状況の変化と注意の関係5 補足
状況内で対象に注意が向くということは、状況内の事物に注意が向けられるか否かの区別が生じるということであり、この区別が存在するということは、実は注意が向けられない事物にも注意が向けられるということです。注意が向けられない事物は注意が向けられないことで注意が向けられるのです。結局のところ、今の状況の全てに注意が向けられるということになります。
対象に注意が向くということは対象を選択するということでもあるので、今の状況は今この時に注意に選択されるということになります。事物が無数に存在すれば、事物は注意が向けられるか否かの違いで分けられず、注意は不可能になります。だから、ある一つの状況が注意によって今の状況に選ばれる時、選択される可能性があったけれども選択されなかった状況が有限の数、存在します。これらの選択される可能性のあった状況は今の状況の外側に存在します。
これまで何度も書きましたが、今の状況は前の状況の残像と新しい状況の重ね合わせであり、この重ね合わせに状況の変化が感じられます。今の状況に注意が向けられる際、前の状況は既に選択されているので、注意によって新たに選択されるのは、厳密に言うと、新しい状況です。そして、新しい状況に注意が向いたその時に前の状況が残像となり、今の状況の変化が感じられます。
今の状況が注意に選択される時、今の状況の外側にある、新しい状況になる可能性があった状況には、前の状況の残像が重ねられないので、これらの状況は静止している状況です。以前書いたように、静止している状況は感じられません。状況の体験者にとっては静止している状況は無です。今の状況の外側に無数の静止している状況が存在すれば、注意は不可能なので、静止している状況は今の状況の外側には有限の数、存在することになります。状況内の特定の事物に注意が向けられる時、通常は注意が向けられない事物が複数、存在することから、今の状況の外側には、静止している状況が複数、存在すると考えられます。この静止している状況の集団もまた選択されるので、この状況の集団の選択のために、この外側に状況の集団の集団が存在することになります。同様に考えると、今の状況(の外側)×n(n=1~)には、状況(の集団)×nが存在することになります。注意が向けられない事物は注意が向けられないことで注意が向けられるので、これらの状況(の集団)×nにも注意が向けられるということになります。このように、今の状況には無限に外側が重ねられます。これを無限重の外側と表現すると、これが無限重の外側の構造です。だから、静止している状況は無限重の外側の基本的な構成単位です。無限重の外側の基本的な構成単位が静止している状況という無であるため、無限重の外側は感じられないのです。
それぞれの静止している状況は、前の状況の残像と重ねられれば、それぞれの今の状況を構成します。前の状況の残像と重ねられれば、どのような今の状況を構成するかということが、それぞれの静止している状況の唯一の個性であり、他の状況との違いです。この違いのために、今の状況と無限重の外側に注意が向くということが可能なのです。
また、「状況の変化と注意の関係5」から状況の体験者が何であるか分かります。
以前書いたように、状況を感じ取ることは注意です。そして、注意は今の状況とこれに無限に重ねられる外側に向けられます。これらのことから考えると、状況の体験者とは今の状況に無限に重ねられる外側ということになります。今の状況のみならず、「無限重の外側=状況の体験者」も注意によって選択されるということになります。