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戯-たわむれ-  作者: 櫻月 靭
一日目~ショッピングモールの話~
13/53

第二章2 『迷子の連鎖と絆』


  2(AM 11:30)


 土日の大型ショッピングモールといえば、平日と比べて人が倍以上になる。そのため、来客者達の中ではある一つの大きな問題にどうしてもぶつかってしまう。

 そう、昼食だ。

 大型ショッピングモールには数十店舗もの飲食店が存在する。二階の中央に位置する大きなホールに軽食をはじめとしたジャンル問わずいくつもの飲食店を集めたフードコート。一階には各ブースに設置された有名店や麺店、ちょっとした高級感を味わえる独特な店が並ぶ飲食エリア。

 大体が十一時から十一時半頃に開店のため、ショッピングモールに訪れた客達はすでに並んでいる。十二時ともなればすぐに席は埋まり、下手をすれば三十分待ち、一時間待ちを食らってしまう事もあるようだ。

 特にファーストフード店は低価格の広々としているため、家族連れが多い。大人とは違って食事中でも遊んだり、ぼろぼろと零すことの多い子供を連れてでは、落ち着いて食事も出来ず時間が掛かる。中々洒落た場所へは踏み込めない。そのため、土日の飲食店というのは早めの席取りが重要なのである。

 この時間から「お昼何にするー?」などと暢気なことを言っていたら完全に命取りだという事を知っておかねば、空腹の状態で待ち惚けの末路へ歩むことになるだろう。

 そんな中に四人の客。男女四人は開店と同時に入店した。

 店の名前は洋和。

 ハンバーグやステーキ、甘味にはパンケーキやパフェを提供する店で、人気ファミリーレストランを少し豪華にしたお店と思ってもらえれば良いだろう。店内は黒を基調とした落ち着きのある雰囲気で、ホールに立つ店員もバーテンダーのような制服を着用している。

 甘味以外のこの店の一押しメニューは国産牛を使用したハンバーグ。さっぱり大根おろしで食べるのがお勧めらしく、メニュー表の表紙を堂々と飾っていた。

 だがそれと同様に、いやそれ以上かもしれない人気商品が壁に貼られているポップで大々的にアピールをしていた。私だけを見なさい!と言わんばかりに。

「これ、これだよぉ~!僕が食べたいパフェ!!?はわぁ・・・、写真だけでも美味しそう・・・。甘い香りが紙から漂ってくる感じぃ~」

 溢れ出す涎をポップに垂れ流さないように必死で飲み込む、テーブル席に案内された四人組の一人である宇佐木侑李は興奮気味に話す。

 いつの間にかうさ耳パーカーから猫耳パーカーへと着替えられていた。ちなみに猫耳パーカーにはちゃんとひらひらと動く尻尾がつけられ、着ていたうさ耳パーカーは腰に巻き付けられていた。

「はいはい。分かりましたからそんなにはしゃがないでくださいませ。あと、ポップ相手に光悦した表情をなさらず。他の方が見てますわよ?」

 母親が子供を注意するかのように告げる蛍は、自分たちと同時に入店した他の客に視線を向けた。皆各々の子供の行動に忙しいようで侑李に注目している人はいなかったが、代わりに店員の数名がちらちらこちらの様子を気にしていた。

「あ、ごめんねぇ~。ここのパフェ楽しみにしていたものだからぁ~、ついつい・・・・」

「全く・・・・」

「仕方がないよぉ~、僕が甘いもの好きなのは知ってるだろぉ~?ここは以前からチェックしてたからぁ~、余計にぇへへへへぇ」

「う・・・なんだが段々変態時のお兄様に反応が似てきましたわね・・・」

 これ以上酷くならないでほしい、とでも言いたそうな表情の蛍は友人の姿に冷や汗を掻いた。侑李は相変わらずえへへぐへへ、と笑うが目線はポップのパフェに釘付けだ。

 そんな二人のやり取りを、向かいに座って微笑ましい顔で見ていた祥。回復するのには時間が掛かるのだろう、未だに白一色のままである。

「蛍と侑李は本当の姉妹のようだな。どっちがお姉ちゃんかな?侑さえよければ俺の妹として迎え入れてやるぞ!」

「お兄様!!?」

「ん~、どうしようかなぁ~。祥兄の妹っていうのもいいし、蛍と姉妹っていうのもぉ~。うん、面白くて良いよねぇ~」

「し、正気ですの!侑李。こんなシスコンの妹になってしまったら大変なことになりますわよ」

 祥の発言に対する侑李の反応へ向けた蛍の言葉は、シスコンの兄を持つ妹だからこそのものだろう。あまりにもはっきりとした拒絶に祥は軽くショックを受けてしまった。

 隣に座っていた着物青年、柳静だけは肩をぽんぽん、と叩き慰めてくれた。

「ありがとう・・・・柳静ちゃん・・」

 うぅ・・・と両手で顔を覆い俯いて悲しみに暮れている友人の祥に。

「安心なさい、祥が兄ですと面倒事への対処・回避法と、羞恥プレイへの抵抗心は養えますから」

「・・・ぶぐ・・・ッ、はっ!」

 柳静の一言(本人は全く持って悪意なし)が止めを刺した。祥はそのまま吐血したような声を上げ、力無くテーブルに突っ伏してしまった。

「おや。どうしました祥。今から昼食だというのに、早く起きなさい」

 ゆさゆさと揺らしてみても反応はない、屍のようだ。祥の心のメーターはほとんどゼロに近いため、起き上がる力も残っていないのだ。

「あららぁ~、祥兄大丈夫ぅ~?」

「放っておいて構いませんわ。少し回復時間を与えればその内復活しますから。さ、早く注文を済ませましょう。柳静様は何をお召しになりますの?」

 メニュー表を広げながら蛍は場を仕切り始める。これぞ兄の対応に慣れている妹のなせる技だ。兄よりも他の客たちと注文を同時にすると時間が掛かるだろうと、さっさと注文してしまおうと考えているのだから。

