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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
一日目~ショッピングモールの話~
20/53

第四章4 『締め括る夜』


  4(AM 01:20)


 カシャ。

 たった一回のくぐもったシャッター音。

 最小限の音量にするため、親指でスピーカー部分を力強く押さえる。そうしなければならなかったからだ。

「ふぅ、良かった~。起きなかった!俺のミッションはクリアだぜ!」

 たった一枚の写真撮影でやり()げた感を振り()く祥。

 横では蛍がスマホを両手で持ち、ジッとしていた。

「静かになさって下さいまし。私はまだ撮影中ですのよ」

「はは。くじ運のない自分に恨み言を言うんだな!つか、母の課題をこうして兄妹(そろ)ってクリアしようと・・・なんかこれはこれでレアな体験なんじゃっ!普段は騒がしいだけの母に感謝だな!」

 その一言は全て手の中に収められているから余計な発言は控えた方が、と発言しようとしたが、蛍はやめた。それはそれで面白い展開になりそうだと判断したためだ。

 二人の行動は本来、訴えられれば盗撮の罪に問われてしまう類のもので、写真、動画ともう言い逃れのしようもない状況なわけで。それはともかく。今回において、夜更かし&テレビゲームの許可をもらうため、対価として柳静の寝顔&動画で手を打つよう母親と交渉した室弥兄妹。

 本当はゲームを終え、布団に入った所で撮影と計画をしていたのだが、なんとも珍しく、普段ソファで眠らない柳静がクッションを枕に寝息を立ててしまっていた。コントローラーという小道具を片手で握り締めたまま。もうこれはシャッターチャンスだろうと、室弥兄妹は無言でスマホを取り出し、今に至る。

「それにしても、柳静様。結局、お兄様がストックした赤い帽子のおじ様を、九十七回も殺害しましたわね」

「しかも一面もクリア出来ずに、ただ無下に殺人を起こしただけだしな。一歩目でク○ボーと正面衝突による死亡が二十三回。ジャンプ中に亀と激突、または自分で転がした亀が戻ってきての巻き込み事故による死亡、十七回。残りは全て身投げか・・・・・」

「よく細かく教えていましたわね。さすがお兄様ですわ。気色が悪い、という意味で」

「ぐふっ!」

 祥は心の中で吐血した。ほぼ無意識下でカウントしていた事への毒舌を、素直に受け入れられなかったようだ。

 そんな兄の心など知らない蛍は録画を終了させると、さっそく母へと送信した。

「思ったのですが、柳静様はパーティーの方がよろしいんじゃございませんの?ミニゲームでしたら多少はお出来になるかと・・・・」

「えー。パーティー?しゃあねぇ、今度買っとくか・・・・」

 確かに機械音痴故に、テレビゲームすら苦手である柳静にとって、皆が当たり前のようにプレイ出来るマ○オも難しいのだろう。きっと柳静にとって、初めのステージ一の一がラスボスと同等の難易度と感じているに違いない。

 しかし、恐いのがプレイ中自分の操作下手なせいで、分身であるマリ○がどんどんストックを失っていくというのに『あ、落ちました』『衝突事故です』『回転物は危険ですね』『亀にも負けますか』等と呟きながら無表情のままプレイ続行していく柳静の姿だった。少しは罪悪感というものを感じて欲しいと、隣でステージの進み方を指示していた祥は、次々と召されていく己が(たくわ)えた可愛いストック達に、柳静の代わりに冥福(めいふく)を祈った。

 そんなこんなで蛍が提案したミニゲーム満載のボードゲーム。簡単なミニゲームの集合体で操作も単純なので、柳静も楽しめるだろう。その方がマ○オのためにも、柳静のためにも、自分のためにもなるだろうと、祥は蛍の意見を採用する事にした。

