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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
一日目~ショッピングモールの話~
15/53

第三章1 『○難去ってまた一難』


  1(PM 16:50)


 凪原柳静は襲撃を受けていた。

 相手は一人。

 一対一、なのだが、柳静は苦戦を強いられていた。

 こちらが攻撃しようとすれば、相手は一歩先を行き。こちらが防御をする前に連続攻撃を繰り出してくる。

 このやり合いはかれこれ十分以上も続けられていた。

 頭からは汗が流れ、拭いている余裕など全く無い。おまけに両手は手汗でべっとりしており、手に持つものを少し濡らしてしまっている。

 彼がこの状況に追いやられたのは、細かく言えば十七分前に遡る。


 以下回想。

 『洋和』で昼食を終えた祥、柳静、蛍は、母の頼まれ事を済ませる侑李と別れ、同ショッピングモールの一番南側に位置する食品売り場に訪れていた。

 夜中に帰宅をしてくるであろう両親の分を含め、夕飯の買出しをするためだ。

「本来でしたら昼食を外で済ませてしまいましたので、あまりお金を使わない方向でいきたいのですけれど」

 買い物カゴを持ち、野菜コーナーで品定め中の蛍が一言。

 室弥家の二人目の母となり、高校生から家計簿をつける際の助手を務めている蛍にとって、「外食をしたら次は質素なものを」、というのが口癖になってきてしまった。

「仕方がないさ。冷蔵庫にうどんと卵と大根がちょっとだけなんて、質素を通り越して何も出来ないよ」

「いえ、調味料はありますから出来無い事はありませんのよ。問題はそれらが二人前しか残っていないということですわ」

 自宅を出る前、しっかりと冷蔵庫の在庫チェックを清ませてきた蛍。本日の夕食は家族四人分プラス柳静の計五人分用意しなければならない。

「申し訳ありません。そんな時に私まで・・・・」

「いいえ。柳静様が謝ることはありませんの。今日は折角のお休みを頂いてしまいましたので、お礼をしたいんですの」

「折角のっていっても、こいつは年中休みだけどな」

「お兄様は口をお閉じくださいませ。それに、急な誘いでも早朝四時とは、失礼にも程がありましてよ?」

 そういうと蛍はカゴの中に、兄の嫌いな野菜を次々と投入していく(きちんと個数、値段、品質をチェック済み)。

「わ、ちょ!ごめんごめんごめんなさい!今日の献立を野菜炒めにするのだけは勘弁して下さい!」

 特にピーマンとキャベツを見た瞬間、祥の動揺は凄まじい。好き嫌いは誰でもあるとは思うが、野菜を全面的に嫌う二十五歳というのはどうかと思う。ちなみに、

「では、もうひとつの選択肢として、焼き魚はいかがですの?」

「ひゃっ!」

焼き魚と煮魚も嫌いである。

「相変わらず好き嫌いの激しい方ですね。贅沢の極みですよ、全く」

「やかましいわい!どうも苦手なんだよ。特に魚は骨があるし、焼くとパサつくし、煮ると柔らかすぎるし。あと、嫌いなんじゃなくて苦手なんだ。これ大きな違いだから」

「・・・・蛍。今日は焼き魚にしましょう。野菜はサラダとして」

「ナイスアイディアですわ、柳静様。そういたしましょう。私、魚コーナーに行って参りますので、ここで少々お待ちいただけます?」

 蛍はカゴを祥に押し付けると、魚を選びに駆け足で向かっていった。

「三月はブリが旬でしたわよね。大根も残っていますし、ブリ大根というのもおかずには良いですわね」と呟きながら。

 夕食は両親には酒のつまみも用意しなければならないので大変だ。

 一時カゴの所有権を獲得した祥はチャンスとばかりに、カゴの中から野菜を元あった場所へと返却しようとしていた。しかし、それはあっけなく、柳静という監視役に阻止されてしまった。

 その後、なんだかんだ祥が、自分の嫌いな野菜と、蛍が選び入れた魚を密かに抜きとろうとするが、失敗。

 本日厄日だ、と祥は夕食を複雑な気持ちで食す覚悟を決めることになった。


 回想終了。

 柳静はふと一時間前の出来事を思い出しつつ、普段あまり見せない素早い動きで、肩で右頬を撫でた。額から流れた汗を拭き取るためだが、その一瞬の隙をも相手は見逃さなかった。

 相変わらず衰えることのない連続攻撃は、防御不可能。

 今の柳静はただ繰り出される攻撃を受けることしか出来なかった。

 といっても、傷はない。

 体のどこにも傷一つ見つからない。

 では何を?