 四人の中で一番のしっかり者は蛍かもしれない。

「蛍、蛍!僕は・・・・」

 目をキラキラと輝かせながら尚も訴えようとしていた侑李を、蛍は右手で制す。

「大丈夫、分かっていますの。ポップの特大パフェが食べたいのでしょう?」

「うん!」

「それにしても、外の食品サンプルを見ましたけれど、実際の写真を見てしまっては、こちらの食欲が失せてしまいそうですわね」

 ハンバーグよりもステーキよりも人気だというパフェ。スモールサイズ、通常サイズ、特大サイズと選べるのだが、今侑李を誘惑しているパフェはその上。

 超特大パフェ。高さ四十センチ、幅三十センチ。イチゴ、チョコ、抹茶の三種類があり、パフェの中には小さなケーキやアイスクリームといった基本的なものが。その他にフルーツをイチゴ、バナナ、メロン、マンゴー、キウイの五種類から一つ選ぶことが出来、自分好みにカスタマイズが可能なパフェは、女性を始め中々の人気である(たまにチャレンジ精神で注文する者もいるようだ)。

 そんな超特大パフェを早く食べたい、味わいたいと目を更にキラキラとさせる侑李。

 外のショーウィンドウに並べられていた食品サンプルでサイズを確認し、興奮したかと思いきや、店内のポップを見てその興奮値は大幅に上昇している。

「何を言っているんだい、蛍。僕は早く味わいたくて涎が溢れ出ているよぉ~。ふぁ~、何にしようぅ~、イチゴかメロンか・・・。あーでもマンゴーっていうのも気になるなぁ!!」

 もう目の前しか見えなくなってきた侑李は放っておいて。改めて、蛍は向かいのソファに座っている柳静の方へ視線を向ける。二人が会話している間、邪魔をしないようにと静かにメニュー表を眺めていた柳静。

「あの、それで柳静様は何を注文なさいますの?お決まりになりまして?」

 蛍の問いかけに柳静は頭を上げたと思えば、蛍ではなく隣で失神中の祥を見つめた。

「私は決まりました。今は祥のを決めています。ハンバーグにするか、チキンにするか・・・・」

「昨日は野菜炒めに豚肉をいれましたわ。一昨日はチキン南蛮を作りましたの・・・・って、その時は柳静様もいらっしゃいましたわね」

「そうでしたね・・・・」

 おかんでも恋人でもないのだが、一緒にいる時は祥の健康面を考えている柳静(調理はサポートでしかまともに出来ないくせに)。それに対して蛍は、昨日の献立を当たり前のようにさらっと告げた。すると、しばし考え込んでいた柳静は「決まりました」と告げ、蛍と注文を確認し終えると呼び出しベルを押した。

「はい、お待たせ致しました。ご注文をお伺いいたします」

 ベルを押してから僅か三秒で店員がやってきた。どうやら蛍らのテーブルが一番乗りだったようだ。代表して柳静が注文を述べる。

「和風ハンバーグを三つ。超特大パフェを一つ。お願いします」

 頷きながら店員は伝票に書き込んでいく。パフェに関して侑李自身が細かく注文をしていた。

 今はハンディターミナルが主流になりつつあるが、この店は手書き伝票のままのようだ。機械を使う程広い店内ではないからか、金銭的問題のためか考えればいくつもあるだろうが、特に必ずしも取り入れなければならないという決まりがあるわけではない。柳静は考えるのをやめる代わりに、店員が厨房へと戻っていくのをじっと見つめた。

「?どうかなさいまして?注文に何か誤りでもありましたの?それとも変更いたします?」

「いや・・・・」

 その様子に気付いた蛍が話しかけてきたが、空返事をするだけで厨房の奥へと消えてしまった店員の方を見つめ続ける柳静。

 蛍の頭上では四つ程の(はてな)マークがぷよぷよと浮かんでいる。

 そこへようやく目覚めた祥が青ざめたままの状態で口を開いた。

「大方・・・・、さっきの店員が持ってなかったハンディターミナルが気になったんだろ?お前機械使えねぇし、バイトん時は皿洗いとか盛り付けとか裏方しかさせてもらえなかったから、オーダー取りなんて経験なかったし」

 その言葉を聞き、少しだけ柳静の頬が赤く染まった。昔から機械音痴だったことから、バイトに入ってもレジやオーダーといった操作系は一切させてもらえなかった(表に出なかったのは笑顔が全く無いという事もあるが本人には直接言っていないようだ)。そのせいで、柳静は時々外食をする際には様々な機械を気にしているらしい。しかし。

「残念だが、この店のオーナーは手書き伝票。残念ながら使ってるとこは見れないぞ。確かに昔に比べて注文がタッチパネル式になったり、店員はハンディターミナルを使用してレジもやりやすくなったけど。ここの店みてぇにわざわざ機械なんか使わなくても店員が自分で聞いて厨房に伝えたり、レジ打った方がやりやすさもあるさ」

 様々なバイト経験のある祥だからこそ言えたことだろう。それに比べてバイトをする必要もなかった柳静にとっては羨ましさと憧れを抱く程、魅力的な存在なのだろう。

「ま、お前みたいに単に機械系が苦手だから使ってないのかもなぁ。よかったなぁ、仲間がいて~」

 余計な一言を少々小馬鹿にしたように交えながら、祥は少し勝ち誇ったような表情でコップの水を飲む。

「うるさいですね。人の心を読まないで下さい。別にあんなものに興味などありません。ただ自分は触れたことがありませんので、どういう構造なのかと・・・」

「やっぱ気になってんじゃん」

 そんなに羨ましそうに見てしまっていたのか?と急に恥ずかしくなってきた柳静は、珍し過ぎる程赤面した。そんな柳静の表情に「おぉ・・・」と蛍と侑李は見逃さぬようにじっと見つめていた。

 十分程して注文時と同じ店員が現れた。手には和風ハンバーグが乗った熱々の鉄板が二つ。その後ろから別の店員が残りの鉄板を持っている。

「お待たせ致しました。和風ハンバーグになります。お熱くなっておりますのでお気をつけ下さい」

 丁寧な言葉遣いと共に侑李以外の三人の前に鉄板が置かれ、白い壷に入った和風ソースが中央に置かれる。

「へぇ、ソースはお好みって感じか」

 祥は小壷の和風ソースに鼻を近づけると、くんくんと匂いを嗅いだ。

 写真ではハンバーグの上に大根おろしが乗り、和風ソースがかけられていたが運ばれてきたのは一見ただのノーマルハンバーグだった。白い壷に入った和風ソースには、小さく刻まれた大葉が入っており、後から運ばれてきた茶色の壷にはおろしたての大根おろしが入っていた。どうやらお好みの量を存分にかけてくださいませ、というシステムなのだろう。

