序章 『始まりの目覚め』
1(AM 04:40)
チリン。
メールの受信音。
朝日がカーテンから差し込むにはまだ少し早い時間。静かな部屋に響くには十分な音。
チリン。チリン。
友人に、初めから携帯電話の受信音としてインストールされているものの中から一番煩わしくない且、反応しやすいと思った音に設定してもらった簡素な受信音が続けざまに鳴り響く。鈴の音に近い音なので気に入っているのだが、こう連続して鳴り響くと心地良さなどなくなってくるものらしい。決定時、深夜の事も考慮しておけばよかったと今さらながらに後悔してしまう。
自室の隣、今は襖で隔てられている寝所。
畳の匂いが充満する、六畳一間のその中央にある敷布団。その枕元に翌日の衣服と共に一応置いている携帯電話に、眠っていた凪原柳静は手を伸ばす。
伏せたまま掴もうとしたせいか、何度か空気を掴む形となってしまった。
そんな状態でようやく手に取ったのは、折りたたみ式の黒い携帯電話。スマートフォンが主流となっているこのご時世、若い男性が持っているには珍しく思われてしまいそうなのだが、柳静は気にしていない。むしろ、折りたたみ式を主として使用して何が悪い、という側だ。
今は懐かしいの部類に入る、「ぱちっ」と音を出して携帯電話を開く。画面には受信メールが六件と表示されている。
普段設定をろくにしなかったツケだとでもいうように輝度の高いままの画面。暗室の中では目潰しに等しい。お決まりの台詞を言いたくなる気持ちを抑え、何度か瞬きを繰り返したおかげで段々画面に慣れてきた。と同時に、重怠かった目蓋も必死に眠気との戦いに勝ち始めていた。
うつ伏せの状態での操作は行儀が悪いと叱られた経験からしたくはなかったため、寝巻き浴衣を整えながら布団の上で仰々しく正座をする。はっきり言って寝相は悪い方らしいので(周囲がいう事なので自分自身自覚はない)寝巻き浴衣には皺が出来てしまっていた。
三月上旬であるこの季節、まだまだ寒さは続いているため柳静は枕元に翌日の衣服とは別に畳んで置いてある羽織りを肩にかけた。これで少しは寒さが凌げるだろう。用件を済ませて早く温かな布団に再び包まれたいものだ。
文字部分が白色、枠が紫色に光るボタンを慣れない手つきで操作する。消音モードにしておかなかったため、静かな部屋に機械音が響く。何度かフォルダーを開き間違えてしまったが、ようやく目的のメールを開封する事に成功した。
【おはよーう!といってもまだ健やかにお休み中かぁ?】
一通目にて、凪原柳静の苛立ち度六十%越え。
お休み中か尋ねられて、そうですが何か?と一発暴力に訴えても許されるのではないか、と寝起きで回らない頭で考えてしまう。寝起きは人を変えるものだ。
【ところでさ、今日暇してる?】
【あ、明日って言った方がいいのかな・・・。まぁ、三月六日な!】
【お前がもし良ければだけど、いつものショッピングモールに付き合ってくれないかなぁ。色々と事情というものがあるのだ】
こちらの睡眠事情は完全無視状態ですがね、と柳静は心の中で呟いた。
【今回は妹も一緒なんだ。あ、でも用事があればそっちを優先してくれ!】
【じゃ、返事は起きてからまた!】
こんな時間に何かと思えば、ただの誘いのメールだった。しかも急の。
元々長文が苦手な送信相手。今使用しているスマホの通信アプリでは短文を連続送信するのが癖になっているので、たとえそれがメールでしかやり取りが出来ない相手であっても、連続送信は治らない。まぁそれはどうでもいいとして、せめて二通目を前後どちらかと合体させて欲しかったと、今はいない相手に叶わぬ願いを求めてしまった。
携帯を普段から使用する事がない(ほぼ触らないため、たまに存在を忘れてしまう)柳静のことだから、起床時にちらりと通知ランプの点滅を確認する際にしかメールに気付いてもらえないかもしれないと思い、こんな時間に送信することに決めたのだろう。
