ単に菊と甘海以外の人間と関わり合いになりたくないのと、王子様達とより多くの時間を過ごしたい故に、部屋から出たくないだけじゃ!」

「それを世間一般では引きこもり(オタク)って言うんだよ!」

「知らん!」

 引きこもりの定義などどうでもいい。雪霧は出来る遊びに夢中なだけで、特に極度の外出嫌いだとか人見知りをするという事は一切ないわけで。今は先程説明したアプリやジグソーパズルに嵌っているというだけ。本当はドミノをやりたいのだが以前、ドミノで家を征服してしまい親にドミノ禁止令を出されてしまったので、大人しくしているしかあるまい。

「まぁいい。雪霧、そういえば花見の後はどこかに行きたいとかあんのか?」

「特に。今日は花見としか聞いておらんから、夜のライトアップまでおるのじゃと思っておるが?」

「夜までか。たまにはそういうのもいいけど、甘海は?」

 菊は隣でたい焼きを食べ終えた甘海にも声をかける。毎回思うが何か食べるのならば猫スプーンを口から出してから食べろよ、と思う。猫スプーンを咥えたら最後。使用用途があるまでずっと口に咥え続けている。よくそんな状態で噛めるなぁと感じてしまう。

「んー、私も夜までいてもいいよん。別にご飯も屋台で済ませればいいし、トイレもあるし、まだこれもあるし」

 そういうと甘海はさっと紙袋を取り出す。その袋はロシアンプチたい焼きとボールペンで書かれている。きっと他のたい焼きと区別しやすいように、店主が書いたものだろう。

「げ、何だよロシアンプチたい焼きって。お前いっつもロシアン系買ってくんじゃねぇよ」

「いいじゃないん。面白いでしょん?ロシアン系」

「あほ。この前のたい焼き、シュークリーム、大福とかでも結局俺か雪霧が引いたじゃねぇかよ。たまにはお前が当たれよ、甘海」

「そうじゃ。変な所でくじ運使うな。せめて宝くじで使用してほしいものじゃ」

「お前の欲望もすげぇよ」

 甘海は甘味が好きではあるが、ロシアンルーレット系も同じくらい好きだ。たまに出されているロシアン系のものは必ずといっていい程注文する。菊の言う通り、ロシアンたこ焼きは二回行い、二回とも菊がハズレを引いた。中には大量の唐辛子が入っていた。次のロシアンプチシュークリームは三回行い、菊が一回、雪霧が二回ハズレを引き、中にはカスタードクリームの代わりにからしが入っていた。次のロシアン大福は二回行い、菊と雪霧が一回ずつハズレを引き、中には餡子に包まれたからしが入っており、辛いというよりまずいというのが一番だった。

 これらの結果を見れば分かるだろう。この他にも様々なロシアンルーレットをしてきたが、甘海はハズレを引いた事は一度もないのだ。ので、いつも甘海だけは苦しむ事無く大量の甘味をおいしく食せるのである。

 いつも巻き込まれてハズレだけ引かされる菊と雪霧は、己のくじ運の無さを嘆きつつも、一度でもいいから甘海にハズレを引かせ、苦しめてやりたいと思っている。

「じゃあ皆で仲良くロシアンプチたい焼きを、実食!」

 二人の気も知らず、甘海はテレビでよく観るコーナーでの台詞とポーズをする。

 が、そこに男性が一人近付いてきた。甘海がそちらに顔を向けると。

「あ、たい焼き屋のおっちゃん。今からロシアンプチたい焼きの実食だけどん・・・・参加するん?」

「いやいや、おっちゃんはハズレが分かるから勝負にならんよ」

「じゃあどうしたのん?休憩?」

 現れたのは先程甘海の購入したたい焼き屋台の主。まさしくおっちゃんと呼ばれるべき、四十~五十代の優しそうな人で、手には紙袋を三つ持っていた。自分でおっちゃんと言う辺り、気さくで優しさありの好かれる大人の男性だ。

