36 ヴォジャノーイとわくわく子狐
下山したディナードたちは、冒険者ギルドにやってきていた。
ヴォジャノーイ討伐の報告をしに行く予定なのである。
この街では最近、魔物が活発に見られるようになってきたということで、魔物を倒して持ってくることはさほど珍しくはないようだが、さすがに一人で抱えてくる人物はいないようで、彼は目立っていた。
しかし、そんな冒険者らしい彼の肩には、ティルシアがくっついて、すやすや眠っている。行きの時に予想していたように、はしゃいだせいで、すっかり疲れ切ってしまったのだ。
そんな魔物と子供を抱えた中年は、冒険者ギルドに入ると、早速受付にて手続きを始める。
「ヴォジャノーイを一体、仕留めてきたんだが、確認してもらえるか?」
「はい。では、確認させていただきますね」
受付の女性はすぐに確認作業をするも、すっかり凍っていることに驚きを隠せない。なにしろ、そんな魔法を使える者はそうそういないのだから。
とはいえ、仕事なので手早く進めていき、やがて重さを量ろうとする。倒した魔物は、魔法を使うための燃料として利用されるのがほとんどなのだ。
だが、それはディナードにとっては困る。このヴォジャノーイは明日、鍋にする予定なのだから。
「すまないが、計量は明日にしてもらえないだろうか?」
「はい? すぐに済みますが、なにかご用事がございましたか?」
「いや、ヴォジャノーイを食おうと思ってな」
「ええと……食べるのですか?」
「ああ、食べるんだ」
聞き返してきた女性に二度告げるも、なおも理解されないようだった。
しかし、規則上の問題はないようで、後日持ってくることになった。
それから宿に戻ると、ティルシアとゴブシはさっさと寝てしまう。ディナードも諸々の作業は明日に回して、今日は早めに寝ようと考えていたのだが、そこにレスティナがやってきた。
「ディナードさん。今日はありがとうございました」
「うん? そんなに釣りが楽しかったのか?」
ディナードがからかうと、レスティナは頬を膨らませてみせる。
そして彼の隣に腰掛けた。
「ティルシアのことですよ。とても満足していたようです」
「そりゃあよかった。ところで道中でなにか、変わったことはなかったか?」
「いえ、特にはありませんでしたが……気になることがありましたか?」
「なにもないならいいさ。となれば、まだまだお前さんたちのいた場所は遠いってこったな。当面は釣りをしながら過ごすことになるかもしれない」
「冒険者をやめて、釣り人でも目指しますか?」
「それも悪くないかもしれないな」
ディナードはそうも思ってしまう。
一人でいたときには、とても考えられなかったことだが、賑やかな釣りは彼も堪能していたのだ。
しかし、そういうわけにもいかないだろう。
今は魔王の追跡があるのだ。レスティナたちのいた地域がどうなっているのかもわからない。
それらが片づいたなら、冒険者以外の暮らし方もあるかもしれないが……。
「さて、明日は食材を買いに行こう。これからも魔物は取ってくることになるんだ。もったいないと思ってたら、部屋が魔物で埋め尽くされちまう」
まだまだ、魔物を倒して食べる日々以外は、考えられなかった。
「はい。楽しみにしています」
レスティナは頷き、ディナードもまた明日を楽しみにするのだった。
◇
翌日、ディナードたちは晩飯の食材を買いに来ていた。
朝と昼は簡単に済ませたのだが、晩飯は取ってきたヴォジャノーイを使った料理を作る予定だ。
ゴブシはそわそわしているし、ティルシアは楽しみで仕方ないようだ。
そうして街中を歩いていたのだが、昼下がりということもあって、あちこちからいい匂いが漂ってきている。昼食は取り終えているというのに、ゴブシはすっかり、お腹をすかせてしまったようだ。
ティルシアもまた、外から見える料理店の中が気になるようで、あちこちに視線を向けていた。
「さかなのにおい!」
この街では魚がよく取れるため、そうした料理が多いのだ。
焼き魚の香ばしさや、煮物の濃厚さ。そして揚げ物の匂いが食欲を刺激する。
「さしみは?」
ティルシアはそれが食べたいようで、この街に来たばかりのときにも言っていた。しかし、野生でなにを食べているかさっぱりわからないヴォジャノーイを生食する気にはなれない。
