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5 食えぬ男と食えない小鬼 後編


 腹ごしらえを終えたディナードは、鍋や食器を軽く洗ってから、再び出発の準備を行う。コカトリスの唐揚げにロック鳥の目玉焼きと、たっぷり食べたため、もうなにも入りそうにない。


 ティルシアが一生懸命に手伝ってくれるのは、先ほど塩を振りかけるのに失敗してしまったのを気にしているせいか。たまにディナードのほうを窺ってくる。


 だから彼は皿を受け取りながら、


「助かる。ティルシアは働きもんだな」


 なんて褒めてみせるのだ。彼女はそう言われると、実に嬉しそうに尻尾を振る。子狐の姿も愛らしいが、こうして子供の姿をしていると、人も魔物も大差ないと思える。


 彼がそうしていると、レスティナが尋ねてくる。


「準備は整いましたか?」

「ああ。あとは街に戻ったら処理するさ。行くか」

「ゴブッ」


 声が聞こえたほうに視線を向けると、食器などを入れた背嚢を背負ったゴブリンがいる。


「……それ、俺の荷物なんだが」

「ゴブッ!」

「え、ついてくる気なのか」

「ゴブッ!!」


 やる気満々といった風なゴブリン。荷物持ちは任せろとでも言いたいのだろう。ちょっぴりよたよたしているため心許ないが、やる気だけは十分だ。


 レスティナはじっとそれを見つめる。


「もしかすると、一緒に来るとおいしいご飯が食べられると思ったのでしょうか?」

「ふーむ。体験談は説得力があるな」

「そ、それだけではないですからっ。ディナードさん、意地悪言っちゃ、いやですよう」


 レスティナが頬を膨らませる。


「まあついてくるのは構わねえが……契約してない魔物は基本的に街に入れねえぞ?」


 人の姿を取れるレスティナたちならともかく、ゴブリンではどうしようもない。人と協定を結んでいる魔物ならともかく、それら知能が低くどこにでもいて悪さをするような魔物では。


 これで引き下がってくれるかと思いきや、ゴブリンはそれでも食いついてくる。なんとしてでもついてきたいようだ。


 そしてティルシアもゴブリンと仲良くなったためか、ディナードのほうを見てくる。子供の純粋な瞳で見つめられると、彼は仕方なさそうに頭をかいた。


「……やり方はないでもないが、あんまり褒められたもんじゃねえぞ」

「なにか方法があるのですか?」

「ああ。淫魔サキュバスの従属の魔法、死霊術師ネクロマンサーの死霊術、魔王が持つという隷属の魔法……まあ、いろいろと支配下に置く方法はある」


 それは魔物のやり方だ。人がそういう方法を持つというのは、レスティナは聞いたことがなかった。いや、よくよく考えてみれば、そうでもなかったかもしれない。


 かつて、同胞が攫われて人の土地で売り買いされることもあった、と言われている。ならば、なにか拘束する術があったのかもしれない。


 レスティナが悩んでいると、ディナードが続ける。


「魔力がないとされている人だが、魔法を使うことはできる。魔物の肉体を魔力の供給源として、擬似的に魔法を用いる技術だ。それは死んでいる魔物でも、生きている魔物でも可能だ」


 なるほど、とレスティナは頷く。人が魔法を用いる術は、最近かなり向上したと言われている。


 一方でティルシアとゴブリンは揃って首を傾げていた。


「人と魔物を繋ぐ契約紋を刻み込むんだ。だが、生きてる魔物と契約を結ぶことは、そうそうありゃしねえ。契約紋は、従属の魔法を基本としているからな」


 ようするに、生きていれば従属など拒否するが、死骸であれば従属を選ぶかどうか、という段階に行き着く前に意思が存在しないため、使いやすいということだ。それゆえに複雑な手順もいらず、最初に人に契約紋を入れてしまえば、魔物によって使える魔法の相性などもあるが、おおかたを魔力源として用いることができる。


 しかし一方で、生きていればわざわざそんな不利な契約を結ぶことはない。すでに囚われの身となって生死を問われている、あるいは一族の命運がかかっているなどの状況ならばともかく。


「ゴブッ!」


 話を理解していたのかどうか。ゴブリンは胸を張って答える。そこまでして食い物にこだわるのか、とディナードは呆れる。


「……ゴブリンと契約しても、俺にはたいしたメリットもないんだが……まあいいか」


 ティルシアはこのゴブリンを気に入っているようだから。


 ディナードは空中に指を走らせると、その軌跡に沿って光の紋章ができあがっていく。ゴブリンはそれを見て大興奮。ティルシアは尻尾をぱたぱたと振っていた。


 レスティナだけが困ったようにディナードを見ている。人が一つの魔法を使えるだけでも珍しいというのに、複数使ってみせるのだから無理もない。


「……てっきり、誰かに頼むのかと思っていましたが……ディナードさん、そのような魔法まで使えたのですか?」

「まあな。……っと、こんなもんでいいか」


 適当な紋章が完成すると、ゴブリンがわくわくした顔で待っている。


「我が名ナナイの下に契約を結ぶ。汝、我に危害を加えぬこと」


 すっと光の模様がゴブリンの片腕に纏わりつくと、肌に馴染んでいく。相手が拒否しようと思えば成立しないものだが……。


(こいつ、こんな簡単に人生――いや、ゴブ生をを決めていいんだろうか?)