「いい加減トイレ休憩しないと、おっちゃんも辛いわけだよ。んで、その行き道、お嬢ちゃんにお礼をしようと思ってね」

「お礼?私お礼されるような事したかなん?あ、大量にたい焼き買ったことん?」

「いやいやそれもあるけど、お礼というのはお嬢ちゃんが屋台の前でたい焼きを食べてた時の事だよ」

「あ、確かあの時餡子のたい焼き二匹しかなくておっちゃんが次のたい焼き頑張って焼いてたよねん。それがどうかしたのん?」

「あの時、お嬢ちゃんが待ち時間の間に、そのたい焼き二匹をほうばってた時に、おいしいおいしいってグルメリポーター並にしゃべりながら食べていただろ?」

 甘海がたい焼き屋台に来た時、丁度次のたい焼きを焼いている最中であった。ただ待つのも甘い香り漂う中では甘海は堪えられないだろうと悟り、ケースの中で唯一残っていた餡子のたい焼き二匹を先に購入する事にした。甘味に対して中々の厳しい評価をする事がある甘海だが、たい焼きを口にした瞬間、「おいしーい!たい焼きってよく餡子とか詰めると皮がぶよっとする事があるんだけどん、これは厚みも丁度良くてん、ちゃんとさくっと感が出てるん!それにぎしっと餡子が詰まってる所も高評価だしん、あ、ちゃんと尻尾までん!こんなに甘くておいしくて食べごたえのあるたい焼きは生まれて初めてだよん!歴代一位だよん!はぁ~、早く他の味も食べたいなん、おっちゃん頑張っておいしいたい焼きプリーズん!?」と長々語った。それも結構なボリュームで。余程興奮状態だったのだろう。

「お前そんなにはしゃいでいたのか。そういえば三巣桜撮ってる時、屋台の方が騒がしいと思ってたが、まさかのお前か・・・・・甘海」

「ん、確かに興奮して叫んでたね。バスティン様に必死でスルーしてた」

「そういえばそんな事も言ったような気がするなん。興奮状態の時はあんまり覚えてないからん。えへへ。というより、雪むんが私よりもアプリ王子を優先してたのは少し友人として悲しかったかなん?」

「それはごめん。でも声だけで甘海と分かったんじゃから凄いと思わない?」

「声というより口調で判断したって言った方がいいんじゃないか?」

「菊よ、バラすんじゃない」

「ま、私だと分かってたんなら、それでいいかなん」

 さっぱり派の甘海は、理由はどうあれ自分だと分かってもらっていたのならばとあっさり納得してしまった。そんな三人の姿を見ていたたい焼き屋台のおっちゃんは愉快そうに笑った。

「あはははっ。君たちは仲が良いなぁ。いやいや、あれから嬢ちゃんのおかげで大繁盛だったんだ。ありがとう。いやぁ、なんだか店を持とうとした夢が、少し見えてきた気がするなぁ」

「そういえば結構行列出来てたねん。おっちゃん店出すのん?」

「将来はそうしたいなぁ。まぁあとニ、三年ってとこだけど、おっちゃん歳だし。規模も小さめでね」

「へぇ。お店出したら必ず行くからねん!楽しみだなん」

 初めて会った客に夢を語ってしまうおちゃめなおっちゃんは、そろそろトイレに行かねばならない時間。少々もじもじしながら、当初の目的を達成させようとする。

「よし、おっちゃんそろそろ時間だ。これお礼だよ。冷めたらレンジでチンすればいいし、好きに食べてな」

「え!いいのん!?ありがとう、おっちゃん!・・・はっ!ロシアンプチたい焼きが裏ボスの如く下に詰められている!?」

「はっはっはっ!それもお礼としてあげるよ。ちなみに十個中ハズレを三個入れておいたから精々頑張ってくれ」

「これお礼だよねん!?」

 甘海の言葉に、じゃ!とおっちゃんは早足で去っていった。相当怪我していたと見える。後に残された甘海、菊、雪霧は固まったまま目だけでお互いを見つめ合う。袋の中にはたい焼きが(中身は不明)六匹とロシアンプチたい焼きが一袋。たい焼きは後で仲良く分け合うとして、三人が警戒しているのはロシアンプチたい焼きである。

「くっ。これで私が買ってきたものと合わせると確率が二十分の四、つまり五分の一になってしまったわん。本来なら十分の一だったはずなのにん。これじゃ、私も当たってしまう可能性が高いってことよねん」

