表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
二日目~花見の話~
23/53

第一章1 『花 オア 甘』


  1


 樹齢千年以上の一本の桜。

 バラ科サクラ属の植物の一種――エドヒガン。

 漢字で書くと”江戸彼岸”。由来は江戸でお彼岸頃に花を咲かせることから来ており、別名”アズマヒガン”、”ウバヒガン”とも言う、野生種の一つ。ソメイヨシノの親とされ、淡い紅色の蕾や花が特徴。ヤマザクラと共に長寿であることから、最高で二千年を超えるものから三百年を超えるものが全国に存在する。

 そのうちの一本、”三巣桜”と名付けられ、地元を始め多くの観光客の見守る中、堂々と咲き誇るそれは、古木である事や幹の老化が著しい他、様々な理由から添え木や地元の人々の手で支え守られながらも風格は全く衰えることはない。

 三巣桜は、山野に作られた公園の中心で堂々と咲き、観光客はそれを囲むようにしてその姿に魅入っていた。

 その一人となっていた男。スマホを片手に三巣桜を正面、左、右の三箇所から何度も何度も撮影している。

「んー。やっぱ、これだけ人がいると、どうしても一人や二人写り込むんだよな。仕方がない事なんだろうけど、なんつーか邪魔っていうか、台無し?ま、これを含めて楽しむのが花見っていわれたらもう俺としては釈明の余地なしだろうけど」

 一人で写真のチェックをしては削除し、撮り直してはチェックし削除しを繰り返す男。男性としては長い、腰まで伸びた黄土色の髪は二段カットになっており、短い段はポニーテールよろしく一つで結んでいる。四月としては暑い二十度を記録しているためか、上は黒のVネック一枚に黒のボトムスと黒ずくめ。嗚呼だから黄土色の髪なんだね?と思った人もいるだろうが残念。彼の髪色は元々である。狙って染めたわけではないという事だけお伝えしておこう。ちなみにいえばスマホのケースも黒の男の名は、双葉菊(ふたばきく)

 未だに納得のいく写真が撮れないらしい。写真が駄目なら動画、という選択肢は彼の中では除外されている。そもそも選択肢に入れてもいない。

 菊が先程から納得いく写真を撮りまくっているのは、これを送りたい相手というのがメールしか出来ないというので、動画を諦めざるを得ないのである。というのも、菊もスマホだが、相手は折り畳み式を使用しているので、そもそも転送が面倒でスマホ同士の楽なアプリも使えない虚しさで仕方がないのである。それでも、この綺麗な三巣桜をお裾分けしたい菊は、納得のいく写真を撮れるまで、ぐるぐると外周を歩き回ることだろう。

 撮りたいのは全体、花のアップ、そして自分と桜のツーショット。

 そんな菊の髪が突如引っ張られた。くいくいっと。こちらに気付けと訴えんばかりに。

「痛ッ・・・・。お前なぁ、いい加減人を呼ぶのに髪を引っ張んのやめろよ。声出せよ声を」

「仕方がないじゃろ。菊の身長では、いくら頑張っても肩ぽんは出来ぬのじゃから」

「だから声出せって言ってんだろ。頭使え、馬鹿」

 どうしても声ではなく肩を叩きたい女の子、白石雪霧(しらいしせつむ)は必死にジャンプを繰り返している。ぴょこぴょこと跳ねる姿は兎のようだ、といえば可愛く聞こえるが、どちらかといえば蛙寄りだ。とは、本人には決して言えぬと菊は心の内に秘めておく。

 白に近い水色の髪は、菊とは対照的に短く何度か左右の髪が一房ほどずつ伸びている。傍から見たら、後ろだけ散髪したのはいいが左右だけ切り忘れてしまったんですか?と指摘されても仕方がない髪型をしている。

 ちなみに左右の髪は胸にかかる程伸びているため、鋏があったら切りたい衝動に駆られてしまう。

「馬鹿とはなんじゃ!無駄に身長の高い菊に言われたくないんじゃ!」

 絶賛語尾に「じゃ」をつける口癖を使用中の雪霧。普段から着ている白のワンピースがひらひらと揺れ動いているが気にはしない。たとえ風で下着が見えてしまう状況になったとしても動じない。それが嫌ならワンピースを着る資格はない、と突っぱねてしまうのが関の山。雪霧から言わせれば、よくミニスカートを履いている人に下着が見えてしまったとか変態な目で見てしまったと言うと凄まじい(さげす)みの目で返されてしまうだろうけど、それに対してもミニスカートに足を通した時点でそれを受け止める度量を持てと人差し指をさしながら叫ぶだろう。