「よく大根おろしが載せられた状態で提供する事が多いですから、メニューの説明を見て惹かれてしまいました。私は少し温まってしまった大根おろしはあまり食べる気がしませんので有り難いですね」

 そういうと柳静は茶色の壷から大根おろしを付属のスプーンで大きく掬い、そっとハンバーグの上に乗せた。そして綺麗に山となっているのを崩さぬよう、和風ソースをかけていく。

「うわー、お前って少し偏屈なところあるな」

「お兄様にだけはその一言を言われたくはないと思いますわよ」

「え、なんで!?」

「その様にぐちゃっとしたハンバーグを見せられると、柳静様の食べ方は気品に溢れているようですわ」

 蛍の視線の先には兄のハンバーグが。その上には大根おろしがまるで叩きつけられたかのようにべちゃっとした状態で乗せられ、後からかけた和風ソースのせいでほとんど熱々の鉄板へと流れていってしまっていた。

「い、いいんだよ!食べれば結局は皆腹の中でぐちゃっとするんだから!俺はそもそもそういうこだわりはねぇから!」

 大根おろしはソースと一緒に掬い取ってやるんだ、とぷんぷんと怒ってしまった祥はまるで子供のようだ。横では完全他人事だといった無表情さで柳静は一人食事を始めていた。

「柳静様はやはりお箸でお召しになりますのね。その方がお似合いなのですけれど」

「ん?」

 迷い無く食器カゴから箸を選び取った柳静に蛍は呟いた。

 着物同様、特にフォークとナイフが使えないわけではないが、ほぼ日常的に箸を使用しているため、安心するらしい。そもそも、柳静がナイフとフォークを使用しているところなど一度しか見た事がない蛍にとっては、箸以外の姿は違和感を覚えるに違いない。洋食より和食を好む柳静の食生活が遠ざけているのだろう。

「ま、こいつにフォーク、ナイフってあんまりしっくりこないもんな。ただ鉄板に箸ってのも面白くていいんじゃないか?柳静らしくて~」

 一口サイズに切り取り綺麗に大根おろしを乗せたハンバーグを口に運んだ柳静。最近ではステーキもカットされた状態で提供する店が多く、鉄板であっても箸を使用する事など普通になっているのだが・・・と心中で思いながらも「それはどうも」と告げ、じっくりと咀嚼する。中々に牛肉と和風ソースはあっさりの大根おろしと上手く絡んでおり、噛む毎に旨味が口の中に広がって美味い。

 ご満悦な表情な柳静と、それを微笑ましく眺めていた祥だったが、周囲が少しがやがやし始めているのに気付いた。何故か目線がこちらに集まっているようにも感じた。

 その理由は次の声によって判明する事になる。

「ふわぁ~~~~~~~!きたきたぁ~!!!??」

 行儀の悪い子供のように椅子に膝を立て、後ろを見つめて声を上げる侑李。

 早く座りなさいと蛍がお尻を叩くも、目線に釘付けで一切応じる気配が無い。というよりも、叩かれていることすら気付いていないようだ。

「もう一体なんです・・・・の・・・・・・・・・・」

 怪訝そうな顔つきで侑李の視線の先に目を向ける蛍は、同時に口を(つぐ)んだ。出せなかった。

 通路側に座っている蛍は身体を少々反転させれば状況を把握する事が出来たからだ。

 厨房の方から大きなお盆に乗せられた超特大パフェが、超スローペースで、このテーブルに向かってきているのだから、そりゃ言葉は出せなくなるだろう。しかも店員二人がお盆を持ち、もう一人がぶつからないように誘導している姿は、さながら工事現場の作業員のようで、一瞬ここが飲食店だという事を忘れてしまいそうになってしまった。

「・・・・祥、私のハンバーグ、召し上がりますか?」

「・・・・馬鹿野郎。俺も腹いっぱいだ・・・肉体的にも精神的にもな」

 周囲の反応と蛍と侑李の反応を見てようやく視線を厨房に向けた柳静&祥。各々の胸辺りに手を当てながら、遠い目をする。

 食べない側でも見ただけで胸焼けしそうな程、重そうで、甘ったるそうで、圧迫されそうで、埋もれそうで。見ている人の中には、自分が挑戦して半分もいかない所で何度も嗚咽(おえつ)してしまい、最終的に嘔吐してしまうという妄想をして、勝手に自滅している者がいた。その内の一人が祥なのだが。

「お待たせ致しました。超特大パフェ、イチゴとなります!」

 超慎重にテーブルへと置いていく。器はがっしりとしているのでそう簡単には倒れることはない。が、それに盛られているアイスや生クリームが落ちそうで心配にはなる。

 超特大パフェは一層目にシリアル、二層目にヨーグルト、三層目に苺の果肉たっぷりのソース、四層目にバニラ&ストロベリーのアイスクリーム、五層目に苺が四つとチーズケーキが大胆に乗せられていた(三層目と五層目はフルーツによって変わる)。

 一層一層の幅は広く、多分胃の小さい人なら完璧に病院へ担ぎ込まれていくことだろう。

「うわぁ~!見て見て見なさいなぁ~!蛍!夢みたいだぁ~!」

「夢ではありませんの、紛れも無い現実ですわ。いえ・・・・・、寧ろ(わたくし)の方が夢であって欲しいと願いたくなるくらいですの」

「はぁ~。僕のテンションは今まさに有頂天だよぉ~!あ、涎が・・・・」

 目の前の超特大パフェにテンションMAX状態の侑李。

 拍手をし、息を荒げ、涎を垂らし、傍から見れば十分変人の域だろう。

 周囲の客も初めて見た超特大パフェに同じくテンションが上がっているようだ。まるで大食い選手権の会場にでも来た観客が如く、パシャパシャと無断撮影会が始まった。

「あら、貴女マンゴーを注文なさってましたわよね?」

 ふとパフェのフルーツを見た蛍が疑問を口にした。注文時にはマンゴーと言ったはずだったフルーツが、いつの間にか苺に変わっていたからだ。

「うん、苺でいいんだよぉ~。さっき変えてもらったんだぁ~。やっぱり初めては慣れたフルーツの方がいいと思ってねぇ。マンゴーは次回のための口実として待ってもらうことにしたよぉ~」

