43 妖狐たちの決断
魔王討伐を果たしたディナードは、コカトリスを持って妖狐たちのところにやってきていた。来る途中に襲ってきた個体がいたので、手土産にしたのである。
ルシリーの案内に従ってやってきたそこで見たのは、非常に美しい姿を持つ妖狐たちであるが、皆が皆、痩せていた。おそらく、この逃亡生活で疲弊しきっているのだろう。
コカトリスを見てびくりと体を震わせた妖狐たちであるが、すでに死んでいることに気がつくと、ほっとしたようだ。
ルシリーは早速、前に出て説明を始める。
「こちらのディナードさんが魔王討伐をしてくれました」
その言葉を聞き、妖狐たちは半信半疑になりつつも、興奮しながらこゃーんと鳴き始める。
そして美しい人の姿を取ると、皆で頭を下げるのだ。
「お助けいただき、ありがとうございます!」
ルシリーはそんな仲間を見ながら、さらに続ける。
「ディナードさんは、料理の達人なのです。おいしい食べ物を振る舞ってくれるそうです」
「おいおい、俺は唐揚げを作るとしか言ってねえぞ」
「からあげ! おいしいよ!」
「ゴブッ!」
そもそも、たいした材料も持ってきていないのだ。
魔王をステーキにでもしようかとも思ったが、あれは明日に持ち越しにする。死後硬直が始まって肉が硬くなってしまうためだ。
早速、ディナードはコカトリスの肉を使って料理を始めると、手伝おうとした妖狐たちのところにティルシアが行って、
「たべるまえに、てをあらう!」
そう教えるのだ。
(ふむ……出会ったばかりのときは、俺が教えたんだがな)
ディナードはティルシアと会ったばかりのときを思い出す。
レスティナがコカトリスに襲われて負傷していた。それを助けてあげて、コカトリスの唐揚げを作ったのである。
あれから、二人とも長いこと過ごしている。
(……これで契約もお終いだ)
ディナードは魔王を食べに行く。そして二人は護衛してもらう。
そういう約束だった。
だから、もう一緒にいる理由はない。ゴブシは飯食いたさ理由でついてきただけだが……。
ティルシアは妖狐たちと仲良くお話ししている。
(妖狐は妖狐と一緒にいるほうが幸せかもしれねえ)
そんなことを考えているうちに、コカトリスの唐揚げはジュウジュウといい音を奏で始める。
「からあげ!」
ティルシアは狐耳をぴょこんと立てて、はしゃぐのだ。
そしてディナードが揚げ終わったものを載せた皿を運んでいく。
「どうぞ!」
「ありがとう。ですが……」
妖狐たちは遠慮して、ディナードに視線を向ける。だから、彼は余裕のある笑みを浮かべるのだ。
「熱いうちに食うのがうまいぞ。せっかくティルシアが持ってきてくれたんだ。いらないとは言うなよ」
「ありがとうございます。では、いただきます」
そうして一口かじると、彼らは目を見開いた。
「んっ……! これは……」
「おいしい!」
皆が皆、目を奪われるほどの美人なのだが、口の周りを肉汁で汚して、夢中になりながら唐揚げを口にする。
噛むたびに肉汁が溢れ出し、止まらないのだ。
妖狐たちは何十人もいるから、物欲しそうに指を咥えて見ている者も出てくる。
「まだまだあるぞ。待ってろよ」
ディナードはそんな彼女たちに、せっせと唐揚げを振る舞うのだ。
そしてつまみ食いしようとするゴブシとのバトルも始まる。
彼が揚げた肉を、すかさず食べようとするゴブシ。けれど、熱々でさっと手を引っ込める。しかし、待っていれば妖狐たちのところに持っていかれてしまう。
ディナードは「大人しくしてろ」と制すのだが、それでもゴブシはやがて思い切って手を伸ばし、唐揚げを口に含んだ。
「ゴブゥウウウウ!」
うま味による絶叫か、はたまた火傷による悲鳴か。
ゴブシはぴょんぴょんと跳びはねながら、どこかに走っていった。
そんな賑やかな食事会が行われ、積もる話もあるのだろう、ティルシアがまだまだ話したりないようだったので、ディナードは一泊していくことにした。急ぎの旅でもない。
◇
夜空を見ながら、持ってきたワインをちびちびと口にしていると、レスティナがやってくる。
「あの……ディナードさん」
「うん? どうした?」
「……魔王を倒していただき、本当にありがとうございました」
「気にするな。俺も魔王を食いたかっただけなんだから」
「そう言って、気を配ってくれるところ素敵ですよ」
「そりゃどうも」
ディナードはなかなか本題を切り出せなかった。
レスティナも同じだったのか、彼の隣にちょこんと座る。
それからしばし、お互いに無言になった。今日は穏やかな天気で、そよそよと吹く風が心地いい。
それに揺られて靡く髪、そして狐の尻尾。それが彼女が魔物であることをよく見せつけてくる。
「ディナードさん。大事なお話があります」
「ああ。これからのことだろう?」
レスティナは頷く。
ディナードはわかっていたとはいえ、長く付き合いすぎた、と思うのだ。情が移ってしまう。
一人で冒険をしていたときには、なんら気にしたことはなかったのに、今は一人になるのがやけに寂しい。
「これで契約はお終いです。私たちのために、無理をなさる理由はありません」
「無理はしてないさ。子守も楽しいもんだ。……それより、ティルシアのことだろ?」
「はい。もし、彼女が元どおりの生活を望むのなら……」
「そのほうがいい。こんなおっさんといるよりも、綺麗な娘さん方といるほうが楽しいさ」
「あの……」
「気にするなって。お前さんが責任を感じることじゃない」
レスティナは狐耳を前後に動かす。
ディナードはそんな仕草をじっと眺めていた。今は考えている途中なのだ。
やがて彼女は思いきってディナードに視線を向ける。
「私個人としては……これからも、ディナードさんと一緒にいたいと思っています」
「お、嬉しいこと言ってくれるねえ。おっさんにもモテ期が来たか」
「本心なんですからね」
「わかってるさ」
けれど、レスティナの一番はティルシアだ。そこはどう足掻いたって、変わりやしない。
そうであるからこそ、彼女は魅力的なのだろうともディナードは思う。
「さて、これが最後だ。晩酌に付き合ってくれよ」
「……はい」
レスティナと二人で夜空を眺めていると、いつの間にか、近くからグビッグビッと音が聞こえてくる。
そこにいるのはゴブシ。
ワイン瓶は空っぽになっている。
「ゴブィ~ゴビッ!」
しゃっくりをするゴブシ。すっかり酔っ払ってしまったようだ。
「おいおい……」
「晩酌、終わっちゃいましたね」
「ま、これも悪くないか」
そうしていると、目をこすりながらティルシアがやってくる。
「んー……ねないの?」
「ちょうど寝ようと思っていたところさ。なあ?」
「はい。では、そうしましょう」
ディナードは「ゴブブ」といびきをかいているゴブシを抱えて、レスティナ、ティルシアと一緒に寝床に向かうのだった。
次で最終話です。