ただし、相手が消音モードに設定できずに受信音で目を覚ましてしまう可能性の有無、という盲点に気付けなかった送信者には残念賞を送ってやりたい。
まぁ送ってしまったものは仕方がないと、返事は起床後でも構わないと言っている事だし、今は少しでも睡眠時間を確保したいため携帯を閉じようとしたその時・・・・。
チリン、と手の中で受信音が鳴った。
閉じかけた携帯を再び開き、受信したばかりのメールを開く。すると。
【追伸 怒らないでね♡】
保険のつもりなのか、最後にどうでもいい一言が送られてきた。しかもハート付きで。
おかげさまで苛立ち度九十%オーバー。
眠気が一気に吹っ飛んだ。今すぐに何十通という空メールを送信してやりたい。しかし残念なことにその返信の仕方が分からない。
機械操作があまり得意ではない柳静は、メールの返信方法が分からない。どうする事も出来ずに暗室の中で存在感を出す携帯画面を眩しそうに見つめながら微動だにしなかった。
すると再びチリンと受信音が鳴る。
一体いつ最終通知になるのだろうか。メールを開く。
【そうそう。どうせ返信方法分からねぇと思うから、起きたら電話お・く・れ♡】
ふざけたハートマークの文章を確認したと同時、男は素早くボタンを操作する。
折りたたみ式携帯電話の柳静は、設定してもらった電話帳の中から一つの番号を呼び出した。
といっても柳静の電話帳には六人分の番号しか登録されていないため、探す手間が省ける。そのおかげで機械操作の苦手な柳静でも簡単に操作可能となっている。
「もしもし」
三コールで繋がった。
『早っ!返事にしては早すぎやしないか?あ、もしかして起こしちまったか!?』
「ええ。お陰様でとても目覚めの悪い朝を迎えることが出来ました。おはようございます」
思った通り、送信者の男は「受信音で相手が目を覚ます」という盲点に気付いてはいなかった。今後のためにも今すぐ脳内辞書にインプットしてほしいものだ。
電話越しに送信者の男の焦り具合が窺えた。小声であちゃあ、とプチ反省会を催しているようで、なにやらぶつぶつと言っている。
相当イラついているのだろう。勝手にプチ反省会を催した男に苛立ち気に「聞いていますか」と柳静は低音で呟いた。寝起きの第一声とは、通常時よりもかなり声音は低くなっているものだ。
『き、聞いてる聞いてる!!普段携帯を懐に入れっぱなしかそれ以上に最悪存在を忘れるかのどちらかのお前だから、まぁでも起床時には触るかもしれないと期待を持ってプラス油断して深夜に送ってしまった!すまんすまん!そしておはよう』
こんな状況でもしっかりと挨拶を交わす二人は果たして礼儀正しいのか、マナーは誤っているのか。自覚しているのだろうか。それは分からない。
柳静は携帯と並べて置いてある目覚まし時計に付属されたなんとも頼りないライトをつけ、現在時刻を確認する。
「・・・・・・・現在時刻午前四時四十七分です」
『はい・・・』
「こんな時間に、貴方は、一体、何を、していたのです?」
そもそも土曜の朝という事で夜更かしをしていたのだとしても、あと数時間後には出掛ける約束を取り付けようとしている人間がこんな遅くまで起床しているとは思えない。引っ掛かりを覚えた柳静は、再び睡眠を取る際の妨げにならぬようはっきりと尋ねることにした。
すると、相手からはさらっとした返事が来た。
『嗚呼、いや喉が渇いて水を飲みに台所まで行ったときにさ、お前にメールを送ってなかったこと思い出してさ。はは、こりゃうっかり。本当は昨日の夜、正確には八時十五分くらいには誘うことになってたんだけど・・。いやぁ、凡ミス凡ミス~』
「はぁ・・・・・」
全くもってどうでもいい理由だった。途轍もなくどうでもいい理由だった。呆れてため息を吐く事が、今の柳静に出来る唯一のことだった。
それはともかくとして、急な誘いが来たわけだが。誘い方はまぁ最悪な形ではあったが、内容は興味をそそるものだった。
柳静は三十秒ほど、今日一日の日程を脳内手帳で確認する。
起きたばかりの脳をフル回転させた結果、特にこれといった用事は思い出さなかった。
