9 トレントとドリアードの共演と饗宴 前編
「いらっしゃいませ。四名様でよろしいでしょうか」
「ああ。個室で頼む」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
店員が案内してくれるのに従って、ディナードはついていく。この店は訳ありの者も利用することもあって、細かいことは聞いてこない。そして魔物だろうが人だろうが、客は客である。金さえ払うならなにも問題あるまい。
人の街で暮らす魔物がそこそこいる地域や王都ならともかく、こうした田舎町の店ではこうした対応は珍しい。
唯一魔物メシが食えるという理由だけでなく、そういった面から、ここではレスティナとティルシアもくつろげるだろうという配慮もあるのだ。
そうして四人は個室に案内されると、店員が本日のお勧めを教えてくれる。
「本日仕入れております魔物食材は、トレントの樹液と木の実、ドリアードのクルミとなっております」
トレントは樹木の魔物で、ドリアードは木々に宿る精霊の魔物だ。昼は肉ばかりだったから、夜は野菜もいい。
「ほう、そりゃあちょうどいいな」
店員が部屋を離れると、ティルシアは帽子を脱いで、ぴょこんと狐耳を出した。それからぱたぱたと動かしてみる。
いくら隠せるとはいえ、ずっとそうしているのは窮屈だったに違いない。レスティナも狐耳と尻尾を出してリラックスしていた。
そしてゴブシはメニューに張りついていた。
「今日は鳥ばっかりだったからな。晩飯は野菜や穀類にしようじゃねえか」
そうして見てみるも、そもそもここにいるのはディナードを除き魔物なのだ。どれがどんな料理なのかいまいちわかっていない。
「セットにするか。ティルシア、なにか食べたいのはあるか?」
ディナードが尋ねると、
「ゴブッ! ゴブッ!」
ゴブシがあれこれとメニューを指で示す。
「……お前には聞いてないっての」
ディナードが呆れていると、ティルシアはふるふると首を横に振る。そういうわけでディナードは店員を呼んで注文を済ませる。
その際、レスティナたちは尻尾を出していたが、特に気にされることもなかった。きっと、落ち着いて食事ができることだろう。
「そういえばディナードさん。魔王のところに向かうと言っていましたが、具体的にはどうするのですか?」
「そういえば、お前さんたちを追っている魔王がどいつか、聞いてなかったな。ここハースト王国は、北の魔物どものいる土地からは離れている。だからそんな北にいる魔王じゃねえんだろ?」
人と魔物の領域は入り乱れており、このハースト王国内でも森が魔物に占有されていたり、古くから魔王が住むという土地があったりする。
しかし、その魔王とは協定を結んでいるため、争いにはならずに済んでいた。とはいえ、いつでも攻めてくる可能性があるという状況であり、緊張感を失うこともなかった。
それでも討伐に乗り出せなかったのは、戦いとなれば国土の大部分が焼土と化す可能性があったからだ。太古から生存しているという古代竜が魔王なのだから。
その竜の子もいるが、協定により一定数以上に増やさないことなどが決められており、黙っていれば魔物が増えて王国側が不利になっていく、ということもない。
ディナードなんかは、増えればその分食っちまえばいいんじゃないか、と過激なことを思うのだが、古代竜に戦いを仕掛けるなどとなれば、国が総出で止めに来るだろう。
ともかく、レスティナたちを追っているのは、そうしたどちらかと言えば北の中でも南寄りの土地にいる魔王だろう。はるか北の魔物が跋扈する土地ではないはずだ。
ディナードの思惑は当たっており、レスティナは頷く。
「はい。私たちの足ではそれほど遠くまでは逃げられませんし、追っ手の魔物も途中の国々で討ち取られてしまうでしょう。ご想像の通り、あの森から続く北の土地に住まう魔王です」
そんなことも聞かずに決めたのだから、ディナードという男もほだされやすいというべきか。
(北か……)
ディナードはここ二十年ほどは、基本的に南寄りの土地で生活してきたため、そちらの事情には詳しくない。
「確か人の国としては、ヴァーヴ王国に属していたと思います。その秘境では、魔物が住まう土地がありました」
「そこで魔物間における争いが生じたというわけか」
レスティナは頷く。
ヴァーヴ王国はこのハースト王国の北に位置しているため、そこまで距離が遠いわけではない。
レスティナだけならともかく、ティルシアも連れて逃げてこられるくらいなのだから、何年もの長旅になるようなこともないだろう。
しかし……。
(簡単に行ける場所じゃねえな)
レスティナに案内してもらえば、魔王がいるところまで到達できるだろう。秘境といえども、ベテラン冒険者の足ならば踏破できる。