残念ながらパーティー系は持ち合わせていないため、祥は今度といいつつ、さっそくネット通販サイトを開き、検索を開始した。いつも一人でゲームをし、それを後ろから母や蛍がチクチクと精神攻撃をしてくるという形でプレイしてきた祥。お陰様で、戦闘系ゲームは友人達の中では上手い方である。家族で一つのゲームを、というのは未だ手を出せず、そのためボードゲーム系は一つも持っていない。

「ついでにコントローラーも増やしとくか。どうせやるなら蛍も参加な!んで、俺と同じチー・・・・・」

(わたくし)はコンピューターとチームを組みますわ。もちろん強さも”強”で」

「何でだよ!ここは柳静を強いコンピューターと一緒にしてやんのが優しさだろ!」

「珍しく分かっていませんわね、お兄様。あの柳静様が、自分勝手に行動するコンピューターと協力プレイなど出来ると思いますの?絶対にイライラして、折角購入した新しいコントローラーを亡き者にするに決まっていますわ!」

「はうっ!確かに・・・。その可能性を見落としてしまった・・・。くぅ・・・、し、仕方がない。蛍と同チームは、二人だけの時間にでも・・・・」

 きっと家族でプレイしたところで、母と蛍でチームを組んでしまうに決まっている。最強タッグの誕生を機に、父と組んだ自分をコテンパンにするため、ありとあらゆる精神攻撃を仕掛けてくるだろう。全く、想像するだけでも恐ろしい。

 そんな恐怖に身を震わせつつ、祥は購入手続きをした。今はただ、蛍と同チームになった妄想で顔をにやつかせ、気色の悪い表情を披露することしかできない。ついでに母へ、柳静の寝顔を送信しておいた。珍しいパジャマ姿を、きっと生で見たかったことだろう。

「さて、私はそろそろ御暇(おいとま)いたしますわ」

「ええ!?早!お兄ちゃん一人にするつもりなの!?」

「その前に激しく腹が立ちますので、そのポーズ止めていただけませんの?」

 すとんと床に座り込み、足を揃え、(あご)に手を当て、潤んだ瞳で蛍を見遣る祥がいた。

 乙女でも一度した事があるかないか不明なこのポーズを、二十五にして、大の男が、堂々とやり遂げた。ある意味凄い。ナルシストなのか、乙女なのか。ただのウザ過ぎる奴なのか。

「え、そう?これ俺のお気に入りの格好、ベスト十に入るやつだぞ」

「そんな役にも立たないどうでもいいランキングは、心の底からどうでもいいですの」

 二回も言った・・・・。

「つか、俺との折角のイブニングをあっさりエンドロール迎えていいのか!?たまには!お兄ちゃんと!!遊べよ!!?あぐッ!!??」

「お、お兄様!?」

 全力の本音トークをし終えた瞬間。

 祥の左脳は激しく揺さぶられた。

 ごとん、と転がるのは青色のコントローラー。コードで繋がっている為、落ちた際に本機へと引き寄せられるかのように、バウンドしながら転がっていった。

 兄妹のやり取りにいきなり水をさした物体に、しばし祥と蛍は固まっていた。祥は痛かったのか、頭を両手で抑えながら涙目になっていた。さすがの蛍もこの状況ばかりは兄を心配し、頭を擦ってやった。

 すると、横から・・・・。

「うる・・・さい・・・・」

 恋愛アプリならば女性が喜びそうな低音ボイス。たったの四文字なのだが、それだけでも聞き入ってしまう声。

 兄妹の声で折角の眠りを(さまた)げられた、柳静の声だった。

 祥と蛍がそちらに顔を向けた頃には、すでに第二破用なのだろうか。起き上がった柳静の手にはすでにミッションが握られていた。

「一度のみならず二度までも・・・・。私は眠りが浅いのですよ・・・。騒ぐにも程があるでしょう。貴様も・・・・・・いい加減・・・眠れ!!?」

 ブフッツ!?と、クッションが顔面ヒットした音は、何とも優しく、攻撃性の高いものだった。

 それが計五回も食らわされたのだから、その後の事は語らずとも良いだろう。

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