第二章3 『迷子の連鎖と絆』
3(PM 12:37)
昼食時。
「・・・ん、お腹空いた・・・、ぁ」
「あかん」
爽磨の第一声は見事に叩き落された。
時計の針は十二時を指してから、もう三十分以上経過したというのに、爽磨の腹はぐぅぐぅと悲鳴を上げていた。
両手には合計八つの買い物袋を手にし、自慢?の長さ三十センチ程の袖は袋を持つために、今は捲り上げられている。
歩く度に額に装着しているアイマスクが目元まで下がり、目くらまし攻撃を繰り出してくるのには、さすがにイラつくものだ。しかしポケットに入れておくには少々底が浅すぎる。家にストックがあるとはいえ、落すのは絶対に勘弁願いたい。
こんな事ならばもう少しきつめにゴムを絞めておくべきだった。締め付け感に睡眠を邪魔されたくないと、少し緩めにしたのがあだとなってしまった。
仕方が無く我慢する方向性をとっているが、それにしてもお腹が空いた。
「ほんに、僕らかてとっくに空腹なんよ?それを我慢してあんた探しとったんえ?少しは反省しいな」
「そうやで。まさかトイレに行っとったせいで、ソファ見て回った時おらへんかったやなんて。空しいにも程があんで」
「スンマヘーン」
「なぁ、柚緋。爽磨、全然反省してはらへんみたいやわ。これはもう、ロシアンルーレット一人決行プランがええと、僕は思うんやけど」
「そやな。俺と蒼羽は辛いもん好きやし、辛さのレベル、ウィザード級で参加っちゅうのもええな」
黄色のカラコンに短長赤髪の双子。
大阪弁の短髪双子兄、柚緋。
京都弁の長髪双子弟、蒼羽。
只今、散々迷惑をかけられた迷子常習犯、爽磨に罰を執行中。
とりあえず蒼羽が捜索中にさぼ・・・、一旦休憩中に購入した大量の買い物袋を持たせている。服だからと甘く見ていたが、大安売りで購入したセーターやコートといった冬の必需品も含まれているため、中々に重量はある。
嗚呼、女性の荷物持ちをさせられている男性の気持ちが今の俺には分かる、と爽磨は周囲の同志達へと仲間意識を持ち始めていた。
「・・・いやぁ、ん、ごめんごめん。俺だって・・・・トイレくらい行きたいし?それにおかげで迷子の仔猫ちゃんを見つけて、無事母親の元へ届けられたわけだし・・・。俺、犬のおまわりさん」
「犬のおまわりさんやったら、困ってわんわん言うてるだけやで?一応は犬のおまわりさんよりか、階級上かもしれへんな」
「いや、階級どうでもええんとちゃうか」
「でも、まさか短時間でしかも苦手な子供相手にあそこまで仲良ぉなるやなんて、ええ兆しやないの?」
「・・・ん、竜剣はなんとなく。子供苦手なのは変わんねぇ」
共に迷子になっていた子供――市ノ瀬竜剣。
サービスカウンターに二人で現れた時は、皆驚いていた。まさか二組の、それも見ず知らずの迷子が一緒にいるとは思わないからだ。
竜剣の母親は姿を見るなり、泣いたり怒ったり喜んだりと喜怒哀楽が激しかったが、双子は『怒』の一色で染められていた。まぁ、仕方が無い事なのだけれど。
そんな事など露知らず。
当の本人達は反省の”は”の字もなく、大袈裟だなぁと笑っていた。一発拳骨を食らった。
「せやけど、お前が大事なアイマスクのストックを、初対面の、それも短時間一緒やっただけの子供によこすんは、相当気に入ったっちゅう証拠やろ?」
「ほんま、えらい喜んではりましたなぁ。アイマスクなんてどこの店でもおいてあるのに、変顔のアイマスクがそない珍しかったんやろか」
「ん・・・・、あれは・・・」
竜剣との別れ際。
爽磨はもし紛失してしまった用に持ち歩いているアイマスク(眠そうな表情)のストックを渡した。それはネットで簡単に購入できる代物。しかし竜剣はそれを手にしただけで思い切りはしゃいだ。
母親はそんな竜剣からアイマスクを返却させようとしたが、爽磨が”やる”と宣言したため、竜剣はさっそく額に装着した。
元々は爽磨の額の大きさに合わせてあったため、ヒモの調節をしてやると更に嬉しそうに、アイマスクを触り、何かに気がついた様子で爽磨を見遣った。何かを言いかけて言葉を飲み込んだ爽磨は、ふと微笑むだけ。
これは二人だけの。そう言わんばかりに。
「ええなぁ、年は違えど男同士の秘密っちゅうやつかいな。熱いのぉ、羨ましい限りや」