 そう考えるに至る前に柳静の手が、鳴った。

 ピロン♪と。

「くっ・・・・・・・・・」

 苦顔のまま柳静はそちらを向く。手の中には折りたたみ式携帯電話が。

 画面には、メール受信『五十七通』の表示されていた。


 以下回想二。

 買い物を済ませ、帰路に着くと、蛍はさっそく夕食の支度に取り掛かった。といっても夕食にはまだまだ時間があるので、とりあえず下処理を済ませる程度なのだが。

 その間、祥と柳静はリビングのソファにて、のんびりとくつろいでいた。

 買い物というのは中々に重たいものだ。車で来なかったことを少々後悔した。

 三月下旬とはいっても、生ものは傷みやすいことに変わりはない。だからといって数分で生ゴミ行き直行というわけでもない。

 が、今日はとことん不幸と厄がおもしろいほど複合している祥は、もしかしたら更なる不運がこの身に起こるのではないか、と恐れていたため全力疾走で帰ってきたのだ。

「・・・はぁ、・・・う、いやぁ。この寒い時期に冷たい麦茶がうまく感じられるなんて、お、おれ・・今日一・・・・幸せかも・・・」

 テーブルに用意された麦茶で、乾いた喉を潤す。小さな幸せに心も潤わしながら、祥は隣を見遣る。

「はっ・・・・はっ・・・うっぶ、・・ッ」

「いやお前・・・・、分かってたけどさ。体力無さ過ぎだろ・・・・・・」

「ぶぇ・・・・うぐっ・・・・・・」

 柳静は右手で口元を押さえていた。

 体力無し、運動神経無しの柳静にとって、祥に付いていくというのは、足のみでバイクについていくのと同等だ。しかも、途中で諦めてやりたかったが、柳静も買い物袋を持っていたため、休み事無く完走した。柳静にとってはマラソン並に思えただろう。

 今は呼吸を整えることに必死で、冷たい麦茶など、もう止めを刺されるようなものだ。

「そんな着物着てっから締め付け半端ねぇだろ。俺の服貸してやっから、たまには洋服着ろ」

「・・・・い、いえ。この程度、私は・・・・耐えてみせ・・・っる」

「いや顔真っ青だから!もう酸欠状態じゃん!精神は良くても肉体は限界だろうが!意地張ってないで脱げや!」

「なっ!ちょ、やめなさい変態!?げほっ!痴漢!」

「誰が痴漢だバカヤロウー!善良な人助けになんて冤罪かけやがんだてめぇ!」

 祥は柳静をソファの上に押し倒す形で馬乗りになり、帯を解こうと手を伸ばす。

 幼少期より着物を着用している柳静にとって、帯の締め付けによって呼吸が乱れることはない。自分なりに呼吸法と慣れで逆に洋服で生活する方が気持ちが悪くなるかもしれない。

 そんな事など梅雨知らず。祥は苦しさにもがきはするが、それ以上に慣れない洋服を嫌がり抵抗しているものだと思っていた。

 必死で抵抗をする柳静だが、元々体力がないためすでに限界に達しており、祥を引き剥がそうにも力が入らない。心から、もっと体力をつけておけばよかったと後悔した。

「冤罪も何も・・・、今貴女がなさっていることは、嫌がる女性に無理矢理関係を迫ろうとするストーカーと同罪です!」

「お前そんなに俺を刑に処したいのか!!?」

「いやっ・・・・やめ!やぁッ!」

「おい!気色悪い声上げんな!本当に冤罪がうま・・・・」


 カシャ


「・・・あ?」

 シャッター音。

 突如響いた音の方へ、祥は顔を向けた。

 夕食の下処理中だったはずの蛍が立っていた。

 しかも、スマートフォンを両手でしっかり持って。

「ふふ・・・。ナイスショット・・・・ですわ」

「何が!!?」

 妹の、よくやったと言わんばかりの表情とグッジョブポーズに、兄は得心がいかない。そりゃそうだ。

「いえ、お母様にそういうアレがありましたら、カメラに収めるようにと任務をいただきまして。柳静様には、お兄様がじゃれてきましたらそういった声で知らせていただくように、お願いをいたしておりましたので、撮り逃がさずにすみましたわ」

「お役に立てましたか?」

「ええ、ばっちりですの!」

 柳静と蛍は任務を達成したことで清々しい表情をしていた。いつの間に手を組んでいたのか。いやそれよりも。それよりも、だ!