 それはともかくとして、そうして()りもせず菊の肩ぽん制覇(せいは)を狙う雪霧。

「ちょ、カメラずれんだろうが!分かった分かった、少ししゃがんでやるから」

「情けはいらぬ!」

「受け取れや!俺の写真のためによ!」

「菊と我の身長差は約三十センチ。ジャンプすれば一応は届くのじゃが、呼ぶための優しいソフトタッチ肩ポンとは程遠い・・・・。じゃからどうすればそれが可能となるか、今から考えるのじゃ!」

 口癖を飽きたら変える雪霧。もうそれは口癖ではないのではないかと思う。キャラ作りもいいところなのだが、雪霧は何もない己の言葉に我慢が出来ない。何かしら語尾やら口調やらを変化させなければ落ち着いて会話も出来ない、そんな女だった。

 しかし、そんな彼女でも、一人称は「我」で統一していた。

 昔は「私」だったのだが、「我」の方が格好いいとの事で決定した。なんとも安易で安直で簡素な理由だが、本人の自由なのでそこはそれで話が終了している。

 そして今、菊――身長百八十三センチ、雪霧――身長百五十三センチ。差にして丁度三十センチの壁をどう乗り越えるか、勝手な攻略法を打ち出そうとしている。

 そもそも、肩をぽんっと叩くより、ぽんぽんと軽くタッチする方が呼び止めるという意味においてはしっくり来る感がある。もっと分かりやすく言うと、される側からすれば後者の方が気分的にはマシというだけの話。なのだが、そんな事、雪霧が気付けるわけも無く。

「なんでそうも肩ぽんに(こだわ)んだよ!声かけの何処が嫌なんだ」

「だって、菊よくイヤホンで曲聴いておるじゃろ?前は声をかけておったんじゃが、イヤホンから流れる曲で元より我の声が届くわけもなく。じゃから動作で訴えることにしたのじゃ」

「あ、俺のせいだったわ。百パー俺が悪いな。雪霧ごめんな?」

「分かればいいんじゃ、分かれば。何か菊に勝利した気分じゃ」

「文字通り勝ったな。んでどうしたいんだ?写真撮るのに集中したいから一緒に考えてやる。一々台に乗るわけにもいかないからな。かといってさっきみたいにジャンプは駄目なんだろ?」