「何言うてますの。僕と兄さんかて、二人だけの秘密がありますやん。もう数え切れへんくらいの」
「まぁ、双子っちゅうのもあるわな」
「・・・ん、お前らの場合。秘密と言うよりは、極秘って言った方がなんかしっくりくる」
「「あ、ええ響き」」
「・・・・ん、はもった」
双子はいそうでいないのか、周囲は三人の様子を時より興味有り気に見ていた。しかし、そんな事は慣れたことぞ、と気にするものはいない。
そんな事より今は。
「なぁ、柚緋。そろそろええんとちゃいます?これ以上は僕らも罰受けてる気分になるわ」
朝食を八時に済ませてきた蒼羽達は、十二時という昼食時には、完全に空腹状態だ。しかも、朝食といっても、食パン一枚に目玉焼き二つプラスドリンク、という本当にちょっとした原動力になれ程度に腹に詰め込んだだけのものだ。ちなみに蒼羽が食す前に、『これ目玉焼きパンの上に乗せたらもう天空のあれやん』と発言し柚緋に黙って食うよう叩かれる場面があった。
本来ならばもうとっくにどこかの飲食店に入店するか、フードコートにて席取りを完了しているところだ。しかし、まだ彼らは通路を歩いていた。
というのも、そもそも何を食べるかで意見が食い違っているため、先へは進めない状況なのだ。
「せやからパン食いに行こう言うてるやろ?」
「なんでサンドイッチやの?カフェでランチもええですけど、やっぱり今日はスパゲティやないの?朝昼とパンは嫌やで?」
「・・・ん、蒼羽の言うもの、カフェにあんじゃん。俺は揚げ物が食べたい」
「バラバラやんけ!特に爽磨の揚げもんて、範囲広すぎんねん!」
「・・・ん、じゃあ。・・・・ポテトで」
「じゃあって何やねん!一番決めとき!」
爽磨は荷物を床に置き、両手をぶらぶらとさせる。流石に疲れたらしい。
双子といっても、その日その時で好みが違い同じというわけではない。双子だとしても好みはある。そのため、柚緋はパン、蒼羽は麺を選択し、対立することになってしまった。
一旦長さ約三十センチ程の袖をおろし、リラックスしたように通路の手擦りに前かがみで凭れかかる爽磨。段々、食べられれば何でもよくなってきた。
「爽磨、そのまま寝んといてや?あんた立ったままでも器用に寝るんやで」
「・・・ん、分かってるよ~」
といいつつ、わずか五秒で夢の国へと旅立とうとする。
反省も聞き入れも無い行動を止める為、蒼羽はポケットに手を突っ込んだままの状態で、必殺技――『膝かっくん』を繰り出した。
「あむ・・・・ッ!」
「おお、ナイスやで、蒼羽」
「おおきに」
「ちょ、なんかずん、ってした・・・。ずんって・・・。警戒してない無防備な時に、膝かっくんはなしだろ」
「ほな、殴ってほしかったん?僕はそれでもええけど」
「・・・蒼羽って、意外と優しいよねー。暴力反対派の俺に合わせてくれるなんてー」
「もはや棒読みやん。心無い言葉並べんのやめて」
「・・・あ、そういえばさ、今ふと膝かっくんによって舞い降りてきた。ハンバーガーにしない?」
「なんでなん?」
突然の、しかも曖昧な意見だった爽磨から、ぴんと来ました、と提案された。
自分でもこの場を脱却するための良き案を提出したぞ、えらい!とでも褒めてやりたいのかは知らないが、自慢げな、誇らしげな表情に双子はわずかな苛立ちが募りそうだ。
そんな爽磨は気にせず続ける。
「・・・ん、僕は揚げ物、柚緋はパンっていったらハンバーガーでしょ」
「いや、それだ・・・」
「ちょお待ちぃ!そんなんやったら、僕のスパゲティはどないしますん!?たった一つ未解決のままやないの!」
「もう・・・。俺が今夜作ってやるから、昼は諦めろ。それより、フードコートより、チェーン店の方がいい。持ち帰り最高」
「お前、ただ単に人ごみ+騒音が嫌なだけかいな。まぁ、ええか。俺も流石に席確保やら、喚き声聞きながら食事は嫌やし。適当に買うて外の草むらでピクニック気分に決定しよか」
今さらフードコートに行ってもどうせ席など空いていないだろう。席取り合戦に馳せ参じるより、もっと気楽に空間を持てる外がいいだろう。フードコートは二階なため、テラスも用意されている。が、どうせなら緑に囲まれての食事の方が、リフレッシュできるだろう。
