35 ウグイの天ぷら、イワナのソテー、ヤマメの塩焼き
「小骨に気をつけるんだぞ」
ディナードは満面の笑みで天ぷらを頬張るティルシアを見ながら、自身もウグイの天ぷらを口にする。
まずはサクッとした食感があるが、身を噛むと思った以上にふんわりしている。小骨も気にならない硬さになっていた。
そしてキンキンに冷えた麦酒を流し込むと、ごくりと喉が鳴ってしまう。
「くー、こりゃうめえ!」
思わず声が上がる。
熱々の天ぷらと冷えた麦酒のコラボが実にたまらない。
そして山菜の天ぷらもまた、苦みが消えていて、野生だからこその独特の味わいが存分に楽しめる。
ひょいひょいと、天ぷらに手が伸びていき、どんどん数が少なくなっていく。
そしてイワナのソテーは、ゴブシが釣った一匹分だからたいして量があるわけでもないが、四人分に分けているため、それぞれが一斉に手を伸ばした。
パリッとした皮が、心地よい食感で迎えてくれる。グッと歯に力を込めると、白身のうまみが溢れ出した。
骨も取ってあるため食べやすく、ひたすらに身を味わうことに集中できる。
「んー! おいし!」
ティルシアは尻尾をぱたぱたと振っている。イワナの臭みはあまり好きではなかったが、これなら気に入ってくれたようだ。
ゴブシはついつい、堪能しているうちに、イワナのソテーが少ないことを忘れてしまったのだろう、皿に手を伸ばす。しかし、先ほど四人で取り終えたばかりなので、そこは空っぽだ。
なんだか物足りない顔になるゴブシ。
山菜よりも魚が食べたいのだろう。天ぷらも数が少なくなっている。
そこでちらりとヤマメの塩焼きに視線を向ける。もうそろそろ、いい具合になっているのだ。
「食ってみるか。もう中まで熱々になったはずだ」
「ゴブー!」
ゴブシは大喜びで駆け寄っていって、串を手にする。そして熱さのあまり、すぐに手を引っ込めるのだ。
それからふーふーと冷ましながら身をかじると、熱くて舌の上で転がしながらも、うっとりした顔になる。
そんな姿を見ていると、ディナードもまた、塩焼きを手に取った。
ヤマメの塩焼きを口にすると、火傷してしまいそうなくらい熱い。けれど、しっかりと水分が抜けてカラリと仕上がっている。
はふはふと口の中で冷ましながら身をかじると、上品な味わいがある。臭みは少ないほうだが、この魚自体がよかったようで、本当においしく食べられる。
そうして口の中が熱くなったら、麦酒をぐいっと一杯。
「ふー。たまらんな」
そんなことを言っていたディナードは純米酒を小さな鍋で熱して、そこにイワナの骨と頭を投入し、骨酒を作り始める。
少しばかり蒸したら完成だ。
干したわけではないから、少し臭みも残っているかとも思ったが、そんなことはない。蓋を取ると、ふわっと蒸気とともに絶妙な香りが上がってきたのだ。
透明だった酒は、やや黄色がかっていて、綺麗な色合いをしていた。
一口味わってみると、イワナのうまみが酒に染み込んでいて格別だ。うまい。実にうまい。
ただ酒を飲んでいるだけでも、イワナをつまみにするよりも、その味を堪能できるのだ。
幸せな一息をついていると、ゴブシがねだってくる。
「……お前、成人していたのか? いや、そもそもゴブリンに大人と子供とかあるのか?」
よくわからないが、少しくらいなら、とゴブシにほんの少しばかり分け与えてみる。
すると、すぐに顔が赤くなって気持ちよくなってしまった。どうやら、酒に強くないようだ。今後はティルシアと一緒に、お子様メニューにすべきか。
そんなことを考えながら、食事が終わりに向かいつつある中、ピチャピチャと音が聞こえてきた。
ディナードがイワナの骨酒を置いて、鋭い視線を向けると、川の流れに乗って向かってくる存在がある。
「……いよいよお出ましか」
すらりと背にした包丁を抜いた彼の前に、大人ほどの背丈のある大きな魔物が飛び出した。
その頭と下半身はカエルのもので、胴体は魚のように鱗が生えている。様々な姿をしているが、ひげの生えたカエルの姿がよく目撃される魔物、ヴォジャノーイである。
匂いに釣られてやってきたのだろう。
ゲロゲロと鳴きながら、ぎょろりとした目をこちらに向けてきている。
「おい、ゴブシ。できるだけメシを片づけちまえ――って、寝てやがる」
すぴーと寝息を立てているゴブシ。