 そんなディナードの前で、ゴブリンは契約紋をティルシアに見せびらかしている。


(そういえば、俺も連帯責任を取らされるんだよな)


 従属させているゴブリンがなにかやらかしてしまった場合、ディナードもその影響を受けずにはいられないのだ。


 どうしたものか、と考えていると、真剣な面持ちでレスティナが見つめてきていた。ディナードはおどけてみせる。


「おや、美しいお嬢さん、そんなに見つめられると照れちまうな?」


 レスティナはうろたえたものの、一度深呼吸すると、ディナードにはっきりと告げる。


「ディナードさんには助けられてばかりです。私たちにできることは多くありません。……連れていってくれるということですが、仮に人の姿をしていても、魔物とバレてしまったなら、ディナードさんにも罪が降りかかるでしょう。そうならないために、私たちにも契約紋を刻んでほしいのです」

「……今日は妙な依頼が舞い込む日だな。美しいアクセサリーとこいつは違うことくらいわかるだろう?」

「はい。ですから、ディナードさんのことを教えてほしいのです。おこがましいお願いかもしれません。ですが、もっとディナードさんを信頼させてほしいのです。なぜ、魔法を使えるのですか。先ほどの名――ナナイというのはなんなのですか」


 彼女が告げると、ディナードは咄嗟にふざけてみる。


「男には、秘密があったほうが魅力的なんだがな」


 けれど、そんな雰囲気でもない。

 じっと見つめてくるレスティナに、彼は観念して話をすることにした。


「俺が魔法を使えるのは、体の一部分が魔物でできているからだ。複数の魔物のな」

「ですが、そのような技術は確立されていなかったはずではないのですか?」


 だからこそ、魔物の死骸を利用して擬似的に魔法を使う術が生まれたはずだ。


「ああ。人の肉体からすりゃ、魔物の肉体なんて異物に過ぎないからな。その部分が脱落してしまったり、死んじまったりするのが普通だろうな。さて、これがさっきの一つ目の答えだ。そしてもう一つ。ナナイってのは、前の名前だ。淫魔の魔法を得たときの名前がそれだから、今更変えることもできねえ」


 それ以上を聞くな、という無言の圧力もあって、レスティナは納得することにした。誰しも触れられたくない過去の話だってあるだろう。


 ディナードもそんな雰囲気を察して、明るく言ってみせた。


「……とまあ、そんなわけで、いろいろとあって、魔物を食わねえと生きていけない。といっても、ほとんど食いたいから食ってるんだがな」

「わかりました。ディナードさん。私たちにも契約紋をお願いします」

「そんな簡単に信じていいのかい? お前さんみたいな美人にゃ、悪さするかもしれねえぞ?」

「ディナードさんは今でも、たまに意地悪です。けれど、悪さをする人ではありません」


 そう言われると、ディナードもなんだか面映ゆい。

 彼はそんな内心を隠すように、魔法を使用し始める。


 ゴブリンのときとは違って、精緻な模様が宙に刻まれる。


「我が名ナナイの下に契約を結ぶ。汝、自らの意思で契約紋を現すこと」


 契約紋はレスティナの左の前腕に触れると張りつき、ゆっくりと皮膚の上で相応しい形に微調整されていく。


「……契約の中身、あれでよかったんですか?」


 中身なんて、あってないようなものだ。なにしろ、「契約紋の取り扱い」だけを条件に入れたのだから。


 レスティナに不都合になるものはない。それはすなわち、連帯責任を取るディナードだけが不利益を被る可能性があるということだ。


「普段は模様がないほうが都合がいいだろ? この魔法は得意じゃねえんだ、条件一つだけで俺は手一杯なのさ」


 余裕そうな態度で、ディナードはぶっきらぼうに言う。

 そんな姿を見てレスティナは思わず笑顔になった。不器用だけれど、信頼が置ける人だと。


 それからティルシアもレスティナとお揃いだけれど、ちょっとばかり細部が異なる契約紋を刻んだ。


 ディナードは任意で契約紋を表示できるため、そうして四人分の模様が刻まれたところで、後腐れなく街に向かい始める。


 堂々と街中に行けばいいのだ。

 彼らの足取りは軽かった。


「そういえば、お前の名前あるのか?」


 ゴブリンに尋ねてみる。

 そうすると、ゴブリンは胸を張って答えようとする。その鼻先を、蝶がふわふわと飛んでいく。


「ゴ、ゴ、ゴブシッ!」

「そうか。お前はゴゴゴブシか」


 頷くディナードに、レスティナが訂正する。


「違いますよ。たぶんゴブシです」

「よし、行くぞゴブシ」


 目を丸くしてそのゴブリンはしきりに「ゴブゴブ」言うが、ディナードはもはや聞いていない。そしてティルシアも「ゴブシ!」と言いながらゴブリンの頭をぽんぽんと撫でる。


 荷物持ちのゴブリンは、そうしてゴブシと呼ばれることになった。


 一人と三体の魔物は賑やかに歩いていく。


いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげさまで日刊ランキング1位になりました。

ありがとうございます!

今後ともよろしくお願いします!

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