「おい!勝手に話を進めんな!つか、あの声合図だったのかよ!いやそれ以前に何て任務娘に与えてんだ、母上様はよぉ!」

「仕方がありませんわ、お兄様。お母様はボーイズラブが大好きなお方ですから」

「特に、私達のような親友、若人、じゃれ合いからの発展。というのが好物だそうで。着物、敬語、不器用キャラが徐々に落ちていくというのも好みらしく、私は最高の逸材だと興奮状態で告げられておりました」

 何の恥じらいもなく、無表情に、当たり前のように悟って聞かせる柳静に、祥はその分倍の恥じらいに襲われた。

「やめろ!親の変態マニアック性癖を、何故友人から聞かされてんだ俺!さすが我が母上様だよ!偉大だよ!」

「いえ、もっと偉大なのは、そんなお母様に同人誌をプレゼントするお父様の方でしてよ」

「本当だな!もうやべえよこの家族!!?」

 室弥父は、愛する母のそういった趣味も含めて愛しているため、部下などにそういったものにまつわる情報を入手すると、すぐに購入し、プレゼントしていた。必ず「いつもお仕事ご苦労様」と愛の一言をプラスした手紙付きで。

 これぞ、シスコン兄と多少ブラコン妹を産んで育てた親の生き様よ。偉大すぎてこれ以上表現しようがない。

 何度か咳き込んだ後。ようやく息が落ち着きを取り戻した柳静は、特にツッコミもせず、納得だけすると、とりあえず済ませなければならない要件を告げることにした。

「ところで祥。いい加減に私から降りて下さい」

「は?・・・・あ」

 現在祥は柳静に馬乗りで跨っている状態。しかも、忘れていたが、柳静の帯に手をかけている事もプラスされる。

「あれ、待てよ・・・。蛍よ、まさかとは思うが・・・母上様に、これを?」

 ふと、祥は自分が置かれている本当の状況を確認する余裕が持てた。しかし、それはすでに。

「はい。あ、丁度送信を完了しましたわ」

「ひゃああああ!」

 女々しい悲鳴ですわね、と蛍は澄ました表情でスマートフォンを操作し続ける。

 時既に遅し。こんな言葉が実際に活用出来る日が来ようとは。

 送信してから約四十秒後。

 母より『あら、今日は祥が上なの?』という返信が来たため。

 祥は自らのスマホより『息子にBL要素求めんな、変態妄想母上様』と送信したところ。

 再び母より『一生童貞息子が。少しは柳静君に感謝なさい』とあっさり返された。

 母親に一生童貞の烙印を押されたことにショック。かなりショック。

 文面を見せてもらった柳静は変わらぬ無表情さで呟いた。

「良いお母様をお待ちで」

「うるせぇ!」

 もう怒ったとばかりに、祥は柳静の上から動く事無く。

 突如、スマホを勢いよく操作し始めた。

「何をしているんです?早く退きな・・・・、・・・?」


 ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン、ピロン


 着物から音が鳴り響き始めた。しかも、連続に。止まる事無く。

「!?・・・!!?・・・・・!!!??」

 柳静は急いで着物の袖から折りたたみ式携帯電話を取り出した。

 携帯を開くと、そこにはメールの受信を知らせる通知が表示されていた。


 回想2終了。

「な・・・ん、祥!いい加減・・・!」

 超連続受信という初めての事に、柳静は混乱していた。

 覚えたての受信メール開封操作も、今は頭から抜けてしまっていた。そんな柳静をまるで嘲笑うかのように、祥からのメール攻撃は()む事を知らず。

 ようやく受信トレイに行き着き、一覧を開くことに成功しても、お構い無しにどんどん受信されてくる。

 祥の凄いところは、空メールではなく、必ず一文ずつ打ち込んで送信してくる事。そしてそれを、律儀な柳静は全て既読しようとする。

 馬鹿と阿呆の対決。


――今日の俺は人生の災厄が一気に押し寄せたみたいだ

――だからってネガティブは俺に似合わねぇ

――そこで、お前に短時間で地獄を味合わせてやる!

――まだ返信方法勉強中のお前は

――手も足も出まい!

――ざまぁみやがれ!柳静ちゃんよぉ!

――ばぁか、ばぁか!