「ちょっと、今回は難しそうだな」
「からあげは?」
今流れてきている揚げ物の匂いが気になるのだろう。
レスティナは、「ティルシアは食いしん坊ですね」なんて笑っていた。
まだまだ、体重なんかを気にする年齢でもないし、成長途中だからそれくらいでいい、とディナードは思う。
「カエルのモモ肉を唐揚げにするか。鶏肉みたいでうまく食えるぞ」
「やった! ……かわは?」
あらかじめ、モモ肉から皮を剥いでいたことを思い出したのだろう。
「たっぷり煮込まないと、とてもじゃないがゴムのように硬くて食えないな。頭のほうは、ひげに毒がある魚なんかがいるが、ヴォジャノーイのひげには魔力がたっぷりあるそうで料理には使えない。こいつは魔法の素材に使うのがいいだろう。ま、そんなことはともかく、頭は可食部分がかなり少なくなっているから、出汁を取るのに使うか」
そう告げると、ティルシアはむむむ、と悩み始める。
ゴブシはそれを見て、ピンと来たようで、身振りで説明し始めた。
「……皮を食ってみたいのか?」
「ゴブッ!」
「まあ、煮詰めれば食えないこともないが……煮こごりにしてみるか?」
ゴブシは頷くが、ティルシアは首を傾げた。
「煮込んだ出汁を冷やして固めたもんだ。小さく切れるから、そこまで硬くもないだろう」
ティルシアはそれを聞くと、楽しみにしているようだったので、どんなものかはわからないがとりあえず作ってみることにした。
モモ肉は唐揚げに、その皮は煮こごりにするため、カエルの頭で取った出汁と魚の胴体部分でなにか料理を考えることになる。
昨日は焼き魚や天ぷら、ソテーにしたため、なにか別のものにしたいところである。このヴォジャノーイはあまり魚の胴体部分が多くなかったため、肉を楽しむのにはあまり向かないかもしれない。
「つみれ汁にするか。それなら魚肉が少なくても満足感があるだろう」
「それなら、ティルシアでもお手伝いできますね」
「ああ。魚を混ぜるんだが、手伝ってくれるか?」
「頑張る!」「ゴブ!」
ティルシアがバンザイする横で、ゴブシも手を上げた。
ゴブシには聞いていないんだがな、と思うディナードであったが、ティルシアもゴブシがいれば心強いだろう。
(……いや、頼りになるのかあいつ?)
ついゴブシが不安になってしまうが、一人よりも二人のほうが楽しくやれるから、そういう意味では役に立ってくれるかもしれない。
ともかく、そういうことになったので、ディナードは食材を求めて店内に足を踏み入れた。
買うものも決まっているので、早速彼らは動き始める。
ディナードがつみれ汁に入れる大根と人参を選んでいると、ティルシアがショウガを持ってきた。ネギがダメな彼女のために、何度も使っていたから、次第に気に入ったのだろう。
「偉いぞティルシア」
「やった」
頭を撫でられて嬉しそうなティルシア。そして頭を差し出してくるゴブリン。
「…………ゴブッ!」
いつまでたっても撫でられなかったゴブシは、ディナードに頭突きしてきた。
「なにするんだよ。かいわれ大根か。……長ネギの代わりってことか」
汁を彩る緑色に長ネギを入れたいところだが、ティルシアたちは食べられない。そこで持ってきたのだろう。
「お前、食い物のことだけは気が利くよな」
「ゴブブ!」
褒められているんだか呆れられているのかよくわからない言葉に、ゴブシはえへんと胸を張り、鼻高々である。
それから前菜のサラダにでもしようと、野菜をいくつか買うだけで支度は十分だ。調味料などは宿にあるのだから。
はてさて、ヴォジャノーイのお味はどんなものか。
ディナードたちは意気揚々と、引き上げていくのだった。
カエルの寄生虫と言えば、マンソン裂頭条虫です。これはヘビとカエルを食べることで感染する寄生虫で、成虫になることなく幼虫のまま皮下を移動するため、幼虫移行症と呼ばれます。
寄生された方の多くがヘビかカエルを食べた経緯があるそうです。加熱不十分で感染しますので、捕ってきたカエルの刺身などはやめましょう。それ以外にも、悪食なのでなんの寄生虫がいるかもわかりません。
安全に気をつけて楽しく食べましょう。
今後ともよろしくお願いします。