「・・・・そうですの。まぁとりあえず召し上がってくださいな。でないとギャラリーが多過ぎて私達はゆっくりと食事もできませんから」

 そうだね!と中々に危ない顔つきで、舌なめずりをしつつ手を合わせた侑李は、食事前の挨拶をきっちりと済ませた。

 と同時に、超特大パフェに勢いよくスプーンが刺しこまれた。スプーンがナイフに見えてしまう程、とてつもなく素早く獲物を仕留めた。

 そのスプーンに仕留められたのは生クリームと苺。よく落ちなかったもんだ、と耐久性のある食材たちに賞賛を与えたい。

「ん!!!??おいし~~ぃい!ちょ、ちょ、ちょっ!蛍も食べてみなよ!やっぱり苺の酸味に甘い生クリームは切っても切れない程の相性抜群タッグだよぉ~!」

 まだ一口目、しかもパフェの入り口前だというのに、このはしゃぎよう。相当嬉しかったのだろう。

 興奮状態持続中。

 生クリームと苺だけでこれだけ喜べる者はそうはいないだろう。

 そんな侑李の言葉に蛍は冷静に、

「いえ、私にはハンバーグがありますので、侑李一人で召し上がってくださいませ」

と左手で侑李を制すと、残りのハンバーグを食べ始める。これ以上見ているとせっかくのハンバーグを食べ切る前に、腹が満たされてしまいそうだったから。

 一旦友人の存在を消すことに決めた。

 そんな蛍は諦め、パフェのおいしさを共感して欲しい侑李は、次なる標的へと言葉を投げかける。

「そう?祥兄たちはどう?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 すでに妄想胸焼け中の祥と柳静は、高速で首を左右に振ると、俯いて左手で制しポーズをとった。すでに目の前の残ったハンバーグすら入りそうにない。

「ありゃ?大丈夫ぅ?あ、アイスクリーム溶けてしまう!続き続きぃ~!」

「本当、侑李の甘いもの好きは底なしですわね。こんな超特大パフェ、一人で完食するようなものではありませんのに」

「確かに・・・・。普通ならシェアが一般的かもしれないけどぉ~、真の甘いもの好きならこのくらい、一人で制覇しないとねぇ~」

 今、確実に全国の甘味好き達が何かしらの反応を示したに違いない。

「うん・・・・さすがは俺の第二の妹よ。その甘味への愛と熱意は尊敬に値するぜ」

「んー!甘~い、最高!祥兄のお褒めに預かり光栄だなぁ~」

「祥に尊敬されても迷惑なだけですよ。それよりも、我々は先に終えねばならぬことがあるでしょう」

「え?何?」

「食事を終えるんですよ。写真を無断で撮っている方には丁寧にお断りしましたが、物珍しさによる視線にはこれ以上耐えられませんので」

 そういえば、一瞬柳静は席を立っていた、などと一人プチ回想をした祥は、そうでしたねと、残ったハンバーグを見つめた。

「そうですわね。さすがにオープン直後の超特大パフェは注目の的ですわ。女性一人で食べ進めているのですから、余計にですわね」

「ふむ。私の記憶が正しければ、以前もお一人でケーキを三十四個胃袋へと収めていました。一体彼女の胃袋はどうなっているのでしょうか」

 丁度ひと月前。四人で仲良くケーキバイキングへと()せ参じた時。甘味処は女性が大半を占めているかと思いきや、意外にも男の団体客もケーキを味わう中。祥がショートケーキとモンブランを二つずつ。柳静が抹茶ケーキを三つ食べて後はドリンクに抹茶を飲みまくり。蛍は様々な種類をと、合計八つのケーキを味わう間。

 まるで、対ケーキ専用消耗爆食い機と、さして格好良くも無い異名をつけられても仕方が無いくらいに、味わうというよりもむしろ、何かと戦中かのように一切の休憩無く、侑李はケーキを(むさぼ)っていた。

 約五センチの正方形のケーキ。それを椀子そばの如く、無駄に綺麗に並べて盛りつけたケーキ皿を何皿もお替りしていた。

 今さら、侑李の大食いを見ても蛍達は驚かない、いや、胃はもうトラウマ級の恐怖を感じているが・・・・。

「いえ、柳静様。彼女は三十四個だなんて生易しくはありませんことよ?私、カウントしておりましたが、四十ジャストでしたわ」

「おや、私がカウントミスしてしまうとは・・・・」

「いや、お前が席を立った時、さり気なくお前んとこに重ねてたぞ。あそこ皿薄いからお前、気付かなかったみてぇだけどさ」

 なんてどうでもいい証拠隠滅なんだろう、と柳静は嘆息をついた。というより、結局は蛍にカウントされているのだから、柳静のみに隠滅工作をしても仕方が無いのだが。本人は気づいていないようだ。

 どうやらじっと見つめられていた柳静のカウントには気付いていたが、隣で密かにカウントしていた蛍には意識を向けていなかったようだ。

「あ・・・、そろそろやめないか?二人とも・・・・。俺、吐きそう・・・・」

 甘味を目の前に甘味の話題とは、なんたる地獄。もはやいつ嘔吐してもおかしくない状況の祥は、苦顔のまま胸元を抑える。それほどまでに、侑李との甘味処は心身ともに一発K.Oレベルなのだ。

 もし、これにけろっとした表情で付き合える人物がいたら、一度だけ、うん、一度でもいいから見てみたいものだ。

 そうこうしている内にも、侑李のスピードは衰えず、すでに半分も食べきってしまっていた。手に持っているスプーンではもはやパフェを食すための長さは補えないようで。いや、こんな巨大な器に対応できるスプーンなど、ないだろう。

 結局、器に腕を突っ込む形で食べ進めていく。もういっその事、パフェの醍醐味は殺すだろうが、小皿に移しながらの方がゆっくり座って食べられるような気がする、と立ちながら食べている侑李を見て祥は思った。相変わらず、本人は一切気にしていないようだが。