 内容的に一言でまとめると、単なる”八つ当たり”だ。

 今日一日で色々ありすぎたため、もうパニック状態というか、一杯一杯なのだろう。しかも、その一部分は意図的に仕組まれたものなので、その主犯である柳静に当たっても仕方がない(といいつつも結局元凶は祥なのだが本人は認めたくないらしい)。

 言葉では柳静には勝てない。

 こちらの精神攻撃を倍にして返してくるため、祥のメーターは一瞬でゼロになってしまう。かと言って、体力がない柳静に体力勝負を挑んでも、ちょっとある所がプツッとしてしまえば結局屍逝き決定だ。

 故に、空しいがこれしか祥が取れる方法が無いのだ。ガキだとか幼稚だとか言われても構わない。

 ”機械系は凪原柳静を黙らせる弱点の一つ”

 まぁ、この上を行く最上級アイテムもあるのだが、今は手元にないためこちらの弱点を突かせてもらう。

「・・・っく、全くもって、やることが低脳で幼稚ですね・・・っ。流石は、馬鹿の象徴で在らせられる」

――誰が馬鹿の象徴だ!その幼稚さに屈しているお前はそれ以下だ!

「一々メールで返事しないで下さい!直接告げなさい!」

――う・る・さ・い♡文句があるなら返信してみやがれってんだ、バーカ

 途轍もなく腹立たしい限り。が、返信方法を知らない柳静は、それ以上何も出来なかった。

 一旦左手の甲で額の汗を拭い、自分でも驚くほどに汗を掻いていた事に気が付いた。それと同時にやはり機械は苦手だ、と改めて相容れない存在と再確認した。

「柳静様。助太刀いたしましょうか?」

「し、師匠・・・ッ」

「なッ!我が妹よ!兄よりも出来の悪すぎる教え子を選ぶというのか!」 

 突如現れた蛍からの一言に、祥は解せぬと目を見張った。妹ならば兄の肩を持ってくれたっていいだろうに、と更に柳静への妬みの感情は増幅していく。

「残念ながら今のこの状況では、迷い無く柳静様を選択いたしますわ。お兄様。どう見ても弱いものいじめにしか見えませんもの」

「し、師匠・・・・。恥を承知でお頼み申し上げます。この機械に関しましては能無しの甲斐性無しに、どうかご尽力くださいっ」

「己を卑下し過ぎでは!?」

「事実ですので。機械に致しましてはポンコツですゆえ」

「なんでそこまで己を卑下してんのに、無表情のままなのお前!」 

 無表情のまま、当たり前のように、己を酷評する柳静。本当に恥と感じているのか甚だ疑問だが、きっと奥底ではそうなのだろう。分かりずらいにも程がある。

「ま、まぁ・・・。普段気取らない、威張りもしない、落ち着き放っている方からそんなお願いをされてしまっては・・・・。とても気持ちがいいと言いますか、助けない訳にはいきませんわね」

 蛍は年上であるところの柳静からの懇願に気分を良くしたらしい。頬を赤らめ、テーブルの上に置いていた自分のピンク色のスマートフォンを手に取った。

 反応の仕方がやはり兄と酷似しているという事は、今は黙っておいておこう、と柳静は唇を固く結んだ。

 普段、ネットでレシピを検索しながら料理を行うことが多い蛍は、画面を汚さないように購入した青のタッチペンを、イヤホンジャックから外し、すすっと画面操作を開始した。

「そうですわね・・・。その体勢では柳静様は長続きしそうにありませんので、一発でお兄様を剥がして差し上げないとですわ・・・」

「ふふん、この俺を一発で引き剥がそうなんて一千年早いぞ!」

「・・・何故単細胞はすぐに普段の数字にゼロを一つ足したがるのですかね。普通に百年でよろしいではありませんか」

「う、うるさい!ちょっと格好いいからとか、頭いい風に言ってみたいとか、そういうんじゃねぇから!断じてない!」

 甚だどうでもいい祥のツンは、今の柳静にとってはツッコむのも億劫だ。自分から振っておいてそれはない。そして、蛍はそんなやり取り等、初めから耳に入れないつもりのようだ。