「あのショッピングモールは・・・・・確か十時に開店でしたね。とりあえず九時に貴方のご自宅に集合でよろしいですか?特に用事はありませんので」
『あ、え、うん・・・分かった!ありがとう!一緒に来てくれるとなれば安心だよ!あ、朝食はうちで食うか?』
きっと数十分は説教を受けるだろうと覚悟していた送信者の男は、柳静があっさりと流してくれたことに一瞬戸惑ったようだ。しかしそれもすぐに安堵へと変化し、子どものように無邪気な声ではしゃいでいる。
「結構です。急のお誘いでしたので朝食が不要だと伝えておりませんので用意されていると思います。昼食はご一緒に」
『そうだよな!了解!じゃあまた九時に。寝てたところ本当に悪かった、おやすみ』
こちらがおやすみと返すとすぐに電話が切れる。元気な人だ。水分補給のために起きてきたとは思えないテンションの高さだった。本当は何か徹夜で作業でもしており、眠れていなかったのではないかと思いたくなるくらいの、いつも通りのハイテンションだった。
パチン、と今度こそ携帯電話を閉じ枕元に戻すと、柳静は一気に目蓋が重くなってきたのを感じた。慣れない時間に目を覚ましてしまったためだろう。今迄は携帯画面の輝度でガッツリ開眼していたが、それがなくなってしまえば再び暗雲へと戻されてしまう。元々早起きな方だが、普段慣れない行いをすれば体が耐えられないのも無理はないだろう。
暗室の中では強すぎた輝度のせいで、目に残像が残ってしまっている。
眠気が勝てば気にもしなくなるだろう、と柳静は羽織を脱ぎ綺麗に畳み元の場所に置き、冷えてしまった布団に潜り込み、構わず目蓋を閉じた。足が冷たい。
(ショッピングモールですか・・・・。久しいですね。一人では滅多に足を踏み入れない場所ですし、数時間後を楽しみにしましょうか)
遠足前の子供とまでは言わないまでも、数時間後の予定を楽しみにする柳静。そういえばもう三ヶ月以上、ショッピングをした事がない。
先程までの九十%越えの怒りメーターはいつの間にかほぼ0%にまで下がっていた。それを凌駕する睡魔のおかげといえよう。
己の体温と布団の温かさのおかげで、再び深い眠りへと沈んでいく。
まだまだ光のない暗い部屋。
数時間後には近所のおじいさんが日課のラジオ体操を行うのだろう。春夏秋冬関係なく毎日行っているとは感心だ。それを合図に、カーテンの隙間から微かだが朝日が差し込むのだろう。
2(AM 9:00)
身支度を整え、ご飯と味噌汁、焼き鮭にひじき、出し巻き卵といった朝からバランスの良いザ・日本人な朝食を摂った柳静。
紺色の着物に無地のベージュの羽織り。慣れたように草履で目的地へと歩を進める。ここより徒歩十五分。
建物が密集する閑静な住宅街。その内の一軒家の前で柳静は足を止めた。門扉の横に設置された呼び出しベルを短く押すと、家の中からバタバタと音が聞こえてきた。
「あら、おはようございますですわ」
ガチャリ、と玄関のドアが開く。チャイムを鳴らしてから五秒も経っていないが、中から短髪の可愛らしい女の子が出迎えてくれた。
「おはようございます」
こちらの挨拶にお嬢様口調で返してくる女の子。くりくりっとした大きな茶色の瞳で柳静を捕らえると、門扉を開き笑顔でどうぞと家の中へと招き入れる。
「おじゃまします」
柳静が玄関をくぐるのを確認すると、門扉を閉め玄関のドアをしっかりと施錠し、素早く柳静にスリッパを差し出してくれた。
最近美容院に行ったと聞いていたが、薄桃色に染め上げられた髪は彼女のお気に入りであるタンバル盛りに仕上げられ、いつものお気に入りのポンチョとスカートを着用していた。
「今日は私達のお買い物に付き合っていただいてありがとうございますですの。本来なら両親が付き添ってくれるはずだったのですけれど、急用の為代わりに監督役として柳静様にお付き合いしていただくことにしましたの」
リビングダイニングには、キッチン側に食事用の木製ダイニングテーブルと四脚の椅子が。
