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39 妖狐たち


 この都市の冒険者ギルドでは、川が近いこともあって普段は猟師に近い格好をした呑気な男たちが見られたものだが、今はしっかり武装した者が多く見られる。


 どういうことかとディナードは辺りを見回す。こんなとき大抵は魔物が出たか、領主が法を変えて先が見えない状況になったか、そんなところである。そして今回は前者のようだ。


 ディナードが聞き耳を立ててみるも、それより早くティルシアの帽子がぽんと動いた。続いてレスティナが彼に視線を向ける。


「あの、ディナードさん。どうやら現れた魔物というのが、妖狐らしいです」


 ティルシアもレスティナも、魔王に追われて逃げてきた妖狐だ。同じような境遇の個体がいただろうし、気になるのも無理もない。


 一方でゴブシは、おいしい魔物がいるのではないかと期待していたようで、がっかりした顔だった。


「ふむ、知り合いか?」

「どうでしょうか。私たちと同郷であっても知らないものはいますし、別のところから来た可能性もあります」

「とはいえ、このままだとまずいだろうな。ここらじゃ、妖狐と協定を結んじゃいない。人里に近づいたとなりゃ、討伐が検討されるかもしれない」


 その言葉を聞くと、ティルシアはしょんぼり。

 彼女はディナードと契約した魔物だから、街での活動は制限されていないが、そうでない魔物が出てきたなら人と対立する可能性がある。


 街では人としての生活を営んできたため、忘れかけていたことでもあった。

 そんな彼女の頭をぽんぽんとティナードは叩く。帽子の下には狐耳があって、人とは少しばかり違う感触にもすっかり慣れていた。


「まずは話を聞くぞ。それから会いに行くのか、様子を見るのか、決めようじゃないか」


 ディナードが言うと、ティルシアは元気に頷いた。それだけ、信頼されているのだろう。彼ならばなんとかしてくれる、と。


(そういえば、ティルシアには同じ年頃の友達がいないな)


 ゴブシは魔物だし考えることも行動も子供と大差ないが、妖狐同士で話したいこともあるかもしれない。


 ディナードはそう考え、ティルシアの友達にでもなってくれるようなら、と思うのだった。


 具体的な話を聞くべくカウンターに赴くと、ディナードたちに気がついた受付嬢がすぐに頭を下げてきた。


 普段はさして意識されない冒険者という存在が、もっとも存在感を放つとき。それはトラブルが起きたときだろう。


「ディナード様。少々よろしいでしょうか?」

「構わない。なんせ暇な身でね。なにかあったか?」

「はい。すでにご存じかもしませんが、妖狐が見られました。知能が高く強力な魔物ですし、我々としても戦いを望んではいません。そこで可能であれば、交渉していただきたいと考えております」


 彼女の視線は、ティルシアとレスティナにも向けられていた。二人は妖狐としてギルドに登録しているため、彼女たちといるディナードがやったほうがうまくいきやすい、と踏んだのだろう。


 ティルシアはすぐにでも頷きたかったようだが、ディナードは慎重である。


「詳しい話を聞かせてもらってもいいだろうか」

「はい。ではこちらへ」


 別室に案内される中、ティルシアがディナードを見てくる。

 彼女が慌てるからこそ、大人が冷静でなければならない。危険な目に遭わせるわけにもいかないし、遭ったことでかえって落ち込んでしまうこともありうる。


 子供を危険から遠ざけ続けるのも問題であるが、物事には順を追って経験を積ませるのが肝要でもある。


 ようは、妖狐たちの住処を出てきてから、初めてできるかもしれないお友達と喧嘩してしまったら、ティルシアは奥手になってしまうかもしれない……などといった心配なのであった。