「タックル・・・、という線もなくはない」

「肩ぽん捨てんな。だったらジャンプを有りにしろよ。馬鹿」

「あと一回、その単語を口にしたら、タックルするから。思い切り助走をつけて・・・じゃ」

 人差し指を立て、ぐぐぐっと菊の方へと突き出す。ついつい本音が出てしまう菊は、急いで口を塞いだ。効果はゼロだが、相手への誠意としては上出来だった。

 そして議題は「肩ぽんをいかにソフトに出来るか」に戻る。

「ごほん。んで、他に何か案はあんのか?結局、俺と雪霧は三十センチも差があるんだし、何か棒でも使わない限り無理なんじゃないか?」

「棒か・・・。棒というのはいい案かもしれん。だがしかし、そんなものを毎回毎回持ち合わせているわけでもないし・・・・嗚呼、そういえば一つある」

「それだ?」

「ほれ、たまには学校の先生が持っている、折り畳みというか縮めるというか、黒板を叩くあれじゃ」

「もしかして指示棒の事を言いたいのか?授業でたまに使っている先生がいたな。まぁ、はっきり言ってあれを持ってる先生って実際に見るのは精々一人か二人だったな」

「それそれ。しかも持ってる人って背が低い人か、黒板に一気に文字を書き連ねてその後は同じ場所に立って動かない完全解説に徹する授業法の先生だけじゃったし」

「あー、谷口先生ね。最初の十分に黒板を映させてあとは聞いてるだけだったから覚えやすいというか、集中しやすい授業だったな」

「そうそう。とても寝やすい授業じゃった。先生の解説がまるで子守唄のように聞こえて、眠気を抑えられんかった」

 高校の世界史担当の谷口先生。授業の殆どが先生の話を聞くだけだったので、皆寝る暇もサボる暇も与えられなかったのだが、雪霧はそんな中堂々と寝ていたのは記憶に新しい。

「谷口先生の悔しそうな顔が思い浮かぶな・・・・」

「それよりも、珍しく授業中寝てしまった菊を先生が指示棒で叩いた瞬間、鋭い眼光で睨み付けながら先生の指示棒をへし折った時の先生の悲しそうな顔の方が思い浮かぶの」

「うぐっ・・。あ、あれは仕方がなかったんだ。前日徹夜でお前の作業に付き合ってたせいで無理だったんだ」

 徹夜作業、内容――ドミノ。

 雪霧の家に泊り込み、次の日の登校直前まで作業させられていた。

「む。我のせいにするか」

「飯も食わずに睡眠も取れずに限界だったぞ、このば・・・・・・・・どアホ!」

「なっ!タックルを回避じゃと!それほどの怒りの中でも未だに冷静じゃと!」

 この際、意味は似たものなので、タックルをしても良いのではないか。昔からドミノ製作が好きな雪霧だが、自分の部屋で小さく作ってくれればいいのだが、家中にドミノを並べる癖があり、その製作に菊をも巻き込むのだから困ったものである。

「つーか、何であの時、俺一回目の居眠りだったのに、常習犯のお前より怒られたんだ?それは未だに納得出来ん」

「そんなもの、先生の指示棒破壊したんじゃから、器物損壊罪として一度怒られただけなのじゃ、安いものじゃろ」

「はーん」

 きっと長年一緒に授業をしてきた相棒だったのだろう。あの時の谷口先生は、相棒を失った悲しさと、守ってやれなかった悔しさで一杯だったに違いない。

「はぁ、何か他にないか?ちょっと知恵貸せよ、甘海」

「んに?」

 雪霧と話し合っても解決策は出ないと確信した(それ以前に昔話に花が咲きそうで怖い)菊は、後ろを振り向き、もう一人の連れに声をかけた。ピクニック感覚で芝生の上にシートを広げ、その上で胡座(あぐら)をかいている少女。

 ちなみに、この場所は遊具もない自然オンリーの公園として存在している。菊達が居るのはその公園内の芝生であり、目の前には三巣桜が堂々と立っている。その芝生から五メートル程後方には、屋根付きの休憩所があり、そこには椅子やテーブルが用意されている。しかし、菊達はそんな人工物に(まみ)れに来たわけではなく、自然に包まれに来たわけなので芝生にシートを敷いて(くつろ)いでいるのだ。

 補足だが、この公園にはしっかりとゴミ箱も用意され、トイレも設置されている。こう言っては悪いが、公園のトイレ=虫いっぱいで汚れているというイメージがある。しかし、そこは観光地。しっかりと清掃され、和式の使い方を知らない外国人や子供のために洋式を取り付けている気配り用。

「んに?ではなく、まず胡座をやめたらどうだ?つーか、花見にケーキワンホール持ってくんじゃねぇよ。聞いた事ねぇぞ、しかも一人で食ってるし」

 宮内甘海(みやうちあまみ)。菊と雪霧の親友にして胡座をかいている女性。白のブラウスに胸元には緑のリボン、膝上までの薄紫のスカートに黒タイツ。いくらタイツを穿いているからといっても、堂々とし過ぎである。別に女性が胡座をかく事自体に文句を言っているわけではない。むしろ、そこに文句をつけていたら、男女差別など色々とバッシングを受けそうだ。そうではなく、要ははだけたスカートを少しは気にして、整えるくらいはしてほしいというだけだ。

 だがしかし、それは些細なものに過ぎない。問題はそれだけではないからだ。

 甘海が手にしているもの。わざわざ胡座をかいて足の痺れを回避するだけではなく安定感を保っているそれは、とても花見には似つかわしくない、いや、異様な雰囲気を醸し出している。そういえばこんな言葉があった。『花より団子』。その団子を、これ程大々的に匂わせる女性は、中々に珍しいのではないだろうか。