しかし魔物たちが住んでいるということは、人が行けば間違いなく周りは敵だらけになる。呑気にメシを食っていられるような状況ではない。
そうして悩んでいると、微妙な空気を察したのか、はたまたただの偶然か、扉が開いて料理が運ばれてきた。
「こちらが前菜三種でございます」
差し出された皿には、赤、黄、緑と見た目も美しい料理が載っている。
パプリカのマリネやチーズと生ハムなど、日持ちするものが多いのは、ひとえにこの街が辺境にあるからだろう。
しかし、そうした刺激的な味わいは食欲をそそらせるはず。ディナードは酢の匂いを嗅ぐと、ふと気がついた。
「……このマリネ液、トレントの樹液を使っているのか」
「はい。あっさりした風味のものを混ぜることで、独特の味わいを出すことができます」
トレントには膨大な種類がいるが、とにかく動く木の魔物をそう総称している。そのため、種類によって味はまるきり異なっており、料理にうまく使うには、熟達を要すると言われていた。
そのお味はどうか。
一口含むと、ツンとした、けれどきつくない酢の香り。トレントの樹液はほんのりと香る程度だが、それがうまく酢の刺激を中和しているのだ。
そしてシャキシャキした食感を味わうと、ほんのりとした甘みが心地よく感じられる。
「こりゃあ、次の料理が楽しみになるな」
そう言うディナードだったが、レスティナとティルシアがタマネギを避けているのを見て、気がついた。普通の狐と違って中毒になるようなことはないが、苦手なのだと。
「あ、悪い。タマネギはダメなんだったな」
「残すのはよくないとわかってはいるのですが……」
「俺が食うよ」
ティルシアがフォークで押しやっていたタマネギをディナードは口にする。そうすると、彼女は嬉しそうにタマネギを避け終えたパプリカを食べた。
「すっぱ!」
そんなことを言いながら笑顔になるティルシア。
好き嫌いは困るが、なんだかこんなところは子供らしくてとても可愛い。
それからディナードは二人分のタマネギを食う。その間に、レスティナは「すみません」と謝り、ゴブシはちっとも味わうこともなく、チーズをぱくりと食っては生ハムをぺろりと丸呑みしてしまう。
(もっと安いもの食わせればよかったか? ゴブリンのくせに贅沢になっちまうな)
味を占めてしまう可能性もある。
ディナードはそんなことを考えていたが、やがてワインが運ばれてくる。濃い色であるが、透き通った綺麗な赤ワインだ。
「ドリアードのブドウで作ったワインでございます」
木の精霊ドリアードは、クルミやドングリ、ブドウの木に宿ることが知られている。そのブドウから作ったワインということだから、味のほうも期待できるだろう。
上品な香りは、果実の魅力をそのままに感じさせる。
まずは一口。口当たりはなめらかで繊細。なんとも芳醇だ。特に香りがいい。渋みがしつこくない。
ディナードがそうしていると、ティルシアがじっと見つめてくる。
ワインというものは、綺麗な色をしているから子供にとってはおいしそうに見えるのだ。けれど、少しでも舐めてみれば、すぐに顔をしかめることだろう。
「これは子供が呑むもんじゃねえぞ。それに、原材料はブドウだ。狐はあまり呑むべきじゃない」
ちょっと不満そうなティルシアの尻尾をぽんぽんと撫でながらディナードは告げる。
それから彼女のために別の品を頼むと、すぐに持ってきてくれる。
トレントのシロップで作ったレモネードだ。
ティルシアはグラスに汗をかかせている薄黄色の液体に目を輝かせている。
彼女は早速、氷がグラスにぶつかって鳴るからんころんと心地よい音を立てながら、キンキンに冷えたレモネードに口をつける。そうすると、大きな目を見開いた。
「すっぱ!」
「……飲めないか?」
ディナードが尋ねると、ティルシアは首を横に振る。
「おいし! あまい!」
「そうか。それならいい」
酸っぱいのか甘いのかよくわからないが、おそらくレモンの風味は酸っぱいが、トレントのシロップは甘みが強いものを使っているため、その両方なのだろう。
酸っぱそうにしたり、笑顔になったり、ころころと表情が変わるティルシア。
そうして楽しんでいると、いよいよメインディッシュがやってきた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
犬科の動物はネギの類は中毒になるらしく、また、カカオなども与えられないようです。牛丼などを与えると、タマネギで中毒になるかもしれません。
なろうでは、牛丼でフェンリルを倒した作品も以前ありましたね。
お昼のランキングでも日刊ランキング1位でした。
ありがとうございます。引き続きどうぞよろしくお願いします。