38 ヴォジャノーイのつみれ汁、唐揚げ、煮こごり 後編
テーブルに並んだ食事は色もよく、香りも漂ってきて食欲をそそる。
唐揚げはからりと揚がった肉の匂い、つみれ汁は温かく心地よい香りの湯気。煮こごりはつるりと透き通っていて綺麗な色をしている。
ディナードはまずは簡単な前菜を口にしてみるのだが、つみれ汁を眺めていたゴブシは待ちきれずに一気にそれを流し込んだ。
「ゴブゥー!?」
思わず噴き出しそうになるゴブシだが、すんでのところで堪える。食卓を汚したり、ディナードたちにかかりそうになるのを嫌がったりしたからではなく、単にもったいないと思ったからだろう。
「……なんだ。まずいのかと思ったら、火傷しただけか」
ゴブシは慌てて水を飲んでいた。なんとも忙しいゴブリンである。
そんなゴブシを見ていたティルシアは、つみれ汁をふーふーして冷ましていく。ちょっと口をつけてみるも、熱かったようで目をぎゅっとつぶった。
(こないだまで、自然の中で暮らしてたんだ。熱いものはまだまだ慣れないようだ)
彼らはまだ熱くて食べられないのだから、お先に失礼するとしよう。ディナードはティルシアを見て目を細めつつ、つみれ汁を一口。
さあ、ヴォジャノーイのお味はいかがか。
味噌の色があるが濁りが少なく透明感のある汁は、それだけで高級感があるが、見た目だけではない。あっさりしつつも、決して薄くはない風味がある。高級料亭も顔負けの上品さだ。
「魚とも鳥ともつかない感じだな。……そもそも、こいつは魚なのかカエルなのかわからんからな」
たっぷり出たうまみは、栄養がふんだんに含まれているからこその味かもしれない。
そしてふんわりしたつみれを噛んでみると、中からじゅわっと汁が溢れ出す。柔らかく、食感がいい。なにより、うまく汁と馴染んでいるのが最高だ。
スープとバラバラに自己主張することもなく、よく合わさっていて、けれど異なる魚介の風味がある。
こんな味を堪能しているとヴォジャノーイは魚だろうかと思うが、一方で汁をすすればカエルだろうかと考え直す。そんなことを何度もしているうちに、どんどん食は進んでいく。
「んー! おいし! ほっかほか!」
ティルシアが頬張っているのは、ヴォジャノーイの唐揚げだ。
どうやら、熱いつみれ汁は諦めてそちらを先に口にすることにしたようだ。
(しかし……唐揚げのほうが熱いんじゃないのか?)
ディナードが思うなりティルシアは、はふはふと、口の中で唐揚げを転がすのだった。彼女は唐揚げが好きらしく、単に待ちきれなかっただけかもしれない。
そんな彼女を見て、レスティナは微笑む。
「ティルシア、唐揚げは逃げませんよ?」
「ごぶしにたべられる」
ティルシアが視線を向けた先では、ゴブシはもう熱さも気にせずに食べているのだ。きっと、あとで口の中が火傷でヒリヒリして泣きを見ることになるだろう。
しかし、幸せそうなゴブシを見ていると、待ちきれずに食べたい気分になるのもわかる。
ディナードも唐揚げを食べてみると、からりとした衣はサクッとしており、肉を噛むとジュッと肉汁が溢れる。
肉はぷりぷりしていて、噛めば噛むほどに楽しく触感が味わえる。鶏肉にも味は近いが、それよりさっぱりしている。一言で言うなら、とにかくこのぷるぷるしたのが独特だ。
「ふむ……カエル肉でもこうはいかないな。ヴォジャノーイはコラーゲンが多いからか?」
「ぷるぷる! じゅわ!」
ディナードに賛同するように、ティルシアが尻尾を振りながら感想を口にする。ジューシーでいつまでも食べ続けていたくなる一品だ。ゴブシが夢中で口周りをべたべたにしているのも頷ける。
そして最後に煮こごりを食べてみる。
こちらはひんやりしていて、先ほどとは違った心地よさがある。舌の上でぷるんと揺れるそれは、熱でじわじわと溶けてきて、ほんの少し力を加えるだけでとろけてしまう。
途端にぎゅっと濃縮されたうまみが広がって、口の中が風味に浸される。
「ディナードさん、すごく上品な感じがしますね」
「ふむ、大人の味かもしれないな」
「そうでしょうか。ティルシア、どうですか?」
レスティナが尋ねたときには、子狐はもぐもぐと口を動かしていた。ごっくんと飲み込むと、満面の笑みを湛えて答える。
「ちゅるんちゅるん!」
「……だそうですよ、ディナードさん」
「ふむ。大人よりも子供のほうが先入観もなく、素直に楽しめるのかもしれないな」
「ディナードさんもゴブシを見習ってみたらどうですか? 大人も子供も関係ないかもしれないですよ?」
レスティナが悪戯っぽく笑う。
あれは大人なのか、それとも子供なのか。ディナードはそんな疑問を抱きつつゴブシを見ると、そやつはつみれ汁をごくごくとすすっては唐揚げにかじりつき、煮こごりをこれでもかとばかりに詰め込んでいる。
味わっているのかどうかもわからない有様だ。とにかく幸せそうなゴブシであるが……。
「さすがに遠慮したいな」
ディナードもあれを見習う気にはなれなかった。
ティルシアはそれからも楽しげに食べており、ディナードも口を動かす。
もう脂っこいものは辛くなってくる年だが、ヴォジャノーイの肉はあっさりしていてくどくなく、食べていても嫌になってくることがない。
途中で投げ出すこともなく完食すると、ディナードは一息つくのだ。後味もすっきりしていて、存分に堪能した気分である。
ゴブシは鍋のつみれ汁を空にするほど飲んだため、お腹がすっかり膨れ上がった状態で寝ころがっているし、ティルシアも満足したようで、今度は眠くなってしまったようだ。うとうとしつつ、ときおりはっとして狐耳を立て顔を上げている。
その二人を休ませると、ディナードは後片づけを始める。
「おいしかったですね」
レスティナが皿を洗う彼を手伝いながら声をかけてくる。
「ああ。この街には魔物がたくさんいるそうだから、まだまだとれるかもしれないな」
「楽しみにしています」
「頑張らないといけないな。うちには食いしん坊が三人もいるんだ」
「ええと……ゴブシとティルシアと、ディナードさんですね」
「それなら四人になるな。お前さんもだ」
ディナードが笑うと、レスティナがはにかみながら尻尾を揺らす。
皆一緒なのは悪くないと。
「それじゃ、明日も魔物を探しに出かけてみるとするか」
「はい。そうしましょう」
皿をしまい終えると、片付けも終わって、いよいよ明日に備える。
魔物を釣りに行くのであれば、なにかと準備しておくこともあろう。先に眠ってしまったゴブシとティルシアを見つつ、ディナードとレスティナは頬を緩めるのだった。
そして翌日、魔物の情報を求めて冒険者ギルドに赴くと、ディナードは妙にざわざわしている雰囲気に表情を変えるのだった。