何度も訪れているので、部屋の間取りや家具の配置場所を全て覚えてしまった柳静は、当たり前のようにリビング側に設置してあるL字型のソファに堂々と腰をかけた。
「いえ、特に用事があるわけでもなかったので。蛍、朝食の準備中だったのでは?先程から鍋が吹き零れていますが・・・・」
「え、ああああああぁ!」
客人の相手へと気を取られ、鍋が吹き零れていることに気がつかなかったようで、室弥蛍は悲鳴を上げながら急いでコンロの火を消した。
「はぁあああ。折角のお味噌汁が完全に沸騰してしまいましたわ・・・」
「・・・・何か申し訳ないです」
「い、いえ、お気になさらないで下さいませ。火をつけっぱなしで行動した私の責任ですわ。今後も気をつけないと火事に発展してしまう可能性がありますから、いい教訓になりましたわ」
味は落ちるが食べられれば問題ないと、蛍は味噌汁をお玉で軽く混ぜた。豆腐を入れる前だったのがせめてもの救いだと呟きながら。
室弥蛍のお嬢様口調と凪原柳静の敬語のタッグは傍から見れば異様な光景に映るだろう。よく外出先で二人が会話をしているとどこかのアニメかドラマの真似でもしている変わった人、と勝手に誤解されてしまう事がある。
しかし、口調など個々の自由にすれば良いのだからと、二人は周囲からの揶揄は全く気にしていない。互いに幼少期からの口調なので今更直せるものでもないだろう。
「そういえば、私を呼び出した張本人の姿が見えないのですが・・・・」
ここでようやく、柳静は重要人物の姿が見えないことに初めて気がついた。辺りを見渡しても結果は変わらない。
「嗚呼、兄様は・・・・そのぉ・・・」
「まさかとは思いますが・・・」
「・・・・・」
柳静の言葉に蛍は朝食のベーコンを下に敷いた目玉焼きをフライ返しで皿に盛り付けながら、苦笑交じりで加えてバツが悪そうにある方向へと目を向けた。
まさか、と柳静はまだ姿を見ていない男が今どうしているのか脳内推理をする。いつも騒がしい男がこんなにも静かに外出準備をするとは思えない。寝起きでもあのハイテンションな男だ。物音ひとつしないのがそもそもおかしい。
すると推理途中に蛍がティーカップをソファ前のガラステーブルに置くと、有力情報という名の真実を告げた。申し訳なさそうに。
「申し訳ありませんですの。お兄様はまだ就寝中でして・・・・先程二度起こしに行ったのですけれど、しぶとく布団にしがみ付いていますの・・・・」
「あの馬鹿は・・・。人を深夜に起こしておきながら・・・。蛍、紅茶は後ほど頂きます」
「お願いしますの」
蛍はティーポットをカップの横に置き申し訳なさそうに一礼すると、朝食の用意に戻っていった。
それと同時に。柳静は立ち上がり、階段を上がり目的の部屋へと向かった。何回履いても一向に慣れないスリッパで何度か階段を踏み外しそうになったが、柳静は無事に上りきった。
階段を上がってすぐの部屋。蛍がすぐ起きてくるだろうと(むしろ冷気で目を覚ませという意味合いで)開けっ放しにしておいたドアを軽くノックする。反応はない。
部屋の中はまたもや蛍が開け放ったカーテンのおかげで太陽ががんがん差し込んでいる。その中で窓側に設置されたベッドの上では、毛布が丸まり大きな塊となっていた。塊の中心部分から人間の頭部だろう、髪の毛がちらりと見えている。明らかに太陽を避けるためにとった行動の現われだろう。これで窒息しないものだろうか。
「あ、ある意味ホラーですね・・・」
一瞬びくりとしてしまった柳静は恥ずかしさから咳払いをしたあと、部屋に足を踏み入れた。
「祥。起きなさい。何を暢気に寝ているのですか。出掛けるのではなかったのですか?」
以前、手で揺すっても目を覚まさなかったため、今回は足蹴りを決行する。友人を起こすにはやりすぎでは?と思われるだろうが、こうでもしなければ彼は起きないのだから仕方がない。
「うぐ・・・っ。ううぅ・・・・」
足蹴りされた塊から微かに呻き声が聞こえる。もぞもぞと動き出した塊はもう芋虫と言い直した方がいいのかもしれない。
