最終話 中年冒険者の魔物メシ
魔王討伐の翌日、山を下りてくるディナードの後ろには、何十頭もの妖狐がついてきていた。
「どうしてこうなったんだ?」
ディナードも首を傾げずにはいられない。
ティルシアに、これからどうするのかと尋ねたところ、なぜか妖狐たちと一緒に街に行くことになったのである。
彼女たちは昨日の料理の虜になってしまったようだ。
「街についたら、協定を結ぶことになるが……いいのか?」
妖狐たちはもちろんだ、と頷く。
「そうしなければ、私たちは人に襲われてしまうでしょう」
「それに、街ならおいしい料理も食べられます」
嬉しそうに話す妖狐たち。
そんなに人と親しいような魔物でもないのだろうが、すっかり変わってしまったようだ。
ティルシアはにこにこしながら、
「たのしみ!」
とはしゃいでいる。
「……なあティルシア。これからどうしたい?」
その意図を、彼女もすぐに汲み取ったようだ。
狐耳をぴょこぴょこと動かしながら考える。その仕草はレスティナと似ていた。
やがて狐耳がピンと立った。
「でぃなーど、ついていく」
「いいのか?」
「でも、たまに、かえってきたい」
ティルシアもわがままだとは思っていたらしく、申し訳なさそうな顔になりながら、狐耳をぺたんと倒す。
可愛いおねだりなのだ。ディナードも断れるはずがない。
「あの、ディナードさん」
「うん?」
「妖狐たちは皆、この辺りで生活する予定らしく、いつでも会いに行けるそうです」
「……野性味、すっかりなくなったな」
そういうディナードの隣で、ルシリーがえへんと胸を張った。
「心配はいらないぞ。ティルシアが寂しくないように、私もついていくからな!」
「ほかの妖狐のほうがいいんじゃ……」
「そうか、ディナードも嬉しいか! そうだろう、そうだろう! 冴えないおっさんについていってあげるんだからな。滅多にない機会だぞ!」
妙にルシリーは馴れ馴れしい。
ディナードは呆れつつも、これなら気を遣わなくて済む、とも思うのだ。ティルシアも「やった!」と嬉しそうにしている。
これからは、五人旅になるのだろう。
レスティナはディナードのところに来て微笑む。
「これからも、よろしくお願いしますね」
「こっちこそよろしく頼む」
顔を見合わせていると、ティルシアはその間に入って、二人の手を握るのだ。
そうして彼らは山を下りていく。人の街へと向かっていく。
◇
街に着くと早速、彼らは協定を結ぶことになった。
それが終わると、ディナードは本来の目的であった魔王の実食に移ることにした。
大きな鍋にドラゴンの尻尾を入れてよく出汁を取り、野菜や卵を入れる。ぷりぷりとした薄黄色の卵は、木の実のようにも見えるが、弾力と艶が違う。
これだけだと物足りなさがあるため、ドラゴンのホルモンを加えた。雑食の割りに臭みはなく、誰でも素直に食べられそうだ。
その時点でも非常にいい匂いがしてくる。塩胡椒などで味付けをして、あっさり目のスープができあがる。
それからドラゴンの肉を用いてステーキを作る。
こちらはよく下ごしらえしたものを、鍋で焼いていく。味付けはシンプルに塩胡椒だけ。
肉が音を立てると、妖狐たちや集まってきた人が「おお」と声を上げる。
ティルシアもゴブシも、そしてルシリーもわくわくした顔で、近寄ってくる。
「油が跳ねたら危ないぞ」
「ゴブッ!?」
言った側から、ゴブシが顔を押さえてぴょんぴょんと跳ねる。
そうして料理ができあがると、ディナードたちは早速、食べてみることにした。
「さて、いただくとしようか」
「いただきます!」
ティルシアの嬉しそうな声を聞きながら、まずはスープを口にする。
非常にあっさりしていて癖がないが、味わいはしっかりしている。野菜を噛むと、ジュッと溢れるスープが心地よい。
卵を噛むと、プリッとした食感。そして非常に濃厚な黄身がほろり。一口だけで、栄養たっぷりに感じられる。
ドラゴンのホルモンはほどよい弾力があって、噛めば噛むほどに味わいがある。触感が楽しく、いつまでも口の中で弄びたくなる。
「こりゃうまいな」
ディナードも満足の一品だ。わざわざ、魔王を食べに来た甲斐がある。
隣でティルシアは「ん~!!」と声を上げて、幸せそうな顔をしている。
それからステーキを一口。
肉はそこまで軟らかくない。脂肪分が少ないからだろう。けれど、噛めば筋張っていることはなく、ほろりと崩れる。
脂肪のこってりしたうま味はないが、肉汁には濃縮された深みがある。
繊細で上品な香りに口の中が満たされ、ますます食欲をそそる。これなら、いくらでも食べられそうだ。
「お前さんたちも、食べるといい。今日は協定が結ばれた祝いだ」
ドラゴンなんて、そうそう食べられるものではない。
妖狐たちは大はしゃぎだ。そして、今日は街の人たちにも振る舞われることになる。彼らが解体や料理を手伝ってくれ、食材も持ってきてくれたのだ。
賑やかな街を見ていると、妖狐も人も変わらない、とディナードは思う。
誰だろうと、おいしいものを食べられたら幸せなのだ。皆笑顔になってしまう。
「おいしーね」
ティルシアが笑う。
そしてレスティナも「おいしいですね。ディナードさん」と笑う。
ルシリーとゴブシはステーキを取り合いながら、なんともおいしそうに頬張っている。
「ああ、とてもうまいな」
こんなにうまい飯は、一人では食べられないだろう。
けれど、これからも今しばらくは、このうまい飯を食べていくことができる。
ディナードたちの冒険はまだまだ続いていく。
完
お読みいただきありがとうございました。これにて中年冒険者の魔物メシは完結となります。
初めて挑戦した食べ物の話でしたが、なんとか最後まで行き着くことができました。魔王を倒して終わりにしようと進めていたところで半年も更新が途切れて申し訳なかったのですが、ついてきてくださった皆様には感謝の言葉しかありません。ありがとうございます。
またどこかでお会いできることを楽しみにしています。