第一候補を夕食へ回された蒼羽だったが、確かに出遅れ状態で他人の食事姿を見つめながらお預けモード執行は、すっからかんの腹にとってはもはや拷問だ。
「まぁ、柚緋がそう言わはるんやったら・・・。僕もええけど。せやけど、クリームチーズパスタにしてや」
「「スパゲッティどこ行った!!?」
「ええんや。パスタの一種はスパゲティなんやから。どうせ後回しにされるんなら、僕のリクエストでもええやろ?」
「まぁ、いいけど・・・・」
どうせ作るのは自分だし、と爽磨は面倒臭がるわけでもなく、すでに完成イメージを脳内で浮かべていた。なんだかんだいいつつ、結局は賛同する蒼羽。
意見がまとまった所で、三人が目指すは一階のファーストフード店。フードエリアには属さず、コーヒーショップの向かい側に位置するそこは、長蛇の列がすでに生まれていた。
特に勝負しているわけではないのだが、ファーストフード店もコーヒーショップも負けん気の列は、ややファーストフード店の方が進みが速いようだ。
その列に三人は真顔だった。
もうどこへ行ってもしょうがねぇよ、と言いたいのを心中に止め、とりあえず少しでも早くと列に並ぶ。しかし、こうした列でたまに起こる。起こってしまう。
「なぁ、ジャンケンせぇへん?」
「なんでやねん」
そう、生贄選び。
列に一人だけ空しく並ばなければいけないという、必要であって必要ではない、あれだ。
全員の注文を聞き、話し相手もおらず、ただ数分間に微妙に進むという気の長い時間をたった一人で挑む、名づけて『長蛇の列地獄』。
イベントの一つだ。
それを行おうとする若者がここに。
「だって、男三人で並ぶんきついやん。それに疲れるんよ、これ。せやから代表決めレッツファイ!よ」
「・・・・ん、本気?受けてたつけど・・・・いいの?後悔しない?」
袋の底が汚れるからと、『床に置く』というコマンドを封印された爽磨は、八つ買い物袋を片手四つずつ腕にかけながらファイティングポーズで臨戦体勢。
ジャンケンでそこまで?と言いたくなる。
「俺もええで。つか、大人しく三人でおったらええんとちゃう?そない男同士、嫌か?」
「・・・ん、それはオプションなしのキャラが言える言葉。俺は・・・・八つの重り、蒼羽は体力の限界。それぞれ、呪い効果。回復呪文、覚えてない・・・」
「それは迷子で散々迷惑と俺の体力削りまくった馬鹿と、運動が苦手で体力トレーニング怠ったヘタレ弟の最終結末であって、オプションやら呪い効果付与やら格好ええ言葉でカモフラージュ出来へんで」
「これやから体力有り余ってる人は嫌やなぁ。体力が全てなんかえ」
「そうそう。それならこれ持ってくれるくらいの優しさを持ち合わせてもねぇ。優しさが足りないんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ボキボキッ
骨が意図的に鳴らされる音が響いた。それもわざわざ片手ずつ、指一本一本ずつ、丁寧に鳴らしていく。
柚緋の表情は穏やかだ。笑顔だ。しかし、奥底のどす黒い部分は危ない。地雷を踏む、とはよくいうが今、まさにそれな状況なのかもしれない。
「あ、そうや。爽磨。あそこにベンチがあるよって、そこに荷物置いとくんが一番やない?このままやったら注文しても持たれへんし」
「ん、そうだな。ついでに柚緋も座ってれば?ちょっとくらい休憩しておいた方が。あとは俺らに任せてさ」
まるで台本を急遽用意したような棒読みな台詞で切り抜けようと蒼羽と爽磨。
普段温厚な性格の柚緋だが、キレると相当恐い。特に物理攻撃の近距離タイプなので、自身の防御力を全てゼロにする代わり、攻撃力百二十%アップ(その他諸々)補助つきだ。かなりキツイ。
回避するにはまず、距離をとることから。
ショッピングモールの東出入り口のすぐ傍のここは、外を出れば木や花が植えられ、ベンチやカフェテラスの一部がある、ちょっとした癒しロードが設けられている。駐車場に隣接しているため、出入りする人が行き来し、冬にはイルミネーションも行われている。
心地いい風と木々の揺れ動く音は軽い森林浴気分だ。
その手前にあるベンチの一つを蒼羽と爽磨は同時に指を差す。二人の不審さに柚緋はベンチを見つめ立ち尽くす。後ろの二人の苦笑が凄まじく怯えの表情に完敗しているからだ。