「祥、こんな状況下ですが。せっかく店の方が作ってくださった料理です。無下にせず、最後までいただきましょう。見なければいいのです。見なければ・・・・」

「おほー。いい心がけだな、柳静ちゃん。俺は限界なんだが?」

「それは私とて同じ事なのですが・・・・」

 多分、祥は限界という最終手段を連呼して食べない気だろう。まぁこういう時の扱いには慣れている柳静は、長年研究に研究を重ねてようやくインプットした『祥の取扱説明書』を、脳内で索引。その中からある項目を探し出す。

「では、このハンバーグは蛍が一生懸命、兄である祥のために作ったものだとします」

「「え?」」

 蛍の名前に過剰反応をした祥と、いきなり材料にされた蛍本人は同時に柳静に注目する。食いついたな、と柳静は無表情のまま続ける。

「愛する兄のため、玉ねぎのみじん切りにも屈せず、美味しくなるように手でしっかりと捏ね種を作り、焼き加減を調節しつつ、健康を考え付け合せの野菜たちを考えながら作ったものです。それを残すという事は、その思いを無下にするも同じ。さぁ、祥。貴女ならどうします?」

「そんなこ・・・・・」

「いただきます!!?」

「よろしい。では私も」

 何たる暗示効果。つい先程まで限界宣言をしていた男が、今や妹という強化素材を使って限界突破を果たし、残りのおろしハンバーグに食らいついている。

 見事に兄の言葉に遮られた蛍は、もう何も言うまいと水を飲んだ。

 横ではスプーンで最下層のシリアルをほじくり、生クリームやアイスと絡めボリボリと噛み砕いている侑李が。この空間で一番の幸福顔を披露中。それを他所に祥がぱんっと手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

「はぁ~、うまかったなぁ。これが本当に蛍の手作りだったら、もっとうまかったんだろうなぁ」

「もう・・・・・お兄様ったら、私よりプロの方が美味しいに決まっているじゃございませんの」

「いやいや、愛情という項目ではダントツ高得点だぜ!今度家でおろしハンバーグ作ろうな~」

「・・・・そうですわね。その時は柳静様にもお手伝い願いませんと」

「ん?」

 突然兄妹のやり取りに巻き込まれた柳静。祥は煽ってどうにかなったが、自分自身には気を逸らす材料がなかったため、水で流し込む作戦を決行してようやく完食したところだ。

 仕返しにしか思えない、困った時に無理矢理柳静を巻き込むのが、この兄妹の悪い癖だと言える。

「え、蛍、何恐ろしいこと言ってんだい!こいつに手伝いなんかさせてみなさい!一瞬で食材の未来が変わっちまう!輝かしい食卓から、異臭漂う地獄が如し生ゴミ袋逝き直行だい!」

「そんなことありませんわ。今迄だって何度もご一緒しましたが、一応きちんと調理していましたわ!むしろ手伝いをしないのはお兄様の方ではございませんの」

「あー!言ったな妹よ!俺は実は料理が上手いんだぜ?だけどお前の手料理のレベル上げと純粋に食べたいという思いでキッチンには敢えて立ち入らないようにしてんだ!」

 店内で兄妹喧嘩のゴングが鳴る。

 超特大パフェから始まり、騒ぎの根元。

 もはや、周囲からの視線を集める、という特技を習得したも同然だ。

 そんな兄妹喧嘩は更に続く。

 議題『料理時の手伝い』。

「そんな事言って・・・・・、私のレベルアップを望むのでしたら、横でアドバイスの一つくらいしてはいかがですの?お兄様が普段なさっているのは、私のエプロン姿の撮影だけではありませんの!」

「俺は一分一秒でも長く、お前の可愛い姿を撮っていたいんだよ!故に、調理していては手が塞がって撮影できねぇから嫌だ!」

「必要ありませんわ!どれだけ私を撮りたいんですの!シスコンも程ほどになさいませ!」

「なっ・・・・・!シスコンの何が悪い!妹ラブなんだよ!愛しているんだ!それの何処が悪い!そして兄妹喧嘩なんて超久々すぎてレアなんだよ!なう撮りてぇ!なんで、ここに、携帯がねぇんだぁぁ!」

 祥の携帯は現在、自宅でのんびり留守番中。夜のうちに充電ばっちりで今日のために準備満タンだったはずの。

「撮らなくて結構ですの。もう・・・お兄様ったら、本当に妹離れが出来ないんですから。いい加減、私から距離を置く練習をなさいませ」

「いいんだ、俺は一生蛍から離れる気がねぇから」

「・・・・迷惑この上ないですわ」

「なんだかんだ言い合ってはいますが。二人とも兄離れ、妹離れ出来てはいませんよ。あと、もう収拾がつかないようですし、その辺でおやめなさい」

「何だよ、柳静。俺達の喧嘩に割って入んの?」

「私の名前を出したことを後悔なさい。それよりも、先にあちらを止めた方がよろしいのでは?」

「? ・・・・・・?? ・・・・・・・!!?」

 柳静がそう言って指さす方に目を向けると、そこは異様な光景が。

「んぐっ・・・・む・・ぐ・・・」

 超特大パフェの最後の一口。

 器の底に溜まった、溶けたアイスや残りのフルーツを食べ切るため、両手で器を持ち上げ、ジュースのようにぐびぐびと飲んでいた。綺麗に残さず最後まで、というのが侑李の食に対する礼儀礼節である。

「ちょ!?何しているんですの!侑李!?」

 しかし、侑李個人のそれなど、蛍には通用しない。ただの行儀の悪い、作法もへったくれもない行為にしか映らない。

 傾けた勢いで最初の一口で飲み零してしまった所為で、口端を通り越して、顎を伝い、首筋をゆっくりとベタつきという嫌悪感を残しながら、今、服を濡らそうとしたところで、蛍が素早くおしぼりを押し当てた。