「何?花見でケーキを食べちゃいけないってルールでもあるのん?」

 ワンホールケーキ。しかも六号のケーキをすでに一人で半分も征服している甘海。口にフォークを咥えたまま、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく菊に返答する。

「いや別にルールはねぇけど限界があんだろ・・・・。お前のその姿がすでに三巣桜よりも名物になりそうだぞ。別の意味でな」

「そうだねん。こりゃもう撮影料を頂いてもいいんじゃないかって思っちゃうよねん。こう見えても私、高いのよん」

「いや知らねぇよ、ケーキ代が高いのしか知らねぇよ・・・。・・ッ!?っておい!俺が持ってきた茶右衛門の抹茶ロールケーキは!苺の果肉入りホイップが抹茶の生地に合って超うまい俺の抹茶ロールケーキ、一ロールここに置いといたよな!?」

 本日の花見にはそれぞれスイーツを持ってきてシェアしようという約束だった。なのに菊の持参した抹茶ロールケーキの入った箱が見当たらない。甘海は結局持参したケーキを一人で食べているし。雪霧にいたってはその約束自体頭から抜けていたらしく、ノー持参。頭が良いのか馬鹿なのか間抜けなのか計算してなのか分からないが。

「ん?あれ?私への供物かと思って食べちゃったよん?さすがは抹茶菓子専門店の作る抹茶ロールケーキだねん。すっごくおいしかったよん」

「はァあ!?何してんだてめぇ!あれ買うのに俺九時に行ったんだぞ!!?」

「何を言うのん!私だってこのケーキ買うのに十時半に行ったんだよん!?」

「知ってるよ!?俺の運転で店まで行って、買うのにも付き合ったんだからよ!つーか、その前にお前ら二人起こしに行ったんだがな!!俺は!!?」

「ありがとう、お礼にこの食いかけの苺ケーキを贈呈しようぞん」

「ノーサンキュー!!?」

「のぉ、菊。いいものを見つけたのじゃ」

「いって!!ああ!!?」

「この自撮り棒を使うというのはどうじゃ?これで軽くタッチすればいいじゃろう」

「じゃあ何で今それを実行しなかった?チャンスだったじゃねぇか?」

「・・・・・・・・はッ!!!?」

 どこから持ってきたのか、いやきっと甘海から借りたのだろう自撮り棒を自慢げに見せてきた雪霧だったが、折角の実験機会を逃してしまった。本当はこいつ馬鹿だ。

「お前やっぱり・・・・うん。いいわ。というよりそれ俺に貸してくれ。ちょっと拗ねたい気分」

「?何に使うつもりじゃ?まさか抹茶ロールケーキの復讐としてこれを折る気!?」

「しねぇよ!その事件は脳から消せ!こいつの本来の使い方すんだよ。あと雪霧、もう肩ぽん諦めろ」

「どうしてじゃ?」

 菊は雪霧から自撮り棒を受け取ると、自分のスマホをセットする。半分開いた紫の瞳でそれを見つめていた雪霧は「で、どうしてじゃ?」と、再び問いかけてきた。髪を引っ張りながら。

「痛い!もうお前!何をするにも俺の髪を引っ張るんだから、もうそれでいいわ!?その方が楽だ!いや楽zたねぇけど、慣れてるからもうそれでいいわ!」

「おー。髪を引っ張られると痛いのか」

「知らなかったのか!つか、普通に分かんだろ!」

 ちなみに、今迄で一番痛かったのは、ポニーテール時にジャンプまでして引っ張られた時。

「それはすまん。我は昔からこの髪型じゃから、長髪の気持ちはイマイチじゃ。そもそも髪を引っ張られた経験が少ないというかほぼゼロに近いから、のぉ」

「菊は女の子より長いんじゃないん?男の子だからこそ、引っ張りたくなっちゃう気持ちは、分からなくはないわん?んむっ」

 パクリっと、ケーキを次々と口に運ぶ甘海。一応は二人の会話を聞いてはいるらしく、適当な所で口を挟む。ケーキの残り、あと三カット分。

「うるさい。甘海は後で俺に何か(おご)れよ、抹茶ロールケーキ食った(つぐな)いとして」

「はーい」

「イカ焼きな」

「甘味以外は却下」

「なんでだよ!好きに選ばせろや!これ以上は甘いもんいらねぇよ」

「え?後であそこの店のたい焼きを食べようと思ってたんだけどん」

「・・・・たい焼き」

 甘海が指差す方向に雪霧も振り向く。女子は甘いものに弱いとはよく言ったものだ。逆に菊は胸元を抑えた。なにせ先程から甘海がケーキを大口で食べ進めていくのを見ていた(見たくはなくとも、勝手に入ってきてしまう虚しさ)ので、胸焼けを起こしていた。