「何や。妻の買い物待ちを荷物と共に待たされとる旦那の気分を味わえそうやな」
「・・・・・ん、当分縁のない経験を先取り出来んじゃん。レッツシュミレーション」
「・・・・・・・・おい」
なんでこいつらにそんな事言われなあかんのや、と柚緋は苛立ちを覚えた。
「せやせや。柚緋に春なんてまんだ先の話や。旦那言うより、結婚を前提にお付き合い中の恋人っちゅう方が、まんだ現実味があるんとちゃいます?」
「・・・ん、納得。さすがだな蒼羽。ついでに買い物終わったら彼女に何作ってもらおうかな、という夕食の献立に心躍らせる初な彼氏、というオプション付きで」
列が動き、二、三歩前に進む。
一瞬の移動に買い物袋を運んだ爽磨は、長い袖をうらめしや、という言葉が似合うポーズで揺らす。自分の買い物袋ならば足で動かすのだが。
「お前ら、俺を蔑むん好きやな。ほんで設定が一々細かすぎんねん。なんや俺、旦那は似合わんかったんか。彼女の手料理楽しみで仕方が無い幸せ馬鹿か」
「蔑むやなんてそんな。大好きな兄さんの事、よう分析した結果やないの。小さな幸せは大きな幸せ、やで?」
周囲で、容姿は違っても双子であるという事実に気がついた人達が「双子リアルで見たの初めて」「背の高い双子とか良くない?」と特に女性を中心に囃し立てていた。
一方、爽磨の方は全体的にだぼっと感である所為で、本当に双子の連れなのかと疑われていた。
大きなお世話と、見た目の判断というのは恐ろしい・・・・。
そんな事など知ってか知らずか。三人の会話は続く。
「・・・ん、双子の特権乱用だな。行動が一緒だと推測しやすい」
「うんうん。柚緋は僕と真逆やから。双子言うても全て一緒やないし、僕は家庭なんて柚緋がおればええと思うてるから。何やったら、居候になろうかと企んでるんよ、僕」
「おう・・・・双子弟の未来設計を何気に聞いてもろたわ。結婚後もついてくる気かいな」
「あかんの?」
「いや、別に来たかったらええんとちゃう」
「・・・ん、今二人の未来は永久相手なしの寂しい双子オンリー空間に決定したから、さっさと柚緋はこれ持ってベンチ行け」
恋人の意見完全無視行為発言に、爽磨は双子分離作戦を決行することにした。
爽磨は自分自身のことは棚に上げ、周囲の未来設計を妄想するのが好きなのだが、この双子だけは最終的に兄、弟を最優先にさせる結果になるため、呆れと飽きがきていた。
足元のペナルティ用に持たされていた八つの買い物袋を柚緋に押し付け、列から追い出した。本当は蹴り飛ばしたい気持ちを必死に抑えて。
「わっちょ!危ないやんけ、何すんねん!」
「・・・ん、お前の注文は知っている。だから大人しくベンチで座っていてくれ。少し、離れたまえ、双子よ・・・・」
「嗚呼、柚緋。やっぱり僕一人にせんといて」
「俺がいるだろうが」
この双子、どちらかというと、蒼羽が柚緋に甘えているように見える。
「蒼羽・・・。せやな、二人で一緒に行こか。お前もこんだけ袋持って疲れたやろ」
が、結局は互いに離れたくない気持ちが半端ではないのだ。それにもう何十年も付き合っている爽磨はそんな双子を扱い慣れているため、二人を裂くように立つ。
「・・・・後で嫌というほどべっとりしていいから、今はお預けタイム。さっさと離れよ」
「へいへい。注文間違えんといてや?何か困ったことあったら、やばね飛ばしてくれや」
「へーい」
「あっさり了承するな!飛ばせるか!忍者じゃないんだぞ!」
「ええツッコミやね、爽磨。キレキレやん」
「うるさい・・・・」
よいしょ、と軽々買い物袋を持つ柚緋は踵を返し、ベンチへと向かう。
目配せのみで以心伝心が可能な双子は、昔忍者が使用していたという”やばね”という言葉を気に入り使用している。しかし、残念ながら爽磨は使用できない。
強いて言うなら、行動の仕方で双子の考えていることを見抜けるくらいだろうか。
ようやく大人しく指示に従ってくれたのは良いが、ベンチにどっかりと座る赤髪短髪、黄色のカラコンの青年というのは、中々に目立つものらしい。あそこに蒼羽を投入したらきっと注目度アップ間違いなしだったろうな、と一人さり気なくペナルティ解放に喜ぶ爽磨だった。