第二章1 『迷子の連鎖と絆』
1(AM 11:17)
ショッピングモールには要所要所に休憩所として、通路にソファやベンチが設置されている。デザインはまちまちで座り心地は良い方に作られているが、中には安全性を考慮したために少々座るには難ある物もある。
買い物待ちの男衆や歩きつかれた客は、足を休めるために利用する有り難い休憩場。
その内、座りながらも無防備にまるで自宅のリビングにでもいるかのように寝こける客もいる。
その中の一人。
ブラウンのニ、三人用ソファに腰を下ろす青年。青年というよりかは”少年”というニュアンスの方がしっくりくる程、幼さが残る印象の青年。
Yシャツにクリーム色のセーター、藍色のズボンという一見普通の格好をしている・・・ように見える。が、よく見るとセーターの袖が異様に長い。指先から約三十センチ余計に伸びており、ズボンもサイズが合っていないのか足首で何度も裾を折り曲げていた。それ見え張ってもう一つ上のサイズを選んじゃったの?と言いたくなってしまう程、青年は全体的に緩かった。いや、ダボかった。おまけにこの場で一番似つかわしくない、赤の下地の上に黒でなんともいえぬ輝かしい瞳が描かれたアイマスクを装着していた。
そんな青年は、ショッピングモールが開店して僅か五分でこのソファを占領。寝そべりたい気持ちを必死に抑え、足は床につけたまま肘掛を枕にする形で寝息を立てていた。
本来ならばアイマスクを着用したいところだが、物騒な世の中な上窃盗を視野に入れておく必要があるため、今は額から動かさず目を瞑るだけで止めておく。
無駄にキラキラとした瞳のアイマスクは役目を果たせずさぞ無念であろう。が、ソファの傍を通り過ぎていく子どもを始めとした通行人の興味を引くことは出来るようだ。無垢な子供は例えそれがこんな所で堂々と寝ている見ず知らずの成人男性であっても、恐れなど後回しに容赦なく特攻してくるものだ。
さっそく一人の子供が興味の的であるアイマスクに手を伸ばした、
「ん・・・・何・・・・?」
が、触れる手前で止められてしまった。青年が子供の手を掴んだからだ。目を瞑ったまま気配だけで掴んだ手に少々力を加えながら問いかける。
「それなに?へんな目がついてるー!」
「・・・・ん、これはアイマスクだよ。文字通り・・・」
「へー。あ、これてれびで見たことあるよ!」
テンション低めなこちらとは対照的に倍以上の高いテンションで返してくる子供。どれだけアイマスクに興味があるのだろうか。と青年はため息の代わりに欠伸を一つ。
これまた見た目と不釣合いだと言われることがしばしばある、ハスキーボイスでどうしたものかと唸る。
子供が苦手な理由として”睡眠妨害される”を挙げている青年は、今まさにその状況だという不快感に”遠ざける”のコマンドを選択した。
「・・・ん、バラエティで使われること・・・たぶたぶ・・・。正月で観んだろ・・・」
「あ!いとしろーと、はまのやつ!」
「・・・ん、言いたいことは分かった。あのさ・・・俺寝たいんだけど・・・・、どっか行ってくんない?」
青年はしっしっと右手を振る。しかし子供は撤去しない。
「こんなところで寝ちゃだめなんだよー!」
「ん・・・、大人はいいのさ。だめなら・・・・あそこで大口開けて寝てるじぃ様も起こして・・・きなよ・・・。男だろ・・・ほら・・」
アイマスクを盗られぬように左手で抑えつつ、隣で同じブラウンのソファで大胆にも横向きで寝ている老人。せめてもの配慮のつもりか、汚さないために地味に靴を脱いでおり、寝顔は見られたくないのか灰色の所々土がついている作業用キャップを深く被っている。そんな老人を起こして来いなど、この青年は子供に命じる。
なんとも大人気ない。そこまでしてアイマスクと睡眠時間を死守したいのか・・・・。
命じられた子供は多少恐怖心を感じているのだろう。老人と青年を交互に見遣る。
「・・・あ、あれは、むりだよ!かわいそう!」
「・・・・ん、俺はいいのかよ・・・」
「おにいちゃんは恐くないから」
「・・・ん、褒め言葉として受け取っておいてやるよ」
「ねぇ、それさわらせて?なんでだめなのー?いいじゃん、ちょっとくらい」
「・・・ん、これ・・・俺の相棒・・・。・・・だから触らせたくない、汚れる」
「オレ、よごさないよ」
「・・・君、トイレで・・・手、洗った?」
「・・・・・・・・・」
さっ、と子供は目を逸らした。まだまだ嘘が下手なお年頃だ、と青年は勝ち誇ったように綻ぶ。エメラルド色の髪に映える藍色の瞳を、目蓋の隙間から覗かせて。
嘘が吐けない子供が必死に背中に隠した両手をしっかりと捕らえられている。