 そもそも、抹茶ロールケーキに続き、ワンホールケーキ(六号)を一人食いとは、甘海は化物だと菊は引いていた。

「いいのん?あそこのたい焼き、抹茶餡入れてるらしいよん」

「三匹頂こう」

「甘いなぁ~ん。十五匹がいいに決まっているじゃないん。猫目なんだからもっと欲を持って魚を(むさぼ)りなよん」

「甘味のみ暴食するお前と一緒にするな。三匹で十分なんだよ俺は。それと猫目だからってイコール猫じゃないからな」

「確かにきっくんは猫っていうよりは犬寄りだよねん。でもツンデレという部分ではやっぱり猫かなん」

「どっちでもいい・・・・。とりあえずたい焼きは四匹な」

 一つ増やしたと甘海はそれでも欲がないなと、ケーキを大口で食すと両手を合わせた。いただきます、ごちそうさまでした、の挨拶は忘れない。

 フォークについた生クリームを綺麗に舐め取ると、鞄から包みを取り出す。コンパクト収納された食器セットだ。スプーン、フォーク、ナイフ、箸が二セットずつ入っており、甘海は使い終わったフォークを元あった場所へ戻す。しかし何故かスプーンを取り出すと、パクリと口に咥えた。まるで棒付きキャンディでも食すが如く、何の躊躇も不自然さも与えず、当たり前に極自然な動きで口に咥えた。

「ふむ。相変わらず可愛い食器じゃの。オーダーメイドじゃったか。持ち手が棒じゃから、本当に飴に見える」

 食器を片付ける甘海を見遣りながら雪霧が呟いた。

 甘海の食器は友人に勧められて作ったオーダーメイド。スプーンから始まり、フォーク、ナイフ、箸が二セットずつコンパクト収納されている。スプーン以外は通常の銀食器なのだが、スプーンの皿上部分にだけ簡易な猫の顔が彫られ、先端には耳もついている。もちろん怪我防止で丸めて作られている。ちなみに持ち手は全ての食器が細い棒状になっており、口に咥えると棒付きキャンディを舐めているように見える。といってもよく見れば銀なので、気付きやすいといえばそうだが。

「えへへ、持ち歩ける食器って中々いいもんだよん。別に潔癖ってわけじゃないんだけどん、この猫スプーンを手にしてしまったら、もう他のスプーンとは浮気できないよん」

「だからって普段の生活から口に咥えることはないだろう」

「んー?だってこうして咥えてた方が、甘味がすっと食べられるじゃないのん。楽よん?」

 楽といってもこの猫スプーン含め、オーダーメイドした銀食器は甘味のみにしか使用しない甘海。ナイフもフォークも全て甘味にのみ使用する。そう、甘味のための、甘味だけを食すための、甘味専用銀食器なのである。・・・・というのはどうでもよく、それよりもまず気になるのは、甘海が四六時中猫スプーンを咥えている事だ。一々鞄から取り出して使い終わったら仕舞ってを繰り返すのが面倒らしく、一番使用回数が多いスプーンをずっと咥えているのだが、いつも周囲から異様な目で見られるのは言うまでも無い。母親からは転んだ時に喉に刺さる可能性があるからやめるようにとも言われているが、そこで止める甘海ではない。

 元々大量の甘味を暴食する甘海は周囲からの目を引くところはあったが、しかし、そんな少女が「いただきまーす」と上機嫌で手を合わせた後に口からスプーンを抜き取ったら異様としかいいようがないだろう。

