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7 魔物と街と中年と 前編

今回は寄生虫の話です。少し汚いところがあるので、お食事中の方はお気をつけくださいませ。


 食事に行こうと冒険者ギルドを出たディナードだったが、ふと、背嚢の中身を思い出した。


「そういえば、消毒薬が切れかけてたな」


 錬金術師の研究所に行けば売っているため、そちらに行っておきたいところだ。しかし、皆お腹が空いているだろう。ゴブシなんかはさっきまで暴れていたはず。


 そう思ってそちらを見ると、誰もそんな雰囲気など醸し出してはいない。ゴブシは街のあちこちに興味を持ち、目をきょろきょろさせている。


 そしてレスティナは尋ねてくる。


「食事の前に消毒が必要なんですよね?」

「街中はそこまで汚いわけでもないから、石けんで洗うくらいでいいだろうな」


 返答しつつディナードは、ふと言わねばならないことを思い出した。

 どうしても、魔物と人がともに生活していく上でしなければならないことがある。それを言わねばならない。


 そう思ってレスティナのほうを見るが、彼女は先ほどの説明になるほど、と頷いていた。


 改めて眺めると、耳と尻尾が隠れた彼女の姿は、どこをどう見てもそこらの人と変わらない。いや、むしろその美貌のせいで明らかに目立っている。


 そんな彼女に告げなければならないと思うと、ディナードは言葉が出なくなる。


「ディナードさん? えっと、その……消毒薬を買いに行くんですよね?」

「あ、ああ。……錬金術師の研究所で買えるんだが、ついでに……検査をしようと思ってな」


 彼はレスティナから視線を逸らし、ゴブシに向ける。そしてあちこちを見ているゴブシの頭をぽんぽんと叩き始めた。


「人と魔物は違うからな。魔物にはさほど害がなくとも、人には致命的になる感染症もある。ゴブシ、少し検査してもらってもいいか?」


 そう言うディナードは、口調こそ変わっていなかったが、ゴブシを叩く力はいつの間にか強くなっている。


 レスティナに面と向かって言えなかったから、ゴブシをダシにして話を進めたのだが、それでも緊張していたのだ。


 彼を責めることはできないだろう。

 なにしろ、言えるはずがない。女性に対し、病気を持っているかもしれないから検査しよう、なんて。


 叩かれた頭を赤くしたゴブシは、研究所と聞くとなにやら楽しげにはしゃぎ始める。

 このゴブリン、随分と好奇心が旺盛なようだ。だからこそ、人間の言葉や文字を覚えたのだろう。


(そうか……食いしん坊だからこそ、そうして魔物の肉を食ってきて知能が高まったのか?)