「ん・・・・、分かりやすい奴は好きよ・・・。手ぇくらい洗えよ、汚ぇもん触ってんだから」
「オレ・・・ふじみだから・・・」
「いや・・。そんな言い訳、大人には通用しねぇってこと・・・今日インプットしとけ。今すぐ洗ってこい・・・」
「えー!そういってにげる気だろ!だめだぞ、こどもだましちゃ!」
あれ、何で俺子供に叱られてんだ?何たるレアケース。子供避けまくってたからこんな経験レア過ぎるわ、と青年は心中で世界一どうでもいい拍手を己に送った。
どちらかといえば、騙しているつもりはないのに騙されたと訴えられた冤罪の一種だ。
(そんなことはどうでもいい。早くこいつの親こねぇかな。つか、子供一人でなにしてんの?ここらへんは後ろに書店があるくらいで、子供が見るようなものなんて何も・・・あれ、まさか・・・)
はっ!と青年は思い浮かんだ言葉を口に・・・。
「・・・ん。お前。もしかして・・・迷・・」
『本日もご来店いただきまして誠にありがとうございます。迷子のお知らせをいたします。○○市からお越しの若津爽磨さま。お連れ様がお待ちです。至急、一階、インフォメーションまでお越しください』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
する前に呼ばれた。自分が。
青年=若津爽磨は、通常より三十センチ長く伸びている袖をヒラヒラと揺らす。まるで白旗を揚げているようだ。
「あれ、どうしたの?おにいちゃん。は!まさか今のまいご、おにいちゃんのことだったりして!わー!まいごまいご!おとなのくせにだっ・・・・・」
『続きまして、○○市からお越しの、市ノ瀬竜剣くん。お母様がお待ちです。至急・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
迷子案内アナウンスを聞いた二人。
言葉が見つからない。
周囲は耳障りなほど騒がしいというのに、二人の間には沈黙が続く。
最初に口を開いたのは長い袖を揺らし続けていた爽磨。
「ん・・・・。お前も同じ穴の狢・・・・だな。住所も名前もばっちり・・・・」
子供――市ノ瀬竜剣は、悔しさと羞恥で今にも泣きそうだ。
「うるさいぞ!まいご!おとなのくせにまいご!!」
「・・・ん、迷子が子供だけのものと思ったら大間違いだ」
ふふん、と爽磨は無意味なドヤ顔をする。子供相手に何を張り合うかと問いかけたくなる。
ソファに預けていた身体を起こし、座ったまま背伸びをすると爽磨はすっと立ち上がった。
「まぁ・・・・ん・・、とりあえず出頭するか・・・」
「え?」
「ん・・・だって俺ら・・迷子犯・・・」
「おお!なるほど!」
「ん・・・いこうか。えっ・・と・・・、なんたらけん君・・・いたっ」
先程のアナウンスで知ったうろ覚えな名前を口にする。すると竜剣が全身を使ってアタックしてきた。子供の攻撃技の一つ、「全身アタック」。竜剣の攻撃は、爽磨に膝かっくんをさせる形となった。おかげで尻餅ついたわ、と爽磨は痛みに耐える。
「なんたらってオレは竜剣!おにいちゃんわざとまちがえただろー!」
そんな事お構いなしの竜剣は、ズボンのポケットに入っていた手作りカードを取り出し、そこに書かれている名前を見せようと、ぐいぐいと頬に押し付けてくる。
「ん・・、うざ・・・い。って何このカード・・・お前・・」
竜剣の手からカードを奪い取る。カードにはこう書かれていた。
『僕の名前は市ノ瀬竜剣です。よく迷子になるので案内所でアナウンスを流してください』と。
ようは迷子常習犯の証明書だろう。同じ罪状の仲間を見て、爽磨は憐れみの表情を向けた。
「オレはわるくないぞ!いなくなる父ちゃんと母ちゃんがわるいんだ!なのに母ちゃんってば、かってにこんなのつくってさー。もてもてって!」
「ん・・・、良い母さんだな。そして賢い」
「あ!こんどおにいちゃんにもつくってやるよ!うれしいでしょー」
「・・・ん、超めいわくー」
これ以上ここにいても仕方がない。歩くのが億劫過ぎて爽磨は、ふぅと大きなため息を吐いてから歩き出す。
竜剣も後を追う。
「めいわくってなんだよー!うれしいっていえよー!」
「ん・・・・、うれしくなーい」
竜剣は気付いていないが、爽磨は合わせている。子供と大人では歩幅が大きく違うため、なるべく竜剣が駆け足や走ったりしないように意外にも気を使っていた。そんな出会って数分の爽磨の気遣いなど露知らず、竜剣はとことことヒヨコのように追ってくる。どうしても「嬉しい」という言葉を言わせたいのか、セーターをぐいぐい引っ張りながら執拗にせがってくる。
「おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん!おじぎがわるいぞ!」
「往生際が悪いぞって言いたかったのか?・・・・確かに俺は姿勢が悪くて猫背だがな」
「あ!それそれ!あ・・・これはまちがえたんじゃなくて、おにいちゃんのずのうをてすとしただけだから!かんちがいするなよ!」
「ん・・・・さいで」
男に男のツンデレは全くの無意味無能力だからな、と付け加える。負けず嫌いで騒がしくて素直な子供。そんな苦手な相手をしながら爽磨は歩く。
扱いやすいことに関して、今は感謝しながら時より後ろを振り向く。こう行き交う人が多いと、子供の軽快な足音は消されてしまう。おまけにショッピングモールの二階の通路は絨毯が敷かれている。
「そういえばおにいちゃん、そーまっていうの?」
「そうだけど何?」
「なまえわかんないとこれかけないじゃんか。あとでかみにかいて!」
もうこちらの許可は無視するらしい。作る気満々なのか、と逃げられなくなった案件に爽磨は諦めてすっきり受け入れることにした。
どうせ今日だけのたった数十分だけの付き合いだ。そもそも初対面で子供相手でも住所を教える義理はない。書かずに別れてしまえばいいだけの話。
「・・・ん、へいへい。あ、竜剣・・。エスカレーター駄目。階段でいくぞ」
「えー、オレのりたいー!」
「もう少し大人になったら・・・好きなだけ乗り放題だ。ほら・・・」
「じゃあ、エレベーターは?」
「ん・・・。人生楽をする事ばかり考えてるといつか後悔する事になるぞ・・」
「さっきまでどうどうとお店のなかでねてたひとがいうことかな?」
階段を半分ほど下りた爽磨は、早く来いと長い袖を揺らしながら催促する。子供の竜剣であっても長いズボンを折り曲げているとはいえ、転んだりはしないのだろうかと不安になる。
てっきり爽磨はショッピングモール内のソファで堂々と寝ているくらいだから、楽な方を取ると竜剣は思っていた。
エレベーターかエスカレーター。目の前にはエスカレーターが、三十秒も歩かないところにはエレベーターもある。いかにも楽を優先させそうな男が自分の足を動かす階段を選択したことに合点がいかないのか、竜剣は階段の前で立ったまま動こうとしない。
「ん・・・・俺買いたいものねぇし。付き合いと昼食目当てだから時間潰しにソファを拝借してただけだよ。あと・・・・・・、本当は楽が一番好ましいのは当たってるから安心しろ」
「じゃあなんで?」
何も質問していない竜剣の心を見透かしたように、爽磨は勝手に答えをくれた。しかし、子供の探究心にまだ納得させられないようだ。
「ん・・・・、エスカレーターは一歩目が無理。エレベーターは揺れで気持ち悪くなる・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・何だよ。聞いといてその反応はなしだろ」
「・・・オレよりこどもじゃーん」
なんともしょうもない理由を聞いて、竜剣は内心落胆と憐れみを向けながらゆっくりと階段を下り始めた。「うるせーな」と爽磨は下りてきたのを見届けると残り半分の階段も下りる。
「エスカレーター、オレでものれるぞ!そーまってうんどうおんちなの?」
「・・・ん、ちょっと待て。俺の名前呼び捨てか・・・・」
「じゃあ、そーにぃ」
「それだと・・・ちょっと・・・。会社名っぽくなっちゃうから」
「えー」
竜剣は歩きながら不服そうに唸る。離れないようにと、爽磨の長い袖をしっかりと掴みながら。
「それよりさ、オレだいはっけんした!オレとにいちゃんのなまえあわせると『双竜魔剣』になるよ!つよそう!かっこいい!!」
どこぞのRPGゲームで入手出来る武器のような名前だ。中々にレア度の高そうな名前に竜剣はテンションが高い。ゲームをしたがる丁度良い年頃だからだろうか。
「ん・・・・?ちょっと待て待て・・。なんで俺の名前、漢字変換されてんだよ・・・。意味ねぇじゃんよ」
「・・・・そこは・・おいといて」
「・・・・おい」
まだ漢字をよく知らない竜剣だが、普段RPGやアクションゲームをしているらしく、それらしい漢字を人差し指で空を描きながら説明する。それを読んだ爽磨は、読み方だけを組み込んだことに不服なようだが。
「だってまだおにいちゃんの字、おしえてもらってねぇもん」
あっさりと返されてしまった。そういえばそうだった。
というより、その歳で何故簡単な漢字は知らず、”魔”という漢字は覚え、書けるのだろうか・・・・。ゲームとは恐ろしい・・・・、と爽磨は思った。
そんな他愛も無い会話を続けている間に、ようやく目的地についた。