「五秒。貴方に五秒だけ差し上げましょう。その間に起きなさい。でないと、妹さんと二人だけ、で朝食を頂きます」
がしっと右手で芋虫の毛を力強く掴み、わざと”二人だけ”という部分を強調しながら囁いてやる。
「・・・・・!!?」
柳静の言葉に、寝ていた男、例の送信者の男――室弥蛍の兄にして凪原柳静の友人、室弥祥はガバリと一気に覚醒した。勢いよく飛び上がったせいでベッドがギシギシと大きく軋んだ。
”妹”という単語に過剰反応を示し、着地に失敗した祥は無様に転げ落ちていった。いい気味だ、柳静はそう思った。
「素晴らしい起床法ですね。二度目のおはようございます」
祥は芋虫のように巻き付いている布団と葛藤していたが、やがて自力では無理だと悟ったのか抵抗をやめ布団を身に纏った状態のまま立ち上がった。
「・・・・おはよう。餓鬼じゃあるまいし、大人になってまでこんな起床の仕方をするとは夢にも思ってなかった・・・」
「安心して下さい。とても気持ちの悪い芋虫姿でした。貴方らしくてお似合いですよ」
ボサボサ髪の祥を見て、どうやったらそんなに乱れるのだろうかという疑問と、こちらは時間通りに来たというのに呼び出した方がこの様か、という呆れを含めた苛立ちで柳静は更に続ける。
「それに普段格好をつけてセットしている髪型より、花の咲いていないオオアレチノギクのような今の髪型の方がずっと似合っていますよ」
「例えが分かりづらっ!!?おお・・・・なんとかギクってなんぞや!」
「オオアレチノギクです。この間知ったのですが、簡単に言えば・・・・・雑草です」
「雑草名前格好いいな!つか、俺の髪型はぼうぼうに生え伸びる雑草と同類か!」
「嗚呼、普段格好つけていることに否定はないのですね・・・・」
分かっていましたけど、と柳静は寝起き姿の相手を無表情で見つめる。必ず小さくてもいいから深夜の仕返しがしたかった柳静が思いついたのは、棘のある言葉攻めでの精神攻撃。といっても、威力は弱い。強くしてぐずぐずされたら出発に支障が出かねないからだ。しかし威力が弱くてもその成果であるのか、祥は先程から丁度左胸当たりを布団越しに掴んでいた。
祥に二百五十の精神ダメージ。ちなみに五百満。
「え?格好つけ・・・・ふふ、柳静よ。ただ髪を染め、ワックスで整え、少しでも異性にあの人いいかもって言ってもらえるようにするには、これくらいにしないとね」
「・・・・必死ですね」
「うるさいよ!機械音痴の無表情着物青年!!お前が地味にモテていることが信じられない!」
「・・・朝からハイテンションな人ですね。少しはボリュームというのを考えて欲しいものです。耳障りです」
今しがた起床したばかりだというのに、それを感じさせない程のテンションの高さ。どこからそんなにテンションが上がるスイッチを隠し持っているのだろうか。というよりそれを少しでも寝起きの悪さの改善へと回してほしい。
「まぁ、挨拶代わりの精神攻撃はこれくらいとして」
「絶対さぁ。最後のは天然だったよね、計算してなかったよね、草しか用意してなかったよね」
「早く支度なさい。下で蛍が朝食を作って待っていますよ。貴方が着替え終わる頃にはもう用意が出来ていると思いますので、待たせた分急ぎなさい」
祥の言葉を完全スルーした柳静。下で蛍を待たせている事を思い出し、本来の目的を達成するため急いで指示を出した。
一方の祥もスルーされたことに対し、全く気にした様子もなく「はいはい」と返事をした。
「サンキュー。流石室弥家第二のは、はぐっ!」
これ以上くだらないやり取りで時間を無駄にさせるわけにはいかない。何故なら、祥は一度話し始めるととにかく長い。それを知っている柳静は冷静に腹に軽い蹴りを入れ、強制的に黙らせた。
「・・・・・早くなさい」
乱れてしまった着物を整えると、捨て台詞だけ残し静かに部屋を出て行った。
そのおかげで、祥に巻き付いていた布団が緩んだらしく、後ろから歓声が上がった。