「お兄様、能天気に会話なさっているところ恐縮ですが、私が送信したものを見てまだその能天気さが継続できますでしょうか?」

「へ?」

 妹の言葉に、祥は一瞬肩を震わせた。

 今日一日で経験値を積み上げた不運察知能力が、大きく反応している証拠だった。

 蛍の宣言通り。ポロン、という祥のスマホの受信音が鳴ったのを確認した。通信アプリの通知音のようだ。アプリを起動し、恐る恐る蛍からの受信メッセージを開いた。

「ひゅっ・・・・・!んぶ・・・」

「・・・・っ!!!?」

 鼻血が噴出した。

 こんな漫画のような状況が本当に起こるものなんだな、と祥は少々感動した。

「こ、これは・・・・何という画像なんだっ!俺のコレクションの中で、新人にて、いきなり殿堂入りだぞ」

「いや・・・。今の貴女の姿も今日一日の変態部門で、堂々と殿堂入りしていますよ・・・・」

「ははは、柳静ちゃん。今は変態と言われようとも、それが自動的に褒め言葉へと変換されていくぞ!」

「危険レベルMAXですね・・・・。血を落とさないでください。変態ゴミ虫野郎が移ります」

「それは変態出来かねる!!?」

「どうでもよろしいですが、お兄様は早く柳静様からお離れになってはいかがですの?あと、ティッシュはここに置いておきますわ」

 気が利くなぁと思われた蛍の行動だがしかし、わざと祥の手の届かないテーブルの端にティッシュを置いた。流石に鼻血を服で拭うわけにはいかない。

 今の祥にはティッシュは喉から手が出るほど手に入れたい代物だろう。なんたる鬼畜妹、室弥蛍。

 携帯画面を見るたびに鮮血が流れる。おかげで鼻を押さえている左手は血まみれ、溢れ出た血は、腕を伝ってズボンに数滴染みを作ってしまった。ちなみに、少しでも横にずらせば股の間から、柳静の着物を汚してしまう結果になるだろう。全く元気のいい血液だ。流石は俺の血液よ、と祥は心の中で笑った。

 蛍はそんな兄から柳静を救うため、わざとティッシュを端に置いたのだ。

「っく。仕方が無い。こんな素晴らしいものを頂いたんだ。大人しく蛍の言う通りにしよう」

 長きに渡り座り続けていた場所から、ようやく祥は腰を上げた。

「ふう。ようやく楽に呼吸が出来ました。蛍、ありがとうございます。助かりました」

「いいえ。ですが、今後同じ手を使われないためにも、返信方法、覚えなくてはですわね」

「そうですね。あんな恐ろしい事は二度とごめんです。まずは文字を打てるようにならなければ」

「はぁ!?返信方法以前の問題だろうがよ!!?」

 今迄散々返信方法がどうのと言っていたが、まず初歩中の初歩である、文章作成がまだノークリアだったらしい。まさかまだその段階であることに祥は哀れみと同情を含んだ瞳で柳静を見つめた。

「・・・・流石に文字も打てないと告げたら、貴女が笑うと思いまして。黙っておりました」

「笑わねぇよ!つか笑えねぇし、逆に今のように憐れみたっぷりで肩ぽんするわ!」

「おや、そうでしたか。そうであれば、素直に打てない事を告白しておけば良かったです」

「柳静様。そこはさらっとお済ましになる所ではないかと。お兄様で一々安堵の場をお求めになっても仕方がありませんわ」

 柳静にとって祥は、自分の全てを受け入れてくれる安楽の地である(と無意識にするようになった)。いつの間にか。不安事や心配事は祥の様子を窺ってしまう、癖のようなものが身についてしまっていた。もちろんそれは、友人が少ないせいや、嫌われたくないという意思の表れなのかもしれない。

 特に室弥祥が並外れた才能の持ち主でも。相談したら眉根一つ動かさずあっさりと全てを解決してくれる名探偵でも。身体を張って護衛をしてくれるスーパーヒーローでもない。が、理解者の少ない柳静にとっては、祥は”特別”となっているのかもしれない。

「はぁあ、分かったよ。お前の状況は分かった!仕方ねぇから、今日から文字打ちの練習すんぞ!蛍の送信方法の授業はそれまでお預けだかんな」

 ティッシュを鼻に詰め終えた祥は、ウェットティッシュで手を拭う。

 画像一つにどれだけ興奮していたんだ、と己自身の変態っぷりに軽く引いたりもした。周囲から見たらかなりどん引きされるような光景だったのだが・・・・。

「ありがとうございます、祥。頑張って貴女に倍返しが出来るよう、努力します」

「教える気がなくなるような発言するんじゃねぇ!!?」

 ソファに寝そべったまま、柳静は意気込んだ。相当今迄のやり取りを根に持っているらしい。

 少々講師する気が失せ始めてきた祥は、血で滲んだティッシュを新しく詰め直す。

 そういえば、蛍が送った画像は一体なんだったのだろうか?

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