「んぐっ・・・・んー、美味しかったなぁ~。ごちそうさまでしたぁ~」

「ご馳走様ではありませんの!んもう、もう少しで服までべっとりになるところでしたのよ?ほらご自分でお拭きなさいな」

「あ、ごめんごめん。パフェの完食に比べて自分の口周りが汚れることなんて、僕にとっては些細なことだからさぁ~」

「はぁ、食べ物を最後まで味わうこと事態は悪いことではありませんが。少しはご自分の顔や上半身を気にかけてあげてくださいませ」

 蛍は皆無と言っていいほど、主人に気にかけてもらえない今回の被害者に、憐れみを抱きつつも、受け取ったおしぼりを素直に使用する侑李を見て、ようやく安堵(あんど)した。

 だが、おしぼりは適当に液体の道筋を撫でるだけで、侑李は未だに口いっぱいに残るパフェの混ざり合った後味と余韻(よいん)に浸っているわけだが。

「侑ったら、完全に意識がパフェの中だな。あんだけ食ったのに、まだ余裕そうな顔しちゃってさ。もうパフェの虜だな」

「なんだか、お兄様がご自分が少しばかり上手い感じに発言しようとしている事に、少々不快感を抱いてしまいましたわ」

「確かに上手い、というより、格好をつけたがるその精神は、祥という人物構成の約八十%を占め尽力していますから、致し方ない事だと観念したほうがいいでしょう」

「おいっ!俺の八十%が格好付けだとして、残りの二十%はなんなんだ!」

「それは、ウザ過ぎるシスコン五%、ナルシスト七%、それから・・・・」

「もういい!やめて!未発表の八%が恐い!もうすでに十二%で心が折られそう!つか、折る気満々の構成項目!」

 一体、残りの%はなんだったのだろうか。聞きたいが聞きたくない。もどかしい。好奇心は猫を殺すというが、この場合、好奇心は祥自身を殺す。

「まぁ・・・・。恐ろしくて逆に尊敬しますわ。さすがお兄様ですこと」

「蛍!?ダメダメ!確かに俺という存在を作り上げるのに、シスコンという項目は必要不可欠なプロセスの一部であるが!そんな軽蔑の瞳で見られると、俺、新たにマゾ属性付与できちゃうから!」

 ここに、室弥祥=変態変質者の負のレッテルが貼られた瞬間が。

「はぁ。貴方は一人でどこまでも話を脱線させることが出来るのですね。爆食い少女と、変態馬鹿。二人の大きな子供の世話をする蛍は母親のように見えてきました」

 という柳静の何気ない一言に、更に祥は反応してみせる。

 右手を口にあて、目を見張り、何かに気が付いてしまった俺どうしよう、と言いたげな様子で。

「蛍が・・・母親だと・・・・・・。そんな、それはまさか、禁断の愛がここに、また一つ生まれてしまったというアレなのか!」

「驚愕している意味は分かりたくはありませんが。貴方はすでに兄妹という近親相姦を犯そうとしているでしょう、ゲスめ」

「え、いきなり暴言?いや、常に精神攻撃半端無いけどさ」

「おや、失敬・・・・・・とは思っていませんが」

「なぁ、最後に小声で本音ぶっこむの止めてくれない?」

 母親の方が妹より、禁断レベル的には低めだから怪しい匂いは抑えめだ、というフォロー効果ゼロの祥の発言。

 それに対し、柳静はあっさりと、レベルの問題なのか、とツッコんだ。

「確かに!妹というカテゴリは、年下、幼女、といったロリ要素を付属している。しかし、母親は年上、人妻、熟女というなんだかエロい大人の厭らしい空気が、まだまだ未熟な俺を包み込んでくるんだから、禁断レベルの上昇率ときたら・・・・うっ、あ、やべぇ」

「ガキですね。というより、単純に気色が悪い、死んでください。女の敵ですね、そばに寄らないで下さい」

 男の(さが)だと、したくもないフォローをしておくべきか。妄想による影響か、身体に直接現れてしまう。右手は口から少し上にずらし鼻を押さえ、左手は下半身を押さえ込む。エロには従順な青臭い少年のような反応をする二十五歳、室弥祥。

 もう一度言っておこう、これは男の性であり、健全であると。

「うるせぇよ、男は誰だって楽園には憧れるもんさ。逆に一切の反応を示さないお前の方がよっぽどありえない存在なんだよ」

「そうですか。まぁ、年齢(イコール)彼女がいない歴(プラス)童貞な貴女なら、余計にオーバーリアクションになりますか・・・。哀れな」

 色恋沙汰に全く興味が無い柳静は鼻で嘲笑いつつ、三杯目の水をグラスに注ぐ。

 今は恋より、何故緑茶がないのだろうという不満が優先されているようだ。その澄ましている姿が、祥には気に食わない。

「童貞なのはお前も一緒だろ!つか、彼女が二、三人いたことがあるからって、偉そうに・・・・柳静のくせに!」

「正確には五人でございます。といっても、全員ほぼひと月も経たぬ内に別れてしまいましたが」

「おい、ひと月じゃねぇ。最長で二週間だ!へんな所で過去の隠蔽(いんぺい)すんなや!せっかく彼女が出来たというのに、お前全然メールのやり取り出来ねぇし、どっかデート行くとか誘いもしねぇし!だから皆去っていったんだ!」

 小学生入学から高校卒業までの間。柳静には五人、彼女がいた。

 無表情、無口、というのがクールとされ、顔やルックスもよかったため、地味におモテになっていた。しかし、結局高嶺の花でしかなかった。

 付き合いだしたのは良いが(五人とも無理矢理付き合ってきたのだが)、日常会話において、中々向けてもらえない言葉に愛を感じられず、追い討ちをかけるように、ようやく口を動かしたと思ったら、祥の話のみだった。そのせいで、必ず別れる際は、柳静には「ごめんなさい」と涙で去り、祥には一言二言悪態をついて去っていった。完全なるとばっちり。

「仕方が無いでしょう。私は機械が苦手なのですから。そもそも好きと言うのならば、私がこのような性格だということを覚悟していただかなくては。それと、メールは無理でも手紙は出しました」

「いや、そんなどうでもいいフォローは丸めてゴミ箱にぶち込んでやる。今時、文通を一キロ圏内でやるやついねぇから!毎日学校で会う方が早いわ!それにお前、筆で絵文字、顔文字なしのオール黒文字って、女の子ときめかねぇよ!?」