 魔物について詳しいわけでもないが、魔物の肉を食って成長してきたディナードには、なんとなく共通項を見いだすことができた。


「行きましょうか、ディナードさん」


 事情を察してくれたレスティナに微笑みかけられると、ディナードは頷きながら、錬金術師の研究所に向かっていく。


 その最中、ティルシアは彼の肩の上で顔をあちこちに向けている。それから、自分の衣服に視線を落とした。


 簡素な衣服をつまんでみる。

 そこまでみすぼらしいというわけでもないし、街の子供らが立派な衣服を着ているわけでもないが、レスティナは綺麗な格好をしている。


 だから、自分の格好というものが気になるのだろう。

 きっと、それは人里に来なければ芽生えることのなかった感情だ。


 ディナードはそんな変化を感じ取りつつ、帰りに一着くらい買ってやってもいいか、などと思うのだった。


 そうしてやってきた錬金術師の研究所は、こぢんまりとしていた。決してぼろいというわけではないが、「なにかありそう」という感じはしない。


 ゴブシもティルシアも、期待外れといった風に眺めていた。

 ディナードはドアを開けて中に入る。すると、退屈そうに店番をしていた男が来客に気がついた。


「いらっしゃい」

「消毒薬がほしい。あと、検査を行いたい」


 ディナードが品名を告げると、奥に行って持ってくる。その代金を支払っていると、男はレスティナとティルシアに視線を向ける。


「まさかあんたが子供を連れてくるとはな。魔物食いは美女も食っちまったのか」

「おいおい、いきなり失礼だな。検査してほしいのはそっちじゃねえ、寄生虫だ」


 ディナードは呆れつつ、レスティナの帽子を取ってみせる。そうすると、ぴょこんと狐の耳が飛び出した。


 男はそれを見て、ますます驚いたようだ。


「……妖狐か」

「ああ。ずっと野生で暮らしてきたそうだ。あとゴブリンな」

「まさかゴブリンと契約するとはな。まあいい。糞を取ってこい。見てやる」


 いきなりの言葉に、レスティナは驚き赤面し、ティルシアは小首を傾げた。


「消化管の中に寄生虫がいれば、虫卵が出てくるんだ」


 男にそう言われると、ゴブシはてくてくと歩いていって、彼の前で力み始める。


「ちょっと待て、ここで糞するんじゃねえ! トイレに行ってこい!」


 紙の容器を渡されると、ゴブシは頷いて駆けていった。それからディナードが言いにくそうにしていると、レスティナがディナードから視線を逸らしながら、ティルシアを連れていった。


 それからしばらくすると、いよいよ検査が行われる。

 まずはガラスに薄く塗抹したものと、食塩水で浮かせたものなど、いろいろ用意していく。


 それを奥の部屋に持っていくと、そちらにはガラス製の容器がそこかしこに置かれており、薬品が棚にぞろりと並び、あちこちに液体が乾いた痕跡がある。


 男は早速それらを顕微鏡にセットすると、レンズを覗いてみる。

 そんな様子をなんとも言えない気分で眺めているディナードとレスティナ。お互いになにを言えばいいのやら、といった心境である。


 一方、ゴブシははしゃいでいた。

 男の左に行ったり右に行ったり、とにかく落ち着かない。レンズを覗き込まなければ見えないのに、おかまいなしだ。


 そろそろ邪魔になるだろうか、とディナードがゴブシを退けようかと考えた辺りで、男がゴブシに告げる。


「見たいのか?」

「ゴブ!」

「顕微鏡は精密なものだ。慎重に扱えよ」

「ゴブブ!」


 男がゴブシに席を譲ると、ディナードは尋ねる。


「結果はどうなんだ?」

「問題のあるもんは見つからなかったな。このゴブリン、珍しいことに、なかなか綺麗好きみたいだぞ。そして妖狐は普通の狐と違って寄生虫の生活環境に適さないから、心配もいらないんだが」

「それを先に言えよ」

「魔物に普通の寄生虫はあまりつかないことくらいは知ってるだろ? それに安全を確認するに越したことはないだろ? ほら、検査代金と顕微鏡使用料だ」

「金のためかよ! というか、ちゃっかりゴブリンの顕微鏡使用料加えるなよ……」


 愚痴をこぼしつつも、ディナードは代金をしっかり全額支払う。確かに無事に越したことはないと。


「念のため、駆虫薬を出しておこうか」

「……いくらだ?」

「サービスにしておいてやる」

「そりゃ助かる」


 それからディナードは、ゴブシが顕微鏡を壊す前にひょいと持ち上げた。壊したら代金を弁償させられてしまいそうだ。


「帰るぞゴブシ。メシだ、メシにする」


 まだ未練たらたらといったゴブシだが、メシという話を聞くとゴクリと喉を鳴らした。食いしん坊ゴブリンは、こんな研究所にいても食欲旺盛らしい。


 それからディナードはレスティナとティルシアに向き直る。


「あ、ディナードさん。その……」

「健康が一番だ。うまいもん食って、たっぷり寝てりゃ元気になる」

「ありがとうございます。体調、気にしてくださったんですよね?」


 レスティナが尋ねると、ディナードは困って頬をかく。

 二人が微妙な雰囲気になってしまったとき、ティルシアが元気な声を上げた。


「ごはん、ごはん!」

「……よし、行こうか」


 ディナードは彼女を肩に乗せ、研究所を出た。


いつもお読みいただきありがとうございます。

寄生虫感染の検査には、排泄される虫卵を調べる糞便検査や、体の免疫機能を利用した血液検査などがあります。顕微鏡で探したり、DNAを確認したりします。


狐には包虫症(エキノコックス症)があると言われていますが、プラジカンテルというお薬で綺麗さっぱり落ちます。ですので、きっちりしている動物園などにいる狐から感染することはありません。

触れ合える動物園もありますが、とてもふわふわで可愛いですよ。


また、今日の日刊ランキングもなんとか1位を維持できました。

ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

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