第四章3 『締め括る夜』
3(PM 23:05)
三人は別行動をしていた。
蒼羽は、散らかしっぱなしで、食事のために一時等身大の鏡の前に避難させていた服の片付け。
柚緋は、自室で蒼羽の分を含めたウィッグの手入れと明日の服決め。
爽磨は、食器の後片付けと明日の朝食の献立を考えていた。
結局、夕食のクリームチーズパスタは(最終的にクリームパスタになってしまったのだが、蒼羽にはばれなかった)、アボカドの存在感に嫌がっていた柚緋が、感動し始め食べ進めていく内に次回の予約までする事となった。食わず嫌いというのは本当に恐ろしく贅沢なものだ。といっても、爽磨の料理がレベル上げられていたため、双子はおいしく頂けたのだが。
そんな食わず嫌い&変なこだわりがあるくせに食べられればなんでもいい矛盾な双子を満足させるのも、結構なプレッシャーを抱えるため献立一つ考えるのに苦労するのだ。
「・・・ん。なぁ蒼羽」
「なんやの?」
「朝食はパンとスクランブルエッグにするとして・・・、昼はどうする?何でもいい以外で」
「ん。どんなんでもええよ」
「言い方変えんな。一つくらい提案しろ」
献立を決める際、一番困る一言は「何でもいい」だ。一番腹が立つ言葉である。意見を出さないくせに、いざ作ると文句や、別のが良かった、なんて言ったら戦闘モード確定。
一応、三人の中で料理担当を任せられているため、双子の健康や食事バランスは気にしているのだが、好物も取り入れていかなければならない。
「じゃあ、麻婆豆腐がええなぁ。辛口の」
「・・・好きね。麻婆系。いいよ、じゃあスープは卵スープにするか」
「コンソメ?」
「鶏がら。嫌?」
「いや、どっちも好きやで。大歓迎や」
「そ」
爽磨は言うと、冷蔵庫から必要な食材を探し始めた。もうキッチンの主と言ってもいい(他人の家だが)。
足りないものは、明日双子が各自指令を実行中に行くことになるため、しっかりとメモをしておかなければならない。食費は爽磨の両親も出しているが、最近では双子の両親の食事も作っており、食費も専用財布で用意されているため、安くて美味しいもの、も頭にいれておかなければならない。
「・・・・ん、野菜結構あるな・・。というか、何、この皆半分ずつ残ってはまた新しいものを使うっていうシステム・・・。人参だけで半分のが三つもあるんだけど・・・・」
野菜室を開けた瞬間、目に入ってきたのは野菜達の無残な姿。人参は二分の一のカットのものが三つ。玉ねぎは半分カットのものや四分の一の欠片がそれぞれラップに包まれていた。大根はというと、何故か葉と真ん中部分だけを使用したのだろうか。サキとクビの部分だけが残されていた。
「母さん、雑な部分があるよって、今に始まったことやないやろ?」
「・・・・・・確かに調味料や分量を超適当に入れて調理する部分はあるし、フライパンには洗い残しがある事が多いが・・・・」
「姑の台詞みたいやね、それ」
「そんな事はどうでもいい・・・・。これは、そういうのでは片付けられない、いや・・・・片付けてはいけない事柄であって・・・無礼にも程があって・・・・」
ぶつぶつと小言が止まらないが、とりあえず冷蔵庫を閉めた。長時間の開けっ放しは冷蔵の意味がなくなり、尚且つ電気代が掛かってしまう。
爽磨は深いため息を吐く。キッチンに備え付けられているカウンターに座り込むと、荒れた心を落ち着かせるために、献立を改めて考えることにした。
夕食は双子の両親の分も作らなければならない。が、今の問題は、あの野菜達をどう使い切るか、だ。状況を見るに、これ以上放置しておくと腐る。確実に。
「・・・ふぅ、節約とか、そういう話じゃないな、これ。夕食は豪華になっちゃうけど、食材の無駄は料理をする者にとって一番やってはいけない事・・・」