「最初から当たらないでいる自信満々か」

「まぁねん。だって私って結構運がいいからん。甘味の神様に愛されているのよん!」

「言ってろ。・・・・・よし、俺も男だ!ここは三人で勝負するぞ!俺”達”にだって勝機はあるだろう」

「菊。そこは敢えて我を見逃してくれるところじゃろ。我も道連れか」

「当たり前だ、逆に何で自分だけ見逃してもらえると思ったんだ?」

 ちゃっかり逃げおうせると、勝手に思い込んでいた雪霧。結局ロシアンプチたい焼きに参加しなければならない事に、テンションが駄々下がり中だ。だが今回は連勝中の甘海も初の黒星を取る可能性が高い。ロシアンルーレットで初めて、三人に別の意味での緊張感が走る。甘海は紙袋を破り、取りやすいように広げる。中に入っていたのは掌サイズの可愛らしいたい焼きが十匹。おっちゃんに貰った分も紙の上に出し、合計二十匹のたい焼きが並ぶ。その内四匹はからしという名の悪魔を体内に取り込んでしまった、悲しきプチたい焼き。

「ちっ。あのおっちゃん、中身が判別出来ないように飴を少なめにしたな。やるな・・・、優しい顔してやる事ちゃんとやっている。一番(たち)の悪い種類だ」

「あー、優しさでからしマヨネーズにしといてくれていないじゃろうか。それだったら少しは救いが・・・・」

「いらねぇよ。たい焼きにマヨネーズって、愚弄(ぐろう)すんにも程があんだろ」

「分からんぞ?世の中にはマヨネーズをご飯にかける者もおるし、珈琲にぶち込むマヨラーもおると聞いた事がある。たい焼きにマヨネーズを組み合わせるのもおったとしても、なんら不思議ではないじゃろ」

「たとえそういう奴がいるとしても、商売をしているおっちゃんがそんな事するわけないだろ。もしそうならかなりブラックなロシアンルーレットだよ」

 今から勝負を開始しようというのに、なんて嫌な事を言い出すだろうか。本当にやっているかもしれないと思うと、一口目から手が震えてしまう。

 とりあえず菊は雪霧を軽く叩いてから右手を差し出した。

「いた・・・。菊よ、少し手加減してくれる優しさを、叩かない、という事に使ってほしいんじゃが・・・・」

 叩かれた頭を擦る。グーではなくパーで攻撃してくれる菊は、少々優しい心を持っているらしい。女の子にも差別なく攻撃する菊は、友人である雪霧と甘海にも時と場合によって手を出す。これはまぁ、幼馴染という意味合いもあるだろうが。といっても、本気ではなくじゃれる程度なので、安心していい。そんな叩かれた雪霧も、同様に右手を差し出した。

「おー、二人ともやる気だねん。といっても今回は最初から諦めムードっていうわけではないみたいだねん。ふふん、確かに私の初黒星を見られるかもしれないと思ったら、少しは期待出来るものねん」

 そういって甘海も右手を差し出した。ロシアンルーレットの順番決めの定番、ジャンケンをするために。ロシアンルーレットにはジャンケンの運も少しは勝敗を決めるのに必要なもの。というが、結局は一番最初でも最後でも、自分の番の時にハズレを引く事もあるので、最終的に求められるのは引き運だろう。

 大体ここで、菊と雪霧は運を使い果たす。ので、今日は運を使わぬよう、対策をする事にした菊と雪霧。その方法は。

「甘海。今日のロシアンルーレットは数が多い。じゃから、三人で同時に食すというのはどうじゃ?」

「三人同時?」

「そう。たまには同時に食べ進めるというのも面白くていいんじゃないか?いつも順々に食べて勝負だけだから、もしかしたら同時にくたばるかもしれねぇし」

「ほーん?・・・・いいよん、付き合ってもらっているのはこっちだしん?そのルールで私は構わないよん。一回くらい夢見といた方が今後のためってもんだよねん」

 そういうと、甘海は猫スプーンをがりッと噛んだ。それを合図に甘海、雪霧、菊はそれぞれ紙袋を破って作られた仮皿から一つずつプチたい焼きを手に取った。各々の信じたプチたい焼き。これが当たりかハズレか。まずは実食あるのみ。

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