「ことの始まりは、二日前に妖狐が見られたということでした」


 受付嬢が話し始める。


「昨日も目撃情報があり、足跡などからも、一過性にとどまっているわけではないと判断いたしました。おそらくは一頭と推測されています」

「ふむ。もしかすると、ここらには土着の魔物がいて魔王の配下が入り込めないからいないから、逃げるには都合がいいのかもしれないな」


 そして場所を地図上にて示してくれると――


「こりゃ、俺たちがこないだ行ったばかりの場所だ」

「ということは……私たちを待っているのでしょうか」


 レスティナが問う。

 妖狐の嗅覚ならば、数日前の匂いも嗅ぎ分けることができるだろう。その間、匂いが消えるような大雨もない。


「我々が確認しているのはここまでです。ディナード様。引き受けていただける場合、依頼を正式に出しますが、いかがでしょうか」


 告げられると、反応したのはレスティナだった。


「行きましょう、ディナードさん」

「放っておく訳にもいかないからな。それに、俺もそろそろ魔王を食いに行きたいところだ。ティルシアも大丈夫か?」


 尋ねると、彼女は頷く。となれば、さっさと出かけたほうがいいだろう。


「依頼を承諾する。手続きを頼めるか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 手続きが行われる間にディナードはゴブシを探すと、そやつは部屋の隅ですやすやと眠っていた。食い物の話でもなかったので、退屈だったに違いない。


「起きろゴブシ。まったく……」


 突くと、はっとした顔で目を覚ますゴブシは、いそいそと食器を取り出す。


「メシの時間になったわけじゃないぞ。まったく。今回は依頼なんだ。メシは適当な弁当を買っていく」


 そういうと、ゴブシはピクニック気分でわくわくしながら弁当に思いを馳せるのだった。


    ◇


 ディナードたち一行は山の中を歩いていた。

 ヴォジャノーイを討伐した際に一度通った道ということもあって、迷うことなくすいすいと進んでいける。ティルシアもレスティナも妖狐の姿となれば、川の不安定な浮き石の上をもぴょんぴょんと跳んでいた。


 そしてゴブシも街の外では小型化を解除しているため、歩幅が大きくずんずんと歩いている。そのゴブシ、今はぽろぽろと米粒を落としていた。


「おいゴブシ。道しるべはいらねえぞ?」


 ディナードの呆れた視線の先でゴブシは、頬張っていたおにぎりをおいしそうに食べつつも、落としてしまった米粒を拾おうとする。


「落ちてるもの、食うなよ?」

「ゴブ?」

「……そういえば、お前元々野生だったな。食ってもおかしくないのか。いや、今では飼育されてるゴブリンだから、やっぱそれはないな」


 とりあえず、落とした米粒は小鳥がつまんでいくのに任せることにした。ゴブシはもったいない、とでも言いたげにしていたが。


 賑やかなディナードたちはしばし進んでいくと、妖狐が見つかったという場所に到着する。


「なにか嗅ぎ取れないか?」

「こゃぁーん」


 レスティナが付近をうろうろし始める。

 なにかしらの匂いを感じ取ったようだ。そしてティルシアも鼻を動かしながら、せっせと動き回る。


 やがて二人は人化すると、顔を見合わせた。

 妖狐同士でも会話できるのだろうが、すっかり人の姿に慣れてしまったようだ。


「この匂い、ルシリーでしょうか?」

「るしりー、きてる?」


 はて、まったく話が見えてこないディナードである。


「そのルシリーってのは、妖狐の名前か?」

「はい。ティルシアとも交流があったのですが、逃亡するうちにはぐれてしまいまして……」

「よし。それじゃあ、探すとするか」


 ディナードが歩き出すと、ティルシアが先頭を行く。早く会いたいのだろう。

 一方でゴブシは、この話がよほど退屈だったのか弁当にまで手をつけている。ディナードはもう呆れてなにも言えなかった。


 出没地点の付近を歩いていると、ディナードは異変に気がつく。

 なにかが動いている。そしてこちらの様子を窺っていた。


 彼が視線を走らせて木々の合間をぐるりと調べた瞬間、草木の中から赤毛の狐が飛び出し、ディナード目がけて駆け寄り牙を向いて襲いかかってきた。



いつもお読みいただきありがとうございます。おかげさまで本作が書籍化する運びとなりました。


レーベルはレッドライジングブックスで、イラストレーターは「食いしん坊エルフ」などの挿絵を手がける「らむ屋」先生です。発売日は8月19日ですでに予約も始まっております。


ティルシアが可愛いので、楽しみにしていただけると嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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