小言再開。気持ちを落ち着かせるためにしているはずの献立決めに、いつしか、怒りのオーラが覆い始めている事に、蒼羽は背筋を震わせた。
「ん?どないしたん蒼羽。手ぇ止まってんで?何しとんねや」
沈黙に耐え切れそうになかった蒼羽にとって、グッドタイミングで一階に下りてきた柚緋。
ウィッグの手入れを済ませてきたのか、腕まくりをしたまま、まだ片付けていない蒼羽の隣に座ると自然な流れで手伝い始めた。もう慣れっこなのだろう。
「いやな。母様が食材をなんや雑言うか、中途半端言うか。余りがあるのに新しいの使うてはまた余らして、また新しいのって・・・・ああややこしいわ」
「つまり何や」
「つまり、食材を大切にしてへんかったんよ。それを爽磨が発見してしもうてイラついてはるんよ。見てみぃ、独り言恐いわ」
そういうと蒼羽は、指を差すのは恐いのか目配せする。それに大人しく従う柚緋が視線を向けた先、メモ紙に向かい明日の朝、昼、夜の献立を考えつつも食材に謝罪したり、明日おいしく生まれ変わらせてあげるからな、と冷蔵庫に手を振る爽磨がいた。
「・・・・・・・・・、明日、爽磨に説教されるんやろな。母さん」
「まぁ、こればっかりは仕方がないわ。完全に母様が悪い」
「一応父さんには伝えとくか。恐怖に怯えて帰ってこればええねん」
柚緋はポケットからスマホを取り出すと、さっそく父にメールを送信。
パーティー中にも関わらず、すぐに返信が来た。多分写真でも撮り合っている最中だったのだろう。酔ってまたどこかに紛失、という事だけは避けて欲しいものだ。
「なんて?」
気になったのか、蒼羽は柚緋のスマホを頬同士をくっ付けるようにして覗き見てきた。柚緋は気にした様子もなく、内容を読み上げる。
「母さんには明日土下座しないと夕食にはありつけぬ、って伝えとくわ!楽しみが出来てわくわくするわ」
ついでにと言わんばかりに、もう伝えたのか、妻の恐怖で慌てている様子を撮影した写真が添付されてきた。
「なんであんたも楽しそうやねん!恐怖ちゅうよりも意味不明やけど焦らなあかん状況にテンパってるやん!我が父親ながらえげつないわ!」
「きっと日頃の少しばかりの復讐と、酒の勢いもあったんやろうね」
「嗚呼。そういやこの前、父さんの苦手な子犬飼いたい言うてペットショップに無理くり連れてっとったな。あれか」
「そうそう。結局、ペットショップで失神した父さん担ぐ羽目になって、僕としてもいい迷惑やったわ」
「お前途中でバテて、役に立ってへんかったけどな」
「ま、まぁ・・・。とりあえず、あの二人にはまず、明日の朝二日酔いが待ってはるやろうね」
両親に対して嘆息する双子。
直後、後ろから声がかけられた。
「・・・・・・柚緋。蒼羽」
「「はい!!」」
名前を呼ばれただけなのだが、双子は素早く立ち上がった。
「え・・・・いや、なんで立ったの?」
「「な・・・なんとなく」」
「あっそ。明日、野菜尽くしでもいい?夕食だけど」
「「喜んで!!」」
「そう、良かった。まぁ、メインはシチューにするから安心してよ。昼は麻婆ね」
「「マジか!手伝わせていただきます!」」
「・・・ん、よろしく」
双子のシンクロ率に爽磨は軽い拍手を送る。一方で双子は大好物が昼夜と続くことに歓喜した。母のおかげで思いもよらぬ事態へと展開した事に、ガキのようにはしゃぐ大の男が、ここに二人いた。
「ま・・・・サラダにトマト。炒め物に茄子が入るんだけど・・・・な。知らぬが・・・幸せ」
数時間後、双子は天国の中で過酷な試練を受ける羽目になる。
しかし、今は何も知らない双子。
全てを握るは料理担当の爽磨。
キッチンは、爽磨のテリトリー。反逆は、許さないと言いたげに、不敵に笑って見せた。