「うるさいですねぇ。彼女いない歴(イコール)年齢が。よく吠えることで」

「きゃんきゃん!!?」

 せめてもの抵抗なのか、もうプライドもなく犬の物真似を披露。

 今時携帯が使えないというのは不便なものだ。いや、柳静自身は全く不便さを感じてはいないが、周囲の人間はそうはいかない。

 学生時代は友人や恋人と長時間会話を楽しみたいもの。しかし、電話は料金の心配があるが、メールは好きな時間に返信できるのもあって重宝している。

 柳静は最近になって、祥のおかげで電話の応答、メールの受信のみの操作を覚え、実践できるようになったのだ。昔から家族に携帯は持たされてはいたが、文字通り、ただ持っていただけだった柳静。

「結局は私も祥の話題しかなく、相手に変な誤解だけ生ませてしまい、何故か気を遣わせて去っていかれましたから。お互い様です」

 ぽん、と肩に手を置き、親指を立てる謎のポーズをしてきた柳静に、祥は激しい苛立ちと嫉妬とがぐるぐると渦を巻いた。

「おうおう、そうだなぁ。最終的に?お前も童貞なんだからなぁ!?仲間ってことにしておいてやんよ。俺って優しいぜ・・・・」

「ありがとうございます」

 その場を丸く治めるため、柳静は下手に出てやった。祥のような器の小さい男は、下手に出てやれば簡単に事は収束する。

 しかし、凪原柳静という男も、中々どうして、祥に負けず劣らずいい性格をしているのだ。


「それにしても、童貞を脱するために、まず性行為について学んでおこう、ということで二人きりで様々な経験をした日々、懐かしいですね」


「え」

「え・・・・」

「え?」

「ん?」

 沈黙が四人を包む。

 超特大パフェだけでは飽き足らず、なんとか蛍を説得してケーキ二つをゲットした侑李は、口にフォークを咥えたまま祥と柳静を交互に見遣る。

 蛍は、今迄だって二人の言動には驚かされていたし、ようやく日常の一部として組み込み始めていた矢先の発言に、まだまだ日常とは縁遠い存在なのだと思い知らされていた。そして、兄達を哀れんだ。

 そんな妹達からの視線に耐えられず、赤面したまま柳静を軽い連続パンチを繰り出す祥。

 リークした張本人はというと、はて、禁句事項にでも触れてしまったのだろうか?と己の罪に気付いておらず、平然としていた。

 とんだ暴露発声機だ。

 これで自分は全く羞恥を感じていない所が、憎い。  

「おま・・・、何こんな公衆の面前でとんでも愧死(きし)エピソード暴露してくれとんじゃい!何も妹たちの前で言う事無いだろう!無慈悲(むじひ)!!?」

「おや。今さらそんな事。散々童貞だなんだ言っていた人が、今になって初体験の一つや二つ・・・・。構わないでしょう」

「構うのー!ちょ、やめろ!まるで俺とお前が、一発何かしでかしちゃったみたいだろ!」

「酷いですね・・・・。あんなに激しかった夜を、忘れよと申すのですか?」

「わぁああああああああああああああああ!もう黙ってお願い殴るぞ!!?」

 無表情のまま発せられる言葉は読みづらい。

 嘘か、真か、冗談か、真実か。判別しずらい。

 今連続パンチを繰り出し続けている祥の姿が、もはや彼氏の言動に一々振り回され、照れ隠しをしている彼女、としか映ってこない。

 二人のやり取りは幸い、他のテーブルへは届いていない。が、目の前の蛍と侑李の耳には、ばっちりと入ってしまっている。

 その反応が白い目だった。

「そうでしたの。お兄様たちが仲が良すぎるのはそういう一件が絡んでいましたのね。良かったですわ、お兄様に彼女はいなくとも、彼氏がいて」

「はぐっ!」

「えっと。祥兄と柳静さんなら、間違いなく祥兄がお嫁さんだよなぁ~。どっちかといえば、柳静さんの方が男らしいしぃ~」

「ええ!?」

 どうしてツッこんで来ない!普通何も無かったんだなとすぐ気がついて止めに来てくれてもいいでしょうよ!それに何故俺が嫁なんだよ!確かに女々しさは兼ね備えているけれども!と、祥は心中で妹二人の見事なスルーっぷりに動揺してしまっていた。

「ほら祥。お二人からもお許しが出た所ですし、正式にいたしましょうか」

「何をだよ!!?」

「お兄様?大人しくお認めになったらいかがですの?一線を越えてしまったのでしたら、責任をきちんとお取り下さいませ。でなければ私、お兄様のこと、嫌いになりましてよ?」

 愛する妹、蛍からの強烈な一言。

 もう何の話だよ、これ。侑李は参戦するのに飽きたのか、弄るのをやめ、傍観者へと異動願いの代わりとして、二つ目のケーキにフォークを刺した。

「うう・・・、俺、何してんだろう。こんな所で自分の性行為をリークされ、男との交際宣言強要させられて・・・。俺はな・・・俺は!女の子にモテたいんだよ!」

「「無理です(わ)」」

「はぁん!そんなはっきりいう事なくね?少しくらい優しさで包んでくれたっていいじゃんかよ!」

 さっきから羞恥プレイと精神破壊攻撃ばかり受けている。

「恋愛ゲームですら、ハッピーエンドに辿り着けないお人が、現実で女性と恋愛したらどうなるとお思いですの?」

 ちなみに、祥の携帯アプリの半分は恋愛シュミレーションゲームが占めている。そのほぼ全てにおいて、友情エンドで終了し、攻略を見なければハッピーエンド(アプリによって恋人、結婚と様々)には到達できない、悲しいエピソードがここに。