「確かに楽かもしれないじゃろうが・・・。我らはもう見慣れたから何とも思わんが、先程から奇異の瞳で見られているのは気になるところじゃな」

「まぁこんな所でケーキ食べてれば物珍しさで見るよねん。でも、私だけじゃなくて、きくりんのその長い髪も十分目を引くものじゃなくてん?」

「むっ」

「うん、確かにあるかもじゃ」

「え、そんなにか?兄さんも長いからこれが普通だと思ってたんだけどな」

「お兄さんに会ったことがないから分からないけどん、長いよねぇん。三巣桜と並んでみたらん?」

 別に並んでもどうともならんだろう、と菊は呟いた。適当に言葉を投げてくる甘海に対して嘆息を吐いた。

 兄弟共に長髪なのは初情報だが、長い人なんてどこにでもいるものだろうと思い続けてきた菊。確かにいるにはいるが、大抵肩を少し過ぎるくらいだろう。中々腰までの長さの男性は見かけない。バンド活動をしているとかはっちゃけている方でもない、ただただ普通の一般人であるは、甘海同様周囲から視線を集めやすいらしい。といっても、やはりこちらも自覚はないらしい。

「でも菊の髪、さらさらで好きじゃ。たまにパスタと間違えそうになるけど」

「嬉しくねぇし、パスタと間違えるお前の目は腐ってるな」

「私は栗きんとんとかカステラだねん」

「色だけじゃねぇか!そんでどっちも食いもんか!そんなに俺の髪はおいしそうなのか!」

「「うまそう」」

「・・・・・。俺ちょっと三巣桜撮ってくる・・・。甘海、これ借りるわ」

「あいー」

 菊は甘海の自撮り棒を手に、逃げるように走り去っていった。自撮り棒なら少しはマシな写真が撮れるのではないかという期待を込めて。

 菊を見送ると雪霧は甘海の横に腰を下ろす。持参した苺牛乳を鞄から取り出し、平然と飲み始める。

「雪霧はたい焼きを何個にするん?」

「私は餡子の一つで」

「皆小食だなん。もっと食べればいいのにん、私の奢りなのよん?」

 珍しく、というより甘いものは皆で食べようというのが甘海という女であり、そして甘味であれば胃袋をダークホールへと変貌させるので、周りの極一般的な量は少なすぎると感じるらしい。

「今の時点で約二千五百キロカロリー以上摂取している甘海は、あと何千キロカロリー摂取するつもりなのじゃ?奢りは嬉しいが、私は一つで十分じゃ。我には苺牛乳があるからの」

「ん?まだ午前だからねん。詳しくは答えられないよん。というより、私のことを言う雪霧は、一体何リットルの苺牛乳を体内に取り込むつもりなのん?」

「質問を質問で返さないで。私の苺牛乳は一日二リットルのを二箱空けるだけと決めておるのじゃ。我は甘海と違って運動は嫌じゃから」

 よく宮内甘海(みやうちあまみ)は、甘味のみ暴食するといってもスタイルがいいという噂が立っていた。もしかしたら暴食しているというのは嘘なのではないかと言われるが、実際その姿を見てしまったら数分前の己の発言に悔いることになるだろう。

 甘海のスタイルの善し悪しは知らないが、しかし、ダイエットという名のトレーニングは毎日行っている。甘い物大好き=太っているという、先入観を持たれたくない乙女心。デブだから食べ方も汚いのだろうという先入観をも持たれたくなくて、食べ方が綺麗に見えるようにするのと同じだろう。

「こう見えて毎日夜に腹筋五十回と朝にはジョギングをしているからねん。ムキムキは嫌だけどん、お腹はやっぱり気になるしん、足を鍛えていればいざ美味なるお店に向かう時に歩きでも迅速に行動できるからねん」

「その情熱を、もっと他のものに少し分けてやってほしいものじゃな・・・・・・」

 甘味以外で特に動こうとしない甘海。デザートがおいしい所でないと、外食に誘っても動こうとも、興味を示そうともしない。という雪霧も特に外食を好むわけでもないが、甘海を連れ出すのには一苦労をするらしい。今後とも、雪霧の苦戦は続きそうだ・・・・・なんて格好良く締め括りたいものだが、結局はそれに白旗を即行揚げる雪霧を動かしつつ、甘海も吊り上げようと試行錯誤する菊が、一番の苦労人であることをここに明確とした事実として伝えておく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