こいつにはもう酒は飲ませないと決めたディナードであった。
仕方がないので、レスティナとティルシアに下がっているよう言い残し、ディナードは一人だけでヴォジャノーイへと接近する。
返り血が食い物に入ったら、もう食べられなくなってしまうのだ。残り少ないとはいえ、最後まで食べるのが礼儀だろう。
包丁を抜いて構えるも、ヴォジャノーイはカエルの足でぴょんぴょんと飛び回り、食い物に接近しようとする。
「このっ……! 離れろ!」
威嚇するように包丁を振るも、なかなかヴォジャノーイは離れてくれない。
そのうち、ディナード目がけて飛びかかってくる有様だ。
突撃を包丁で受け止める。かなりの跳躍力があり、体重が乗った蹴りは重い。
だが、ディナードはグッと堪える。そしてなかなか押し切れないと思ったヴォジャノーイは、包丁を足場にぴょんと後退する。
そうなると、彼から距離が開くことになる。すなわち、料理からも離れたということ。
ディナードは包丁を収めて一気に距離を詰めると、ヴォジャノーイへと接近。そして一気に姿勢を低く、相手の足のところまで体を落とす。
敵からすれば、眼前で姿が消えたように感じたことだろう。
ディナードはすぐさまヴォジャノーイの両足を抱えると、そのカエル頭はすっかり耐えきれなくなって、頭から地面へと倒れ込んでいく。
べちゃ、と音がして倒れたときには、もう勝負がついていた。
ディナードは足を持ったまま、ヴォジャノーイをフルスイング。思い切り頭を岩に打ちつけると、その魔物はすっかり意識を失った。
「まったく。手こずらせやがって」
ディナードはほっと一息つく。無事に料理を守ることができたと。
そうして彼が振り返ると、そこでは最後の天ぷらをもぐもぐと頬張っているゴブシの姿。
「あいつ……起きたと思ったら、また食ってやがる!」
ひとが戦っているというのに、呑気なゴブリンだ。
しかし、もうなにか言うのも馬鹿馬鹿しくなって、ディナードはヴォジャノーイをしめることにした。
「ディナードさん。大丈夫ですか!?」
「ああ。しかし、綺麗なお嬢さんには相応しくない作業をするから、離れていてくれ」
「私よりもディナードさんのほうが綺麗好きじゃないですか」
レスティナは言いつつも、ティルシアと手を繋いで見守っていた。
そんな中、ディナードはヴォジャノーイの首を落として血を抜き、皮を一気に剥こうとする。
カエルであれば、このまま皮を剥いていけるはずだったのだが……。
「胴体は魚になってるからうまくいかねえな。こっちはこっちでやるか」
仕方がないので、魚の腹を切り裂いて内臓を取っておく。そして血合いを丁寧に除く。
「こいつは魚類なのか、両生類なのか……」
そんな感想を漏らしながら、鱗を取り、魚とカエルの切り替わりの辺りに包丁を入れて皮を剥いておく。つるんと真っ白な筋肉が見えると、遠くからでは鶏肉とさほど違うようには見えない。
それから水分を拭き取ると、ディナードは冷却の魔法を使用する。
これによって急激に温度を下げて冷凍しておくのだ。
鮮度ももちろんであるが、カエルには様々な寄生虫がいる。悪食ゆえに、なんでもかんでも食ってしまうのも理由の一因だ。
加熱でも死ぬが、冷凍で大部分の寄生虫は死ぬため、念のために処理しておくに越したことはない。今は皆が食事を済ませたばかりで満腹になっているし、下山するまでは時間もある。
袋に入れて担ぐと、処理に使った包丁などを、魔法で生み出した熱湯などで消毒しておき、ひとまずここですべきことは済んだ。
「遅くなっちまったが、そろそろ帰るか。魔物も取れた」
レスティナとティルシアと一緒に帰り支度をしようとすると、ゴブシが駆け寄ってきて、涎を垂らしそうになりながら、次はどんな料理をするのかと尋ねてくる。
「まったく……帰るんだよ。さっき食ったばかりじゃねえか」
この食い気にはディナードも呆れ感心するばかりである。
それから皿などを片づけていく中、ディナードはイワナの骨酒に視線をくれた。飲みかけのときに、魔物が襲いかかってきたのだ。
「すっかり冷めちまったが……興奮は覚めやらぬってとこか」
楽しげなゴブシとティルシアの姿を肴に、ディナードはぬるくなった骨酒を呷った。
やがて片付けが終わると、いよいよ彼らは帰途に就いた。
明日はヴォジャノーイを鍋にでもしよう、と考えながら。




