40 妖狐とソーセージ
前回のあらすじ
近くで妖狐が現れたと聞いたディナードは、レスティナたちとともに現場に向かった。彼女たちは、匂いから知り合いの妖狐ルシリーがいるのではないかと判断したのだが、突如、妖狐がディナードへと襲いかかってきた。
勢いよく飛び出してきた赤毛の妖狐は、ディナードを押し倒す勢いで向かってくる。その素早さたるや、常人では反応できないほど。
数多の獲物を仕留めてきた野生の狩人の力を感じさせる。そこらの兵であれば、あっさりと押し倒され、喉笛をかききられているだろう。
だが、ディナードとて膨大な数の魔物を食ってきた男だ。むざむざとやられるわけにはいかない。
飛び退いて包丁を抜くと、妖狐はぱっと距離を取る。奇襲が失敗したと見るや否や、行動を切り替えるいい判断だ。
ディナードはそちらを見据えると、
「お前さんがレスティナの知り合いか?」
そう告げる。しかし、妖狐は唸り声を上げるのみ。
「レスティナ。ルシリーとやらは、人の言葉がわからないのか?」
「いえ……。聞いてくださいルシリー。私たちはあなたと争うつもりはありません」
レスティナがまっすぐに彼女を見つめると、妖狐の姿がぱっと変わって、うら若き赤毛の女性が現れた。
燃えるような赤毛に、レスティナたちと比べると小さめの尻尾が特徴的だ。やや切れ長の瞳は激しい印象を与えるが、彼女の美貌を損なうことはしない。妖狐はどれも、魅力的な姿をしているのだろう。
衣服は情熱的な赤。華やかで非常に目立っている。これは妖狐たちの性質を反映しているのかもしれない。
ルシリーはレスティナを見るなり、厳しい口調で告げる。
「なぜ、人間と一緒にいる」
「話せば長くなりますが、私は彼に護衛を頼むことにしました」
「人間に? 我々よりも弱い生き物に頼るとは、到底正気とは思えないな」
「里一番の実力者のあなたならわかったでしょう。ディナードさんは普通の人とは違います」
ルシリーがディナードに視線を向けると彼は、
「いやはや、そんなに褒められると照れるな」
などとうそぶいて、彼女に睨まれるのだった。
が、ルシリーは気を取り直して会話を続ける。
「人は強欲だ。仮に護衛を引き受けたとして……報酬はなんだ?」
「魔王のところに案内することです」
「そんな危険を冒してまで、名声がほしいのか。呆れたものだな」
「いえ……魔王を食べたいそうです」
「は……?」
間の抜けた声が上がる。
ディナードはそれを見て、
(なるほど。美人は間抜けな顔をしても美人なんだな)
などと呑気なことを考えていた。
「ますます信じられないな。なにか裏があるに違いない。レスティナ、お前もそんなことに騙されるほど、ほだされたのか」
「ち、違います! ディナードさんは信用がおける人です!」
「ならばなぜ、契約紋が刻まれている」
レスティナはその紋様を浮かべていないのに、ルシリーは見破ってみせた。魔物としても一流ということだ。
「街の中に入るのに必要だったからです。条件は、私が好きなときに契約紋を表すことだけです」
「そんな条件で契約する人間がいてたまるか。古来、彼らは悪知恵を搾って、我々を利用しようとしてきた」
言い合いが平行線を辿って、緊張感が高まっていく。
そんな折、「ぐー」と音がなった。ルシリーの視線の先では、欠伸をしつつお腹をさすっているゴブシの姿。
「こんなときに、呑気なゴブリンだ。だいたい、なんなんだこいつは」
「ディナードさんにくっついてきたゴブリンです」
「そんなことは知っている。なんのためにいるんだと聞いている」
「……おいしいご飯を食べるため……でしょうか?」
レスティナも困ってしまう。そもそも、なんでゴブシがついてきたのかと言われたら、ここにいる誰もわかっていないから。
確かなのは、食べ物のことしか頭にないことくらいだ。
そうしてルシリーとレスティナが睨み合いをしていたが、今度は別のところから「ぐー」と音が聞こえてきた。
今度はティルシアである。
心配そうに見守っていた彼女だが、こればかりは抑えようがなかったのだろう。ぱっとお腹を押さえるが、すぐに止まるはずもない。
ディナードは彼女のところにいって、頭を撫でる。
「ティルシア、お腹が減ったか? お昼にするか」
「でも、るしりー……」
「だそうだ。お前さんも一緒にどうだ?」
ディナードが提案すると、ルシリーは彼とティルシアの間で視線を行ったり来たりさせる。
その間もじーっと見つめるティルシアに、彼女はすっかり狼狽してしまった。
「くっ……ずるいぞ、子供を人質に取るなんて」
「飯に誘っただけなんだが」
「るしりー、いや?」
ティルシアが泣きそうな顔になると、彼女はすっかり言葉に窮してしまった。
その代わりに、「ぐー」と腹が答えた。
「なんだ、お前さんも食いたいんじゃないか」
「ち、違う! 今のは……」
「まあいい。とりあえず飯だな」
「……仕方ない。一時休戦としよう。それで、飯はどこにある?」
「これから取りに行くんだ」
「なっ。お前はお腹を空かせた子供のために用意もしてこなかったのか!」
ルシリーは文句を言うが、ディナードは彼女がティルシアのことを考えているので、悪い人――いや狐ではないのだと思う。
「お前さんが腹ぺこなのはわかったから、これでも食べて少し大人しくしてくれ」
「むぎゅっ。……なんだこれは」
ルシリーは口の中に突っ込まれたものをもぐもぐと咀嚼しながら、感想を漏らす。
「肉のようでいて、それよりもずっと柔らかい。しかし、どことなく魚の香りがしている……いや、獣の脂身もあるな。しかし、このわずかな粘り気……いったい、これはなんだというのだ」
「ただの魚肉ソーセージだが」
「聞いたことがない……くっ。こんなもので懐柔しようとは……! はっ。まさかこれに毒が……!」
「入ってないから心配するな」
中に駆虫薬は入っているが、それは内緒である。妖狐のために持ってきたのだ。
ルシリーはもぐもぐと口を動かしている。
その間に、いつの間にかゴブシがやってきて、ディナードを突っつく。見れば、山菜やら木の実やら、食材を抱えていた。
「お前さん、そんなに腹が減ってたのか」
「ゴブッ!」
「さて、メインの魔物を探すとするか。里一番の実力者の腕前を見せてもらおう――」
ルシリーを見れば、口の中の魚肉ソーセージをまだ味わっていた。満面の笑みを浮かべながら。
彼女はディナードの視線に気がつくと、はっとして表情を改める。
「……おかわりいるか?」
「どうしてもというのなら、やぶさかでもない」
「いらないか。そうか」
「仕方ない。これから活躍するためにも、腹が減っていては力も出ないからな。もらおう」
「素直じゃないやつめ」
そう思ったディナードだが、彼が魚肉ソーセージを取り出すと、嬉しげに尻尾をぱたぱた揺らして大興奮のルシリーを見ていると、
(……一番素直かもしれねえな)
などと思い直すのだった。
そうして彼らは食材を取りに赴くと、近くの巨大な水たまりに到着する。こっそり眺めていると、水上を飛び跳ねる存在があった。
「あれを捕まえよう」
ディナードが告げると、ルシリーは驚いた顔になった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
おかげさまで「中年冒険者の魔物メシ」発売日を迎えることができました。ティルシアが可愛いので見てください。
今後ともよろしくお願いします。