「ぐぁ!何故それを・・・」

「私がリークしました」

「またかよ!つかお前本当、俺の事よく知ってんな!俺専門の情報屋か、柳静!?」

 もう柳静に知らないことはないのではないかと、恐ろしくなる。

 それよりもそれを無償で提供してしまうあたり、情報屋ではなくむしろ、情報垂れ流し機の方が名称には釣り合いそうだ。

「ご安心を。蛍からは、きちんと対価を受け取っていますから」

「そうなの!金銭やり取りって、中々に犯罪じゃねぇの!」

「もちろんですわ。私、お兄様の情報と引き換えに、メールの返信方法をお教えしておりますの」

「・・・・・・・・Oh・・・・」

 祥の表情が一瞬にして憐れみへと変化。そして、柳静の肩をぽんと叩く。

「ファイト!」

「殴りましょう」

「何故!?」

 メールの受信方法は覚えても、返信方法をまだ知らない柳静は、蛍にこっそり教わっていたようだ。

 暴露を暴露で返され、もうむっすりと拗ねる、のコマンドを祥は高速連打した。

 そんな心小さき兄に、さり気なく救いの手を差し伸べた蛍は、ふと隣をみた。ふと。

 傍観者へとシフトチェンジした侑李は、いつの間にか二つ目のケーキを胃袋へ。ようやく膨らみ始めたらしい(あれだけの巨大パフェを食べておきながら満たされていないのか)腹を擦っていた。

 それはいい。

 問題は。

「侑李。その左手が備えているものはなんですの?」

「ありゃん?もう祥兄弄りは終ったのぉ~?早いよぉ~。こっちはまだ決断していないというのにぃ~」

 侑李の手にはメニュー表。しかも開いているのは再びケーキメニュー。バケモノめ。

 『洋和』には、パフェの他に、ケーキやあんみつ、饅頭といった和洋のデザートが豊富な店としても人気だ。その中のケーキは全七種類。先程侑李が食べていたのは、ショートケーキとチーズケーキだ(超特大パフェに思い切りチーズケーキが乗っていたが、逡巡(しゅんじゅん)することなくあっさりと頼んでいた)。

「貴方、先程二つだけと約束したばかりでしょう。これ以上は太りますし、そもそも糖分を摂取しすぎていますの!」

「胃もたれなら大丈夫だよぉ~!あと二つ!本当にあと二つだけぇ~!」

「そういって毎度毎度最終的に全種類制覇するんじゃございませんの!今日という今日は、心を鬼にしますわよ!」

「ひええぇえん!!」

 本当は食べさせてやりたいが、今日は超特大パフェを数に含まなくてはならない。

 蛍は心を鬼にする。

 しかし、目の前に甘味の楽園が広がっているというのに手が届かない、いや伸ばすことすら許されないというのは、なんとも辛い。

「あぅ・・・・ぅ、蛍・・・?」

「なんですの?」

「だめぇ~?」

 パーカーのフードを被り、猫耳を掴みながら可愛さのモード発動!さらに、上目遣いのうるうる光線も炸裂・・・・、

「いけませんわ」

効果はなかった。いや、これが効果を生むのは不特定多数の愛する妹の親友好きという、マニアック専門の奴らにだけだろう。

 とりあえず、生クリーム系はもう禁止しなければならない。侑李の健康を第一に考える蛍の精一杯の心配の仕方だった。

 許可が出なかった侑李は、携帯を取り出し、泣く泣くメニュー表のケーキを画像で残すことにした。次回のために。

「のぉ、柳静や。娘達の可愛さが眩しいのぉ。でもそれを撮れない悔しさが苦しいぞよ」

 なにか始まった。しかも何故か口調が貴族という。

 柳静は無表情のまま、ふと思い出したように。

「妙な劇場を開演させようとするのは止めて下さい。後悔しても仕方がありません。嗚呼、そういえば言うのが遅れましたが、私の携帯が復活しました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「蛍が持ち歩き式の充電器に繋いでくれましてね。無事、復活を遂げました。素晴らしいですね、私のために常に折りたたみ式携帯用の充電器を持ち歩いてくれているなんて。これで安心ですよ。私は使えませんが」

 基本鞄を持ち歩かない柳静は、着物の懐から折りたたみ式携帯電話を取り出した。キーホルダーもなく、何かシールを貼ってデコレーションするわけでもなく、購入したままの姿。

 この紋所が~、の真似だろうか。祥に(かざ)して見せた。

 おかげで、祥は空いた口が(ふさ)がらない。

「おま・・・・・・・」

「はい」

 大きく息を吸って。

「それ貸してくれれば今迄の全部撮れたじゃん!バッチリだったじゃん!!今さら出さねぇでくれよ、なぁおいいぃぃぃい!!?」

「おや、数分前に宣言しましたよ」

「あ!!?」

 蛍の可愛い姿。侑李とじゃれている姿。

 この数分間で一体名場面がいくつあっただろうか。

 それを撮れなかったという(本当は撮れていた可能性があったことを知り更に)ショックで、地面に転がり泣き叫びたい気持ちを抑え、祥は柳静の言葉を反芻(はんすう)する。

 数分前とはいつだ。

 ”宣言”と言っている時点で、柳静はきちんと”宣言”と言っているはずだ。

 考える。

 そうだ、あの時だ。

『いいですか祥。よく聞きなさい』

 あれは蛍を探し出すため、柳静を一人置き去りに飛び出した後。

『私は今から、貴方に宣言いたします』

 感動の再会を果たしたはいいが、後始末を押し付けてしまい、その罰を受けてやると祥は口にした。

『安心なさい。簡単なことです。馬鹿でも出来ますから』

 そして、その言葉通り、柳静は告げたのだ。


『今後、いつか起こる事柄に一つ、耐えなさい』


「あ・・・」

「やっと思い出しましたか。ご自分で罰を望んでおきながら、内容をすっかり忘れるとは・・・・」

「え、ちょっと待て。罰がありすぎてどれだか分かんねぇ!!」

「・・・・・・・」

 蛍フォルダに写真が増やせなかったこと、愛する妹に一度でも嫌いになる宣言をされたこと、飛躍しすぎた性の暴露など、耐える対象の一つが分からない。

「嗚呼、言っておきますが。元々は蛍の撮影を禁止する事が罰の内容でしたが。それを決行するために、蛍と侑李には一芝居打って頂きました」

「え、そうだったの!」

 がばっと、祥は可愛い妹二人に視線を向けると、舌を出して笑っていた。うん、可愛い。

「ちなみに、貴方の初処理など、とうの昔に家族全員知っていますからご安心を」

「ぐぶあっ!!?」

 耐える、というのはこんなにも無慈悲なものだったんですね、神よ・・・。と、心中で神に語り掛けながら、そうして、祥は白目を剥き、泡を吐きながらテーブルへと沈んでいった。

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