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黙想の散歩道  作者: 智康
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歯医者に健康な歯を削られそうになった話

 彼女は、あるべき白に戻そうと、僕の歯の表面を器具でこすっていた。

その瞳は、汚れない色の先に真理を見出そうとしているかのように、真っ直ぐで強い。

僕は口を開けたまま、診療用のイスの上で仰向けになっていた。

口の中では、器具が交わされる言葉の代わりに、振動音を立てている。

気楽なものだった。

レントゲン撮影と歯石取りは既に終わっている。

歯のクリーニングが終われば、後は、歯科医から診断を聞くだけだ。

これが終われば、緊張から解放された後の晴れやかな気分で家に帰ることができる。

この歯科衛生士に歯を診てもらったが、虫歯があるとは言われなかった。治療が必要な虫歯がないことは、僕の中では、確定事項だった。

やがて、歯のクリーニングが終わり、自動で起き上がるイスの背と一緒になって、僕の上体も起き上がった。

座席の脇の台に置いてあるカップの水で口を2回ゆすいで、歯科医の入室を待った。

程なくして、個室のドアを開けて、歯科医が入って来た。この歯科医院の院長だ。

院長は僕に挨拶した後、蛍光灯の点いたホワイトボードに先程撮影したレントゲン写真を貼り付けた。

言葉通りにも、比喩的にも剝き出しの自分が晒される。

見る限り、黒地に白く写った僕の歯は瑕疵を指摘される余地がないほど、清廉潔白だ。ほかの何色にも侵されていない。

「この歯が少し虫歯になっていますね。」

院長は上の奥歯の辺りを曖昧に指差した。マスクと帽子で隠され、目元だけになった表情を一切変えることなく。

信じられないと思うと同時に、仕方がないと運命を受け入れる気持ちにもなっていた。

説明によると、歯と歯茎の間に隙間が空いているから、そこが虫歯になったということだった。

治療の予約を入れるように言われ、僕は大人しく、受付でその指示を実行した。

やるせない気持ちのまま歯科医院を出る。

毎日、やりすぎと言われてもおかしくない程、歯磨きとデンタルフロスに時間をかけ、自分なりにしっかりケアしてきたつもりだった。院長の一言はそれをあっさり否定し、僕のいたらなさを否応なく突きつけたのだ。

失望に浸りながらの帰り道、ふと、疑問が起きた。

虫歯があるという診断は本当なのか。それは意外でもなんでもなくある種、確信的な違和感だった。診察中から、か細く、弱いながらも流れ続けていた。

 院長の説明には足りないところが、いくつかあった。

歯のどの部分に虫歯ができたか、説明していなかった。あれでは上の奥歯が虫歯になったことしか分からない。そして、レントゲンで歯がどのように写れば虫歯であるかの説明がなかった。以前、健診を受けた時は、診てくれた歯科医が説明してくれたのだが。

 もしかしたら、虫歯はないかもしれない。

希望を含んだ疑念で少し明るくなった僕の心中は、不明瞭な色をしていた。


 以上が僕が歯科医に騙されて、健康な歯を削られそうになった経緯です。つい先日のことです。

僕は後日、他の歯科医院で再び歯を診てもらい、治療の必要な虫歯はないとの診断を受けました。

虫歯があると診断を受けた方がよかったかもしれません。その方が、治療を受ける覚悟を決めることができますから。

 しかし、二つの歯科医院で診断結果が違ってしまったので、どちらが正しいかほかの歯科医院に診てもらう必要が出てきました。このため、僕は再び、別の歯科医院で歯を診てもらいました。そこで再び虫歯なしが証明されたところで、僕はやっと安心することができました。もちろん、治療の予約はキャンセルしました。


 7年間にわたって、年に一度、歯科検診を受けてきた歯科医院がこのような不正を働くと知って、僕はショックでした。今回、僕が院長の不正に気付くことができたのは、歯科医院のほかの歯科医の方々に虫歯に関する知識を教えてもらっていたからです。彼らまでもが、院長に倣って、患者の健康な歯まで削るように方針転換していたとしたら、非常に残念です。


 僕の歯を診てくれた院長は歯のどの部分が虫歯か、レントゲン写真を指差して説明することがありませんでした。また、レントゲンで歯がどのように写っていれば、虫歯であるかの説明がありませんでした。ちなみに、通常、レントゲンで健康な歯は白く写りますが、虫歯は薄い灰色に写ります。それから、院長は説明が早口でした。患者がおかしい所に気付くのを避けるためだったからかもしれません。

 これらの特徴が診断中の歯科医に見られたら、虫歯を捏造し、あなたの健康な歯を削ろうと画策していると思った方がいいです。

 皆さんも歯科検診の際は、くれぐれもお気を付けください。


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